fujiken さん プロフィール

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fujikenさん: 長州より発信
ハンドル名fujiken さん
ブログタイトル長州より発信
ブログURLhttps://kfujiken2.exblog.jp/
サイト紹介文山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします
自由文三方を海に囲まれた本州最西端の地・山口県の在住です。
一期一会の出会いを大切にし、お付き合いを願っております。
歴史が好きで、美術館・城下町等を歩き回っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供75回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2012/02/19 09:51

fujiken さんのブログ記事

  • 歴史の闇に埋もれた真実
  • 強制慰安婦どころではない!終戦時蛮行の限りを尽くし凄まじかったソ連軍兵士の強姦・残虐行為・・・第二次世界大戦敗戦とともに崩壊した「満州国」では、地獄絵図としか表現しようのないほど、飢えと暴力、そして絶望が蔓延した。孤立無援の満洲開拓団は次々と、集団自決に追い込まれていった。そのとき、ある開拓団の男たちは、ひとつの決断を下した。現地の暴民による襲撃、ソ連兵による強姦や略奪から集団を守り、食料を分け与 [続きを読む]
  • 「毛利秀就公出生の謎を解く」
  • 「小野郷土歴史懇話会」の平山智昭氏により長州藩初代藩主・毛利秀就公出生は広島城生まれが定説となっているが、小野地区の領主・財満家の館の一角の西御殿または西御前と呼ばれる場所で毛利秀就は生まれたと異説が紹介された。長州藩初代藩主・毛利秀就◇ 毛利輝元と周姫(かねひめ:のち輝元側室二の丸)の関わり毛利輝元は毛利氏家臣児玉元良の娘周姫(かねひめ:のち輝元側室二の丸)を一目惚れするが元良はこれを断り、許婚 [続きを読む]
  • 何処の町・村にもある伝説や民話・・・「 姫山伝説」
  • 山口盆地に優美な稜線をみせている姫山には、地元でも有名な姫山伝説があります。2012年10月22日放送 関ジャニ∞村上信五とマツコ・デラックスがお送りする「月曜から夜ふかし」で、「山口呪われたブス問題」として紹介された「山口ブス伝説」が取り上げられたそうです。◆ 真偽は定かではないが、下記のような民間伝承が残っています。その昔、殿様が山口城下の美女に恋慕をよせ、殿中に捕らえようとしたが、美女は殿様の邪意を [続きを読む]
  • そ〜だったのか戦国大名・毛利輝元が築いた「広島」 
  • 広島市のシンボルといえば、やはり広島城・別名鯉城(りじょう)とも呼ばれています。長州藩の居城・萩城を築城した毛利輝元が築いた平城であるということに興味を引きますます。原爆により歴史的建造物や資料は焼き尽くされても、干拓のよりつくられた土地は歴史的遺産として残っています。広島に関しては、毛利輝元が広島城を築城し、関ヶ原の戦いで減封されて広島を去った毛利輝元に代わって福島正則が城主なり、さらに浅野長晟 [続きを読む]
  • 退院し我が家に帰って来ました p(*^-^*)q 万歳♪
  • 退院にあたりリハビリの理学療法士の先生より、帰宅後の退院療養計画の話を承った。先ず体組成測定の測定:全身チェック・体脂肪率判定・筋肉総合評価・脂肪総合評価の測定をやり、現在の評価の説明を受け、毎日最低限のストレッチの実施のデモステを受けました。リハビリの理学療法士の先生曰く、腰の手術を受けた人は歩行訓練だけでは十分なリハビリとはいえない!!!歩行訓練に併行して「腹直筋」・「内腹斜筋、外腹斜筋」を総 [続きを読む]
  • 退院します (*ゝω・)ノ?
