mihoshi55 さん プロフィール

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mihoshi55さん: 懐かしい昭和の情景を追って
ハンドル名mihoshi55 さん
ブログタイトル懐かしい昭和の情景を追って
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/mihoshi55
サイト紹介文昭和に撮影した映像と今も昭和の情景を求めて茅葺き民家などを追っています。
自由文蒸気機関車、茅葺き民家、古い町並みの写真を送りします。
車椅子生活のため過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化するのが日課です。新たに撮影にいくより過去の写真を整理するのを優先しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供408回 / 365日(平均7.8回/週) - 参加 2012/04/15 10:47

mihoshi55 さんのブログ記事

  • 日本茅葺紀行 NO,401 兵庫県旧今田町の民家
  • 撮影場所 兵庫県旧今田町大野原姫路から国道372号線で篠山に向かっていた。その途中の今田町にも茅葺民家が見えた。それから南下して茅葺の残る地域を探す。大野原集落に10軒ほどまとまって茅葺民家があった。それから数キロ行くと立杭焼の集落にたどり着く。ここにも茅葺民家はあった。立杭焼に行ってここが日本六古窯ひとつであるのをしった。  (六古窯、平安、鎌倉時代からの窯業の産地)何でも行動して現地にいってみる [続きを読む]
  • 蒸気機関車 駒ヶ岳と蒸気機関車
  • 撮影場所  北海道函館本線 大沼駅周辺大沼駅の南に小高い岩があるそれに登り列車を待つ、冬の早朝岩の上には誰もいない。寒いが風が無いのが救いだ。ひたすら蒸気機関車を撮ったがその当時には70歳を過ぎてブログに投稿している自分がいるとは想像できなかった。若い時からなんでもやって残して置くそれがつかえる時代がくるものだ。人生にやって無駄な事はないというがどれほど有益なものがあったかは疑問だ。失敗や反省すべ [続きを読む]
  • 懐かしい物  担ぎ屋
  • 撮影場所 熊本県 肥薩線矢岳駅(やだけ)肥薩線は大きな峠越えの難所がある。大畑ループである。それから矢岳越えまで登りが続く。熊本県、宮崎県、鹿児島県の入り混じったところである。矢岳駅で列車の交換があり一時停車、上り列車に乗り込む担ぎ屋さん。農産物などを人吉や八代に運びお得意さんに売り歩く。昭和40年代はおばちゃんの担ぎ屋が一番列車に沢山乗り込んできた。余り撮影していない。朝の薄暗い時間帯でもあり自分 [続きを読む]
  • 茅葺民家 モノクロ 茅刈風景
  • 撮影場所 京都府旧美山町美山町の茅葺保存地区の北地区の東側の集落に茅場があり茅刈をしていたので撮影させてもらう。男性が草刈り機で刈り取り女性が束ねて立てて春まで乾燥させる。こんな茅場が何か所かあるのであろうか。これだけでは足りないであろう。乾燥したものは倉庫に収納する。昔は茅葺の家の人は自分で茅を刈って屋根裏に収納していた。現在は茅の刈り取り保管、葺き替え作業を会社組織でやっている。土木建築業でや [続きを読む]
  • カラオケで挑戦したい曲
  • 25年も前にレーザーカラオケを買って家で練習していた。本体が16万円でカラオケの盤にも金が掛かった。今や一万円のマイクを買ったら300曲のSDカードが内臓されている。通信カラオケもあり技術の進歩に驚かされる。・このレーザー―カラオケが邪魔になるので捨てようかと思った。テレビもデジタル化して使えないとおもった。息子家族が来てカラオケを今のテレビにつないで歌いだした使えるではないか。しかしレーザー盤も長 [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,400 コスモスと茅葺き民家
  • 今頃カメラを持って出かければコスモス、柿、稲刈り風景と茅葺き民家が撮れるが雨だったり家内の都合が悪くどこに出かけずにいる。10年も前に吉井川の堤防にコスモスを植えているのを見に行った。大勢の人が見に来ていた。先に咲いたのはもう実ができていた。フィルムキャップに色別に種をもらって帰った。盗ってて帰ったが正確なのかもしれない。それが小さな畑で毎年花を付ける。美しいものだ。キク科の植物はコスモスもマーガ [続きを読む]
  • 私の昭和鉄道遺産 その47 佐土原の機関車
  • 撮影場所 宮崎県佐土原 日豊線佐土原駅延岡市に住んでいた頃、延岡から仕事を終え夜間歩き通して宮崎まで歩るこうと思った。延岡と宮崎は90kmある。明け方になると眠さと疲れで仮眠しながら歩いた昼過ぎに佐土原まで来て力尽きた。宮崎までは20km以上残っていたであろう。そんな苦い思い出のある佐土原である。延岡と宮崎が90kmあるので蒸気機関車の給水や給炭のために機関区の役割ももっていた。機関車はC57,C61,D51,C56が見ら [続きを読む]
