YUKI さん プロフィール

  •  
YUKIさん: 廃墟写真ブログ -Ruin's Cat-
ハンドル名YUKI さん
ブログタイトル廃墟写真ブログ -Ruin's Cat-
ブログURLhttp://ruins-cat.com/
サイト紹介文一眼レフカメラで捉えた上質な写真と共に全国各地の廃墟への探索記録を紹介。近年は海外の廃墟にも足を運ぶ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供107回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2012/03/15 03:23

YUKI さんのブログ記事

  • 【広見小学校】廃校までのアクセスと校舎周辺の様子
  • (→ 「【広見小学校】スノーボーダーが遭難・救助された廃校」より)本物件は辿り着くまでにかなり苦労するので、以下に少し補足をしておく。 国道488号線に入ってすぐこの看板が見えるので行く末を不安に思うかもしれないが、2017年現在、廃校の手前まで行くことはできる。 前回記事の【廃墟Data】でも触れたが、反対側の匹見町方面から廃校へ行くのはやめておいた方がいい。 基本的にはこんなような細い山道がずっと続く [続きを読む]
  • 【広見小学校】スノーボーダーが遭難・救助された廃校
  • 広見小学校は1884年(明治17年)に島根県の広見集落に開校した。児童数は1959年(昭和34年)に31名に達したものの、三八豪雪※1を契機に過疎化が進み、わずか11年後の1970年(昭和45年)にはたった2名のみとなる。そしてこの年に広見集落そのものが匹見(ひきみ)町へ移転されることになり廃村、それと同時に広見小学校も匹見小学校へ統合され、廃校となった。※2 それだけであれば、ここは単に三八豪雪によって [続きを読む]
  • 高取鉱山麓の廃畜産場
  • 茨城県北部にあるタングステン鉱山である「高取鉱山」の麓にある畜産場の廃墟。鉱山へ続く山道に沿っていくつか畜舎が点在している。そのうち数ヶ所は今でも倉庫等何らかの用途で使われている様子であるが、多くは写真のように完全に廃棄されてしまっている。 ちなみにその高取鉱山そのものも昭和61年(1986年)に閉山して以降、廃墟となっている。現在でも抗口や鉱山事務所などが残り遊歩道も整備されている他 [続きを読む]
  • 勘解造の酪農場 その2(千葉県君津市)
  • (→ その1 より) それでは敷地の最奥の建物に入っていこう。ここにも飼料用タンクがある。 この台車で飼料を運んでいたものと思われるが、ほぼ自然に還ってしまっている。 酪農には様々な薬品が使われる。 動物用の抗生物質や、ビタミン剤などの名前が見える。 現在畜産業の現場では本来は病気の治療のための抗生物質が、病気の予防や成長促進のためにまで使用されていて、事実上の薬物濫用の状態にある。だがその [続きを読む]
  • 勘解造の酪農場 その1(千葉県君津市)
  • 雑木林に隠れるようにしてその酪農場の廃墟はあった。向かって右手には動物用の白い飼料タンクが見える。 どこまでも深い緑に覆われる…… 畜舎の中は閑散としている。 この畜舎にはミルカー用のパイプラインらしきものが頭上を通っているので恐らく乳牛用と思われるが、それにしては恐ろしく狭い……。今は生産性向上の為はもとより動物保護の観点からも家畜の居住環境はかなり改善されてきており、こんなに環 [続きを読む]
  • 【七福神の家】その2:女性の霊が出ると噂の2階へ…
  • (→ 「その1:神々が魂を鎮める心霊スポット」より) 階段を登り2階へとやってきた。 2階には女性の霊がいるらしいが果たして…… 陰陽マーク(太極図)。沖縄は落書き一つ取っても大陸文化の影響が強い。 焼け焦げた跡。ドア枠が全部いかれるとはかなりの火勢であったことが伺える。 幸か不幸か、この時は件の女性の霊らしきモノを見かけることは無かった。 探索を終えて1階に戻ると、廊下の隅に大陸の術 [続きを読む]
  • 【七福神の家】その1:神々が魂を鎮める心霊スポット
  • (▲ 七福神の家 一階北西側の角部屋) 沖縄刑務所の近くの薮の中にある不気味な廃屋。建物の2階では女性の霊の目撃談が後を絶たず、ここを訪れた霊能者(ユタ)が霊を鎮める為に七福神の像を置いたことから「七福神の家」と呼ばれるようになったという。 その七福神の像であるが、行きと帰りで位置が微妙に変わっていたりなど勝手に動く現象が当初より見られ、現在はその像自体の居場所が分からなくなっている。霊が成仏し [続きを読む]
  • 【終わらない葬式の家】権東の家 その2(心霊スポット)