  • ご心配をお掛けしましたが、25日に退院します。今日は17日振りにたかが10分程度ですが、外の風に触れました。病院の中は27度と快適ですが、外は報道通りムッとして暑かったです。(テレビを通してでしか知りませんで!!!)実社会の模擬体験で外での歩行訓練です。一人で淋しいが、 カ ン パ イ [続きを読む]
  • 術後11日目……
  • 入院も第三コーナーに差し掛かりました。高熱(手術熱)が続き、膝に水が溜まったりで少し手間取り、リハビリの開始が遅れたものの、歩行器なしでの自立歩行を始めています。手術前は、脊柱間狭窄症の自覚症状の一環で間欠性跛行(かんけつせい はこう)の為、30分しか歩けなかったが、私の今回の最大の目標は、痛みを感じないで連続1時間歩行なんです。10分間の歩行ならば、病棟の中を歩いたので検証出来ますが、1時間となるとど [続きを読む]
  • 膝に水(関節滑液)が溜まり痛い
  • 膝関節は、太ももの骨とすねの骨をつないでいる箇所です。この膝関節を包んでいる袋(関節包)の中に存在している液体を関節滑液と言います。一般的に関節液と呼ばれているこの滑液は、関節をスムーズに動かす重要な役割を担っており、いわば潤滑油のようなもの。実は、この滑液こそが膝にたまった水の正体なのです。つまり、人間だれしも膝に水は存在しています。水がたまる、というのは、何らかの原因で滑液が増えすぎてしまった [続きを読む]
  • 膝に水(関節滑液)が溜まり痛い
  • 膝関節は、太ももの骨とすねの骨をつないでいる箇所です。この膝関節を包んでいる袋(関節包)の中に存在している液体を関節滑液と言います。一般的に関節液と呼ばれているこの滑液は、関節をスムーズに動かす重要な役割を担っており、いわば潤滑油のようなもの。実は、この滑液こそが膝にたまった水の正体なのです。つまり、人間だれしも膝に水は存在しています。水がたまる、というのは、何らかの原因で滑液が増えすぎてしまった [続きを読む]
  • 膝に水(関節滑液)が溜まり痛い
  • 膝関節は、太ももの骨とすねの骨をつないでいる箇所です。この膝関節を包んでいる袋(関節包)の中に存在している液体を関節滑液と言います。一般的に関節液と呼ばれているこの滑液は、関節をスムーズに動かす重要な役割を担っており、いわば潤滑油のようなもの。実は、この滑液こそが膝にたまった水の正体なのです。つまり、人間だれしも膝に水は存在しています。水がたまる、というのは、何らかの原因で滑液が増えすぎてしまった [続きを読む]
  • 膝に水(関節滑液)が溜まり痛い
  • 膝関節は、太ももの骨とすねの骨をつないでいる箇所です。この膝関節を包んでいる袋(関節包)の中に存在している液体を関節滑液と言います。一般的に関節液と呼ばれているこの滑液は、関節をスムーズに動かす重要な役割を担っており、いわば潤滑油のようなもの。実は、この滑液こそが膝にたまった水の正体なのです。つまり、人間だれしも膝に水は存在しています。水がたまる、というのは、何らかの原因で滑液が増えすぎてしまった [続きを読む]
  • 膝に水(関節滑液)が溜まり痛い
  • 膝関節は、太ももの骨とすねの骨をつないでいる箇所です。この膝関節を包んでいる袋(関節包)の中に存在している液体を関節滑液と言います。一般的に関節液と呼ばれているこの滑液は、関節をスムーズに動かす重要な役割を担っており、いわば潤滑油のようなもの。実は、この滑液こそが膝にたまった水の正体なのです。つまり、人間だれしも膝に水は存在しています。水がたまる、というのは、何らかの原因で滑液が増えすぎてしまった [続きを読む]
  • 膝に水(関節滑液)が溜まり痛い
  • 膝関節は、太ももの骨とすねの骨をつないでいる箇所です。この膝関節を包んでいる袋(関節包)の中に存在している液体を関節滑液と言います。一般的に関節液と呼ばれているこの滑液は、関節をスムーズに動かす重要な役割を担っており、いわば潤滑油のようなもの。実は、この滑液こそが膝にたまった水の正体なのです。つまり、人間だれしも膝に水は存在しています。水がたまる、というのは、何らかの原因で滑液が増えすぎてしまった [続きを読む]
  • 手術から5日目
  • 何時もお越し頂きポチをありがとうございます。あなたの山口ブログの設置画面のポイントタグに、au-net.ne.jp のタグが表示されると思います。これは[長州より発信]が病院のタブレットからあなた様のブログに私がポチしています。今まで同様今後とも宜しくお願い致します。 [続きを読む]
  • 手術後3日目
  • 広島の浜脇整形外科病院でMEL(内視鏡下腰椎椎弓切除術)の手術をして今日で3日目。傷口は小さいので大人しくしていれば、そんなに痛みは感じませんが流石に動かすと痛いです。広島も豪雨で大変なことなってなってるそうですが・・・病院の中にいるとテレビしか様子がわかりません!!!夜中にパトカーが町の中を行き交ってるのがサイレンの音で分かるくらいですかね〜手術した当日5日と昨日は熱(手術熱と言うらしい)が38,5〜38,8度位出て [続きを読む]
  • 広島市の評判の高い整形外科病院に明日入院します。
  • 4年前某総合病院で腰のMRI検査を受け、軽度と診察されました。しかし、先生に腰がすごく痛く、足裏にすごく違和感があり、30分位しか歩くことが出来ないと訴えると、今の段階では何をするすべもないと言われ4年経過しました。症状は序々に酷くなり辛い毎日でした。そんな折、知人2人に広島市浜脇整形外科リハビリセンターの評判・実績を聞き、騙されたと思って一度診察を受けてみてはと紹介され、5月16日に浜脇整形外科 [続きを読む]
  • 変わりつつある徳山大学・・・その一環として「地域文化講座」
  • 徳山大学の紙矢健治教授が協力し、2016年から取材して来られたテーマの番組・「明治の運命を背負った男 児玉源太郎」が4月29日(日)山口放送で放映されその番組を観て、徳山大学に興味を持ち、徳山大学のHPを見て「地域文化講座」を知りました。前期(4月〜7月)は月に3〜5回、金曜日の13:10〜14:40に開催されています。皆さんもよくご存知の毛利博物館顧問の小山良昌先生や萩博物館特別学芸員の一坂太郎先生が講師です。 [続きを読む]
  • 長岡外史誕生の秘話&幼少期・青年期の曖昧な説明が多い!!!
