kanototori さん プロフィール

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kanototoriさん: 看藝累記
ハンドル名kanototori さん
ブログタイトル看藝累記
ブログURLhttp://d.hatena.ne.jp/kanototori/
サイト紹介文広島市を中心に、地名を集めて街角の写真とともに関連付けながら積み累ねていくブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供326回 / 365日(平均6.3回/週) - 参加 2011/10/08 00:40

kanototori さんのブログ記事

  • はてなブログへの移行
  • 長らく*1はてなダイアリーにて更新してまいりました『看藝累記』ですが、 今後ははてなダイアリーに移行しまして『環藝録』*2と名を改めております。 あちらでも同様に細々と更新してまいりますので、時折ご覧いただければ幸いです。 *1:4141日 *2:http://kanototori.hatenablog.jp [続きを読む]
  • [風物]室内の見学
  • そういった見学可能な部屋では、畳の部屋にもトイレにも近づくことができて、懐かしく感じる部分もあったりずいぶんかけ離れた時代のもののようにも感じたりする。 配線など、ところどころ触ってはいけない表示もあったりするが、とりあえず見学者は興味関心の赴くまま見ることに集中する。 ドアが開いていても奥までは入れない部屋には、立ち入り禁止の黄色いテープが張られる。奥の床が一部無い様子が見えるので安全のためか [続きを読む]
  • [風物][建築]公開された部屋
  • 今は無き京橋会館。 平成23年、取り壊し前の見学会が同年8月14日にあった際に行ってみた(今更感)。 見学者は敷地内や棟内をだいたい自由に巡る。部屋の内部については、何箇所かの部屋が公開されて入って見ることができた。 ドアに貼られた「室内公開中」「靴のままお上がりください」の案内。普段なら靴を脱いで入る所をそのまま進む感触は、体育館が投票所になった時のよう。 [続きを読む]
  • [文字]奥に通す札
  • 三滝寺の六角堂は散策途中の休憩所。 入口右手に木の札が立て掛けてあり、「六角堂 静観所 ご自由にどうぞ」と迎える。 同じ場所に10年前に触れて*1以来、新しい時期の写真を持っていない*2。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20080710/1215697308 *2:写真の時期はもっと遡る [続きを読む]
  • [文字]立ち入る前に
  • 園内の説明板は高すぎず低すぎず。眺めを遮らずに目線に近い高さに設置される。 立入禁止や土足禁止など、先に進ませない必要のある場所では高さのある立て札では足止めしにくい。足元に表示を置き大きめな字で気づかせる、あるいは柵などで物理的に遮る。 [続きを読む]
  • [風物]園内解説の立て札
  • 清風館や祺福山*1のような庭園内の名所を解説する説明板は、黒い板にクリーム色の地のテキスト欄が置かれる。それ以前は板全体が白っぽかった*2。 対象の名前を上に大きく載せ、横書きで特徴や経歴を綴る。文中に修正が加わると色が明るくて目立ってしまう。 建物の場合、近世の建造時と原爆以後の復旧時期が主な画期。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20170506/1494131953 *2:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/2007 [続きを読む]
  • [建築]包まれた清風館
  • その葺替え工事中、入口に近い面が灰色のシートに囲まれて平らな姿を見せた。 工事の説明板には「工事期間中は清風館に仮設の屋根を架けるため一部姿を見せられなくなります」という、来園者への呼びかけがある。通常の庭園風景を見に訪れた人は仮設屋根を背にして池を眺め、いつもと違う建物を記憶に残しておきたい人は池の向かいから眺めるのが良い。 [続きを読む]
  • [建築]清風館の数年
  • 縮景園のシンボルには石橋の「跨虹橋」があるが、それを眺める「壱之御茶屋」こと「清風館」は庭園の中心となる建物で入口からすぐ見える位置にある。 平成27年度末に屋根の葺き替え工事があった。それ以前と以後の写真を並べても、とくに色味にはっきりした違いが見えないので*1、庭園の中で違和感を生じさせていないのかも。 *1:屋根にピントを合わせてないので [続きを読む]
  • [地図]境内図の色
  • 唐門と翼廊は遠くからもよく見えて(正面の空き地が広かった頃)、奥の社殿よりもこの場所を印象付ける。 修復工事以前と以後では色の明るさが異なるが、修復以前からある案内図では朱色がより強調される。 [続きを読む]
  • [建築]包まれた唐門
  • 平成20年から23年の修復工事の期間中、唐門と翼廊は足場とシートに囲まれて白と灰色の面を見せていた。 唐門をくぐることは出来たが、内側も板に覆われて建物の部材は見えない状態。側面の板に貼られた張り紙には、隣の樹木の伐採はこちらとは無関係ですとのお知らせ。 [続きを読む]
  • [建築]頭上に翼廊
