猪上勝也 さん プロフィール

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猪上勝也さん: 京やの覚え書き
ハンドル名猪上勝也 さん
ブログタイトル京やの覚え書き
ブログURLhttps://ameblo.jp/kodaira-kyouya/
サイト紹介文東京都小平市の悉皆・呉服専門店「染と呉服京や」の三代目、猪上勝也のブログでございま す。
自由文着物の歴史や文様の話。
呉服製作の技法の話。
呉服屋の日常、仕事の話。
着物、帯、襦袢、コート、羽織などの
着物コーディネートのコツをはじめ
着物の選び方や揃え方の話。
しみ抜きや洗張りなどのお手入れの話。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2012/01/05 18:19

猪上勝也 さんのブログ記事

  • 染の歴史15
  • おはようございます、京やの勝也です。 大正ロマンはアールヌーボー、アールデコの影響もあり着物の模様に「デザイン」の概念が入ってくる時代の産物です。 模様の「デザイン化」のために日本の職人さん達がはじめにしたのが「柄を大きくすること」です。 「技を極める」職人の世界から「ファッション」として着る人への移行です。 銘仙の着物には「矢絣」や「井桁」などが大きくダイナミック織り出されていますが、友禅染の模様も [続きを読む]
  • 染の歴史14
  • おはようございます、京やの勝也です。 明治後期から大正、昭和初期は江戸時代からの日本的な着物文化に西洋の花を添えるような充実振りでした。 人間国宝級の絵師が日本画家か模様師(友禅染作家)かと職業選択を迷う時代です。 日本刀の鍔や飾りの職人も帯留等の宝飾品職人に転身して、細工物も素晴らしい。 そこに西洋の宝飾品です。着物姿に、指輪やイヤリング。洋風日傘。半衿にブローチ。着物の胸にピンブローチ。(穴があきそ [続きを読む]
  • 染の歴史13
  • おはようございます、京やの勝也です。 明治政府による江戸幕府の否定は新政府のイメージ戦略もありますが江戸時代の文化全てが古臭く時代遅れだとしました。 草木染めは禁止。 貿易の振興のため西洋から輸入した化学染料を使うように奨励します。 明治初期の化学染料を使った友禅染は、職人さん達の苦心が見てとれます。江戸末期の成熟した色彩に比べ、化学染料のハッキリした発色に戸惑ってチグハグな印象です。草木染めの原料の [続きを読む]
  • 染の歴史12
  • おはようございます、京やの勝也です。 更紗はインドやインドネシアの染物で長崎の出島から入ってきた「舶来品」です。 鎖国と言いながら、更紗やビロードなどしっかりと流入しています。 更紗の生地を帯にして衿に(着物衿)に黒いビロードをつけた美人画の浮世絵が残っています↓左の女性の黒衿はフワッとした毛足がありビロードの生地だとわかります。帯はバティックの代表的模様のトゥンパル。流石は当時のファッションリーダー [続きを読む]
  • 染の歴史11
  • おはようございます、京やの勝也です。 江戸時代も中期から後期で、「絞・縫・箔」「友禅染」「江戸小紋」「更紗」などが出揃います。 江戸の「贅沢禁止令」の影響については、幕府のお膝元なだけに「表は地味に、裏に凝る」文化ができます。 「江戸の裏勝り」です。 男性の羽織の裏はその最たるものですが、女性の着物の裾回しや、襦袢も同様です。 その分、表には目立つ技法は使えず、特に礼装の着物には気を使わざるを得ません [続きを読む]
  • 染の歴史10
  • おはようございます、京やの勝也です。 いわゆる「贅沢禁止令」では、高価な技法の着物が対象で、一番目立つ技法が「絞り」だったようです。特に「鹿の子絞り」「匹田(ひった)絞り」は表地には使いにくくなりました。 そこで登場したのが、「摺(す)り匹田」です。絞りの模様を「型染め」で再現したものです。 型紙を補強するために馬の尾を使ったため、その名も「馬尾摺匹田」。「ばびずりびった」と読みます。 音が面白いので覚え [続きを読む]
  • 染の歴史9
  • おはようございます、京やの勝也です。 「江戸友禅」「江戸刺繍」は「京友禅」「京刺繍」と何か違いがありますか?とよく質問されます。 もとを辿れば京都の職人さん達が、江戸の大名の奥方達のために移り住んだようなものですから、基本的には変わりません。 それでも開幕から100年を経て三代住まう頃には「江戸っ子」という自負が生まれます。 憧れの「京の雅」から「江戸の粋」への移行です。 幕府のお膝元ですから武家文化が色 [続きを読む]
  • 染の歴史8
