時乃栞 さん プロフィール

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時乃栞さん: 九州戦国ブログ(室町末期〜江戸初期まで)
ハンドル名時乃栞 さん
ブログタイトル九州戦国ブログ(室町末期〜江戸初期まで)
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/tokino_siori
サイト紹介文肥前戦国史と肥後相良氏がメインですが、 九州戦国全般を扱ってます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供104回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2012/04/21 21:57

時乃栞 さんのブログ記事

  • 【相良頼房40_法廷闘争?】
  • https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代今回は(池田こういち著『肥後 相良一族』&人吉市史)を参考資料とさせて頂きました。深水頼蔵が石田三成へ訴状を出した正確な時期は解ってません。慶長元年(1596)年10月13日に深水頼蔵が相良家を出奔し、加藤清正に匿ってもらってます。実父・織部も息子に続き出奔し、二人を追って出奔しようとした深水一族73人を犬童頼兄がバッサリ成敗(詳細 [続きを読む]
  • 【相良頼房39_亀裂】
  • https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代文禄4年(1595年)1月・・・朝鮮にいる相良頼房の元へ「石田三成家臣・黒川右近が検地の為に下向した」旨が伝えられた。相良家も島津家と同じく、当主が朝鮮出兵で留守の間に検地が実行されたようだ。その時に主君・頼房は、犬童頼兄を帰国させている。どうやら前年の竹下監物(深水一族)誅殺以降、深水一族と犬童一族の対立は如実化しており、それを [続きを読む]
  • 【相良頼房38_争乱】
  • 文禄2年(1593年)相良頼房公は、清正と同道して安辺から高麗の都(漢城)にお出になり、そこから諸軍勢は元の陣にお帰りになった。頼房公は清正と一緒にセツカヒ(西生浦)に在番した。出典「南東曼綿録」よりhttps://history.blogmura.com/his_chihou/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代争乱は、主君・頼房が朝鮮出陣で不在の時に起きる家中の争いは、加藤清正と石田三成をも巻き込むこととなる上司・深水頼蔵(年齢不明だが頼 [続きを読む]
  • 【相良頼房37_細川幽斎】
  • 細川幽斎・・・室町・安土・桃山・江戸・・4つの時代を生き残ったモンスター某元首相の雑誌インタヴューより「いやぁ、うちには解読されてない古文書は、まだまだあるんですよ〜」だそうです^^;https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代秀吉は、島津義久の「一揆鎮圧報告」に逆切れしたのではない、細川幽斎が秀吉に「祁答院(歳久)処分」を囁いたんです首謀者・梅北国兼の思惑は外れて [続きを読む]
  • 【相良頼房36_梅北一揆4・決着】
  • 犬童休矣は士分30余名で(一揆鎮圧の)救援に向かった。しかし梅北一揆3で紹介したように、既に首謀者の梅北国兼は討たれていた。https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代八代に向かっていた一揆勢の東郷甚右衛門(別働隊か?)が国兼死去を知って、佐敷城に戻る途中の佐敷川の橋で、相良とバッタリ出くわし交戦。相良は一揆勢の首級40を討って、名護屋に送った。ちなみに菱刈源兵衛の嫡男 [続きを読む]
  • 【相良頼房35_梅北一揆3・救援】
  • https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代一揆は僅か3日で鎮圧され、文禄元年(1592)年6月17日に討たれたことになっている島津家臣で首謀者の梅北国兼。だが研究が進み、一揆勢は半月間粘り、別働隊もいたらしいことが解って来た。どうやら一揆を小規模だったかのように、為政者(島津と豊臣政権の両方)が情報操作していたらしい。だから一揆が本当に鎮圧された期日は、明確にはなっていな [続きを読む]
  • 【相良頼房34_梅北一揆2・檄文】
