梅村京一朗 さん プロフィール

  •  
梅村京一朗さん: 3D京都
ハンドル名梅村京一朗 さん
ブログタイトル3D京都
ブログURLhttp://3dkyoto.blog.fc2.com/
サイト紹介文いにしえの京都を3DCGで再現します。史話、短歌も詠みます。お公家さんの記事も書きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供48回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2012/02/01 09:24

梅村京一朗 さんのブログ記事

  • 公家町土地区画整理事業 決まる ③ 改めてこぼれ話
  • 前回、公家町土地区画整理事業の割り当てが決まった段階で、何となく思った「こぼれ話」でも書こうかな、と思いましたが、予期せぬ「悩んでます」で書かずじまいでした。今日はちゃんと書きます(こぼれ話ですから肩肘張ることないけど)。ちなみに、拙ブログでたまに載せてます短歌ですけど「はてなブログ」に引っ越しし独立することにしました。短歌ブログのブログ名ですが、せっかくだから一つ捻ってやろうと思いましたが、結局「 [続きを読む]
  • 公家町土地区画整理事業 区画決まる ②こぼれ話→悩み話に変わる。
  • 今回は「公家町土地区画整理事業」関連のこぼれ話でも書こうかな、と思って今書いている所なのですが、ちょっと気になることがあったので少し触れてみます。拙ブログにも張っている「人気ブログランキング」の日本史部門で常にトップ争いをしてみえた『マイナー・史跡巡り』さんのブログが忽然と消えてしまいました。どうして?どこへ行ったのだろう?チョクチョク、記事も読まさせて頂いて、その情熱と行動力とマメさ、情報量の多 [続きを読む]
  • 公家町土地区画整理事業 区画決まる ①
  • 公家町の土地区画整理事業について、公家の皆様方にパブリックコメントを募集したところ、一部の公家の方から「家格による屋敷地の面積差が大き過ぎる、是正してほしい」との意見も寄せられましたが、その意見の多くが五摂家との家礼に属さない独立系の堂上家だった、ということもあって紛糾する事態までは至らず、4月13日をもって事業スタートする旨、昨夜の説明会にて最終合意を取り付けました。本件は公家町という特殊性もあり [続きを読む]
  • 公家町土地区画整理事業事始め 補遺(絵図編)
  • 予め申しました「公家町土地区画整理事業事始め」の補遺(絵図編)を書きます。前も書きましたが幕末はそれこそ日替わり弁当のように明日は何が起こるかわからない激動の時代でした。ですから京絵図や内裏・公家町を描いた内裏図なども頻繁に改訂版が出ました。しかし、1868年の慶応4年から明治元年に代わると絵図の改訂ラッシュも終わります。絵図というよりも本格的な京都の地図が刊行されるようになるのは明治10年以降です。明治 [続きを読む]
  • hikakin君、3D京都も頑張ってるよ! (ただし金閣寺のみ・・・)
  • 今日は雨模様だし、時間もあるし、何か別なこと書きたくなって急遽、ユーチューバーのトップランナー hikakinさんの事を書くことにしました。絵図の記事は次にということでご容赦を。ホント、ムラッ気で困ります。と、その前に以前、記事で自分が新しい事業を始める云々のこと書いたので、少しそちらについても補足しておきます。その事業ですが国から正式に認可が下りました。「農+α」的な営農です。全国的にも事例の少ないスタ [続きを読む]
  • 公家町土地区画整理事業事始め
  • 皆様、今晩は。また、頭に花が咲くような記事タイトルを付けてしまいましたぁ・・・。初めて読まれ方からすれば「何これ?」と思われるといけないので、一言、説明を申し上げますと、現在は市民の憩いの場となっている京都御苑には幕末まで公家町が存在していました。その公家町を3Dで再現してみよう! そのためにはまず、当時の公家町の土地区画整理から始めなければ、というのが趣旨です。区画整理事業は誰も反対する人はいない [続きを読む]
  • 『地表の楽園』 仙洞御所参観の旅
  • また先日、京都御所と仙洞御所へ行って参りました。タイトル、「『地表の楽園』 仙洞御所参観の旅、と名付けましたが「地上の楽園」の誤りではありません。本当に仙洞御所を巡ったとき、感動して思わず「地表の楽園」!と心のなかで呟いたのです。それほど美しかった!今までいろいろ(海外含め)観た庭園のどれよりも素晴らしいと感じました。ただ、私の撮影技術が追い付かなかった・・・後ほど、写真をアップしますが期待しないで [続きを読む]
  • 京都御所の紫宸殿を作ってみました。
