abrahattyaku さん プロフィール

  •  
abrahattyakuさん: 中田工房新報ブログ版
ハンドル名abrahattyaku さん
ブログタイトル中田工房新報ブログ版
ブログURLhttp://tokohaitonoenanoe.blog.fc2.com/
サイト紹介文景色でもタコでもない、歴史の町、下津井
自由文歴史スポットやら、歴史考察やら、スキル不足嘆きやら、いろいろやりますよっと。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2011/09/27 23:39

abrahattyaku さんのブログ記事

  • くりかえしますが
  • この手のことに、いまさらわしらを引っ張り出そうにも、もう遅い。わしらは五年以上前に動き出して、すでに解散している。いまさら三人が再結集するほど、みんなヒマな年齢じゃないし。なにより三人のうちの二人は都会の人だ。いまさらの申し出など、地元民であるわしが、申し訳なくてストレスマックスだ。だれそれに期待されようが、0円の期待より、一滴の汗の方が、数千倍の価値があるので、どうでもいい。時間的に、あなたの期 [続きを読む]
  • 早朝観光の有用性
  • 観光庁がアンケートしたところ。外国人観光客の、じつに八割を超える人が「夜や早朝に空いている施設・やっているイベントがあれば行ってみたい」と答えたそうです。そうなんですよ。鷲羽山展望台には、けっこうな朝から、外国人観光客が登ってくる。まあ、近隣のホテルをバスで出て、朝一でココ、ってパターンなのかもだけど。でも、ここにニーズがあることは、たしかなんですよ。と、横目でそれを観続けてる、清掃人としては、思 [続きを読む]
  • 宮大工の足跡、例えば田之浦・弘泉寺
  • えー、「塩飽の宮大工」について。すっごく近い所にその実証例がありましたよ、って話。田之浦のお寺・弘泉寺です。こうせんじ、と読みます。ここの本堂は塩飽広島の、青木浦にいた、中川重左衛門利寿らの作で。基壇の石も、青木浦産なのだそうです。また、山門は23歳の新鋭・本島生之浜・橘貫五郎が。のちに吉備国分寺五重の塔を作った棟梁の、若き頃の作として、彫刻は注目、なのだそうです。二つとも、平成29年に、登録文化財と [続きを読む]
  • 下津井城の美化について
  • えー、下津井城ヌード化計画なるものに賛同して。その超えるべきハードルを探ったりするべく、埋蔵文化財センターとかいうとこに行ってきました。ライフパーク倉敷に、こんな施設があったなんてwまあとにかくハードルはありますが。地元の熱意こそ大事だと、ここの方も総じておっしゃっております。下津井城の石垣の立体模型があるのはここです。今は倉庫にありますが、いつかそれが倉庫から出る日を、はたして作れるのか。個人的 [続きを読む]
  • 伝聞情報
  • えー、以前コメントで質問されて、自分自身の記憶があやふやだった千当丸についての聞き取りが入りましたので、メモ。瀬居島出身の方の記憶によるものです。千当丸は、当初は味野地区の「日活の映画館があったあたり」を出発し。まず田之浦に乗降客が居れば接岸。次いで吹上港。亀林魚市場のあたりを、最初は接岸地点にしており。新しく防波堤ができるまで、下津井のメイン接岸地点はここだったそうです。コメントされた方の記憶は [続きを読む]
  • ひるね姫聖地徹底解析版(下津井田之浦版)
  • えー、ある程度紹介しとけば、あとはガチの連中がやってきてどんどん見つけていくだろうと思ってましたが、アテが外れたので、わし、がんばるwこの記事自体ガチ勢用なので、当然マナーは守ると思うが、狭い路地で騒がないこと。墓地は生者、完全にお邪魔します状態なので、礼を失わないこと。マナーに自信のない人はバス停や神社あたりでやめておくこと。田之浦港前バス停下電バス・下津井循環線「とこはい号」下車本編・予告編・ [続きを読む]
  • まだ、進んでます
  • まだ、続いています。というか。「アニメ聖地88」プロジェクトは、今年から本格化するものです。むしろ。→ まあ原因としてはいろいろありますが、「だいたい国のやることって、県や市以上に、トロい」ってのは、社会人なら常識の政治知識であり。それが立ち上げ早々に、幸運にもご当地アニメの祝福にあずかった地域には、宿業の試練になることも、あるさね。というのが、今のひるね姫と、この下津井の関係だ、と、ご理解く [続きを読む]
  • 群衆に埋もれる快感
  • えー、新年早々から、勝間田重晴一色できましたがw一月三日に、金毘羅参りもしましてね。もうね、児島駅から琴平行きの電車自体が、満員電車ですがw参道は、もう、それ以上の人出でしてねwどこ撮っても、人が入らない場所がないんでwこういうもんしか、撮れなかったわけですけどもwでも、たぶん何十年ぶりかで、正月三日のうちに金毘羅来たので。なんというか、「こーんぴーらふーねふーね」の唄が鳴り響く中、自分のペースで [続きを読む]
  • 持ち帰ったものは…ロマン!