  • おはようございます、京やの勝也です。 宮崎友禅斉のブランディングの成功で「友禅染」は大流行となり糊の名前も「友禅糊(ゆうぜんのり)」。 防染に使った糊を川で流すのが「友禅流し」です。川の水に反物が揺れる風景は美しかったそうです。(落ちた糊は魚のエサになりました!) 技法的にもそれまでは難しかった繊細な模様が描けるようになります。 それでも、江戸時代の最高の贅沢な技法は、「絞・縫・箔」(しぼり、ぬい、はく)で [続きを読む]
  • 染の歴史7
  • おはようございます、京やの勝也です。 戦国から安土桃山時代の権力者の威光を示す染が「辻が花」。江戸時代に入ると、徳川は逆に質素倹約の気風を演出します。 江戸初期に登場するのが、「茶屋染め」「茶屋辻染め」と呼ばれる、奈良県の良質の麻布「奈良晒」(ならざらし)に藍染でものすごい手間をかけて染める技法です。確かに材料は質素に聞こえますが、どうやら「型による糊(のり)の防染」だったようです。 この技法は短命でし [続きを読む]
  • 染の歴史6
  • おはようございます、京やの勝也です。 平安時代の後、衣裳関連の資料が少ない鎌倉・室町時代を経て、戦国から安土桃山時代。 戦国武将が鎧の下に着たのが「辻が花」です。 「辻が花」には二つの意味があります。ひとつは「文様としての花の名前」です。八重桜と藤を混ぜたような、現実には無い花の文様です。死と隣り合わせの武士が、幻想の世界に憧れた趣向といわれます。 ふたつめは「技法の名前」です。絞り染めの上から辻が花 [続きを読む]
  • 染の歴史5
  • おはようございます、京やの勝也です。 「天平の三纈」は染めの技法の原点です。ただ、すぐに日本で取り入れられたわけではありません。 若干遡りますが、聖徳太子の冠位十二階は色で位階を表していて模様は出てきません。無地染めが中心なわけです。 平安時代に菅原道真によって遣唐使が廃止され、日本独自の文化が形成されてくると、「夾纈」は消えていき、「絞纈」の中の簡単な技法は武士階層以下の染めになっていったようです [続きを読む]
  • 染の歴史4
  • おはようございます、京やの勝也です。 「天平の三纈」から最後は「蝋纈」ろうけち です。 「蝋」はロウソクの「ロウ」のことです。「ろうけち」は、現在では「ろうけつ」と呼ばれ、「友禅染」と共に一般的な技法のひとつになっています。 蝋は熱に溶かすと液体になります。この蝋を筆に含ませ、温度が下がらないうちに布地にしみこませます。すると、筆のタッチで蝋が固形化します。そこには染料は入ってきません。これが蝋による [続きを読む]
  • 染の歴史3
  • おはようございます、京やの勝也です。 「天平の三纈」から、「夾纈」(きょうけち )のお話です。 「夾」の意味は、「挟む」「鋏む」つまり「はさむ」です。まず、木板に文様を彫り、彫った部分の外側まで染料を流し込む穴をあけておきます。 その木板に生地をはさんでしっかり固定します。文様の部分は空間になりはさまれた部分は圧力で染料が入り込まない状態になるわけです。 それから文様部分の穴に染料を流し込みます。生地を [続きを読む]
  • 染の歴史2
  • おはようございます、京やの勝也です。 「天平時代」は、平城京から平安京遷都までの美術史上の区分です。 天平時代には大陸(唐)から「絞纈」こうけち「夾纈」きょうけち「蝋纈」 ろうけち(ろうけつ)という、布地に文様を染める「技法」が入ってきました。 これが「天平の三纈」(てんぴょうのさんけち)です。布地に文様を描く技法は、「防染」の技法ですから、それぞれ違うもので染まらない部分を作ります。「絞纈」は絞り染めで、 [続きを読む]
  • 染の歴史1
  • おはようございます、京やの勝也です。 夏恒例のシリーズ記事です。染めの理解を深めると着物楽しさも増えますのでぜひご覧下さい。 染の歴史について。 布に模様を描くことは歴史の長さと技術の発展を見ると、本能的かつ文化的な欲求のようです。 染めの歴史とは、実は「防染」の歴史です。逆説的ですが、染まらない部分を確実に作ることが模様を描くための基本となる訳です。 最も古い防染が「絞り」です。糸や紐で布地を縛り染 [続きを読む]
  • 油単(ゆたん)
  • おはようございます、京やの勝也です。 油単、油箪とも書きますが桐のタンスを覆うカバーのことです。 桐タンスは直射日光に当たらない場所やホコリがたちにくい部屋に置きたいところです。しかしながら実際にはそうはいきませんね。 そこで桐タンスにカバーをかけるわけです。 形は全面布で覆う「四方掛け」とタンスの背中部分が無い「三方掛け」があります。 生地は木綿が多く家紋を染め抜くと立派です。無地が多くなりましたが [続きを読む]
  • 浴衣の着崩れ
