大野眞嗣  さん プロフィール

  •  
大野眞嗣 さん: 大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく
ハンドル名大野眞嗣  さん
ブログタイトル大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく
ブログURLhttps://ameblo.jp/chipmop1021/
サイト紹介文ロシアピアニズムのピアノ教師が、この20年間の経験から思うことをつぶやきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供177回 / 365日(平均3.4回/週) - 参加 2012/01/15 13:07

大野眞嗣  さんのブログ記事

  • 874.どうかしている
  • 日々思うこと。50歳を過ぎると、芸術をする事の本質をしばしば考える。世界中のコンクールの存在、演奏会の存在、教育現場である大学、マスコミ、CD会社などなどに対して違和感を感じる。特に若い人達。これは大人たちが作り上げた社会が悪いのだが、皆人生の成功、職業ピアニスト、大学教授などになりたくて練習しているのではないだろうか。芸術をする事の本質を見失っている。素晴らしい芸能人もいるとは思うが、まるで芸能人に [続きを読む]
  • 873.エネルギー
  • 私の生徒たちの演奏を聴いていてもまた一般的に感じること。それはどんなに美しい音で弾いている演奏だったとしても、ただ美しいの域をなかなか出ていないと感じる。1音にエネルギーが足りないというか魂が宿ってない。これは音量の問題ではない。ロシア系の演奏を聴いていても確かに美しいのだがオブラートに包まれたようなよそよそしい美しさを感じることがある。音はもっと主義、主張、哲学が存在するべき。思いを込めれば達成 [続きを読む]
  • 872.品格
  • わたしが心惹かれる演奏。何十年と模索してきて、現時点で到達した感覚。大切にしたいものがある。 演奏はスポーツ的な要素やエンターテインメント的なものもある。確かに驚愕したり愉しんだりできる。そういう演奏もあってよいと思う。 だが、私の琴線に触れる演奏、心惹かれる目指す演奏が最近やっと見えてきた。 「品格」である。 わたしの友人のデザイナーは、森英恵先生に「上品な服を作りなさい」と言われたそうな。そんな演 [続きを読む]
  • 871.ヘンデル・ヴァリエーションを聴くと
  • ブラームスのヘンデル・ヴァリエーション。ヘンデルのテーマをもとにブラームスが作曲した変奏曲とフーガ。 わたしは割合小さいころからこの曲が好きだった。高校生の頃、生まれて初めて大曲を勉強したのもこの曲だった。 この曲で一番好きな演奏は?と訊かれたらどんなに有名な演奏家のCDよりも、手前味噌だが生徒の江沢茂敏の演奏と答える。 彼は今私の母校であるザルツブルクのモーツァルテウム音楽大学に留学している。稀に [続きを読む]
  • 870.ショパンのエチュード
  • ショパンのエチュードとチェルニーを同じタッチで弾かされたが、今から思うと若いからできたのだと思う。どう考えてもショパンとチェルニーが同じように弾いていたはずがない。全く違うピアニズムである。ショパンのエチュードに限らず、ショパンの全作品、またショパンのピアニズムを受け継いだ作曲家の基本のタッチというものがある。それは、鍵盤を弾くのではなく、蓋方向、前方に指先を指して行くのである。ショパンのエチュー [続きを読む]
  • 869.音を伸ばす
  • 音の響きを伸ばすためにはいろいろな方法があるのだが一番スタンダードだと思う方法。 それは打鍵の瞬間、第1関節に支点を作り音が鳴った瞬間に支点は虫様筋に移動する。指先は鍵盤をえぐるようにとらえる。 この2つの点が大切だと思う。 この方法により、ある種のキャラクターの響きを引き出すことになる。 もちろんタッチは多種多様であり、これだけ行っていては馬鹿の一つ覚えになってしまう。 このタッチを基本に行っているピ [続きを読む]
  • 868.音が違う
  • ある時のディーナ・ヨッフェ先生の我が家に於けるマスタークラスの時のこと。生徒の代わりに先生が弾いた。その生徒は私の生徒の中でも優秀なほうで、それなりの響きがすでに出ていると思っていた。がしかし、先生の響きと比較すると先生の紡ぎだす響きは生徒の10倍は音が伸びていたように思う。楽器が違うのかと思ったほど。 正直ショックだった。音の伸びだけではない。音の質がピンと張りつめているので非常に明確。音の質が違 [続きを読む]
  • 867.大きな誤解
