大野眞嗣  さん プロフィール

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大野眞嗣 さん: 大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく
ハンドル名大野眞嗣  さん
ブログタイトル大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく
ブログURLhttps://ameblo.jp/chipmop1021/
サイト紹介文ロシアピアニズムのピアノ教師が、この20年間の経験から思うことをつぶやきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供377回 / 365日(平均7.2回/週) - 参加 2012/01/15 13:07

大野眞嗣  さんのブログ記事

  • 1113.紙一重
  • 人生って紙一重だと思うことがよくある。演奏も紙一重だね。 感覚的にバランスをとるのが難しい。冷めていても違うと思うし、自己陶酔しちゃっているのも、一見音楽的だけれども何かが違う。なんだか聴いているほうが置いていかれてしまう。 紙一重のところで明暗が別れてしまうんだなぁ。 [続きを読む]
  • 1112.きちんと
  • 歳を取るごとに経験から学んでいったことに、どうでもよくなるということがある。 元来、何事もきちんとしていなくては気が済まない性格、考え方だった。 が、世の中生きていると何から何まできちんとしなくてはならないなんて言っていたら生きていけないのだ。 今は、それどうでもいいんじゃない?で済ませてしまうことも多くなった。 それゆえ、演奏に関しても同様のことがいえる。昔は自分自身最初の音から最後の音が消える瞬間 [続きを読む]
  • 1111.暑さ寒さも彼岸まで
  • もう秋。まだ暑いけど。でも、確実に夏の終わりを感じる今日この頃。日差しが違うのだ。この微妙な感覚、かつ丼の最後の1切れになってしまったときとか、あっ!このハーモニーが出てきたからこの曲はもうすぐ終わるぞ〜に似ている。なんだかちょっぴりさみしいのだ。夏が終わるのもちょっぴりさみしい。まだ暑いけど。 [続きを読む]
  • 1110.変人
  • 音楽家に限らずだが、音楽家はもっともだが変人じゃないといけない。変人だという自覚がなくても変人がその世界を引っ張っていっているように思う。変人でも社会と小さな接点をもって立派にやっていっている。よくよく考えてみると、誰でも変人だし、誰にでも可能性が秘められているといってもよい。 [続きを読む]
  • 1108.本当に少ない
  • 日本のピアノ人口はものすごい数の人がいる。有名無名にかかわらず、その勢いは音大やコンクールを中心にすさまじい。しかし、そのうち本当にわかっている人。つまりピアノの弾き方だが。それをわかっている人は何人いるだろう? 例えば、先日のNHKで放映されたポゴレリッチ。彼が何をやっているかがわかる人が何人いるだろう?アルゲリッチやホロヴィッツやソコロフや・・・・・・。 わたしは思う。ほとんどの人が残念ながらわか [続きを読む]
  • 1107.人生100年時代
  • わたしの生徒は若い世代と中高年のピアノの先生が多い。若い世代は置いておくとして、中高年の方々が皆さん口をそろえて言ってくださることがある。「この歳になって上手くなるとは思わなかった!」「何日も弾かなくても指がなまらなくなった!」などなど。皆さん100歳になっても弾いていたいとのこと。わたしも長生きしなければならない事態になってしまったなぁ。 [続きを読む]
  • 1106.ショパンが弾けない
  • 耳がいい人に限っての話だと思う。わたしはショパンが弾けるとは思わなかった!と口にする生徒さんが多い。なぜならば、それまでの奏法では自分の音が歌っていないからショパンが弾けなかったと思っていたのだ。なんと素晴らしい耳の持ち主だろうか!ちまたには音が歌ってなくても、そのつもりになって平気でショパンを弾いている人ばかりなのに! [続きを読む]
  • 1105.真逆の感覚
  • 音楽にパワーやエネルギーが特に必要なときがあると思う。そんな場合、一般的に力んでしまったり、鍵盤を一生懸命押さえ込んでしまうことになりやすい。気持が入れば入るほど。しかし響きは逆に痩せてしまうことが多いのだ。気持を入れるほど、鍵盤のポイントをついて触れるだけと言う感覚で弾くと響きがふくらみ共鳴し音は歌うものなんですね。気持と実際に行うことが真逆なんです。 [続きを読む]
  • 1104.感動した
  • 昨日、くまちゃん(本名、中谷政文)が弾くヘンデルのシャコンヌを聴いていて感動したなぁ。大学生のころから知っているだけに、感慨無量だった。今回の発表会はおよそ全体の半分の人数しか出ないけど、くまちゃんも、ジョイント・リサイタルと日が重なり発表会には出られないけど、くまちゃんのシャコンヌ、ホールで聴きたかったなぁ。 [続きを読む]
  • 1103.本番を控えて
