上野公園(新・ノアの箱船) さん プロフィール

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上野公園(新・ノアの箱船)さん: 人に内在する良心神(神言会)
ハンドル名上野公園(新・ノアの箱船) さん
ブログタイトル人に内在する良心神(神言会)
ブログURLhttp://kamikotokai-b.jugem.jp
サイト紹介文人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。
自由文神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供35回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2011/11/10 16:05

上野公園(新・ノアの箱船) さんのブログ記事

  • 出口王仁三郎聖師予言の【陸の龍宮城】に見られる霊的光景(写真)
  • 大本教の出口王仁三郎聖師は、綾部の大本教神苑内にある「金龍海」は型であり、本当の金龍海は別の場所だと述べておられます。そこを「陸の龍宮城」と言っておられます。その金龍海とは明治の初め頃までは排水路が無い池で「底なし沼」とされていたのですが、綾部藩最後の藩主であった宇宙の元津神を【ウシトラ(宇志採羅)神】とする九鬼神道家の九鬼氏が、その沼から由良川(和知川)までの排水路を付けたことにより、その沼その [続きを読む]
  • 立春に秘められた みろくの世は嬉し嬉しの青春時代に若返った様な世界
  • 明治25年節分の夜。大本教の「出口なお開祖」に艮(ウシトラ)金神国常立尊の神懸かりが起きました。何故、節分の夜だったのでしょうか? そこには「牛虎」の鬼が云うの「魂」の存在を知らせむ意味はありました。世の大立替は各自の「魂」を審査して、永遠(みろく)の世に入る各魂の地位を定めるからです。聖書に記載される「最後の審判」の意味は、単なる天国と地獄に分けるではなくて、永遠の世に向かうので、これまでの長き [続きを読む]
  • 三千世界一度に開く梅の花の【梅の花とは?】
  • 丹波の片田舎綾部(漢部)で発祥した大本教から出された「世の立替」に関して、大本教神諭に【三千世界一度に開く梅の花 艮の金神の世になりたぞよ。神が表に現れて三千世界の立替え立直しを致すぞよ】が出されました。予告と言えます。 それを受けて、大本教の基本宣伝歌に【三千世界の梅の花 一度に開く神の教(のり) 開いて散りて実を結ぶ 月日と地(つち)の恩を知れ この世を救ふ生神(いきがみ)は 高天原(たかあま [続きを読む]
  • 多様な三千世界故に【霊界保険】を掛けておく
  • 日本の心霊科学の分野で著名なある方は、その霊界研究に霊媒者を通じて霊界と通信をされていました。その霊媒者の前世とされる霊を通じて霊界を学ぶです。その方が帰幽された後、その方の志を継がれた方達が霊媒者を通じてその方が行かれた霊界の様子を聞いたところ、その方が生前に霊媒者を通じて霊から聞いていた世界とはまるで違う世界であったと言われたとされます。 何故にそうしたことになるのかと言いますと、霊界は非常に [続きを読む]
  • 西暦2018年【戌】年の漢字が示す【烕(めつ)】の越中越え
  • 西暦2018年の犬(戌)年。必ずしも「明けましておめでとうござます」とは言えない面があります。それは「戌」の漢字が持つ意味にあります。私達は【祓い】の字に【犬】の字があることは理解していました。ところが、その【犬】年に使われる【戌】の漢字の意味を見落としていたと言えます。戌の元字は【戉】です。戌の字を見ても「戊(つちのえ)」しか気づいていなかったからと言えます。五行で「土は戊に生じ、戌になる」で、 [続きを読む]
  • 魂を磨く?/人は【霊(ヒ)止(ト)】故に、誰しも霊の憑依を受ける
  • 三千世界の大立替を予告した大本教の出口王仁三郎聖師によって、人は「霊止(ヒト)」のことであるとの説が出されました。現在、出口王仁三郎聖師の大本教霊学で何等かの学びを得た人達の間では、人は「霊止(ヒト)」の意味であるという考え方は成り立っていると思われます。「霊」の字に「ヒ」とする呼び方があるからです。 人=霊止(ヒト) 人は肉体に霊を止めている物 この「霊」の漢字は知られているのですが、あまり知ら [続きを読む]
  • 魂を磨く?/前世の記憶から学ぶ人としての在り方
  • キリスト教などでは死後は天国か煉獄(地獄)の二元論世界で、人の魂が【輪廻転生】している等の教えは存在しません。そうなりますと【カルマ】の存在すら否定されてしまいます。一応、【輪廻転生】は仏教における【六道輪廻】の教えはありますが、お釈迦様の原始仏教にはそうした教えが見当たらないようで、後世の物だとする仏教関係者もあります。日本の仏教でも某宗派は公然と死後の世界はないとしています。ならば、その某宗教 [続きを読む]
  • 魂を磨く?/正神界も邪神界も共通して説けることは「感謝心」を持て