  • 懐かしい物 開いた玄関
  • 撮影場所 岡山県旧作東町茅葺民家の玄関が半開きのままである。田舎の家は人がいれば鍵など掛けない。昼も夜も鍵を掛けない家もある。半開きにしておくと野良犬や野良猫も入ってきて悪さをする。私の家も開けてあったら蛇が二回入った事がある。隅に入ると追い出すのに苦労する。玄関を開けておいて竹の棒で追い回したら勝手に逃げてくれたからよかった。近所に気丈な奥さんがいて蛇が逃げる時に戸を力一杯閉めて挟み込んだ人がい [続きを読む]
  • 茅葺民家  岡山県旧加茂町の民家
  • 加茂町には茅葺民家の職人がいたので茅葺民家も残っていた。大きな茅葺民家だけでなく小さめの民家も沢山あった。屋根が茅葺きならばなんでも撮った。発見して撮ることにやりがいがあった。構造や技術的な話には余り興味がなかった。茅葺民家写真のコレクションをしたようなものだ。日本各地の隅々まで走ったし地域の暮らしの違いも少しは体験できたしツアー旅行では得られないものだった。撮影をしていた時は撮れば次に移動と忙し [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,399 茅葺と赤い瓦
  • 撮影場所 島根県雲南市 旧大東町母屋は茅葺で倉や小屋は赤い石州瓦である。中国地方ではよく見かける瓦である。釉薬瓦である。しかし岡山県は黒い釉薬瓦が多い。水を吸い凍結する日本瓦より寒さに強い釉薬瓦が雪の多い日本海側では使われたのか。赤い石州瓦の集落が今後は懐かしい風景になるのであろうか茅葺民家は12月から2月までは屋根の北側には太陽が当たらず暗い写真になる。春のお彼岸を過ぎると裏の屋根にも太陽が当た [続きを読む]
  • 蒸気機関車 日豊線C57重連
  • 撮影場所 宮崎県延岡市郊外日豊線の下り列車 C57の重連で客車を牽引。いつも重連だったか回送の機関車を付けてきたのか分からない。大分県との県境には宗太郎峠がある。列車はゆっくりゆっくりときつい勾配を登っていく。この峠越えに貨物も機関車は重連になる。線路際まで民家が立ち並ぶ蒸気機関車が走るのに洗濯物を干してある。今の環境基準は厳しいのであんな煙を出す蒸気機関車は運行は出来ない。煤塵の環境基準は1Nm3 50mg [続きを読む]
  • 懐かしい風景 お供する犬
  • 撮影場所 岡山県倉敷市下津井着物の女性のあとを犬がついてゆく。誰が飼っているわけでもなく地域に住み着いた犬であろう。これを撮ったころは年寄りは冬場は着物を着ていた。こんな生活習慣もすっかり変わった。女性もみんな車に乗るようになり着物では運転しにくい。スポーティな服装になった。現在はスカートの女性も少なくなった。時代はどんどん変化しているのだ。江戸時代まで日本では犬は放し飼いだったと書いてある。地域 [続きを読む]
  • 茅葺民家 モノクロ 京都府旧美山町
  • 今でも茅葺民家の残る美山町は茅葺民家を撮っている者にとっては有り難い存在だ。デジカメで撮れるのが現在はよい。画質もフィルム時代よりはるかにいいしカラーでもモノクロでも撮れる。誰がとっても70点、80点が撮れる失敗しないカメラである。現在では茅葺民家は厳しいものがある。普通の民家より手間が掛かる昔の暮らしを残している。残っているだけでもありがたい。山際の暮らしの茅葺は自然に溶け込んだ建物と思う。 [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,398 青森県新郷村
  • 青森県の新郷村へは十和田湖で泊り田子町から新郷村へ田舎道を走った。懐かしい風景に出合わないか期待したが平成の時代、懐かしい風景は少なかった。東北本線に蒸気機関車が走っていた頃ならまだしも新幹線が走る時代になって残るはずはない。時間が経過するほど探すのに時間がかかるし品が悪い。いい物が残っていないのが現実だ。新郷村に何軒か茅葺きが残っているとの事でおとずれる。この地域は青森県でも南部藩で岩手県の民家 [続きを読む]
  • 私の昭和鉄道遺産 その46 糸崎機関区
  • 蒸気機関車運行も終焉を迎えていた。電車や電気機関車の運転訓練も兼ねて運行されていた。呉線の電気機関車はEF15やEF58だった。余剰になった蒸気機関車は機関庫やターンテーブルにつながる放射線状の線路に置かれていた。ほとんどのものが解体され鉄材になった。夕暮れで人もおらず寂寥(せきりょう)感がたそだよっていた。もっと早くから一杯蒸気機関車を撮っていた者はこんな感覚にならないのであろう。高度成長期、古いものはど [続きを読む]
  • 懐かしい物 文具店 
  • 撮影場所 広島県福山市鞆鞆には古い街並みが残る。このころは電柱もコンクリートではなくコールタール含侵の木柱だ。道も狭い大八車が交わせるだけの道幅しかなくとにかく狭い。今は東側の海を埋め立てて駐車場やフェリー乗り場の港を造り車で行きやすくなっている。昔の町家は何かの商売をしていた。八百屋や魚屋、床屋、本屋や文具屋こんな町並みには結構人が住みこの住民相手だけで商売が成り立っていた。買い物に行くにも自転 [続きを読む]