  • 先日、「平成版 内裏・公家町御絵図」を残された指図、過去の公家町絵図と現在の京都御苑を比較検討して、史実に基づいたかつての公家町を再現してみようと、今、始動してます。新たな公家屋敷の指図も東京・京都へ行って探しまくった結果、幾つか、新規の指図を収集しました。ちなみに慶応4年即ち明治元年に刊行された江戸時代最後の公家町を描いた「文久改正 内裏御絵図」ですが、十六丁版と十六丙版があって、多分、丁版が最 [続きを読む]
  • 公家史観
  • 今、「平成版 内裏・公家町御絵図」の中心となる紫宸殿の作成に取り掛かっているところです。3Dは多少の集中力が必要なので少し充電しています。私は「公家町再建プロジェクト」と題してカテゴリー欄のなかにチョコチョコ記事を載せていますが、具体的にはどう表現していくのか、ハッキリしたことはあまり考えていませんでした。それが最近、近世・幕末の内裏・公家町絵図を見比べているうち、「私の求めていた公家町はこうなん [続きを読む]
  • あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
  • 何かとんでもない落とし物を僕はしてきてしまったらしい透明な過去の駅で遺失物係の前に立ったら僕は余計に悲しくなってしまった谷川俊太郎処女詩集「二十億光年の孤独」の中の一篇「かなしみ」から。この詩は理系の乾いた透明感を漂わせる私の好きな詩の一つです。「青空」を「青い空」に分けると、その隙間から射ってくる喪失感・・・新たな「宇宙風のかなしみ」の感覚を謳いあげた谷川俊太郎は詩を愛好する者ならば誰もが認める [続きを読む]
  • 聚楽第に在った頃の飛雲閣を想像してみた 内部編
  • 以前書きました「秀吉の聚楽第にあった頃の飛雲閣 外観編」ですが、この度、やっと「内部編」を完成させました。聚楽第に在った頃、と銘打っているように、あくまで私の想像の範囲内での「模擬飛雲閣」です。本来なら北面二階の壁に描かれている三十六歌仙の絵も描いてありません。その代わり、「秀吉の御所参内・聚楽第行幸図屏風」に描かれているように、秀吉の御伽衆であった大村由己が著わした「『聚楽行幸記」の記述にある、 [続きを読む]
  • 無事、放送されました。
  • 昨夜9時、3D京都の作品がBS-TBS「高島礼子・日本の古都〜その絶景に歴史あり」で、無事、放送されました。もし視られた方がみえたら、ありがとうございました。私の作品がどこで出て来たか?おわかりになられたでしょうか? 笑。前半の金閣寺編で3回出ました。番組最後に流れるエンドロールの協力者にも「3D京都」がちゃんど出ました。嬉しかったです。実は提供者の名前は画面右下に出るのが普通なのですが、私の方から「右下だと [続きを読む]
  • BS-TBS「高島礼子・日本の古都〜その絶景に歴史あり」に3D京都が出ます。
  • お知らせです。3D京都の作品が来週9日(金曜)の夜9時から放映される、BS-TBS「高島礼子・日本の古都〜その絶景に歴史あり」に出ることになりました。今回の放送は題して「2時間スペシャル 京都2大世界遺産ミステリー 金閣寺・仁和寺の謎」。2時間の長丁場ですが(夜9時〜10:54分)、そこの金閣編に出てきます(ほんのチョロですが・・・)。番組の最後に流れるエンドロールの協力者ブロックに「3D京都」と表示されますので、その際 [続きを読む]
  • え? 戦国時代に大内裏が残っていた!?
  • え? 戦国時代に大内裏が残っていた?!と、なんか週刊誌ご用達の「見出し」みたいなタイトルになってしまいましたが、記事の設定時期は正確には室町時代、応仁の乱の頃でこの時代は戦国時代と被ってますんで半ば無理矢理今回のタイトル設定にしました。でも、応仁の乱(応仁元年・1467年〜文明9年・1477年)の頃まで、実は大内裏の官衙が一部残っていた!、ごく一部の建物は天正13年(1585年)まで残っていた。また機能していた、 [続きを読む]
  • 京都盆地をリニューアルしました。
  • 久し振り、京都盆地の3D地形の色直しをしました。これからもっと有効に活かそうと思いまして。あくまで、仮想空間ですけど、東西16キロ、南北20キロの範囲で実寸大で作ってあります。ですから建物を配置した場合でも、見た目の遠近感は出てくるとと思います。地形の凹凸はポリゴンが粗目なのであまり滑らかではありませんが、それでも前よりかは良くなっているかな。田園風景、それらを縁取る緑のテクスチャ(模様)は実はバングラ [続きを読む]
  • YouTubeに古代出雲大社神殿をアップしました。
  • YouTubeに古代出雲大社神殿をアップしました。久し振りの動画ですが見てやってください。神代が終わって人間の時代になろうとした上古、神殿の高さは32丈、96mもあったと伝わっていますが、その姿形はわかっておりません。幻の神殿なのです。ピラミッドのパクリと思われるかもしれませんが、そうではありません。古代文明の黎明期にとって、そのピラミッドは神と人を繋ぐ共通の装置だったのです。エジプトのピラミッド、メソポタ [続きを読む]
  • 何と公家屋敷の玄関先を撮った古写真があった!
