yo-yo さん プロフィール

  •  
yo-yoさん: 遊泳する言葉
ハンドル名yo-yo さん
ブログタイトル遊泳する言葉
ブログURLhttp://yo8yo.blog34.fc2.com/
サイト紹介文日常や過去に光をあててみる。そこから浮き上がってくる言葉のふしぎを、詩と散文で探っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供81回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2012/03/11 22:28

yo-yo さんのブログ記事

  • 山の向こう
  • 古代の大阿蘇の溶岩が流れ下った、その麓の辺りで幼少年期を過ごした。周りは山ばかりだった。山の向こうには何があるか。  山のあなたの空遠く  幸(さいはひ)住むと人のいふ……そのようなカール・ブッセの詩のせいで、高い山の向こうには何かいいことがありそうだと、若いころは思ったものだ。実際に、いくつかの高い山にも登った。いいことは山の向こうにも、山のてっぺんにもあったけれど。いくたび郷里に帰っても、山の [続きを読む]
  • 小さな旅をする
  • そヾろ神の物につきて心をくるはせ……なんと、わけもなく人の心をそそのかす神がいるという。そんな神にとり憑かれたように、白河の関を越えたいと旅を思い立ったのは、俳人の松尾芭蕉だった。年の瀬のいま、ぼくもまた、ひとつ関を越えなければならない思いが強くしている。おまえも越えよという、そヾろ神の声に急かされている。ひとは同じようなことを考え、同じようなことを繰り返すのだろうか。1年という時のサイクルの速さ [続きを読む]
  • 爪を切る
  • きょうも終わったと思う、夜は一日の終わり。爪を切る。切るたびに頭に浮かぶ言葉がある。「夜に爪を切ったら親の死に目に会えない」と。すこしためらいがあり、すこしほっとする。もはや両親とも、この世には居なかったのだ、と。親父は夜中に眠ったまま、誰にも気づかれずに死んだ。おふくろの死は、会いに行く途中で、フェリーを降りたところで知らされた。だから、どちらの死にも立ちあうことはできなかった。いつも夜に爪を切 [続きを読む]
  • かま猫(竈猫)と猫の事務所と
  • その後の野良の子ネコたちは、小さいながらもそれぞれに個性らしいものを現わし始めている。ヒトの気配がすると木の陰に隠れてしまう臆病な奴や、さかんに木登りをする活発な奴もいる。草の中でじゃれあうのが好きな奴もいて、草むらの中でもがいている小さな足が忙しく宙を蹴っていたりする。その近くでは、相変わらず親ネコが警戒してぼくの方を睨んでいるので、ゆっくり観察することもできず、ただ遠目で眺めながら通り過ぎるこ [続きを読む]
  • 野に生きる
  • ネコは、生き方が上手な生き物なのかもしれない。公園の野良ネコを見るたびに、そう思う。いつのまにか、公園を自分らの住処にしてしまっている。冬は丸々と太り、夏はスマートに痩せ、季節と自然に順応して生きている。ヒトとの距離も適度に保ちながら、野生の営みでそっと生きつづけている。イヌのように吠えたり噛みついたりもしない。ヒトにすり寄ってくることもない。近づくと雑草の中に隠れてしまう。冬は枯草のなかで生き、 [続きを読む]
  • 空には鳥のかなしみ
  • 公園のベンチで瞑想をする。雑念だらけの瞑想だから、ときどき周りの気配が気になって目を開ける。眼前の草むらを、白いものが動きまわっている。ときどき芝を水平に切るように、素早い動きをしている。いつも居る2羽のセキレイだ。1羽は顔から腹にかけての白がくっきりしている。もう1羽は体全体の模様が曖昧にぼやけている。雄と雌のつがいだろうか、たいがい2羽で居る。セキレイは夫婦仲のいい鳥なんだろう。昨年の今頃、足 [続きを読む]
  • さよならの木
  • 秋から冬へとさよならの声にとまどう一本の木だった小さな葉っぱは小さなさよならを大きな葉っぱは大きなさよならを手の平のような葉っぱは手を振りながら失ったものを掴もうとして木は空に無数の手を伸ばすがらんどうの葉っぱの空から指の先をつたって風の声が聞こえてきた始まりはいつも小さな一本の木だったと大きな風の手で植えられた小さな木だったと物語はつづく再びのその日まで木はじっと始まりの風を待っている [続きを読む]
  • ホントの自分