  • えー、水曜スペシャル・川口浩探検隊シリーズエンディング曲・ロッキーのテーマをBGMに、お読み下さいw岩丸・水田集落に徒歩で戻るわしは、まるで岩丸山で敗走する、黒田長政軍の兵そのものであった。今回、山中に埋もれた勝間田重晴の碑を、目にすることはできなかった。豊前の山々は、勝間田重晴の城下町の住民をあざ笑うように、翻弄した。大した装備も無くやってきたわしは、ものの見事に、これに敗れたのだ。水田にある信号 [続きを読む]
  • 初代下津井城主の最期を見たい
  • 前回までのあらすじ小山田側からの勝間田越え、封鎖状態。岩丸側に回るも、六田からではなく水田から徒歩でアタックしてしまったわしは。長々と伸びる山道を歩いて、また封鎖状態の小山田側入口に来てしまう…。まじで、車で回れた。なぜ歩いたわしw「どうしたものか」あまりの読みのはずれ方に、言葉がない。しばらく道端に佇んだ。足は疲れている。しばらく休んだら、腹が立ってきた。おどりゃーわしゃー下津井から片道10時間か [続きを読む]
  • 初代下津井城主の最期を見る2
  • 全回のあらすじ勝間田越え、小山田側封鎖状態。この事態を打開するべく、岩丸の谷側からのアタックを試みようとするが、なにか得体の知れぬ力に化かされたのか、岩丸谷の奥、水田からの山越えを、徒歩で行こうとしている。ずんずんと2kmは歩いただろうか。アスファルト舗装された道はまだ続いている。あれ、車でくればよくね?と思ったが。「いや、この先がとんでもない山道である可能性の方が高い」と思い、歩を進めている。時 [続きを読む]
  • 初代下津井城主の最期を見る1
  • ホテルのベッドは感動的に優秀だ。わしの家の布団とは比べる自体がおかしい。前日調子にのって3万5千歩ほど歩いた、と、嬉しそうにケータイの万歩計がぬかしていて、おいおい明日が本番ってときに調子に乗っちまったなわし、と思っていたが、バッチリ疲れは取れている。今日は朝からレンタカーで移動だ。中津駅前には多くのレンタカー屋があるが、ほとんどは宇佐八幡宮とか、耶馬渓方面に使うのだろう。だが、わしは福岡県側に行 [続きを読む]
  • 中津をうろつく2
  • 中津城の北から、城下町に入る。相変わらず、からあげ屋を見つけたら、飛び込んでいる。この日一日で、1kgくらい食ったような気がする。お城で入場券を買うと、福沢諭吉の記念館(旧居)のチケットセットを勧められる。ここに入ると、なぜ中津で福沢諭吉なのか、これでもかというくらい教えてくれるので、行くといい。旧居前の路地から、城下町に入る。こういう町の区画の説明文と、地元文化人の説明文がそこら中にあるのが中津 [続きを読む]
  • 中津をうろつく1
  • そろそろお昼、って頃に中津に戻った。時間が予想以上に余ったからそうなっているのだが。こうなったら中津のからあげを食うしかない。食うしかないではないか。そう思って駅前で見つけていたからあげ屋に飛び込み。結局のところ、これから、からあげ屋を見つけては飛び込む、ということをくり返すことになる。中津のからあげは、岡山県人には、あまりにも予想を超えた旨さである、とだけ言っておく。そもそも、からあげ屋、という [続きを読む]
  • 豊前松江で考える
  • あーいいなあ。瀬戸内、ってイメージとは、備讃瀬戸の住民としてはちょっと違ってくるけど、瀬戸内の灘(なだ)ってのは、これはこれでいい。このように瀬戸内は、場所によってまるで違ったイメージを出す。すぐ隣に、宇島(うのしま)工業団地があるが、このギャップはこれはこれで、絵になる。駅前の道は旧街道らしく、角田という集落に伸びている。もう道幅と、こういうので、旧街道筋の臭いを嗅ぎつけるのは、お手の物になって [続きを読む]
  • 神髄はぶらり途中下車にあり
  • ホテルのベッドは優秀だ。わしの部屋の布団の5倍は優秀だ。一晩で、わしの体力はものの見事に復活した。今日はまず、調査に椎田に向かう。よくわからんが、海水浴場とかあるらしい。が、今は冬だ。駅に張り出されたガイドマップに勝間田彦六左衛門の碑、とある!明日アタックする予定だが、一気に血がたぎってきた。まず向かった歴史民俗資料館驚愕の、木曜のみ開館!水曜日だから大丈夫だな、と、「開」と「閉」を間違えているわ [続きを読む]