  • 白い手袋とパチンコ
  • フィルムスキャンをする時にフィルムを手で触るので指紋が付かないよう白い薄手の手袋をする。最初は写真屋で買ったら250円だった。一年使ったら指先に穴が開いた。家内が100円ショップへ行けば売っているというので買ってきてもらった。100円で2セット入っていた。一セット50円のものは値段だけのものだ。毛羽が立ち薄くなってくる。これはスキャナーには困る。ゴミがスキャナーに入ると分解掃除に出さないといけない。一 [続きを読む]
  • 茅葺民家  島根県旧赤来町
  • 赤来町は広島県との県境の中国山地にある。現在は頓原町と合併して飯南町になっている。国道54号線沿いにある。一般道の利用なので随分時間が掛かる。この国道54号線は広島と島根の宍道を結ぶ国道で私の住むところでは三次から国道184号線で東に走る必要がある。夕方まで撮影したら帰りは22時になる。ここは三度しか走っていない。 頻繁には来られない。途中国道沿いにもところどころ茅葺は残っている。写真の民家も国道 [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,397 京都市左京区久多
  • 何度も登場する京都市左京区久多日本の原風景という言葉をよく使う。頻繁に聞くと嫌になる言葉だ。手垢の付いた言葉や風景写真は新鮮味を失うと書いてあった。どんな言葉がいいか苦労する。秘境 癒し 原風景 昭和レトロ レトロ雰囲気 隠れ里 里山 これからどんな言葉を使おうか辞書でも検索するか久多には久しく行っていない。写真の民家もトタンを掛けたそうだ。どんどん茅葺は減っていく。 [続きを読む]
  • 蒸気機関車 肥薩線吉松駅近郊
  • 吉松近郊を走行のC57型蒸気機関車C57,C55型はスタイルがいいですね。時間があれば全国のC57を撮って置きたかったところですが時間がかぎられていてそんなことはできません。昭和40年頃に撮り始めていれば廃止まで10年間あったので大分撮れていたでしょうか何事も早くから関心を持ち早く気付く。やり始めたら止めない事でしょうかたかが趣味ですが早く長く続けている人かからは人生の教訓を教えてもらいます。 [続きを読む]
  • 懐かしい物 犬三匹出迎え
  • 撮影場所 岡山県鏡野町犬が吠えながらお出迎え座敷で飼っているのだ。小型の犬だから外には出ないのか。猫のように段差は苦手だろう。田舎でも山間部でもペットショップで買ってくる。野良犬を拾って飼う事はない。うちはネコは野良を拾ってきた。猫にに血統があろうとなかろうと関係ない。 [続きを読む]
  • 茅葺き民家 モノクロ 岩手県一関市
  • 撮影場所 岩手県一関市 旧の藤沢町煙抜きに意匠を施してある藤沢町少なくなっているが辛うじて茅葺は残る。撮影場所を記録していなのでどこで撮ったかさっぱり分からない。10年で随分減った。私の行った頃が茅葺の限界だったのだろうか昭和40年頃のこのあたりの風景はどうであったのかさぞかし素晴らしい風景だったのだろう。何処の市町村も郷土史をまとめている。各家庭に残されている昔の写真を掘り起こし昭和の風景などにまと [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,396 島根県安来市の民家
  • 安来市の旧広瀬町二軒の茅葺民家が見える。いつまで残ってくれるか。平成も来年にはなくなるのか村の風景もどんどん変わっていく。これからどんな風景が懐かしい風景になるのか自分でも分からない。昔は茅葺や日本瓦、板張りの民家が古い民家の対象だったが今の若い人が何に懐かしさ感じるのかわからない。あと何年も生きられないので懐かしい風景など追い求めるのはやめたい。 [続きを読む]
  • 私の昭和鉄道遺産 その45  人吉のC57
  • 撮影場所 熊本県人吉 肥薩線人吉駅のC57型蒸気機関車八代と人吉の客車を牽引していた。同じ肥薩線でも登りのきつい大畑越えはD51型が客車も貨車も牽引していた。動輪径の大きなC57ではあの山越えは無理があったのだろう。宮崎、鹿児島の肥薩線、吉都線、日豊線にもC57,C55が運行されていたが吉松や宮崎、鹿児島の機関区の機関車が運行していた。人吉には一度だけしか行けなかった。蒸気機関車の撮影期間が短かった事もありあっと [続きを読む]
  • 懐かしい物 婆さんと孫
  • 撮影場所 岡山県旧奥津町茅葺きを撮らせてもらっていたらお婆さんと孫がでてきた。孫ではなく曾孫かもしれない。昔と比べてお婆さんと言っても随分若いお婆さんが多い。車で遊びに来たのか同居か別居か聞きもしていない。もう撮った事も忘れている。茅葺き民家に子供が写る事もすくなくなった。薪で焚く風呂であろう。風呂焚きはお婆さんの役目か最近の新築はオール電化で煙突のある家も少なくなった。定年後は山間部に家を買い五 [続きを読む]