  • 前回、柿も裸子・・・書き漏らし〜九州の役後の仕置きで、日向にも島津領が残ってた^^島津豊久〜佐土原領・島津久保〜真幸院・島津義弘〜大隅の他に諸県郡1,400町が安堵です^^でも島津家臣に分配するには、ぜんぜん足りません〜〜〜_| ̄|○ il||li https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代梅北の一揆の動機には「秀吉の朝鮮の役に対する批判」というものがある。今まで、一揆は僅か数日 [続きを読む]
  • 【相良頼房33_梅北一揆1・勃発】
  • 事件は再び肥後で起きた!文禄元年(1592)年6月〜朝鮮の役で出陣中の加藤清正の留守を狙って、一揆が発生!首謀者は島津家臣・梅北国兼(推定年齢50〜60代)大隅国湯尾地頭〜得意分野・水軍!出展元・宮之城島津氏編纂『征韓録』〜島津義久主朝鮮渡海恩免之事(附)家臣梅北一揆之事よりhttps://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代梅北家は大隅国人・肝属氏庶流で、南北朝時代では島津家と敵対 [続きを読む]
  • 【相良頼房32_朝鮮の役4・激戦】
  • 文禄元年(1592)・・・「破竹の勢い」と言えば聞こえはいいが、クールに言えば「前線が伸びきっている状態」〜〜日本軍^^;https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代朝鮮国王は首都ソウルを捨てて「オランカイ(中国吉林省東部・朝鮮と明との国境)」へ脱出した。勢いづいた加藤清正率いる一番隊も、オランカイまで進軍。相良頼房も国境であるアンヘン(安辺)に至った。そこで相良頼房は [続きを読む]
  • 【相良頼房31_朝鮮の役3・戦地】
  • 朝鮮の役の当初の目的は「中国(当時は明王朝末期)をゲッツするぜ!」だった。そこで古来の呼称を用いて「唐入り」と呼ばれていました。https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代秀吉は途上にある朝鮮国に道案内をさせようとしたのですが、明の冊封国(さくほうこく・形式上の家臣)である朝鮮が従うはずがなく、明国より先に朝鮮を征伐する〜〜ってことになった。中国と冊封国(自分らが世 [続きを読む]
  • 【相良頼房30_朝鮮の役2・渡海】
  • 全ての日本人・・ひいてはアジアの運命が動き出す。。。。https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代文禄元年(1592)1月?日〜後陽成天皇が二度目の聚楽第行幸秀吉から諸大名へ〜「3月朔日(1日)に(朝鮮国出陣の)諸大名は(それぞれの)地元を出発し、名護屋へ下向せよ」との命令が出る3月6日〜豊臣秀吉が大坂を出陣〜4月5日に名護屋へ着陣3月17日〜先発隊が名護屋へ向かう・一番隊は前田利家3 [続きを読む]
  • 【相良頼房29_朝鮮の役1・出陣】
  • 史実(事実)は一つだけのはずなのに、通説・異説・新説と議論は一向に定まる様子がない。なぜなら史実の解釈には、その時代における真実と正義なるものが必ず付随し、それらは100人いれば100通りの真実と正義があるからだ。政治的な思惑が働く「大きな声(勝者の公式記録)」が、100%史実であるはずがないし、「個々の声(私的日記)」にも、筆者・編者のフィルターが無いという保証はない。自分は歴史からフェイドアウトした [続きを読む]
  • 【相良頼房28_親子鷹】
  • さて、世代交代に伴い犬童頼安の名を休矣(きゅうい)に改めます〜〜〜(O ̄∀ ̄)ノ意味は聞かないで_| ̄|○ il||li ・・・なんか中国の言葉からとったみたいです。https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代剃髪(ていはつ=スキンヘッド)して休矣と改名した犬童ですが、出家も隠居もしたわけではありません。亡き主君・相良義陽の喪に服し、その菩提を弔うための剃髪で、在俗(寺へ入らず俗世間にい [続きを読む]
  • 【相良頼房27_犬童頼兄(よりえ)】
  • ***間が空いたから今更だがザッとおさらい***https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代【相良頼房・さがらよりふさ】・・・18代義陽の次男・相良家20代目当主にして人吉藩初代藩主。本来なら家督に縁のない、ピンチヒッタースペア次男坊。予期せぬ兄の病死により万が一の順番が来て当主となったが、島津配下となった相良家では喜ぶユトリ無し。頼房は短い期間ながらも島津家の人質と [続きを読む]
