鈴村智久 さん プロフィール

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鈴村智久さん: 鈴村智久の書評空間
ハンドル名鈴村智久 さん
ブログタイトル鈴村智久の書評空間
ブログURLhttp://borges.blog118.fc2.com/
サイト紹介文表象文化論、美学、芸術学の研究者鈴村智久です。
自由文表象文化論、美学、芸術学の研究者。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供162回 / 365日(平均3.1回/週) - 参加 2011/12/20 23:05

鈴村智久 さんのブログ記事

  • 09/19のツイートまとめ
  • afterfinitude01 今ここにあることの持続は時間論において否定できない。潜在性は絶対的に一つの穴(現在)を通ってしか実在化し得ない。ただ、事実論性や超弦理論のカラビヤウ空間では、現在を多孔性モデルで捉えることが可能である。複数の穴を通って潜在的なものが並行的に外在化されるということ。 09-19 22:15 現在とは、この「現在ある」という事実が他の諸可能性を除外して潜在性の海から屹立するということでは「ない」 [続きを読む]
  • 09/18のツイートまとめ
  • afterfinitude01 恐怖と身振りの関係③黒澤清『回路』での幽霊の屈曲的な歩行。見えない実在は生きている人間とはまったく異なる動きを取る。 https://t.co/YymeV7ZZHe 09-18 21:57 恐怖と身振りの関係②『サイレントヒル』シリーズの独立した短篇として高い評価を受ける『P.T.』。この場面は①から非常に大きな影響を受けている。この作品自体、循環する廊下が微分的に差異化する迷宮的な構造を採用している。 https://t.co/iDr [続きを読む]
  • 09/17のツイートまとめ
  • afterfinitude01 マルガブはやはり面。ちなみになぜせかの英訳版のカバーはユニコーン。 https://t.co/pYvJlsrxaJ 09-17 23:59 光っている林檎は既に囓られている。 https://t.co/HBvbwDZ9MY 09-17 23:55 日曜日は東山から烏丸まで京都の夜を歩いた。数知れない顔が私の傍を通り過ぎたが、一日も経てばその誰一人として記憶してはいない。 https://t.co/rmKmYBHaPS 09-17 23:54 RT @0anamnesis1: 丸善の京都本店には本当にレ [続きを読む]
  • 09/15のツイートまとめ
  • afterfinitude01 この限りで事物は常に退隠している(ハーマン)。あるいは、世界は常に自然の斉一性を打ち破る(メイヤスー)。それは外が内との関係においていかなる恒常性も常に破棄し得るということに他ならない。外は内を裏切る。あるいは、内は常に外によって貧しくなる。 09-15 13:07 猫の微笑には、猫という対象が内在する無限に豊かな平面の中から、ある一つの部分が外部環境と創発して外へと押し出される(反り返る) [続きを読む]
  • 09/14のツイートまとめ
  • afterfinitude01 RT @201yos1: ルーベンスタイン『中世の覚醒  アリストテレス再発見から知の革命へ』(ちくま学芸文庫)、アマゾンでは既に予約が始まっています。11月から七巻本で刊行される『中世思想原典集成精選』(平凡社ライブラリー)を精読する前に、中世思想の全体像に触れるのに最適な書… 09-14 10:36 RT @201yos1: ローマ法王、来年訪日の意向…日程は未定 : 読売新聞「法王は同日行われた「天正遣欧使節顕彰会」 [続きを読む]
  • 09/13のツイートまとめ
  • afterfinitude01 洗礼の有無とは無関係に神は「信じる者」には必ず恩寵を与える。逆に、自由意志によって神を信じない者には神との関係性が成立しないため恩寵は存在しない。これは損得の問題ではなく、信じる者の認知体系においては恩寵という「意味」が対象に付与されている、ということである。 09-13 23:15 人は両親を敬えと言う。しかし聖書は親子の血ほど薄いものはなく、人は常に霊的な家族をこそ持つべきだとも教えてい [続きを読む]
  • 09/11のツイートまとめ
  • afterfinitude01 私はどちらかというとアピチャッポンの自然観がしっくりくる。そちらの方に惹かれる。ハーマンも対象には目に見えない感覚的次元というものがあると考えていた。対象は退隠している。可視化された表象よりも広大な地平を対象は常に持っている。猿の精霊や虎への生成変化もこの次元の創発に関係する。 09-11 23:02 アピチャッポンはおそらくこの点でル・クレジオと異なる。彼の自然には奥行きがある。表面に全て [続きを読む]
  • 09/09のツイートまとめ
