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林夕(はやしゆう)の本ブログ https://blog.goo.ne.jp/pipipi070707

本ブログです。書評やレビューというよりも読書後のつぶやきを書いています。

少しお堅めの(マニアックな!?)本を読んでいます。

林夕
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2011/10/10

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  • 『現代語訳 碧巌録〈上〉』

    『現代語訳碧巌録〈上〉』普照序方回序周馳序三教老人序仏果圜悟禅師碧巌録巻第一第一則武帝と達磨の問答を読む。フーコーに飽きた(笑)その代わりではないけどある本の参考文献として読まなきゃな~と思っていたのでのぞいてみた。『碧巌録』は雪竇(せっちょう)が古則百則に頌をつけたものをさらに圜悟(えんご)が注釈したもの。3段階構成。あ、2人とも中国のお坊さん。それほど難しくない。口語が多いから。だから人気なのかな禅門で重んじられてきた書だけどそもそも禅はお勉強することを嫌うから書を読むなんて!という思いとでも面白いし~!という思いが交差している。碧巌録を焼き払った偉いお坊さんもいるし。たしか雪竇さんの弟子?私が禅僧でも誘惑に負けてペラペラめくるわ、碧巌録。言いたいことはただひとつ。圜悟さん、ツッコミ過ぎやろ!(笑)『現代語訳碧巌録〈上〉』

  • 龍樹28 『中論』 第三章~第十七章

    『龍樹』中村元1『中論』第三章認識能力の考察第四章集合体(蘊)の考察第五章要素(界)の考察第六章貪りに汚れることと貪りに汚れた人との考察第七章つくられたもの(有為)の考察第八章行為と行為主体との考察第九章過去の存在の考察第十章火と薪との考察第十一章前後の究極に関する考察第十二章苦しみの考察第十三章形成された者ものの考察第十四章集合の考察第十五章<それ自体>(自性)の考察第十六章繋縛と解脱との考察第十七章業と果報の考察四か月ぶりくらいのブログ更新龍樹の『中論』は時折手に取ってパラパラと読んでいた。だもんで内容は全然分からなくなってしまった基本、龍樹さんは空を説いているので「AではなくBではなくAでないものもBでないものでもない」的なことを繰り返している‥と思う。たぶん。あ、『中論』の中にも問答風の文章がでてくる一...龍樹28『中論』第三章~第十七章

  • 『論理の構造〈上〉』 中村元

    『論理の構造〈上〉』中村元第一章論理と論理学はじめに第一節論理学の正当性第二節論理学の目的性を読む。ずーっと読みたかった本。でも500ページ以上もある分厚い本だししかも、<上>と<下>にわかれてあるからこれは手を出したら大変なことになる‥と思っていた。結局は誘惑に負けたけど。中村元さんの本だし相性はいいかなと読む前から決めつけていたけど内容が問題だった。私は論理学というからてっきり方法論的なことを期待していたのだけれども実際は、比較哲学的な要素が強い内容比較ものは好きだけど今、超ド級に面白い比較哲学の本を読んでいるので同時に同じようなものは読む気がしないなのでたぶん、続きは読まないであろう。第二節まで読んで、文章はやっぱり中村元さんだけあって読みやすいし、面白いと思う論理学と言語の学問を分離することが難しいと言...『論理の構造〈上〉』中村元

  • フーコー「自己と他者の統治 コレージュ・ド・フランス講義1982-1983 」

    『自己と他者の統治コレージュ・ド・フランス講義1982-1983ミシェル・フーコー講義集成XII』緒言一九八二年一月五日の講義第一限を読む。1年近く読んでいたある宗教書に飽き飽きしたので(笑)浮気心から手にしてみた本。フーコーの講義録。めちゃくちゃ面白そうなので読み続けていた宗教書をすっ飛ばしてこの『自己と他者の統治コレージュ・ド・フランス講義1982-1983ミシェル・フーコー講義集成XII』を読むことにした。読みたいすべての本を生きているうちに読めることはないので読みたいと激しく思う本から読んでいったほうが賢明だフーコーの時代にはカセットテープレコーダーがギリギリ開発されていたのでその講義は完璧といってもいいほど再現される。私にとってはどんな論文よりも著作よりも講義録の方が好きで、興奮するなので個人的にヒッ...フーコー「自己と他者の統治コレージュ・ド・フランス講義1982-1983」

