edih さん プロフィール

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edihさん: edihの昭和音楽よもやま話
ハンドル名edih さん
ブログタイトルedihの昭和音楽よもやま話
ブログURLhttps://ameblo.jp/natibatiyi/
サイト紹介文60年〜70年代の邦楽中心に気に入った音楽を紹介していきます。
自由文60年代後半からザ・スパイダースの熱狂的ファンになり、
70年代は井上堯之バンドに熱中したおりました。
歌謡曲からフォーク、ロックなどジャンルは幅広く聴き、
作曲、編曲、バンドとしての音作りに興味を持っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供27回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2011/12/10 23:50

edih さんのブログ記事

  • 井上堯之バンドの時代〜井上堯之バンド⑥
  • 「太陽にほえろ!」はジーパン刑事の人気も上々、堯之バンドが演奏するメイン・テーマのレコード化を望む声も高くなる。放送開始1周年にあたって番組視聴者プレゼント企画に100枚限定で「1周年記念主題歌集」レコードのプレゼントを募集をしたところ、なんと数十万もの応募が殺到、1974年5月には待望のレコード化が実現する。動いたのは制作する東宝のグループ会社“東宝レコード”、当初乗る気ではなかったのか?堯之バンドと契約 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜井上堯之バンド⑤
  • 74年3月21日、ジュリーのシングルは両面とも堯之バンドの演奏「恋は邪魔もの/遠い旅」が発売される。過密スケジュールのため73年12月中のレコーディングで2月の発売予定だったものが1ヶ月延び延びとなっていたのだ。今回も加瀬の作った曲だが、アレンジはシングルとしては初めて堯之バンドが担当、1月14日田町アルファスタジオでぶっつけ本番的にメンバー、スタッフの試行錯誤を繰り返しながら2曲仕上げたのだった。ジュリーは「時 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜井上堯之バンド④
  • 1974年ジュリー&堯之バンドは前年と同様に大阪フェス、日劇での「沢田研二ショー」でスタート。大阪からギターに“速水清司”がメンバーとして参加、堯之バンドは5人となる。速水はスパイダクションに所属していた元「チューリップス」のメンバーで、「ジプシー・ブラッド」時代にミッキー・カーチスのプロデュースでアルバムを1枚出しているが、ミッキーに紹介したのが堯之だったという。速水の参加で、堯之とは違った持ち味のギ [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ⑪
  • 73年ジュリー+堯之グループの主なライブ活動としては、7月の浅草国際でワンマンショー、8月は梅田コマ(4日間)のショー、10月には中野サンプラザ(5日間)で行われ、内容は全般的にオールディズR&Rやシングル、アルバムからの選曲であった。PYGでは決して自分たちの過去の歌を歌うことはなかったが、ジュリーのソロのコンサートではタイガース時代の曲を取り上げることが多かった。71年の初めての日生劇場や72年の各地のコンサー [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ⑩
  • 「太陽にほえろ!」のレコーディングが行われた2日後の73年6月22日、深夜の新宿でマカロニ刑事の殉職シーンが撮影された。7月9日スタッフのシャレた発案でマカロニの葬式「早見淳を悼む夕べ」がファンを招いて新宿文化地下アンダーグランド蠍座で行われた。マカロニの黒枠の写真に献花をした後「13日金曜日マカロニ死す」を上映したのだが、開始直後からファンは目を真っ赤にして泣き、殺される瞬間ではセリフも聞こえないほどの悲 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜井上堯之バンド③
  • 73年5月、富山、金沢のロックフェスティバルに堯之グループとして参加、そして6月20日には“太陽にほえろ!”のレコーディングに入る。マカロニ刑事に変わるジーパン刑事用のテーマ曲の録音のためであった。ショーケンは製作スタッフになにかと自分の意見を通そうとしてきた。刑事が主役を殺してしまうアイデアはジュリー出演の「そして、愛は終わった」で実現したものの、若者にありがちな性的犯罪がないことに何度抗議しても取り [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ⑨
  • 1973年4月、安井&加瀬コンビの第2弾「危険なふたり」が発売。当時流行つつあったオールディス・スタイルのR&R調にオーバーアクションで歌うスタイルが受けてヒットチャートを上り続け、5月下旬には念願の1等賞であるオリコン1位を獲得。70万枚近く売上、年末の歌謡大賞を取るなど、メジャーなこのナンバーはジュリーの70年代を象徴する1曲である。この曲の演奏も70年代の大半のジュリーのレコードを担当する“ケニー・ウッド・オ [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ⑧