  • afterfinitude01 『トロピカル・マラディ』の後半のような経験がしたいんだと思う。今、はっきりとあれを作り上げたアピチャッポンの偉大さを感じる。人間の足跡が少しずつ虎のそれに変わる場面の主人公の青褪めた顔。夜に樹上から話しかけてくる猿。どれもかけがえのない森との触れ合い。交感。 09-09 22:59 帰宅してシャワー浴びながらまだ動物のことばかり考えてるんだけど、私はもしかすると夜の森でジャガーと目を合わせた [続きを読む]
  • 09/08のツイートまとめ
  • afterfinitude01 だとすればバディウ→メイヤスーの流れで起こったのは、ドゥルーズ的な視座からすると「(絶対者への)退化」ではないか。まあ、私自身の信仰は一神教に属すのでメイヤスーの宗教的傾向には親和的なのだが、彼の中に事実論性を神論に結びける企図があるのは事実。 09-08 16:17 バディウ、ズーラビクヴィリ、モンテベロの三者において、バディウのみが一に至高性を付与しているとしてドゥルーズを批判するのだが [続きを読む]
  • 09/07のツイートまとめ
  • afterfinitude01 ヘッダー画像の波もいい感じだな。 09-07 12:15 最近の近藤先生のツイート、重要度高すぎる。SRとかドゥルーズあたりに関心ある方は必読。あと『数学的経験の哲学』にもメイヤスーへの言及あるのでこれも言うまでもなく必読。 09-07 12:11 RT @kakond3: 亡霊のジレンマ -思弁的唯物論の展開- 書評|カンタン・メイヤスー(青土社) https://t.co/mbIqrx0Gbu 09-07 12:09 [続きを読む]
  • 09/06のツイートまとめ
  • afterfinitude01 免許更新終了!私もゴールドドライバーに仲間入り。?分くらいの待ち時間でズーラビクヴィリ読んでた。普免の人は去年から準中型自動車免許って名称に変わったみたい。ちなみに千原せ○じがなぜかいた。スキンヘッドでちょっと怖い雰囲気。。。 09-06 14:35 京都カルメル会、懐かしいな。前にシスターと熱心なご婦人と三人で訪れた。そこで幼きイエスの聖テレーズの『小さき花』と書簡集、そしてカルメル会の祈 [続きを読む]
  • 09/05のツイートまとめ
  • afterfinitude01 ちなみに、私はマルセルのお婆ちゃんが雨を浴びながら、「ああ、これでやっと息ができる」って言う場面がかなり好き。 09-05 22:46 男娼窟で一夜にして100万フラン使うようなパラメードも、芸術に対してこういうこだわりがあるところ、私の中でかなりポイント高い。芸術において自分の審美的感覚を信じることってとても大切。そして、それと同じくらい制度的な文化資本を獲得することはとても大切。 09-05 22:4 [続きを読む]
  • 09/04のツイートまとめ
  • afterfinitude01 台風で根こそぎ倒れた樹木はけして死んでいはいない。それは壊れた時計や人形、沈黙する肖像画との間で「接続」が起き得ることからも証明できる。接続は常に「対話」の次元に開かれる。樹木は風雨と悠久の時を経て深い関係を築いており、倒木においていかなる不条理も感じはしない。 09-04 23:50 植物と私、この二つのオブジェクト間で深い「接続」を起こすためには、まず植物のどこに「眼」があるかを知る必要 [続きを読む]
  • 09/03のツイートまとめ
  • afterfinitude01 この雲もなんか描かれたっぽかった。 https://t.co/G2cN9ICH5q 09-03 23:16 空の写真とか一生懸命加工してる人いるけど、空とか海とか草とかって何も着せなくても無条件に美しい。 https://t.co/a4TFyuydXO 09-03 23:12 今さっき息抜きにドゥンス・スコトゥスを読んでいたら、神の属性(超越概念)は相互に代入可能であるという意味で、互換的である(convertunter)と規定されるとあった。だとしたら多、一、 [続きを読む]
  • 09/02のツイートまとめ
  • afterfinitude01 私が今大阪に期待しているイベントは二つある。一つは2025年の万博開催を実現させること。既に近所の大阪府立中央図書館(蔵書数は公共図書館で日本一)では色んな誘致イベントっぽい企画展示やり始めてる。もう一つは中之島に計画中の新しい美術館の完成。 09-02 23:42 あと生粋の大阪人ほど梅田とか別に大した街じゃないよな、人多いし汚いだけ、みたいな感覚を案外持ってるもの。田舎とかから上阪してきた人 [続きを読む]
  • 08/30のツイートまとめ
  • afterfinitude01 さて、そろそろ眠ろう。そしてこれを最後に、しばらくTwitterにはお別れするとしよう。(頑張って論文仕上げよう!) 08-30 23:59 私が今回の件で考えたことは、以下にほぼ集約されるだろう。「すべてを神において見る」(マルブランシュ)とは、実質的に「神はすべてを今、ここに見る」ことだ。そして人間は神を感じたときに深い充足感(自分は今、ここに、ただあるだけでいいのだという絶対的な自己肯定感)を [続きを読む]
  • 08/29のツイートまとめ