  •  長岡外史は長州藩の藩校・明倫館に入り、明治11年(1878年)陸軍兵学寮入学・臨時士官生徒となり、陸軍士官学校に入学してから順風満帆の人生は公開されていますが、誕生・幼少期・青年期のことが余り説明されていない!!!①生誕地と誕生  ②幼少期  ③青年期 3つの疑問を検証してみましょう1.先ず生誕地と誕生の秘話を検証しましょう・・・ 昨年9月に下松地方史研究会は堀トキの生家跡地に、「長岡外史生誕之地 [続きを読む]
  • 多種多様な形式の庭園が揃っている漢陽寺
  • 漢陽寺の庭園は、本堂及び書院を中心として、その四面に作庭されています。作庭の設計・指導は、日本庭園の権威、故重森三玲氏で、のべ10年の歳月をかけて完成しました。本堂裏側にある、潮音洞とよばれる水を引き込むトンネルからの豊富な水を利用した、流水及び池泉形式と枯山水庭園の組み合わせで様々な時代形式の庭園が作庭されています。三玲氏の作で、一つの寺院にこれほど多種多様な形式の庭園が揃っているところは珍しく、 [続きを読む]
  • 森林セラピーを求め「重源の郷」へ
  • 「重源の郷」とは平安末期、東大寺再建に尽くした重源上人のテーマパークです。1998年(平成10年)4月に開園した体験交流公園で、天然の地形を生かして、昔ながらの山村風景を再現しており四季の花に応じてイベントが開催されたり、工房では藍染・機織り・紙漉きなど伝統的な民芸細工を体験することができるのが魅力です。「重源の郷」の散策重源上人の銅像が迎えてくれます。駐車場の側にある「歓迎館」は、郷の案内所とおみやげ [続きを読む]
  • 赤禰(赤根)武人・奇兵隊総督から失墜した男の哀しい最期!!
  • 【概 要】 松下村塾のメンバーは、尊王攘夷を掲げて時代の渦に果敢に挑みますが、明治という新しい世を見る前に命を落としてしまう者も大勢いました。赤禰武人(あかねたけと)もその一人です。 赤禰武人は高杉晋作と仲が良かったとされ、晋作が作った奇兵隊の3代目の総督も務めています。しかし、仲間たちとの信頼関係が上手く構築できなかったためか、やがては長州藩を去り、哀れな最期を迎えることになります。【赤禰武人の容 [続きを読む]
  • 大内文化の遺産・鰐石(わにいし)
  • 山口市鰐石町の椹野川に架かる鰐石橋は、明治天皇行幸にあわせて、県最初の鉄の橋としてかけられている。その橋のたもとに、流れる川をただじっと見つめている大きな岩がふたつ、重なって現れる。昔、下の岩の半ばまで水がきていて、ちょうど鰐が口をあけているように見えたので、このあたりを鰐石と呼ぶようになり、そしてこのとてつもなく大きな重なった岩を鰐石の重岩と呼ぶようになったと云う。岩の上には松の木があり、「巌上 [続きを読む]
  • 韓国の観光団に遭遇!!!
  • 企画展「坂本龍馬が山口に来た」を見に行って来ました。駐車場から玄関の方に歩いていると、韓国人の観光バスが5台やって来ました。混み合うのを予測し、急いで展示場に行き展示物を観ていると、韓国の観光客が怒涛の勢いで入って来ました。ゆっくり観るような状態ではないので、廊下に出ると事務員さんが長くは居ないでしょうから、お庭の方に出られて時間を潰されたらと、言葉を掛けて頂いたのでそうすることにしました。しかし [続きを読む]
  • 下松生まれの徳山藩士・今田浪江が起した明治九年の山田村事件
  • 【幕末の世相】 明治維新によって、封建制度が崩壊し大政奉還されたことは、武士階級にとっては生活につながる問題だけに、驚天動地(きょうてんどうち)の大事件であった。保守的な懐古的な人間の思想を、一朝一夕に改めることは難しいことで、ゆりもどしが起り不平や批判が起こることは当然なことであろう。当時、生活の根拠であった禄を奪われ、ついで徴兵令・廃刀令が発布されるに及び、生活の困窮と権威の失墜に、旧士族(旧 [続きを読む]
  • 佐藤3兄弟展
  • 明治維新150年事業の一環で、田布施町郷土館も「佐藤3兄弟展」の第1弾として、【長兄・佐藤市郎元海軍中将展示会】が開催されています。岸・佐藤の元宰相のことはご存知と思いますが、長兄の佐藤市郎元海軍中将のことを知っている方は田布施在住の方は別として、意外とご存知ないのではないでしょうか?海軍兵学校36期・海軍大学校18期(同期には南雲忠一がいる)において、在学中はほぼ満点に近い成績(海軍兵学校時代は平均97.5 [続きを読む]