  • 新聞の切り抜きやメモなど、雑多なものを放り込んでいた菓子箱を整理していたら、次のようなものが見つかった。新聞の読者投稿歌壇に投稿された短歌だった。   ネットにはなんでもあると思う子ら       「ホントの自分」もそこにはあると                      (松戸市 原田 由樹)ぼくもかなりネットに依存した生活をしている。だから、そこには何でもあるような気もするし、何もないような気 [続きを読む]
  • 空気は見えないけれど
  • それは、宇宙から届いた巨大な隕石のようにもみえた。広大なカザフスタンの朝の雪原に、黒く焦げた宇宙船の帰還カプセル。そんな写真を夕刊で見たことがあった。運びだされた宇宙飛行士の言葉は、「息ができる空気が周りにたくさんあるのは素晴らしい」だった。そうか、息ができる空気。この地球上にはいっぱいあったんだ。あらためて思った。空気は見えない。目に見えないものは、普段はあるのかどうかもわからない。考えたことも [続きを読む]
  • 温もりの季節
  • 寒くなった。といっても、季節を考えると、これが本来の寒さなのだろう。やっと扇風機とストーブを入れ替えた。石油ストーブは数年前に壊れて廃品にしたので、ぼくの部屋にあるのは、遠赤外線の電気ストーブが1本だけ。この冬もこれで過ごすことになる。この電気ストーブには“ぬっくん”という名前が付いている。ある人が名付けてくれた。その言葉の温もりも加味されて、このストーブは特別に温かいような気がする。“ぬっくん” [続きを読む]
  • 光のやくそく
  • いつかの約束をつい記憶のなかに探してしまうひとつだけ点滅する光暗い川のむこうからサインを送ってくれたのは誰だったか光はことばだった魂だった妖怪だったレコードの古いキズに立ちどまったり躓いたり麦わらみたいな乾いた空気を吸いながら吐きだすときはみんな湿ったフルートだったね夕焼けと枯葉の道背中の風がどんどん冷えていまは痩せた背骨にも届かないんだ光に魂があるならば瞬きするものにも言葉があるかもしれない小さ [続きを読む]
  • 秋の葉書
  • とおい歳月の向こうから1枚の葉書が届いたまだ文字を知らなかった3歳の娘がいつか手紙のまねごとで落書きしたものだったこの秋古い机の引き出しからそれは枯葉のように手元におちてきた文字にならない文字いつか読み解くかもしれない誰かのために言葉は遅れてやってくるようだつぶやきのまま文字にならなかった文字を言葉にならなかった言葉をいまだ私は文字にできないけれど言葉にもできないけれどその葉書をふたたび引き出しの [続きを読む]
  • その林檎をかじったのは誰か
  • ひと口だけ齧られたリンゴがある。そのリンゴを齧ったのは誰か。小さなガレージのネズミ(マウス)だったのだろうか。それとも、ひとりの天才だったのだろうか。2011年の10月、米アップルの創業者スティーブ・ジョブズが56歳で世を去ったとき、Apple社は公式サイトでコメントした。「アップルは、明確なビジョンをもった創造的な天才を失いました。そして、世界は素晴らしいひとりの人間を失いました」と。天才は去った。だ [続きを読む]
  • さよならは寒い
  • 朝顔が終わった。最後に、小さな花が咲いた。小さな口で、さよならと告げるように。それで、夏も終わった。秋をとびこえて、冬がきた。いや、小さい秋はあったのかもしれない。朝顔が咲き続けていたので、いつまでも夏だと思っていた。それほどに、今年の夏は長かった。花のタネだけはストックして、さよならする。夏と、朝顔と、風の旅人たちに。寒くなった朝、パソコンがとつぜん起動しなくなった。猛烈な夏の暑さに耐えたあとで [続きを読む]
  • 朝顔の花が終わるとき
  • これが最後、これが最後と、いつまでも最後がつづいていた朝顔だが、いよいよ最後の一輪になった。ぼくの勝手で、咲きつづけるかぎり水をやり、新しい花が咲くのを待っていたが、朝顔にとっては辛いことだったかもしれない。真夏に咲いていた大きな花が朝顔姫だったとしたら、きょう咲いた花は、すでに幼児がえりした老婆かもしれない。小さくなってすこし萎んでいる。花も老いた姿はあまり晒したくなかったかもしれない。そんなこ [続きを読む]
  • 秋色の向こうに
  • 10月は母の命日で、天王寺のお寺にお参りに行った。お墓は九州にあるのだが、なかなか帰れないので分骨して大阪のお寺に納めた。それで秋は母の、春は父の法要をしてもらうことになっている。九州の秋がだんだん遠くなる。最後に母に会ったのはいつだっただろうか。記憶力がすっかり衰えていると聞いていたが、ぼくのことはまだ覚えていた。久しぶりで会ったのに特に驚いたふうもなく、自然にぼくの名前が母の口からでてきた。それ [続きを読む]
