fujiken さん プロフィール

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fujikenさん: 長州より発信
ハンドル名fujiken さん
ブログタイトル長州より発信
ブログURLhttp://kfujiken2.exblog.jp/
サイト紹介文山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします
自由文三方を海に囲まれた本州最西端の地・山口県の在住です。
一期一会の出会いを大切にし、お付き合いを願っております。
歴史が好きで、美術館・城下町等を歩き回っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供65回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2012/02/19 09:51

fujiken さんのブログ記事

  • 幻の下松藩邸
  • 先ずお断りしておきますが、この場所に下松藩邸が存在していたのは間違いないのですが、何分資料が無くあくまでも想像の域を出ません!!!虎口(入口)がここだったのでないか?下に記載しました画像がそうなんです。他の部分は民家が立ち並び、写真を撮ることをはばかられます。徳山藩と聞けば、大体の方が”周南市(旧徳山市)動物園周辺”に存在したことはご存知でしょう。この徳山藩が立藩当初は、徳山に藩庁をおかず、下松に [続きを読む]
  • 陽気につられて紅葉狩り
  • 今朝は放射冷却の為10度を下る気温だったが、昼前から温度がグングン上がり、陽気につられてふらりドライブとシャレ込みました。米泉湖に立ち寄り下松市末武川ダム(米泉湖)の上流に位置します、せせらぎと紅葉の景観が素晴らしい滝ノ口河川公園に行って見ました。市内より北に車を走らせ、トンネルを抜けるとそこはイチョウ並木のトンネルですモミジとイチョウが鮮やかな赤と黄色のコントラストをつけています滝ノ口河川公園の [続きを読む]
  • 深睡眠(しんすいみん)とは
  • 楽しみにしていた加来耕三先生の維新150周年によせて「乃木希典と児玉源太郎」の講演会を慢性化したギックリ腰が起こり、残念ですが拝聴することが出来ません ((“o(>ω睡眠には、レム睡眠・ノンレム睡眠があります。レム睡眠・ノンレム睡眠は睡眠中に交互に現れます。レム睡眠・ノンレム睡眠を合計で4回ずつくらい繰り返すのが、通常の睡眠です。深睡眠は、これとは別の分類方法です。深睡眠は睡眠の最初の3〜4時間くらいに多 [続きを読む]
  • 乃木希典と児玉源太郎
  • 10月29日(日)ホテルサンルート徳山にて、加来耕三先生の維新150周年によせて「乃木希典と児玉源太郎」をテーマの文化講演会があります。応募したら招待券が送って来ました。どんな話をされるのか楽しみです。因みに乃木希典と児玉源太郎の紹介を簡単に・・・乃木希典は、嘉永2(1849)年11月11日に、長州藩の支藩である長府藩の藩士・乃木希次(馬廻、80石)の三男として、江戸の長府藩上屋敷に生まれた。児玉源太郎 [続きを読む]
  • ドローン女子
  • 昨日NHKの “シブ5時” で 「増えるドローン女子」という面白い番組を放映していました。『ドローン女子』とは何でしょうか?『ドローンに興味がある女子』を総称して、そう呼んでいます。女性の方だけでなく、男性の方にもかなりドローンの魅力、興味がそそられたのではないでしょうか?■見たこともない景色を見たい!私達よりも何メートルも何十メートルも高い空を飛ぶ鳥たち。 鳥はどんな景色を楽しみ、そして何を思っ [続きを読む]
  • 下松高等学校の歴史