  • おはようございます、京やの勝也です。 夏といえば「浴衣」という方も多いでしょう。週末にはあちらこちらで見かけます。華やかさ、粋さ、涼やかさ、そして日本人らしさを着物で楽しめる身近なアイテムです。 ただ、逆に着付けが決まりにくい面もあります。立ったり座ったり、時間が経つと「着崩れ」してしまいがち。着崩れるとせっかくの浴衣姿が勿体無いのでポイントは自分で直せるようにして出掛けるとよいでしょう。女性は衿と [続きを読む]
  • 恒例 幽霊の話
  • おはようございます、京やの勝也です。 昨日の流れで毎年恒例の幽霊と陰陽五行の話です。 着物のことを調べていると陰陽五行説に行き着くのですがその副産物の話でございます。 陰陽五行的に幽霊は「陰」の象徴です。 男性は「陽」、女性は「陰」とされます。 手のひらは「陽」、手の甲は「陰」ですので「陰」の手の甲を前にして登場します。 「柳」の下がベストポジションなのは「柳」が「陽の木」に分類されることから太陽の下 [続きを読む]
  • 鳥山石燕と幽霊の絵
  • おはようございます、京やの勝也です。 今日は「鳥山石燕(とりやませきえん)」のお話。 石燕は江戸時代後期の絵師・浮世絵師で「画図百鬼夜行」などを世に出しました。 それまで漠然としたイメージでしかなかった妖怪や幽霊を「形」で表現したわけです。 この後その図絵は妖怪や幽霊のモデルとして現代まで影響を持ち続けているとのことです。 たとえばこちら↓柳、石灯篭、卒塔婆に白い着物の女性。そして頭の三角の布「天冠」 [続きを読む]
  • 日傘
  • おはようございます、京やの勝也です。 着物にマッチした舶来用品の一つに日傘があります。日差しの強さをやわらげつつ姿も美しいですね。 夏に飾る掛け軸です。「垣根の向うを日傘が通って行きましたヨ」と、猫が言っています。先々代からお世話になっています高橋玄洋先生の作品で文字と絵と表具の裂地のバランスがよく飄々とした雰囲気が茶室を和やかにしてくれます。涼しげな日傘美人は一服の清涼剤。それを猫に言わせたところ [続きを読む]
  • 善養寺先生の受賞記念
  • おはようございます、京やの勝也です。 昨日新宿でいつもお世話になっております尺八奏者の善養寺惠介先生の受賞パーティーがありました。 この大きな賞を二つ受賞されたことはまさに快挙とのこと。素晴らしい!虚無僧尺八で有名な先生ですがご来賓の方々のスピーチによりますとその精神性と音楽性、さらに気品の高さに大変な評価を得ていらっしゃることが分かります。様々なエピソードを聞くことができましたが邦楽の大先生方のお [続きを読む]
  • 夏の京やのつどい2
  • おはようございます、京やの勝也です。 京やのつどいに欠かせない存在になっている着物カメラマンK岸氏。今回は浴衣に鉢巻きで撮影してくださいました。竹下通りで大人気だったとか…。 ブログに掲載しないお客様の個人写真も毎回素晴らしいです。 お願いしてこんな写真も↓ 感謝です。 新しくなりました小平「染と呉服京や」のホームページです。どうぞご贔屓に。東京小平の着物専門店http://kimono-kyouya.com ポチッと押して [続きを読む]
  • 夏の京やのつどい
  • おはようございます、京やの勝也です。 22日は暑い一日でしたが夏の京やのつどいでございました。 先ずは原宿、神宮前の太田記念美術館で企画展「江戸の悪PARTⅡ」を鑑賞です。 刺激の強いものや強烈な印象の作品が多く見応えがありました。妖怪やお化け、大蝦蟇などが登場しますが怖いのはやはり生きている人間でございます…。 その後原宿駅前まで戻り竹下通りを散歩。 そして夕食はタイ風フレンチのレストランロイクラトンリ [続きを読む]
  • 下駄
  • おはようございます、京やの勝也です。近年は浴衣姿の場合下駄を履くのが主流です。ミュールやサンダルが半数を占める時代もありましたが布製で太く柔らかい「ソフト鼻緒」のおかげで復権したのだと思います。下駄屋さんの努力ですね。 また、下駄の裏(底)も木のままではなくゴムが貼られているものが多くなりました。 カランカランと音がしないのが少し残念ですが、建物によっては滑る危険があったり絨毯などでは傷つけてしまう [続きを読む]
  • 着物と襦袢 生地の相性
  • おはようございます、京やの勝也です。 夏のアイテム絹と麻の着物と襦袢の相性についてです。 絽の礼装の着物など絹の「柔らか物」の場合襦袢は絹の絽が基本です。(最近の柔らかい紋紗もよいです。) 絹の小紋や夏紬、絹紅梅には麻の襦袢も合わせることもできますね。 逆に夏紬や絹紅梅、夏大島など絹ではありますが張りがある生地の場合、絹だからと「絽」の襦袢を合わせると寸法が合っていても袖口から襦袢が出たがることがあり [続きを読む]