  • 本番が近いとしても、毎日初心に帰って練習に工夫を凝らさないと、必ず行き詰るよ。時には大胆に解釈を変えてみたりするぐらい。 要するに守りに入ったらだめだよね。 [続きを読む]
  • 1102.限界を感じたら
  • 世の中には例えばアルゲリッチという一級のピアニストがいる。アルゲリッチとあなたに才能の差はないとわたしは思う。違うのは奏法だと思う。皆、加齢とともに限界を感じているに違いない。昔はもっと弾けたのに。だったら奏法を変えればいいよ。ただそれだけ。ほんのちょっとの勇気さえあればいい。 [続きを読む]
  • 1101.何か言わなきゃ
  • レッスンにおいて、何か言わなきゃとあら探しをしながら聴く教師というものがいるような気がする。何もいうことがないと思ういい演奏だったら、無理して言う必要はない。素直に心から共感して褒めればいい。また今は言うべきではないと判断するべきときもあるし。教師の権威を振りかざすのは見苦しい。いると思うんだよなぁーそういう教師。 [続きを読む]
  • 1100.本質をつかむ
  • 表面上整っていることは、ある意味で美しい。それは認める。でも、演奏ということに関していえば、それは違う。レッスンにおいて、表面上整えることに本当は全く興味がない。だってどうでもいいことだから。音楽に対してそういう受け取り方、聴き方をするほどつまらないものはない。演奏とは音楽の本質をつかんでいなければ、全く意味がない。その本質が聴こえてきた時に、わたしは幸せを感じる。だから、わたしは大学の教員になる [続きを読む]
  • 1098.上手いがどうした
  • 思うに上手いにこしたことはないが、上手けりゃいいってもんじゃない。上手いということにあぐらをかいている演奏ほど、不快なものはない。これ以上何を求めますかと問われているようなふてぶてしい態度には呆れる。やっぱり、上手いか下手かより、いいか悪いかなんじゃないのかな。 [続きを読む]
  • 1097.さみしがり屋
  • わたしは自他ともに認めるさみしがり屋。1人でいるとどうかなってしまうんじゃないかという気持ちになることがある。いい歳をしてさぁ。みっともないよね。小さな子供や犬や猫がさみしがっているのと大して変わらないなぁ。よくも一人で外国なんかに留学できたもんだと自分で自分をほめてやりたいくらいだ。 でも、勝手なようだが、だからそういう部分が演奏にプラスに働くのかもしれないと肯定的に受け止めている。さみしさを知ら [続きを読む]
  • 1096.心の耳
  • 演奏することって作曲家の魂と自分の魂の会話。そして聴いている方の魂との会話だと。魂の次元まで持って行って無言の会話をしているんだと思う。音という媒介を通して。 だから実際音がどうだろうと、魂の部分で聴いていれば、ロシアピアニズムでなくてもいいと思う。 もちろんいい音が存在していたほうが聴きやすいが、結局は演奏者や作曲家の魂を感じ取って聴いているということに気が付いた。 [続きを読む]
  • 1095.ユーモア
  • 品のいいユーモアやジョークのある人って魅力的だなぁ。音楽のなかにもあるある!あのクソ真面目なベートーヴェンの音楽のなかにだってある!それを感じとって表現できるとカッコいい。 [続きを読む]
  • 1093.腹がたつ
  • 腹がたつほど嫌な感情はないのかもしれない。腹がたつことを無視すればいいだけのことなのに。でも、あるんだなぁ。無性に腹がたつ演奏って。この世から消えてくれ!なんて思ったり。まだまだわたしも青いんだなぁと思う。別に何かあったわけじゃないんだけど。 [続きを読む]
  • 1092.メシアン
  • メシアンのレッスンをしていてスピリチュアルな世界だと思った。物凄いエネルギー、気を感じた。気が付いたらレッスンをしているわたしもメシアンの世界に取り込まれ、正にトランス状態。 「そこ(のパッセージ)は、もっと滅茶苦茶に弾いて!」「そこはミラクルに!」そんなことを口走ってしまうほど夢中になった。 なんだか自分でも不思議なくらい憑りつかれてしまった。わたしをそのような世界に引きずり込むメシアン。スピリチ [続きを読む]
  • 発表会のお知らせ
  • 大野ピアノメソッド&大野眞嗣門下生による合同発表会のお知らせ。 2018年9月1日(土)開演11:30ルーテル市ヶ谷ホール 【第一部:大野ピアノメソッド 11:30〜】1.    モーツァルト / ピアノソナタ 第16番 ハ長調 K.545 2.   J.S.バッハ / シンフォニア 第12番 イ長調 BWV798 ,第13番 イ短調 BWV799 3.  モーツァルト / 「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲 ハ長調 K.265 4.   ベートーヴェン / ピ [続きを読む]
  • 1091.無意識に
  • 何か新しいテクニックを教えたとする。生徒は一生懸命、意識して身体を使うことになる。そしてそれが出来たとしよう。 でも、本当はそれでは出来たことにはならないんだよなぁ。意識してできるうちはまだまだ。 それを無意識にできるようになって、本当に出来たといえるのだ。 [続きを読む]