  • 川の声が聞こえる
  • 目をつむると、暗がりの底をいつも一本の川が流れている。かつて、ぼくの生活の、いちばん身近かにあったのは川だった。春と秋は、川の浅瀬を渡りながらキラキラ光る魚を追った。夏は終日、湧水の冷たい流れにもまれながら、ゆるくなった四肢で魚を真似して泳いだ。上流では山が晴れたり曇ったりするので、川は濁ったり澄んだりした。冬は背中を陽に温めながら、岩陰で動かない黒い魚の背中をじっと見つめていた。川の流れのように [続きを読む]
  • ブックマーク
  • 夏の嵐で傷ついた花と木と草に光と水と言づてを知らない国から運ばれてくる風と香りと揺れうごく魂のそよぎ言葉にならない声を聞いた見えるものも見えないものもそのままの確かさで揺れうごくもののすべてを揺れうごくままに掴もうとするぼくの記憶は草よりもあいまいだ木のことばは花のことばはいつか遅れて届くだろう [続きを読む]
  • 山のみず、海のみず
  • もう秋なんだろうか、それともまだ夏なんだろうか。室内は涼しいが戸外は暑い。誰かが掃いたような雲と、澄みきった青い空。大地を水浸しにした大量の天の水は、ついでに空をもきれいに洗い清めたみたいだ。超巨大な台風やゲリラ豪雨といわれるものが、日本列島のあちこちを襲った夏だった。急峻な山を崩し、川を氾濫させ、家や人を押し流した。亡くなった人や行方がわからない人は数知れない。さらに、道路が崩れて孤立してしまっ [続きを読む]
  • 詩の欠片をさがす
  • 過去に書いたブログの記事を、読み返して詩の形にして再生する。あるいは過去に書いた詩を解体し、言葉を補足して散文にする。そんな試みをしてみる。そもそも詩と散文の違いがなにか、よくわからない。詩を書こうとすると、イメージや言葉がやたらに浮遊しはじめるような気がする。書こうとすることから、言葉だけがどんどん独り歩きしてしまう。その結果、言葉のリアルな手応えが希薄になっていく。詩というものについて、なにか [続きを読む]
  • 暑くて長〜い夏だった
  • 先日の台風一過、近くの公園では、ニセアカシアやケヤキなどの大木が根こそぎ倒され、あるいは中ほどからへし折られて、通り抜けることもできないほど見るも無残な姿になってしまった。台風21号は想像を絶して風の被害が大きかった。さらに北海道の大きな地震災害が追い打ちをかける。山は崩れ川は氾濫する。この日本列島は一体どうなっているのだろうか。一方わが身は、久しぶりに受けた健康診断でメタボ検査はパスしたが、不整 [続きを読む]
  • コップのうみ
  • コップに水を満たすごくり乾いた血管にひろがっていく潮騒のうみつぎつぎに波を飲みこんでは吐きだしなぜか背泳ぎをする水と空気を分けて浮かんでいるぼくの半分は嘘みたいに軽いあとの半分は真実かもしれないあるいは泡ぶくだったり星くずや貝がらだったりコップのうみを飲み干したらたちまちぼくも空っぽになる [続きを読む]
  • 雲の向こうにあるもの
  • なにげなく空を見上げる。雲を眺めることが多くなった。手持ちぶさたということがあるかもしれない。退屈だということがあるかもしれない。ずっと抵抗していたものが急に無くなった。そんな心の秋空にぽっかりと雲が浮かんでいる。これまで何かに抗っていた。急に抗う対象が無くなってしまった。だが抗っていたものは大したものではない。それはこの夏の猛烈な暑さだったのであり、涼しくなってみれば、ただ虚しいばかりだ。汗だく [続きを読む]
  • UFOの夏
  • 夏はぼくの夢をやわらかく砕く失った欠片ばかりが空を浮遊しているひかりの交信は途絶えたまま夜空の星はもう追わない指にとまったナナホシテントウムシの小さな星を数える水のなかで息を継ぎながらひとの優しさも知ったプールでそっと触れた手は水よりも冷たかった背中で浮かんだままでもうすぐ終わってしまうものがあることを光る雲を追いながら考えるたぶん明日もまたあの空から始まるのだろう [続きを読む]
  • そこには誰もいなかった
  • 騒がしさの中に、静けさがあった。見える声と、見えない声があった。出かける人たちや、帰ってくる人たち、夏のひと日が慌ただしく過ぎていった。生きてる人たちが遠くへ行き、死んだ人たちが近くに帰ってくる。生きてる人と死んだ人が、見えないどこかで交錯する、白い夏があった。近しい人たちが、半分になった。行ったり来たりしているうちに、人生の半分を失ってしまったみたいだ。ごっちゃに集まるお盆の夜は、ご詠歌と鉦のひ [続きを読む]