  • 技術的に弾けないとする。練習時間が足りないからと思う人は多い。もっと練習すればきっと弾けるようになる。そう思う人は多いだろう。しかしこれは大きな誤解だと思う。 すぐに弾けないパッセージはどんなに練習を積んでも弾けるようにはならないと思う。練習時間や練習量の問題ではない。 極論だがそう思う。 なぜ弾けないのか?それは弾き方に問題があるから。手が出来上がっていないから。 理想の手を作り上げ、プロとしての本 [続きを読む]
  • 866.基本の相違
  • 今から私自身の学生時代を振り返ったときに思い出されること。それはしっかりと弾くことだった。しっかりと弾くことがプロとしての基本だと信じ込んでいた。またそう教育されてしまった。しっかりと弾く肉体的感覚と芯の太いしっかりとした音に手ごたえを感じながら弾いていた。その後ロシアピアニズムと出会ってからも、ロシア人はしっかりと弾いているから素晴らしい響きが出るのだと誤解していた。だから、よりしっかり弾かなく [続きを読む]
  • 865.好奇心を持つ
  • 感動をし続けること。こんなに大切なことはない。そのためには好奇心がなくてはならない。 わたしはピアノを生業としているがピアノ以外のことにも幅広く好奇心をもって触れるようにしている。 クラシック音楽ならばまずはオペラや声楽がなくてはならない存在になった。そしてミュージカル。これはテレビでも舞台でも引っ張りだこの友人石丸幹二氏のおかげ。彼のひたむきな舞台へ臨む姿勢によるところが大きい。お互い多忙だから気 [続きを読む]
  • 864.抽象的なイメージだけ
  • わたしが受けてきたレッスンや巷のレッスンにおいて教師が生徒に言うことなのだが、今から思うと何だったのかと信じられないことがある。それは、レッスンにおいて教師が言う言葉。「もっと歌って」「明るく」「楽しそうに」または「悲しそうに」「暗く」などの抽象的なイメージだけを言われてその気になってしまうレッスン。実は何も変わっていないのに教えたと満足する教師。教わったと満足する生徒。今から思うと何だったのだろ [続きを読む]
  • 863.日々の生きざま
  • 芸術家に限ったことではないと思うが少なくとも藝術に携わる者は、日々の生活すべてが大切。何を考え、どう行動するか? よく舞台に立つと華があるとかないとか人は言う。その差は何か? 日々の生き方そのものなのだろう。それが華があるかないかを決めてしまう。 日々、作品に対峙し、己の演奏に向き合う。そしてできること、できないことがあったとしてもとにかく一心不乱に向き合う。 決められたときに舞台に立たなければいけな [続きを読む]
  • 862.日本人でありながら
  • わたしは日本に生まれた日本人。その私がヨーロッパの文化を学び、演奏、教育ということをするにあたって心に引っかかるものがあった。ヨーロッパ各地に存在するさまざまな伝統は日本で育った私からしてみると常識の範疇を超えた領域に感じられたと言っても過言ではなかろう。そんな日本人がヨーロッパの音楽をやることの意味について長い間、自問自答が続いていた。そんな折に、ヨーロッパにおいての国際コンクール経験の多さゆえ [続きを読む]
  • 861.熊谷守一
  • わたしは画壇の仙人と呼ばれた熊谷守一が好きだ。ご存じない方がいたら是非ご覧になってみてほしい。 わたしがレッスンをしているソファの横には彼の作品が1枚だけかけてある。いつもレッスンをしている私を温かく見守っていくれているように感じる。 時折、その作品を眺めていると涙が溢れそうになる時がある。熊谷の温かい人間愛に感動して。本当の悲しみを知っている人が持つことができる世界。 そんな熊谷の作品のような演奏が [続きを読む]
  • 860.藝術の道
  • 藝術というということを改めて考えたときに、人は近視眼的に捉えてしまうことに陥りやすいと思う。そもそも藝術とは何か?藝術に心惹かれるのはなぜか?藝術の道を歩むのはなぜか?そのようなことをいつも初心に帰って模索することの大切さを感じる。 自分ではわかっているつもりでも、実はわかっていないと感じる。もしかしたら永遠にわからないことなのかもしれない。わからないから前に歩み続けなければならない。闘い続けなけ [続きを読む]
  • 859.あきらめない
  • 自分が心に描く演奏。わたしにとっての若いころは二コラーエワだった。そんな演奏と出会えたとしたら、それはチャンスだと思う。そのチャンスを生かすも逃すも自分次第。 最初から、あのピアニストのような演奏はできないとあきらめるのは簡単。それは、その時点でチャンスを逃したことになる。もしかしたら、人生を放棄したと言えるかもしれない。 人間、理想の青写真を持つことは何事においても必要だと思う。 例えばホロヴィッ [続きを読む]
  • 858.教師を選ぶ