  • 【はしがき】1617年(元和3)下松藩(後の徳山藩)が創設され、1631年(寛永8)藩邸(下松陣屋)が建設されました。下松藩(後の徳山藩)の初代藩主・毛利就隆の居館はどんな構図だったか、建物の配置はどんなになっていたか? 等を色々調べていたが資料がない!!! 遺跡がない! でお手上げ状態の時、そうだ・・・1650年(慶安3年)下松藩が徳山に移転してその跡地に約300年後の昭和4年に下松高等女子学校・櫨 [続きを読む]
  • 下松市に徳山初代藩主・毛利就隆ゆかりのお寺が三ヶ寺ある
  • 来週の日曜日(10月8日) 毛利博物館長・山口大学名誉教授の田中誠二先生の講演「下松藩の成立と展開 〜そして幕末・明治維新へ〜 」を拝聴するにあたり、中々資料が無い中度々調べに行きましたが、再度私なりに何か探してみようと下松藩の居城跡に出掛けました!!!しかし、目新しいものに出くわさずどうしょうかと思案していたが、すぐ近くに徳山藩初代藩主・毛利就隆が側室のために創建した松心寺というお寺があることに [続きを読む]
  • 秋日和に誘われて・・・彼岸花を撮影に
  • "彼岸花”をテーマに調べてみました。◆ 彼岸時に咲き乱れる”彼岸花”とはヒガンバナ科の多年草。土手や田の畦に生える。秋の彼岸のころ、高さ約30センチの花茎を伸ばし、長い雄しべ・雌しべをもつ赤い6弁花を数個輪状につける。花の後、線形の葉が出て越冬する。有毒植物であるが、鱗茎を外用薬とする。別名、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)・死人花(しびとばな)・捨て子花・石蒜(せきさん)・天蓋花(てんがいばな)・天涯花・幽霊花・ [続きを読む]
  • 徳山藩の諸隊・山崎隊に下松在住の人がいた
  • 今回の投稿は、徳山藩の諸隊・山崎隊の説明がメインではなく、山崎隊の中に下松在住の人が55名いたという説明です。発足した当時ではなく150人前後に増員された時期ではないかと想像します。周南市新南陽にある富田護国神社は、明治2年(1869)、徳山藩山崎隊の戦没者23名を祀る招魂場を富田永源山頂に創建したことに始まります。富田護国神社の社殿の後ろに説明版には23柱と記してありますが、実際は32柱の招魂墓碑が並ん [続きを読む]
  • 取引価格が路線価より大幅に高く!? 新バブル到来?
  • 金融緩和であふれたお金が不動産市場に流入しています。投資家からお金を集めて不動産を買い、賃料収益などを分配する上場不動産投資信託(J―REIT〈リート〉)で、最近取得された物件の価格水準が、相続税などの基準となる路線価の平均2・6倍となっていることがわかった。目安とされる1・5倍程度より高く、一部では10倍超の物件もあった。日本銀行の金融緩和であふれたお金が不動産市場に流入し、東京の2017年分の [続きを読む]
  • 関ヶ原の戦いの真実
  • 評判の映画・岡田准一主演『関ヶ原』を観にいきました。この映画は観客に関ヶ原の戦いの予備知識があることを、前提にしているというのも感じました。戦国時代を終焉させ、その後の日本の支配者を決定付けた天下分け目の戦い「関ヶ原の戦い」。しかし日本最大の合戦であったにも関わらず、その詳細はあまり知られていません。関ヶ原の戦いに至る過程は政治的な理由が多く、過去の有名な戦である「川中島の戦い」「桶狭間の戦い」「 [続きを読む]
  • 北浦(長門・萩・津和野)をピンポイントで散策 Part3
  • 長門市を後にし萩市に向かう・・・昔、通った本州西端を周回している国道191号は、JR山陰本線と並行し部分的に峠越えの区間もあったかも知れないが、海岸沿いのルートだった様に記憶している・・・萩・三隅道路が2008年 - 2011年に開通し、山口県長門市三隅中から山口県萩市椿に至る延長15.2kmの高規格幹線道路で、山陰自動車道に並行する国道191号線の自動車専用道路だがトンネルばかりです。国道262号線を北に進み、国道191号 [続きを読む]