  • よく「正神」だとか「邪神」だと言葉を発する方が居られます。その人は何を持って正神と邪神の基準を決めておられるのだろうかです。おそらく、自分が信じる神が正神界で、自分が信じていない神以外の存在は邪神だ式なのでしょう。自分が創造神だとか救世主だと名乗っている方を100人集めれば、100人が100人とも自分以外の人は蛇や狐や狸や猫の類いの神に騙されていると言われます。ということは、そうしたことを名乗って [続きを読む]
  • 魂を磨く?/枝葉の神の栄えの教えではなく、松(公)の根元神を知る
  • 私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は私にある例え話をして来ました。【海岸に長年の風雪に耐えた見事な枝振りの「松」がある。人々はその風雪に耐えて荒々しい木肌や見事な枝振りの松を見て褒めるであろう。だが、誰がその「松の根元」を見るであろうか。松の枝振りでなく「松の根元」を見る者でないといけない。仮に【松の根元】が解る者がそなた一人であっても、そなたには【松の根元】を見る者になって欲しい。 私は子供の [続きを読む]
  • 魂を磨く?/何故に魂は肉体を必要とするのか?。肉体は魂の汚れの浄化の為
  • 私達が持つ魂はその本籍地を霊界とします。この世を去れば霊界で生きているわけです。今は魂の修学の為に、一時的にこの世に降りて来ているのに過ぎません。そんな魂にとって、何故に肉体をまとってまでこの世に降りて来る必要があるのかとなります。それに関してはそれほどの差異はないのですが、霊能者の方々の表現は違ったりしています。厳しい方は「この世は魂の刑務所」とか、大本教の出口王仁三郎聖師のように「天人の苗床」 [続きを読む]
  • 魂を磨く?/祓い清めると霊の浄化の意味違い
  • よく祓い清めるという言葉が語られます。この祓い清めるとは、神社に参拝すると神主から修祓(しゅうばつ)として、頭を下げていると、【祓い賜へ、清め賜へ】と祓い串が振られることです。また、霊能者や行者が米・麻・塩などを混ぜた物を【祓い賜へ、清め賜へ】とばら蒔く行為も一種の修祓なのです。 何を祓い清めているのかとなります、それは個々の人が犯した罪や汚れを祓い清めることなのです。しかし、その時、誰しも疑問に [続きを読む]
  • 魂を磨く?/外部の力を借りずに、自己の【奇魂】の学びで魂を磨く
  • 私が小学校の5年生から6年生頃、私はクラスの図書委員となって、放課後は小学校の図書館で図書司書さんの手助けをしていました。 その頃、私に臨んだ旧約聖書の神と名乗る声は、【旧約聖書は我が書なれども暗号化して人類に降ろしたものであり、文面通り読むと意味が解けぬ。暗号化の為である。新約聖書は人の子達が為した書で、私の書とは言えぬ。日本神話の「天の岩戸開け」は私が予告の為に創作させたものであり、事実には非 [続きを読む]
  • 魂を磨く?/汚れがない捻れた魂よりも、汚れていても魂は丸い方がいい
  • 私は魂とは【丸い思惟玉】だと説いて来ました。私があえて魂の写真を出したのもその為です。一方、【捻れた魂】の存在も説いて来ました。その「丸い玉」にも、汚れが無い玉と汚れた魂があります。 世間で100人が100人とも、あの人は「良い人」だと評価されている方がありました。性格は温和で、誰に対しても親切で申し分がありません。ところが、その魂を見ると玉は丸いのですが、その魂は汚れでどす黒くなっていました。魂 [続きを読む]
  • 魂の磨き?/魂の原則 因果応報(目には目を、歯には歯を)の解消法
  • 仏教ではこの世に起きる出来事は全て偶然ではなくて、必然性があって起きるとします。そこに【縁】起が説かれます。もう一つとして、仏教では【因果応報】が説かれます。で、この「因果応報」がどれだけ理解されているかとなりますと、ほとんど理解されていないと見られます。この因果応報とは別に、仏教では【輪廻転生】が説かれますが、【因果応報】はその「輪廻転生」と連動している為に、仏教における宗派に見られます【我が宗 [続きを読む]
  • 魂を磨く?/今の世の魂は腐ったり捻れたりで、弥勒世の魂は【水晶玉】と説かれる
  • 大本教から弥勒世に立替後は、【水晶魂】と出されました。私は魂に点数が出るのを見ましたが、今の世の魂は腐ったり捻れたりもします。私はある人物の魂の表面はあるのですが、その表面がシワシワ状で、リンゴの表面の皮は残っていても、中味の芯が腐っている為に表面にシワが出ている様な感じで、これは腐った魂ではないかと、当時の2番目の師匠に霊視を頼んだところ、その師匠は【こいつは何だ!。この男の魂は既に腐っており、 [続きを読む]
  • 魂を磨く?/そもそも魂とは?
  • 天の岩戸開けなどあるのかと12回に渡って書きましたが、天の岩戸開けがあろうがなかろうが、大切なことは【自分の魂を磨く】なのです。その度合いによって、自分がこの世を去った後の霊界での行く先が違っているからです。大本教神諭に世の立替では、各自の魂を審査して【上・中・下】の三段階に判定され、下から上に行くもの、上から下に行くもの等の入れ替えが起きると予告されました。これまで神社の御神霊だと思っていた霊も [続きを読む]