  • (→「終わらない葬式の家 その1」より) とても開放的な雰囲気のトイレ。 これにて1階の探索は終了、2階へと上がってみよう。 ブランコベンチ……? なぜこんなものが2階に…… あからさまに崩壊していなかった方の建物の端も、よく見ればもう骨組みだけであり寿命が近い。あまり端に近づきたくないな。 月刊「マダム」www マダムなんてもう絶滅種じゃないの。 非常に古い型の電気式アイロン。恐らく当時の高 [続きを読む]
  • 【終わらない葬式の家】権東の家 その1(心霊スポット)
  • ここは茨城ではかなり有名な心霊スポット「権東の家」。「荒川沖の廃墟(廃屋)」と呼ばれることもあるが、実際には土浦市の荒川沖(arakawaoki)ではなく中(naka)にある。だがこれらはあくまで便宜上の呼び名に過ぎない。この場所を心霊スポットとして有名にした内部に残された「あるもの」から、人々は畏怖を込めてこの廃墟をこう呼ぶ――終わらない葬式の家、と 側面から見ると建物の傷みはかなり激しい。この滅茶苦茶 [続きを読む]
  • 陸奥湾の廃船(解体済)
  • 以前より陸奥湾に廃船がある事は聞いていたが、当時は現状どうなっているのかがよく分かっていなかった。その後ちょうど近くを通りがかる用事があったので夕暮れ時を狙って行ってみたのだが、蓋を開けてみれば「解体済み」という残念な結果に終わった。 ちなみにここより北側に500mほど行った所には、「むつ湾インターナショナル・スピードウェイ」というサーキット場の廃墟があった。こちらも現在は風力発電施設に転用され [続きを読む]
  • 【海外の廃墟】デトロイト・シティの猫屋敷 その2
  • (→ その1 より) 市の財政破綻、町を支える巨大工場の撤退……失望した住民は次々と消えてゆき、後に残されるは、そんな事どこ吹く風の猫たちの楽園―― この近辺の治安は、世紀末シティ・デトロイトの中でも最悪と言っていい。高層ビルや商店の立ち並ぶ「表」側とは違い、ここは黒人の低所得者層が集まる貧民街なのだ。その当然の帰結として、こうして扉にも窓にも頑丈な鉄格子をあつらえる「刑務所スタイル(Jail Style [続きを読む]
  • 【海外の廃墟】デトロイト・シティの猫屋敷 その1
  • 自動車の町デトロイトにある巨大工場の廃墟「パッカード自動車工場(Packard Automotive Plant)」の周辺を実地調査していたところ、1匹の猫が悠然と道路を横断していくのが見えたため、車を路肩に停めた。 ちなみにそのパッカード自動車工場だが、結局中には入れなかった。理由は見ての通りセキュリティがそこら中に張り付いていたせいなのだが(画質が悪いのはボカしているわけではなく、大気の揺らぎのため)、詳しくは [続きを読む]
  • 米軍三沢基地専用線跡(青森県三沢市)
  • (▲ 線路と県道8号線との交差) 青森への廃墟旅行中、三沢市内で変に途切れている線路を偶然見つけたので、少し時間を取って沿線を散策してみた。 後で調べてみると、この線路は米軍三沢基地とJR三沢駅を結ぶ専用線であり、現役時は航空機燃料の輸送等を担っていたことが分かった。 (▲ 花園町2丁目付近より、三沢基地方面を望む) 本鉄道の廃止は2006年(平成18年)。現在は八戸にある貯油施設からパイプラインを通 [続きを読む]
  • 【板谷小学校】校庭に住居の建つ廃校(長崎県児湯郡)
  • (▲ 板谷小学校前に咲く見事な桜とGN125H) 西米良村立板谷小学校の創立は1879年(明治12年)、下板谷地区の民家を村所小学校の分校として使用したのが始まりである。同15年5月、校舎が大王鶴に移転され、同21年3月に板谷小学校として独立する。その後幾度かの移転や改修を経て、1966年(昭和41年)4月に現在の場所に落ち着いた。 そして1979年(昭和54年)に創立百周年を迎える。その後は宿泊所として利用されるなどして [続きを読む]
  • 【紀州鉱山(紀和鉱山)】その3:東洋のパルテノン神殿
  • (→「その2:選鉱場最上部へ」より) その荘厳な佇まいは、遥か南欧のパルテノン神殿を思わせる。 山の中腹あたりにトンネルがあったが、中は土で埋められていた。 選鉱場と各鉱区を繋いでいた紀州鉱山鉄道(外部サイト)のトンネルはまた別の場所(インクラインの麓)にあるので、このトンネルはそれではない。坑道保守用のトンネルか何かだろうか? この壮大な廃墟……建物の解体前にぜひ訪れてみたかったも [続きを読む]
  • 【紀州鉱山(紀和鉱山)】その2:選鉱場最上部へ
  • (→「その1:朝靄に眠る古き選鉱場」より) 山頂の方を見上げる。選鉱場にはまだまだ上がありそうだ。 インクライン(勾配鉄道)をひたすら登っていく。 レール中央には等間隔にガイド用のローラーのようなものが設置されているのが見える。街中を走る普通の鉄道には無い、インクライン独特の設備だろう。 インクラインから選鉱場跡を見る。 コンクリート柱群のほぼ頂上までやってきた。柱の間から紀和の町を望む [続きを読む]