  • 電車で10時間かけて中津に向かう
  • JR児島駅始発のマリンライナーで岡山へ。岡山から五日市行きに飛び乗り広島で降り、パパっと飯を買って大急ぎで食って岩国行きに。岩国から下関行きがずいぶん長い時間なので、あー本かお菓子か何か暇つぶしになるもの買っておけばよかった、とか思ったが後の祭りなので、しばらく妄想に浸ることにした。軍師官兵衛こと、黒田孝高は、中津や宇佐、今回の目的地でもある築上町(築城、が歴史的名称らしく、ちくじょう、と築上も読む [続きを読む]
  • 取材記事に先立つ戦乱まとめ
  • えーあらためて、取材記事を掲載するに先立って、郷土史的な戦国絵巻をおさらいしたいと思いますまず、備中は「備中兵乱」と言われる内戦状態に入ります。宇喜多直家による三村家親暗殺事件に前後した、備中の弱い支配体制を、三村氏は当初、毛利との同盟関係によって安定させようとします。毛利も当初は、これに応じます。はるか西の芸予諸島では、厳島合戦に能島村上家当主にして、最大の水軍勢力の主・村上武吉が毛利に合力。大 [続きを読む]
  • 旅の出費で頭を抱える
  • 運が悪いことに、前記事の旅を計画したとたん、ケータイが壊れた。ものの見事に、画像が映らなくなったwケータイを買い替えた。思わぬ出費だ。で、この旅には絶対用意したいものがあった。デジカメだ。コンデジとか言うやつでいい。これが欲しかった。何せ下津井人で、初代下津井城主・勝間田彦六左衛門重晴の最期の地に向かおうとした人を、わしは知らない。大谷先生は児島の人だから、下津井人としては初、かもしれん。で、でき [続きを読む]
  • 旅の計画
  • さて、旅の計画です。年末に旅をします。記録に残る最古の下津井城主、戦国乱世に身を立て、黒田家の九州の領地確立の戦いに身を散らした武将勝間田重晴の最期の地を訪ねてみよう、と思ってます。場所は福岡県築上町岩丸という、谷あいの集落からのびる、山道。通称「勝間田越え」と言われている。…。情報は以上です!もうね、築上郡の最強歴史スポットといえば城井谷城なんですね。で、そこの城主にして、黒田長政に反抗した宇都 [続きを読む]
  • 高徳、は、児「島」では特別な名前
  • 南北朝時代、児島には、岡山の戦国のサムライ全てが憧れるヒーローが誕生します。(ざっくりした流れは、水軍史から→こちらの記事)児島高徳。南朝方の猛将として名を馳せた人物です。文献主義によると。彼は「太平記」以外には全く登場しない人物で、今日では、その実在を疑う声もある、謎めいた武将ですが。生まれとされている倉敷市林。このあたりは、新熊野と呼ばれます。今も熊野神社がある、修験道の聖地。699年(えらい昔 [続きを読む]
  • 本当かどうかは別として
  • さて、瀬戸内水軍衆の南北朝時代を観てきたわけですが(記事ここから)。ここでちょっと、芸能界と水軍衆、ってことで。2006年国民的美少女コンテスト審査員特別賞、2013年日本アカデミー賞新人俳優賞。女優・忽那汐里さん。女優としては「読めねえw」という絶対的ハンデをあえて名乗るとおり。彼女のルーツは、忽那島の忽那水軍にあるそうです。オーストラリア生まれのバイリンガルという育ちも、水軍衆が中世から、日本人の誰よ [続きを読む]
  • 外伝・愛媛の面白すぎる乱世
  • さて、瀬戸内水軍と南北朝時代、それを囲む領主がどうなっていたのかを調べたときに。あまりにも面白いので、のめり込んだ県があります。愛媛県です。具体的にはここの河野氏。懐良親王が忽那島に忽那氏らとともにいる間は、北朝面して伊予にいるのですが。それ以上の大きな波が、河野氏を襲います。北朝方の超大物、細川氏が、四国制覇を目論み、伊予に攻め込むんです。あわれ河野氏、九州に逃げる羽目になります。もともと大内の [続きを読む]