ジェームス吉田 さん プロフィール

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ジェームス吉田さん: 四国讃岐の片隅で
ハンドル名ジェームス吉田 さん
ブログタイトル四国讃岐の片隅で
ブログURLhttps://james1964.exblog.jp/
サイト紹介文ローカルエリアを駆け抜ける中年サイクリストの奮闘記。 
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供9回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2011/11/26 03:59

ジェームス吉田 さんのブログ記事

  • スポルティーフで行こう!(9)男木島・女木島 海の旅(前編)
  • 『あああああ、もう限界じゃあ!』『ご主人さま、お気を確かに!』暑さで気がふれた訳ではない。殺人的猛暑の中、仕事は最繁忙期真っ最中。ストレスが最高潮に達しているのである。仲間は盆休みを取って信州キャンプに出かけたり、あるいは信州サイクリングを満喫したり、はたまた信州ツーリングに出かけているというのに・・・。『ご主人さま、信州ばかりリフレインしているのですが・・・それほど行かれたいのですね。』『... [続きを読む]
  • SRへの道(4)BRM318泉佐野200?
  • 結論から先に書けば、めでたく完走、認定となった。 コースは折り返しの往復コース。 無事これ名馬。DNFと異なり、完走の場合はトラブルも、道中に感動的なドラマも無い。それが無かったから時間内完走できたのだ。当日までに私が工夫した事を上げるとすれば、それは『コース攻略のためのステージ設定』だろう。 訪れたことのない道を走るとなると、事前の情報収集が欠かせない。いくらズボラな... [続きを読む]
  • 書斎にて(50)ビッグプロジェクト
  • 酷暑の夏。エアコンかけっぱなしの書斎でダレまくっているジェームス吉田(J)と質実剛健号(通称ツヨシ・T)との会話。 J『暑い。殺人的な暑さだ。何処へも行きたくない。というか、何もしたくない。』T『そう言わずにどっか行こうぜ・・・とも言えんわな、こんだけ暑けりゃ。命に係わるかもしれん。』J『だろ?もう、サイクリングは妄想の中で我慢するしかない。』T『それもなんだかなあ・・・。』J『それにし... [続きを読む]
  • SRへの道(3)BRM1018和歌山200?(死闘編) 
  • ようやくコースに戻った私の闘志を打ち砕くように、海風がまともに打ち付けてくる。“海岸線の風が収まっていればいいのですが・・・”出発前に聞いたKさんの言葉である。横(西)から、時には正面(北)から。おまけに行く道は海岸線のアップダウンで、これだけの強風は相当の負担になる。しかし、もう後がない。とにかく走るしかないのだ。歯を食いしばりながらインナーローにギアを落とした瞬間・・・・ガリガリッ... [続きを読む]
  • SRへの道(3)BRM1018和歌山200?(飛翔編) 
  • 三度目の200?ブルべである。生まれて初めて参加したのが2年前の同コース。当時はブルべの何たるかも知らず、天候不順とはいえ玉砕も仕方のない有様だった。 今回は違う。装備も整え、曲がりなりにも足慣らしを済ませた。万全の体制で走り切るつもりである。前泊は前回も利用したスタート地点近くのビジネス民宿。深酒も避け、暖房を効かせて床に就いたのだが、私はすっかり忘れていた。この宿は壁が薄く、夜通し雑音... [続きを読む]
  • 書斎にて(49)謹賀新年
  • 2018年1月2日。夜も明けていない早朝5時、起き抜け早々慌ただしい様子のジェームス吉田(J)と、あきれ顔の質実剛健号(通称ツヨシ・T)の会話。 J『新年あけましておめでとうごさいます!・・・ああ忙しい。』T『おめでとうございます・・・って、なんだよバタバタと。』J『言ってなかったっけ?6時からスタートするつもりだから、早くしないと間に合わ なくて・・・』T『だから何が?』J『えーっとな... [続きを読む]
  • SRへの道(2)CAD12ディスク大改造!!