  • 【相良頼房26_功臣の死】
  • https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代深水宗芳が犬童頼安の嫡男・頼兄を養子にしようとしたのは、深水自身の保身だったかもしれない。相良家御家存続の大功労者の深水だが、その時に重大な越権行為をしているからだ。仮の話だが「秀吉が相良家に含むところがあれば」「深水の行動を利用して」「相良家を分断していたかも」しれないんです。深水の越権行為とは?まず(* ̄・ ̄*)b島津への [続きを読む]
  • 【相良頼房25_対立】
  • https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代自分は武将の評価・分析をする時に「好悪・善悪」を、一切判断基準には入れない。武将の行動・作戦に対し「是非」も判断基準に入れない。昔と今とでは価値観が違うのだから、今日感覚が入ったら解釈を間違う。ただ一つだけ・・・・管理人は「やっぱり女」なので「主役となる人物に惚れない」と記事が書けない。(調べても記事にする気が湧かないんで [続きを読む]
  • 綱渡りの電力復旧
  • まず地震の直撃を受けた犠牲者及び被災者には心よりお見舞い申し上げます。北海道ブラックアウトから2週間以上経過しました。自分の地域は比較的早く復旧したのですが、物流が全く途絶えたのには驚きました。今は大体元通りですがチーズと缶詰め関係が未だ。食パンが手に入って嬉しかった〜コンビニもガラガラでしたがインスタントカップ麺だけはあったので、それと冷蔵庫のもので何とかなりました。こちらは断水がなく、ガスも使 [続きを読む]
  • 追記、現金がない(´;ω;`)
  • ATMが復旧しないから現金は手持ちだけ。心細いよ〜電気復旧してるからカード払いは出来るでもATMが復旧してないから残高確認出来ないし入金出金支払いが出来ない。エレベーターは電気復旧したけど怖くて乗れない(・・;)テレビで全道の開店してるスーパーを案内してたので無事食料品確保(^^)vただ次が未定だから早く物流が回復して欲しい。あとスタンドが凄い行列してた。シオ地方は避難しなくても大丈夫なのに謎の群衆心理だなぁ( [続きを読む]
  • 停電一部復旧しました。
  • シオ地方も一部のみ復旧。国道沿いの信号や住居は真っ先に復旧しました。職場は国道沿いなので電話、パソコン、ファックス、コピー等、必要なものが復旧。ただし札幌のダメージが大きい為、物流の回復の見通しが立ちません。しばらく札幌在庫の商品は発注できないな(ーー;)シオ自宅は国道沿いなので復旧しました。洗濯が出来る〜( *´艸`)風呂に入れる〜( *´艸`)食料品がない(´;ω;`)コンビニは再開してるけど食料品が買い [続きを読む]
  • 31回、龍馬との約束
  • 私が回もサブタイも忘れない時〜それは面白い時なのだ。糸さん良いわ〜史実の年齢差は封印よ!♪( ´∀`)人(´∀` )♪関西弁の公家には相変わらず慣れない(・・;)中川宮、なんて奴だ!(ノ`Д´)ノ彡┻━┻龍馬が凄い良かった。土佐弁もいい(^^)初登場の時は不安だったけど良かったわ♪( ´∀`)人(´∀` )♪適当に史実を省略してるんだろうけど私みたいに幕末苦手さんにはこのくらいの弛さで丁度良いわ。楽しかった( *´艸`) [続きを読む]
  • 【相良頼房24_決着〜天草国人一揆5】
  • 前回の一騎打ちで対決予感O(▽ ̄*O)(O* ̄▽)Oワクワクの引きで、次回に続く・・としましたが、実は出展元の「北肥戦誌」では、描写が非常にクール^^;https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代木山弾正の大将同士・一騎打ちの求めに、加藤清正は十文字槍を掴んで応じると、槍を突き入れ弾正の高股を突き通した。木山「ぐはぁ」(木山の膝が崩れたのを見て)後に続く木山家臣が駆け寄るが、清正 [続きを読む]
  • 【相良頼房23_一騎打ち!〜天草国人一揆4】
  • https://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代天草国人一揆では小西(キリシタン)と清正(法華信者)の間に「宗教的対立」があった・・・という話を度々耳にする。管理人は逆に「天草一揆まで」は「清正はキリシタンを好きでも嫌いでもなかった」と考えている。なぜなら加藤清正が「こよなく信頼・尊崇」する「黒田官兵衛がキリシタンだから」だ。幸麿さん作画:黒田如水イメージ画像過酷な牢生活は [続きを読む]