  • 久し振りに、京都府立京都学・歴彩館(京都府総合資料館から名称が変わりました)の所蔵する『京の記憶アーカイブ』を覗いてみたら新しく目にする御殿、公家屋敷関係の古写真があったので紹介がてら載せます。すでに見られた方はパスしてください。最近は国立国会図書館をはじめ各地の図書館・資料館で古文書の電子コレクション化が進みネットでも一部見られるようになりました。では、まず、今回取り上げる屋敷の古写真の位置を航空 [続きを読む]
  • 『文久改正内裏御絵図』を落札しました!
  • 昨夜11時、ヤフオクで『文久改正内裏御絵図』を落札しました! 落札額は5500円。最初は2000円から始まって最後は5500円。無事落札できました。入札はほぼ6人ほどの間でデッドヒートし、最終は1万円越えかな、と思いましたが越えずになにより。絵図って結構人気あるんですかね。落札した絵図は、ちょうど「新発見!! 中院家指図は幕末最後の公家屋敷だった!」で、証拠材料の一つに使った絵図ですからグットタイミング! 「京都 [続きを読む]
  • 新発見!! 中院家指図は幕末最後の公家屋敷だった! 後編
  • 後編となりました。後編では中院家の指図に集中します。さて、問題の中院家の指図ですが、先回も書きましたように京都大学の「中院文庫」のなかに所蔵されています。中身は「当家拝領屋敷」として、明和度下屋敷一袋にまとめられています(図は するとどれも拡大します)。年次的には明和度(1764年)から慶応2年(1866年)にかけて行われた中院家・拝領屋敷の替地の記録と、替地を証明する禁裏付き武家等の裏書きした証明文を添 [続きを読む]
  • 新発見!! 中院家指図は幕末最後の公家屋敷だった! 中編
  • 中院家指図の核心に入っていく前に(大げさかな)、中院家についてどのような公家さんなのか少し触れてみたいと思います。中院家(なかのいん け、と読みます)は、大臣家の家格を持つ公家。摂家、清華家の次に位する立ち位置で同じ大臣家には嵯峨家(正親町三条)、三条西家、そして中院家の三家あります。摂家が5家、清家家が7家。その後に続くわけですから公家のなかでは中の上クラスですね(中院家の方、失礼な物言いですみません [続きを読む]
  • 新発見!! 中院家指図は幕末最後の公家屋敷だった! 前編
  • 少し久し振り、以前から収集していた公家屋敷の指図を眺めていまして、そのなかで二分割されている中院家の指図を一枚にくっ付けてみたら、どこかで見た覚えがある・・・と、そこから同家の指図が気になって調べていくうち、「どうも、この中院家指図は作成された時期と根拠が唯一明らかな幕末の公家屋敷。しかも明治4年の公家町を京都府へ返上する上知令直前の公家屋敷の姿を伝えるとても貴重な指図ではないか」と思われてきて、 [続きを読む]
  • 「恵まれなかったから今がある」
  • 今年ももう1月の下旬、あっという間に過ぎて二月の声を聴いたら、もう平成30年の大晦日を迎えるような、そんな錯覚を覚える時の経過の加速感です。「自分は何をしているのか」と自問自答ばかりしています。そんな先日の夜、妻から「いい番組だから来て観て」と言われ、リビングのテレビを見たら、テレビ東京の「カンブリア宮殿」を放送してました。久しぶりに観ます。村上龍も「限りなく不透明に近い」ような人生に揉まれた顔をし [続きを読む]
  • 謹賀新年
  • 明けましておめでとうございます。平成30年の新しき年を迎えました。旧年中は拙いブログにもかかわらずご訪問いただきありがとうございました。今年も引き続き邁進してゆく所存ですのでどうか宜しくお願い申し上げます。元旦の朝は素晴らしく晴れています。日の丸も大きくはためいています。強き風は穢れを払い、清め、心も爽快です。どうか皆様も元気な一年であらせますように。コメントの書き込み&閲覧はこちらからランキングア [続きを読む]
  • 古代出雲大社神殿を復元してみた その弐
  • 寒いですね!北海道では玉突き事故で100台もの車が立ち往生したとか。たまに観光に訪れる分には素晴らしい北の大地ですが、現地の方にはたいへんな苦労ですね。怪我された方は少しでも早く快方されるよう陰ながらお祈り申し上げます。昨年、自宅に植えたイロハモミジの紅葉を心待ちにしていましたが、いざ晩秋を迎え色づいて真っ赤に染まったのですが、どこか「京都のモミジ」とは違う。そう、鮮やかさがなく少しくすんだ感じ・・ [続きを読む]
  • 古代出雲大社神殿を復元してみた その壱
  • 前回、出雲の旅の縁もあって中古(平安時代)に高さ16丈(48m)にも達する高層の神殿が存在したことを裏付ける巨大な柱穴と柱の痕跡が発見され、俄に現実性を帯びたことから大林組が初めてその神殿を復元、ブログにも復元したイラスト図を紹介しました。( すると拡大します)大林組の高さ16丈(48m)のCG復元図宇豆柱として大社境内に復元されている宇豆柱。発掘された宇豆柱(古代出雲歴史博物館)実際に大林組の復元図にも [続きを読む]