  • 来年度に向け、ドッグ入りから帰って来たキャノンデールCAD12ディスク105。改造点は次の通り。(1)Rスプロケット11〜34T導入および前後メカにアルテグラ採用実戦において、よりワイドなギア比の必要性を痛感。Fメカの交換は必要なかったのだが、見栄で前後ともアルテグラに。(2)ハンドルバーを約20mm狭いものにデフォルトのバーは広すぎて、力が逃げる感が否めなかった。これで腋が... [続きを読む]
  • 阿讃の峠と温泉と(12)寒風越(後編)
  • 杉王神社から横畑集落上部までの標高差はざっと200m。クネクネ坂の一本道は一気に高度を上げながら集落に向かう。途中から視界を遮るものは消え、斜面反対側には抜群の眺望が広がった。山裾には一部、旧道が(か細い山道だが)遺され、微かに往時を偲ぶことが出来る。現在の道路は、戦後に敷かれたものを昭和52年からの工事で更に拡張したものだ。それ以前の状況を想像すると、横畑はまさしく秘境、下界とは完全に... [続きを読む]
  • 阿讃の峠と温泉と(12)寒風越(前編)
  • 早朝6時。≪道の駅ことなみ≫の駐車場には、車中泊のクルマで一杯になっている。かく言う私も同類で、昨夜は併設する温泉施設で汗を流した後、缶ビールをたらふく飲んで、車中泊仕様に改造したクルマで一夜を過ごしたのだった。前日に真鈴峠、二双越の二つの峠越えを終えた私は、再び三頭トンネルを抜け、道の駅まで戻ってきた。今日はここから寒風越(さむかぜごえ)を越える予定である。この道の駅は... [続きを読む]
  • 阿讃の峠と温泉と(11)二双越
  • 真鈴峠を越えた私は三頭トンネルの国道を辿り、再び明神集落に戻った。次に向かうのは二双越(にそうごえ)である。この峠は立石峠とも呼ばれるらしいが、国土地理院の地形図には峠名が記されておらず、どちらが正しいのかはわからない。本稿では諸々の資料に基づき、二双越と呼ぶことにする。明神は旧琴南町と阿波を結ぶ峠道が集約されるハブポイントだが、二双越に至るルートは明神から三頭越へのルートを... [続きを読む]
  • 近況報告・・・うーんダメじゃあ!
  • あのー、そのー・・・・仕事が最繁忙期に突入した為、ブログ更新がほぼできない状況であります。せっかく頂いたコメントにも、丁寧に返信できそうもありません。そう言う訳で、しばらくはギブアップ宣言!(GWにアタックした峠のレポートもまだなのですが・涙)落ち着きましたら更新しますので、それまでお休みさせて頂きます〜。 [続きを読む]
  • 阿讃の峠と温泉と(10)真鈴峠
  • 真鈴峠。何と美しい響きだろう。そしてこの峠を擁する小集落、真鈴。讃岐山脈の峻険な稜線直下のこの集落は、まさに天空の村と呼ぶにふさわしい。雲上の家々を縫って下界に至る峠道。いつしか真鈴峠は私にとって、憧れの峠になっていた。峠の宝庫、旧琴南町。前回訪れた際には準備不足もあり、それら峠の取り付き地点に至るのが精一杯だった。満を持して、いよいよ、遂に、それらの峠を目指す時が来... [続きを読む]
  • 阿讃の峠と温泉と(9)唐谷峠
  • 《阿讃の峠》の定義を《阿波と讃岐をつなぐ峠》とすれば、唐谷(からたに)峠はそれに属さないことになる。なぜならば、峠を越えた先は阿波ではなく伊予(愛媛)だから。とはいえ、我がバイブル『阿讃の峠』にはしっかり列挙されており、できれば仲間外れにしたくない。ここはひとつ《阿讃山脈(讃岐山脈)を越える峠》と拡大解釈することにして、讃岐最西端の峠を訪問することにしよう。曼陀峠を下って来た私は... [続きを読む]
  • 阿讃の峠と温泉と(8)曼陀峠(後編)
  • ダム湖が尽きる頃、旧道は再び左に逸れて海老済(えびすくい)集落の中に入っていく。本来の峠道はここからほぼ一直線に峠に向かっているのだが、どこまで自転車で登れるかはわからない。行けるところまで行ってみて、だめなら新道に引き返そうと思う。   またまた左に降りる旧道。県道から下る坂道の左、フェンスで囲われた一角が目に入った。(ははあ、どうやらここがアレかあ・・・)... [続きを読む]