  • afterfinitude01 何度も聖書は通読しているけれど、この部分がいまとても響いてくる。イエスもしっかりイザヤ書を読んだ上で、自分の言葉で新たに伝え直しているのがわかる。 08-29 22:46 「彼らは飢えることなく、渇くこともない。太陽も熱風も彼らを打つことはない。憐れみ深い方が彼らを導き、湧き水のほとりに彼らを伴って行かれる」(イザヤ 49.10) 08-29 22:44 「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが [続きを読む]
  • 08/28のツイートまとめ
  • afterfinitude01 あとこれは別の映画で、まるこがバスタブに浸かったまま夢心地にインド方面を旅する場面があって、あれも印象的だった。さくらももこの世界観にはところどころでエキゾチックな要素が垣間見えたりする。 08-28 12:22 デビュー作らしい『教えてやるんだありがたく思え!』という作品は読んだことないのだが、映画版の大野くんと杉山くんの話は特に好きだった。特に杉山くんがコンクールで代わりに歌ってあげる場 [続きを読む]
  • 08/27のツイートまとめ
  • afterfinitude01 要は、いま私はドゥルーズ論を書いてるということ(正確に言えば、SRに繋げるためのドゥルーズ論)。 08-27 23:12 この感覚は自分の中でもけっこう刺激的なので、もう少しだけ書いておこうかな。私にとってドゥルーズは昔から非常に明るい陽気な哲学だった。デリダの暗さが好きな私はそこに馴染めなかった。でも海に行って陽を浴びて肌が小麦色になってから、今やドゥルーズが私の中で感覚的に調和しつつある。 [続きを読む]
  • 08/26のツイートまとめ
  • afterfinitude01 天橋立から帰ってきてからというもの、いつかサーフィンのライセンスでも取ろうかなと思い始めた。そんな矢先、『ロスト・バケーション』を久々に観直して改めて冒頭30分は最高の海映画だなと感じた。とはいえ、有名なこの波乗りの場面には既にアイツの影が映り込んでいる......。 https://t.co/PwZyYigcah 08-26 18:51 泳いで逃げるか島で捕まるかしかない中、夜の海を死に物狂いで泳ぐ人間の姿というものを考 [続きを読む]
  • 08/21のツイートまとめ
  • afterfinitude01 勤務先の方々のためのお土産。同年代の後輩の女性は「一緒に連れて行ってほしい」と笑いながら冗談を言っていた。西日本だと波が弱く泳ぎやすいのは紀伊半島の白浜らしい。早速泳ぎに行きたくなったが、もう少し楽しみはとっておくことにしよう。 https://t.co/6oym8uWOZ2 08-21 21:29 天橋立の波打ち際で収拾した砂と貝殻。貝殻はどれも海中を潜りながら拾い集めた。最も大きな貝殻は水深3メートルほどの浅い砂 [続きを読む]
  • 08/20のツイートまとめ
  • afterfinitude01 ちなみに、今回の旅のお伴には山本芳久の『トマス・アクィナス』を選んだ。海に夢中だったのであまり読むことはできなかったけれど。一番活躍したのは、五年くらい前にKONAMIのジムで買ったこのゴーグルと水着だと思う。 https://t.co/GFYXQdpkEk 08-20 22:29 二日目は別の店で海鮮定食をいただいた。海の幸は本当に美味しい。隣のお客さんは関東からの家族連れで、おばあさんが熱心に海で溺れそうになった体験 [続きを読む]
  • 08/19のツイートまとめ
  • afterfinitude01 波はなかなかの強さで、私のように幼少期から水泳を習っていた人間でも波に逆らって奥まで泳ぐのはかなり難しかった。一方、海面の下の住人たちは波など気にもせずに軽やかに泳ぎ回っていた。 https://t.co/osOUWg87sB 08-19 23:34 この花は海から差し出されたかのように茂みの奥から顔を出していた。 https://t.co/ESqOghJSYI 08-19 23:28 私は食事の写真は本来あまり好まないのだが、天橋立駅周辺のほぼ全て [続きを読む]
  • 08/12のツイートまとめ
  • afterfinitude01 『私設図書館』はボルヘス最晩年の遺著で、マドリードのアリアンサ社から死後二年後の1988年に出版されている。 08-12 19:31 「一冊の書物とは多くの物の中の一つの物であり、それ自体の示す象徴に宿命づけられた読者と出会うまで、それは異なった宇宙を生きる無数の巻のなかに紛れている。その出会いの瞬間、美と呼ばれる唯一無二の感興が生まれる」J・L・ボルヘス『私設図書館』「序文」 https://t.co/eVBwHfv [続きを読む]
  • 08/07のツイートまとめ
  • afterfinitude01 ブラシエが『ニヒル・アンバウンド』で展開した絶滅を思考することの不可能性の問題は、アーロン・ウィーセンフェルドが描くカタストロフィックな世界から解釈できるかもしれない。思惟主体まで絶滅しなければ真の絶滅とはいえない点で、事後性の問題には本質的なアポリアが伴う。 https://t.co/H2OG7aP71e 08-07 15:11 RT @Situations01: 「近くの聖ニコロ教会や聖フランチェスコ教会の鐘、修道会の小さな礼拝 [続きを読む]