  • 徐行を要するその参道は、すぐ西隣に本地堂や翼廊と接している。 石垣の上を見上げると翼廊の東端がある。平成の修復工事以前と以後の違いは色の鮮やかさに明瞭で、形状の違いは軒先に強く現れる。広島東照宮の「境内のご案内」*1によると、戦後の桟瓦葺から創建当初の本瓦葺に復原されたとのこと。 *1:http://www.hiroshima-toshogu.or.jp/keidai/ [続きを読む]
  • [路傍]参道という私道
  • 表の参道は長い階段で、麓にも駐車場がある。 車で直接社殿に向かう道は東の坂道にあり、東の入口に貞永式目の注連柱*1が迎える。 その坂道には通行車両の制約がある。まず私道のため、参拝者や許可のある車以外は通行不可。さらには4トン以上の車両も通行不可。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20130114/1358185000 [続きを読む]
  • [風物]樹間駐車
  • その石積みは本殿の東にあたり、東側の境内入口からすぐ見える位置にある。 その石積みにも、石積み手前に等間隔に並ぶクロガネモチにも、駐車に関する注意書きが付いていた。 「奥への車の出入のため、前につめて止めてください」とあるように、木と木の間が駐車スペースで石積みに近づけて止めるように誘導される。 [続きを読む]
  • [石碑石塔]垣根の下の石
  • その芳名板の下の石積みには、「原爆誌」の碑が取り付けられている。左に英文表示も。 原爆により本殿も拝殿も焼失した。本殿が再建されたのは昭和59年。本殿焼失時の痕跡をとどめる物がこの石積みだけということで「永久に保存すべく」この碑文が設置された、とある。 [続きを読む]
  • [建築]唐門とその奥
  • 広島東照宮の唐門と翼廊は、平成20年代はじめ*1の保存修理工事により色鮮やかになった。 その工事のために浄財を寄せた人たちの芳名は、奥の社殿横の垣根に掲げられている。金額の高いところでは100万円のところに6枚の名札がある。 *1:という言い方をしてみる [続きを読む]
  • [石碑石塔][地名]友廣神社の鳥居更新
  • 友広神社(安佐北区)の元文2年の鳥居*1は脇に安置され、参道には新たな石鳥居が立っている。 低くなった元文の鳥居が跨ぐのは、新鳥居の奉納者の芳名板。 法人名は末尾にまとめられ、個人名は氏子集団の単位「組」でまとめられる。「三軒屋組」「エメラルド組」などなど。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20140323/1395594138 [続きを読む]
  • [石碑石塔]金額小刻み
  • 皇后八幡神社の階段麓には「八幡神社厳島神社階段改築寄附人名之碑」が建てられている。階段には背を向ける位置。 起工が明治30年で竣工が明治35年と年数をかけているため「社掌」が代替わりして連名になっている。 広い碑面に6段にわたって名前が連なる。右側がおそらく高額で、十数人くらいずつが同額を寄附している。高い方の金額はよく読めないが、3番目が20円*1で以下小刻みに17円・16円・15円となる。 *1:「金貮拾円」 [続きを読む]
  • [石碑石塔]明治の百圓
  • 糸崎神社の今川了俊歌碑*1の背後はブロック塀。それよりは低い石碑が手前に立て掛けてあり。寄進された金額が「百圓」「三拾圓」と並ぶ。 年を見ると、大きい百圓の方は明治35年で「還暦記念」、二本ある三拾圓の方は明治40年で「屋根葺替」のため。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20180219/1519138722 [続きを読む]
  • [石碑石塔]皇后八幡の右脇
  • 須波の皇后八幡宮でも同様に、境内の山林との際に芳名板と石碑が並んでいる。垣根状に立つ碑は「五十圓」や「百圓」でだいたい戦前か。 掲示板状の芳名板は「拝殿屋根葺替」の趣意が見える。その手前に立つ「拝殿修復完成記念」(平成7年)の記念碑には、平成3年の「19号台風」により被害を受けた拝殿の修復に、須波町内会と貝野町内会から寄附された浄財をあてたことを記す。 [続きを読む]
  • [石碑石塔]並ぶ金額
  • 同じく山林との境に細長い石碑が何本も並んでいる。右端の石碑に「立太子禮奉祝記念」(昭和初期)という趣意が見える。 それぞれの表の面に寄進者名と金額が刻まれている。小さい、というと語弊あるが基本の額が100円で、左端のいちばん長い石は937円 、その手前の一番太い石が1000円。 [続きを読む]
  • [風物]芳名板とそれ以前
  • 府中町の多家神社では、平成16年*1の台風により手水舎が倒壊したため再建のための寄付を募る看板を立てていた。(というのを見かけたのが平成18年) 再建成ったあと、寄付者の芳名を連ねた長いパネルが境内脇に設置されている。山林を背後に、電柱や排水溝の手前を塞ぐ白い壁。 *1:西暦2004年 [続きを読む]
  • [風物]芳名板と説明板
  • 安佐南区安東の二宮八幡神社*1は緩やかな尾根の上。 奥の段に上がると右手にクスノキなど何本かのあまり太くない立木が並んでいて、幹と幹に縄がかけられ紙垂が垂らされている。 紙垂の奥に控えているのは修復工事寄付者の芳名板、とその下には二宮八幡の由緒を綴る説明板もある。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20151108/1446939775 [続きを読む]