  • 阿讃の峠と温泉と(8)曼陀峠(前編)
  • 旧大野原町(観音寺市)と旧池田町(三好市)をつなぐ曼陀峠を越えるのは三度目になる。最初は輪友・さんつあ〜ひ〜ろ〜さんと讃岐側から、二度目はソロで阿波側から。讃岐側はふもとから曼陀トンネルまで立派な新道が敷かれていて、初めて訪れた際にはその激坂に泣かされたものだ。ゼエゼエ息を切らしながら登っている時、左手の谷川沿いに集落がチラホラ見えていたのを覚えている。(古の街道はあの谷筋に延びてい... [続きを読む]
  • 阿讃の峠と温泉と(7)鵜峠
  • 昔、阿波の鵜飼がこの峠で団子を食べていると、突然現れた僧侶に『殺生をして暮らすのは良くないので止めなさい』とたしなめられた。『しかし何分生業ですので・・・』と言って団子を差し出すと、僧侶はそれを一飲みして消え去った。鵜飼は不思議に思いつつ、讃岐の池で漁を始めたところ、三尺に余る怪魚に鵜を噛み殺されてしまう。格闘の末に怪魚を仕留め、殺された鵜を峠に葬り、家に帰って怪魚の腹を裂くと、出てきたのは... [続きを読む]
  • 阿波五街道を走る・・・ちょっと休憩②
  • 国道11号線を高松方面から徳島に向かい、鳴門市を通過すると、大きな川を渡る。初めてその看板を見た時、戸惑った経験があるのは私だけだろうか。『ほほう、これが四国三郎、吉野川か。・・・あれ?さっきの看板、“旧”吉野川だったぞ。』“正真正銘”の吉野川が現れるのは、更に南下してからである。『新?旧?どっちが本物やねん!』冷静に地図を見れば、吉野川本流は上板町で二手に分かれ、南側の... [続きを読む]
  • 阿波五街道を走る(2)淡路街道を行く
  • 江戸期の淡路島は洲本城を与えられた稲田氏が治めていた。独立した藩ではなく、徳島城の蜂須賀家の家老として、である。この事が後の稲田騒動に繋がる訳だが、ともかく淡路島は制度上、阿波の国の一部には違いなかった。その淡路島と徳島城下を結ぶルートが淡路街道だ。徳島城から北上した淡路街道はJR立道(たつみち)駅辺りで撫養街道と合流後、東に進んで鳴門市の海岸、陸路の終点である岡崎湊に至る。... [続きを読む]
  • 阿波五街道を走る・・・ちょっと休憩①
  • 南海道の時代から続いた大坂越えのルートは、大正期に車道が敷かれた後も国境の道として長く使われていた。現在その役割は、海岸沿いに開通した新国道に引き継がれている。   2008年発行・分県地図(15万図)昭文社より。現在、徳島IC〜   鳴門JCT間は接続されている。その現・国道11号線は、県境を過ぎると山をぶち抜き、一路徳島を目指しているのだが、かつてはひたすら海岸線を辿... [続きを読む]
  • 阿波五街道を走る(1)讃岐街道を行く
  • 阿波側からは讃岐街道と呼ばれるルートは、讃岐側からは阿波街道と呼ばれている。ところがこの『阿波街道』という名称、中讃における讃岐山脈の峠道の呼称にもしばしば使われている。“阿波へ至る街道”という言葉なのだから仕方がないが、ややこしく思う人もいるだろう。差し当たって両県にまたがる旧街道を走る場合、主体となる側の呼称を使用することにする。その讃岐街道だが、どこからスタートするか。できれば... [続きを読む]
  • 阿波五街道を走る(序)
  • きっかけはずいぶん以前。『うや撫養街道』と名付けられた、徳島県鳴門市を中心に郷土を紹介するHPを目にした事だった。当初、恥かしながら私はその表題が読めなかったのである。その後、“撫養(むや)”とは鳴門市の旧市街部の地名で、撫養街道とはそこから吉野川北岸を走り池田町(現三好市)に至る旧街道であることを知り、ようやく件の表題の妙にニヤリとしたのであった。阿波五街道は江戸期に整備さ... [続きを読む]
  • 近況報告
  • うーん、妙に忙しい・・・。けど、徐々に活動再開しております。もうすぐ春だもんね。画像は先日、コンビニ前でお会いした、もの凄く〜年季の入ったアルプススーパークライマー!札所巡り、今からスタートとの事。さて、私も走り出しますか。 [続きを読む]