  • 念願の堯之グループとのセッションを行った大ブレイク中の“よしだたくろう”は、1972年に富士フィルム他のCMソングを手掛けている。「たくろうが富士フィルムなら、はっぴいえんどはサクラカラーでCMを!」と“はっぴいえんど”の石浦マネージャーの思いが届いたのはバンドが解散した後の73年の1月、メンバーの一人であった“大瀧詠一”のところに「三ツ矢サイダー」のCMソングの話が巡ってくる。2月26日青山KRCスタジオにおいて [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜PYG⑨
  • 973年1月ジュリーのシングル「あなたへの愛」が発売。加瀬作品ではマイナーコードの曲が続いたが、メジャーコードで久々加瀬らしい曲。(譜割は「許されない愛」と同様、8分音符が並ぶパターン。「追憶」の後の「白い部屋」などヒット曲の音符の並びが加瀬作品には多い)これまでソロ・シングルとの同時期発売を避けていたが、PYGのラストとなるシングル「初めての涙/お前と俺」も発売。しかしTV出演もないままオリコンに1度もラン [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ⑦
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ⑦72年末のジュリーは各音楽賞を受賞し、目標としていた”紅白歌合戦"の出場が決まり”歌謡グランドショー”にレギュラー出演している堯之グループとともに夢が叶う。「許されない愛」を熱唱するが間奏に出たバンドのテロップは「ザ・いのうえバンド」とクレジット。73年の紅白でも同じように紹介されているが、NHKでの歌番組でもこのバンド名が使用されていたようである。一般的な「井上堯之グ [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜PYG⑨
  • 1973年1月ジュリーのシングル「あなたへの愛」が発売。加瀬作品ではマイナーコードの曲が続いたが、メジャーコードで久々加瀬らしい曲。(譜割は「許されない愛」と同様、8分音符が並ぶパターン。「追憶」の後の「白い部屋」などヒット曲の音符の並びが加瀬作品には多い)これまでソロ・シングルとの同時期発売を避けていたが、PYGのラストとなるシングル「初めての涙/お前と俺」も発売。しかしTV出演もないままオリコンに1度もラ [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ⑥
  • 72年「旅の宿」が大ヒットでフォーク界のスーパースターとなった”よしだたくろう”。堯之グループとライブを行っていることはあまり語られていない。羨むような機材でロックな音を出し一目を置いていた堯之グループとは72年後半に待望のライブを行っている。このライブの模様はたくろうのレギュラー番組「バイタリス・フォーク・ビレッジ」(ニッポン放送)で2日にわたってOAされる。なかでも大野がシンセを使用しアレンジした曲 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ⑤
  • 72年10月17日から日生劇場で「沢田研二リサイタル」が堯之グループとゼネラル・ポップス、コーラスにウィルビーズをバックに6日間行われる。オープニングは70年代お馴染みとなる「アイ・ビリーブ・イン・ミュージック」、ロックンロールメドレーやPYGでもおなじみの「ホワット・アイ・セイ」などを歌った。12月に発売される2枚組アルバムに収録されなかった曲は、「モナリザの微笑」「古い巣」「淋しさを分かりかけた時」「青春」 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜PYG⑧
  • 72年8月の日劇WCに出場して以来、新宿NEW ACBで1ステージ1時間ほどの「PYGショー」が9月15日に終日行われる。第1回目のステージは1.アイ・ウォント・テイク・ユー・ハイヤー 2.トゥ・ラブ・サムバディ 3.ユー・ガッタ・ムーブ 4.アイ・ガット・ドリーム・トゥ・リメンバー 5.死んでもいい 6.ブルージンの子守唄 7.湯屋ちゃん 8.ソフト・ファン 9.スペース・キャプテン 10.ホワッド・アイ・セイ 3回目は1.遠いふるさと 2.ダ [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜井上堯之バンド②
  • 72年7月にスタートした「太陽にほえろ!」はマカロニが同じ若者である犯人に共感、同情するといった心の葛藤を表現するといった今までの刑事ドラマとは違ったストーリーを展開。当初はマカロニがメインだったストーリーも次第に所属刑事が順繰りに主役を張り、9月の第8話で視聴率20%を超え人気番組として定着していく。第1話では7月に発売された「ブルージンの子守唄/少年の魂」がBGMとして使用されるなど”渡辺企画“が製作協力 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ④
  • 72年9月10日、ジュリーのソロ・アルバム「JULIE IV 今僕は倖せです」が発売される。3枚目となるオリジナル・アルバムは、これまでタイガース、PYGのサウンドとは異った歌手”沢田研二”としてのアルバム制作だったものが、全曲の作詞作曲、アルバムのジャケット、ライナーをすべて手書きをするなどセルフ・プロデュース、等身大でありのままなアルバムが作り上げたと言えるであろう。演奏は井上堯之グループとしては初、「不良時代 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜PYG⑦
  • 72年7月に入ってショーケンのソロ・シングル「ブルージンの子守唄」が発売「太陽にほえろ!」のOAがスタートする。役者としては太陽の他には引き続きNHKの「明智事務所」と映画「化石の森」のロケに追われていた。ジュリーは「一等賞を取ってあかしろ(紅白)歌合戦に出る!」をモットーに「許されない愛」に続く「あなただけでいい」が連続ヒットしTVに連日引っ張りダコ、JAZZ喫茶や下旬の国際劇場では4日間のショー活動も行った [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜井上堯之バンド誕生①
  • 「太陽にほえろ!」初の音楽録りは、72年6月23日に目黒のモウリ・スタジオで行われ、大野が書き上げた50〜60cmもの厚さの譜面を頭から順番に録音していったが、6〜8時間経って消化できたのが10cmほどであったという。記念すべき1曲目はメイン・テーマのブリッジからでミュージックNo“*BR1-A”、大野は当時まだ日本では数台しかなかったのモーグ・シンセを多用している。TV用の劇伴はまだモノラルでいい時代に、PYG結成時に導入し [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜堯之グループ③ PYG⑥
  • 72年4月に入ってジュリーの都市部のリサイタルでは一部空席の目立つ地域もあったが、日生と同様にタイガース・メドレーは一段と客席は湧いた。ソロでのヒットもPYGにいながら"君をのせて"のようなプロの作家による歌謡曲を歌うことに拒否反応を示すファンもいて「(ジュリーに)歌謡曲を歌わせない会」が結成されることもあった。ジュリー&堯之グループのJAZZ喫茶ではPYGのレパートリーも歌いつづけた。1月の日劇WCで音楽監督を担当 [続きを読む]
  • 太陽にほえろ!誕生前①
  • ショーケン主演の松竹映画「約束」が3月下旬に公開、映画評論家の淀川長治に「現在のイカレた青年のイメージを体当たりで表現している。これからが楽しみ」と評価される。この頃「自分のやりたいこともやれずに商業主義に妥協してきたのがGSだった。ブームは疫病。菌をばらまくのはもうごめんだ!」とまるでPYGでも同じ過ちを繰り返したくない!ともとれる役者転向的発言をしている。ショーケンの熱演もあり、この作品は年末にキネ [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜PYG⑤ WCの時代
  • 今まで触れていなかったGSの祭典「日劇ウエスタン・カーニバル」にPYGは第44回から48回まで出場している。初出場は71年4月、オープニングは「ウォーキン・マイ・シャドー」で登場、トップバッターを務めた。GSが相次いで解散、メンバーが一新され「ロックセクション’71」等でも同行したナベプロの“タローとアルファベッツ”“シローとブレッド&バター”“アラン・メリル“”ロック・パイロット“他は”ワイルド・ワンズ“や”フ [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜PYG④
  • 72年の仕事始めは新宿New ACBから。ショーケンが「大野”ハカセ”が新しい楽器を買いました!」とアープ・シンセサイザーを紹介している。結成時からPYGの機材は他のミュージシャンがうらやむほど一流なものばかりだったが、最終的には赤字の要因の1つにもなる。1月はPYGで大阪をはじめツアーも行う傍ら、井上グループとして麻生レミとともに「オールジャパン・ロック・フェスティバル」に参加した。 役者づいてきたショーケンは松 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜井上堯之グループ①
  • ジュリーのソロ活動が開始、初リサイタルを控えたある週刊誌が報じる解散説に、「確かにPYGは先走りしてると思うんです。New Rockの成功には時間がまだまだかかるでしょうね。中途半端かもしれないけど、一人の仕事とPYGの仕事と両方やっていくるもりです」とジュリーは語っている。72年末の日生のリサイタルでの"沢田研二、演奏:井上グループ"という初めての形に対しては「(メンバーに)悪いとは思うけど、これからも何らかの形 [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜スタジオ・ワークス'72〜73
  • 原田裕臣はPYG加入前にはミッキー・カーチス率いる“サムライ”に在籍。同じメンバーだった“山内テツ”とのコンビで「フレンズ」「ファーザー&マッド・サン」に演奏参加している。そのミッキー・カーチスが、内田裕也、川添象郎らとともに設立した「マッシュルーム・レコード」でプロデューサーとして製作に携わった関係からか、原田がサムライ解散後にドラマーのスタジオワークが多くなっていく。原田がPYG参加後は大野のスタ [続きを読む]
  • 井上堯之バンドの時代〜PYG③
  • 71年9月に入り、ドラムスの大口広司が脱退。「音楽的に色々新しいことをやりたいんで、これを機会にキャリアの長い原田君に来てもらった方がいい」と堯之は"原田裕臣”が後任ドラマーに決まったいきさつを話している。ジュリーは11月に行われる「合歓ポピュラーフェスティバル」にソロでの出場曲「君をのせて」の録音、10月にはロンドンでソロ・アルバム制作が決まり、くすぶり続けていた解散説が大きく取り上げられる。 9月のイン [続きを読む]