  • 自分がどんな教師に習うべきかはわたしが思うにある種の直感が大切だと思う。 どの教師にも考え、個性が存在し、それは多種多様。 その教師がどんな教育を受けてきたかその教師が日々どんなことを考えているのか同じ習うと言ってもその差は大きい。 一番良いと思うのはその教師の持っているものすべてを知りたい、習いたい習ったことは絶対に無駄にしたくないと思える出会いではないか。まずはその教師に惚れこむことが出来なけれ [続きを読む]
  • 857.歌うトリル
  • トリル。ごく短いものから長いトリルまで。特に古典ではその存在が大きくどんなトリルになるかでその演奏の印象は大きく変わる。 トリルが苦手だという生徒は意外に多い。なぜならば指や手が固まってしまうから。したがってトリルが歌わなくなってしまう。 どうすればよいか。それはちょっとしたことで解決される。 指だけでトリルを通常は弾く。わたしが思うに、そこに手首の動きが微細に加わると不思議なことに弾きやすくなりト [続きを読む]
  • 856.たったの3名
  • 最近、つくづく思うことだが、現代の鍵盤楽器であるピアノと呼ばれる楽器の可能性を考えたときに、いったい世界中でどれだけの人が本当にその可能性を引き出して弾いているのだろうか? このことを考えたときに、私の知る限り現存する、なおかつある程度の世界的知名度が伴ったピアニストの中ではアンドレイ・ガヴリーロフとグレゴリー・ソコロフ、ディーナ・ヨッフェ先生の3名だけ。 これはどこまでレガートができているかという [続きを読む]
  • 855.ホ長調
  • ショパンのホ長調。「別れの曲」、ノクターンの第18番。いずれもホ長調。 ショパンにとってホ長調で作曲することは何かの意味があったに違いない。 ノクターンの18番のレッスンをしていても、「別れの曲」を聴いていてもわたしの心に独特の感情がこみ上げる。それは長調にもかかわらず、まるで短調なのではないか?と思わせる不思議な感覚。ショパンのトリックに惑わされてしまうのだ。 何と哀愁に満ちた世界だろう。何と郷愁に満 [続きを読む]
  • 854.朝もやのドビュッシー
  • ドビュッシーの作品をレッスンしていると様々な和声の変化に彩られた瞬間に心躍る。4度のエチュードなど、晩年の作品ならではの深遠な世界を底流にきらめく瞬間が次から次へと私の琴線に突き刺さってくる。時には東洋的であったり、これはイスラムの音階かな?などと想像が膨らむ。 そのような世界はすべて倍音豊かに響き渡っていなければ実現できないことを感じる。よく目にする日本人ピアニストの校訂楽譜を見ているとダンパーペ [続きを読む]
  • 大野ピアノメソッド新教室のご案内
  • 西船橋教室安藤 美保 Miho Andoフェリス女学院大学音楽学部器楽学科卒業、ディプロマコース修了。ウィーン夏季セミナー参加。アジア国際音楽コンクール2013年第4位入賞。及川音楽事務所新人オーディション奨励賞。リトミック研究センター認定講師。ニューシティーフィルとの協演をはじめ、室内楽、伴奏、ジョイントコンサート等で演奏会に出演。これまでに、木村美江、安藤友侯、李清、大島君子、黒川浩、大野眞嗣の各氏に師事 [続きを読む]
  • 853.ハンマークラヴィーアな毎日
  • 日々過ごしていると様々なことが起こる。良いこともあれば嫌なことも。 特に嫌なことがあると私はどうしてもネガティヴ思考に陥る。負のスパイラル。 思うにベートーヴェンの音楽を聴いていると彼自身の負に対する抵抗を感じる。彼ならではの宇宙、思考や感性にのっとった世界。まるで負を取っ払うかのような強いエネルギーに満ちた作品が多い。 そんな彼の作品から元気をもらえる。彼の強い精神力、不屈の魂に支えられたメッセー [続きを読む]
  • 852.ザルツブルク
  • オーストリアのザルツブルク。モーツァルト生誕の地として名高い。そして夏の世界的で最大な催しであるザルツブルク音楽祭も大変有名だ。 わたしはモーツァルテウム音楽院の学生として約5年間、ザルツブルクで過ごした。初めて空港からザルツブルクの市内に入ったときのことは忘れない。タクシーの車窓から見える色とりどりの明るい建物と木々の緑のコントラストに心はワクワクとした。 普通、観光客が訪れるのは小さな一角の旧市 [続きを読む]
  • 851.寄り添う影
  • 生徒がショパンのノクターンを持ってきた。 e-mollの世界。哀愁に満ちた悲痛な世界。ショパンが曲に込めた思いがひしひしと切実に伝わってくる。 ふと思った。それは一見単調な伴奏音型だが、すべての音に影が存在しなければならないことを。まるで音に影が寄り添う如くに。 そんな影を含んだ響き。その影を大切に表現する難しさ。ショパンの心を反映させる難しさ。 ピアノの詩人ならではの世界に心奪われた。 にほんブログ村 [続きを読む]