  • 龍樹27 『中論』第一章・第二章

    『龍樹』中村元1『中論』第一章原因(縁)の考察第二章運動(去ることと来ること)の考察を読む。念願の『中論』を読むも、第一章に目を通してそのまま数か月が過ぎてしまった。昨晩第二章を読み100パーセントの理解はできないもののこの本を買った当時、体当たりで『中論』を読んでみた頃とは明らかに違う側面が見えるというかすくなからず龍樹さんは何を話題にしているか?が理解できるような気がする。特に第二章は私が長年興味をもっていた「場所がない空間がないということはどういうことなのか」「感覚や体験的にではなくて、言葉というツールを使うには限界があるにしても理論的に説明してくれる人はいないのか」ということを語ってくれている。…と思う。第二章の最後の言葉はドキュンとくる。「また<去る主体>が実在し、かつ実在しないものであるとしても、[...龍樹27『中論』第一章・第二章

  • ハイデガー「存在と時間」4

    『存在と時間〈1〉』ハイデガー/原佑・渡辺二郎訳(中公クラシックス)序論存在の意味への問いの開陳第二章存在問題を仕上げるときの二重の課題根本的探究の方法とその構図第七節根本的探究の現象学的方法C現象学の予備概念第八節この論述の構図を読む。現象学は存在者の存在についての学、存在論であるということと存在は端的な超越者であるということ。やっと序論が終わる。ここまでは「存在とは何か?」という問い自体に対しての論述だった。次の第一部からやっと現存在の解説がはじまる。人気ブログランキングブログ村本ブログハイデガー「存在と時間」4

  • ハイデガー「存在と時間」3

    『存在と時間〈1〉』ハイデガー/原佑・渡辺二郎訳(中公クラシックス)序論存在の意味への問いの開陳第二章存在問題を仕上げるときの二重の課題根本的探究の方法とその構図第七節根本的探究の現象学的方法A現象という概念Bロゴスという概念を読む。久しぶりのハイデガー&ブログ更新。人気ブログランキングブログ村本ブログハイデガー「存在と時間」3

  • 『シモーヌ・ヴェイユの詩学』今村純子

    『シモーヌ・ヴェイユの詩学』今村純子シモーヌ・ヴェイユを読み直さなきゃなぁ~と思っていたところでかなりおもしろそうな本を見つけた!絶対読む!‥と決めた!『シモーヌ・ヴェイユの詩学』今村純子

  • 小林秀雄「本居宣長<下>」 7

    小林秀雄『本居宣長〈下〉』(新潮文庫)四十一四十二を読む。もはや宣長さん凡人にはとうてい行きつけない世界の住人になっておる。我が国が神代という怪しい時代からはじまっていることに学者はオロオロしているが宣長さんはそこにこそ日本の特色があると考えている。もう‘いっちゃってる‘から一般ピィーポーと話すの嫌だったんだろうなぁ~(笑)古典文学ランキング小林秀雄「本居宣長<下>」7

  • 玉勝間『本居宣長全集〈第1巻〉』より 6

    『本居宣長全集〈第1巻〉』「玉勝間」玉賀都萬一の巻初若菜一学問して道をしる事(23)がくもん(24)からごころ(25)おかしとをかしと二つある事(26)を読む。おかしとをかしと二つある事(26)にはちょっと驚く。だって弟子を褒めているから(笑)年上の研究熱心な弟子が「おかし」と「をかし」のことを研究したらしい。宣長さんもそれを採用したっぽい。本ブログ古典文学玉勝間『本居宣長全集〈第1巻〉』より6

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