  • 書道と着物は和文化の象徴的存在である。
  • 昨日スターピアくだまつの2F展示ホールで開催されている「第27回 墨泉会書展」を見学に訪れ、小柄で和装がよくお似合いな素敵な女性の春葉さんに迎えて頂きました。記録や伝達の手段として生活に欠くことのできない文字、古代中国で生まれた漢字もその一つです。中国と日本で発展を遂げた「書」は、墨と筆によって紙に書かれた文字を意味だけでなく色や造形、構成といった要素を含めて鑑賞する芸術です。さて、春葉さんの作品を [続きを読む]
  • 北浦(長門・萩・津和野)をピンポイントで散策 Part2
  • おっとと〜 寄り道したのを忘れていた!!国道316号線を北上し湯本温泉街に入り大谷山荘が見えて来た。昨年プーチン大統領が宿泊され、安倍総理と日露首脳会談が行われた大谷山荘を見学する訳にも行かず、ならば大内義隆父子が自刃された大寧寺にお参りして行こうと立ち寄りました。大寧寺は皆さんよくご承知とは思いますが、1551年(天文20)、陶晴賢の反逆により山口を追われた大内義隆は、仙崎から海路九州へと逃れようしたが叶 [続きを読む]
  • 「弾除け神社(三坂神社)」
  • 戦時中、山口県徳地に「弾除け神社(三坂神社)」と呼ばれた神社があります。戦地での無事を願って家族が、本人に内緒で写真を奉納し送り出したそうです。明治8年(1875年)、郷社に列し日清・日露戦争の際、三坂神社に武運長久を祈願した人が全員無事に帰還したことが報道され、「弾除けの神」として有名になった。大正8年(1919年)、県社に昇格。昭和になり、日中戦争以降、武運長久祈願のための参拝者が激増、最高で1日に880人 [続きを読む]
  • 憲法改正
  • 憲法改正が兎や角いわれている昨今、我々国民にはピンとこない問題ですが、あなたは真剣に考えられたことがありますか?なぜ憲法を改正する必要があるのでしょうか? 憲法が改正されると、私たちの生活にどんな影響があるのでしょうか?ちなみに立憲国家での憲法改正がドイツでは59回、アメリカが6回、フランスが27回、イタリア、カナダなども10回以上なされています。他の先進国との比較という点で見ると、日本の0回というのは異 [続きを読む]
  • 江戸時代塩田の歴史遺構・柳井市「天津橋」
  • 柳井市は度々お邪魔しているのですが、金魚ちょうちんの撮影に行った時、何か歴史的に珍しいものはないかとネットで調べていると、江戸時代塩田の歴史遺構の橋があることを知りました。慶応元年に改修された「天津橋」は、ビジコム柳井スタジアム(柳井市民球場)の敷地内に移設、一般公開されている。天津橋は花こう岩を組んだ石橋で全長約15メートル、幅1・8メートル。川の両岸から桁石(けたいし)を斜めに張り出し、桁石の [続きを読む]
  • 金魚ちょうちん祭り
  • 8月13日の「金魚ちょうちん祭り」に向けて、あちこちで金魚ちょうちんの飾りつけの準備が進んでるようです。赤と白のすっきりとした胴体に、パッチリと黒い目を開いたおどけた顔の「金魚ちょうちん」。割り竹で組んだ骨組みに和紙を貼り、赤と黒の染料で色付けして作られ、今では夏の風物詩として、白壁の町並みにも彩りを添えています。柳井いろはかるたにも「軒にゆらゆら 金魚ちょうちん」と詠まれ、大きなしっぽの赤い金魚 [続きを読む]
  • 光市の夏の風物詩!長く愛される伝統のイベント!
  • 昨日、虹ケ浜海岸で第25回「サンドアートin光」が開催されました。サンドアートとは、干潮時に2時間程度出現する干潟を利用し、子どもから大人までが一緒になって、砂を素材とした作品を作りその出来栄えを競うものです。大潮の日を選んで開催されるようですが、残念なことに昔と比べ虹ケ浜海岸の様相が随分変った様に思います。昔は波打ち際から砂浜の最上部までの幅(奥行き)の距離がもっとあった様に記憶しております。砂浜の [続きを読む]