  • 【紀州鉱山(紀和鉱山)】その1:朝靄に眠る古き選鉱場
  • (▲ 紀和町板屋地区の山中に眠る選鉱場跡) 紀州鉱山は古くは奈良時代から採掘が行われていた鉱山であり、主に銅を産出したほか金・銀の鉱脈もあった。奈良東大寺の大仏を建立する際にも、ここで採れた大量の銅が使われたと伝わっている。 写真の選鉱場が建てられたのは戦前の1939年(昭和14年)、その5年ほど前から当鉱区の再開発を行なっていた石原産業株式会社によるものである。1965年(昭和40年)前後には銅産出量が年 [続きを読む]
  • 【旧・原田食料品店】その2:居住用区画
  • (→「その1:外観・店舗用区画」より) それでは、店の奥の居住用のスペースを見ていこう。 こうして当たり前のように大釜が干されている辺り、この廃墟の持つ悠久の歴史を感じさせる。蓋と口とをちょっとずらしておいて、ちゃんと釜の中まで乾燥されるようにしている所に、物凄く「生活感」を感じないだろうか? これがそのままの状態で平成の今まで保たれている奇跡には、感動を覚えずにいられない。 ワンカップ大関の [続きを読む]
  • 【旧・原田食料品店】その1:外観・店舗用区画
  • 広島の農村地帯の道路沿いにその廃墟はあった。 遠目には現代的でしっかりとした造りに見えた建物は、実は隣にある新店舗の方だった。今回探索する旧店舗の方は骨組みの木材もガッタガタ、壁材には土が使われていてひび割れがひどいなど、かなり年季の入った物件だ。土壁の家なんか建てようと思ったら、現代ではむしろ高くつくんじゃないだろうか。 そして軒下にこんな柄の長い柄杓を置いておく必要性すら現代っ子の私には [続きを読む]
  • 【金山病院】解体後もなお怨霊の彷徨う心霊スポット(香川県坂出市)
  • 香川県内では「牟礼(むれ)病院」「かっぱ道場」と肩を並べる有名な心霊スポット。以前に紹介した「坂出江尻町店ローソン前の廃病院」とは打って変わって、ここは超有名物件である。「坂出の廃病院」と言えば、普通はこの金山病院を指す。 大正元年(1912)築の牟礼病院には及ばないが、ここ金山病院も昭和26年(1951)開院とその歴史は古い※1。折しもこの年は「結核予防法」が制定された年で、この当時結核は日本人の死因 [続きを読む]
  • 【下川鉱山】幻の「40高中」が眠る、忘却の土地
  • (▲ 下川町の中心街から鉱山地区へと伸びる道道354号線) 下川鉱山は三菱系の銅山であり、黄銅鉱のほか、黄鉄鉱、磁硫鉄鉱、閃亜鉛鉱などを産出した。本鉱山は昭和16年(1941)に軍需産業として本格的な探鉱を開始したのを契機に、徐々にその規模を拡大していった。昭和49年(1974)には月産3万3千トンとなりピークを迎えるが、その後銅の自由化等により急速に採算は悪化。最盛期からわずか8年後の昭和57年(1982)には採鉱 [続きを読む]
  • 【創価の家】娘の発狂、一家離散…戦慄の電波物件
  •  「子供の描く絵がおかしい」というのは家庭崩壊や虐待のメタファーとして近代の漫画・映像作品等に用いられることのある表現だが、それは決して根も葉もない“おとぎ話”ではないという現実を、この廃墟は我々に教えてくれる。この家にはかつて、両親と猫好きの2人の女の子が暮らしていたようだが、上の子が中学校に上がった時点で家族の記録はプッツリと途絶えてしまっていた。 その絵から放たれる尋常で無い狂 [続きを読む]
  • 【作陽音楽大学 常盤寮】放火された現役学校の廃墟
  • 岡山県津山市にある作陽音楽大学の寮の跡。1996年4月に高等学校のみを津山市に残し、大学と短大が倉敷市に移転※1されて以降、廃墟となっている。心霊スポットとして名高い「津山プラザホテル」に隣接しているためか、たびたび放火の憂き目に遭っており、1階の一部が焼失してしまっているという※2。心霊スポットとしての人気は今も衰えていない様で、筆者が訪れた際も寮の方から出て来た若者のグループ(入るのを諦めたようだ [続きを読む]
  • 【K医院】竹林に飲み込まれた廃病院(岐阜県可児市)
  • 名鉄広見線の線路沿いにある病院の廃墟。比較的栄えている駅前の土地の一角が唐突に人跡未踏の原生林の様になっている姿は、江戸時代から怪異の伝承が伝わる千葉県の心霊スポット「八幡の藪知らず」を思い起こさせる。 この物件は写真の看板のクリニック(名称部分は編集で塗りつぶしてある)との関連が噂されているが、近所にこんなものを放置していれば顧客である近隣の住民に悪印象を与える事は間違いなく、どう考えても商 [続きを読む]