hitorima さん プロフィール

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hitorimaさん: どこかへ行きたい〜旅に関するあれこれ。ちょい鉄〜
ハンドル名hitorima さん
ブログタイトルどこかへ行きたい〜旅に関するあれこれ。ちょい鉄〜
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/hitorima/
サイト紹介文主な移動手段は公共交通機関と徒歩。 一人旅にこだわる貧乏トラベラーです。 愛知県在住、50代、男性。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供183回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2012/04/25 11:16

hitorima さんのブログ記事

  • 本当はゆとりを持って歩きたい文化のみちをそそくさと〜2018.11.24(4)〜
  • このところ、家に布団を干したままウォーキングに出かけることが増えました。むろん、天気予報を参考に、まず大丈夫だろうという日に限っています。万一のことがあったら目も当てられないことは重々承知していますが、それでも秋が深まるにつれて暖かい布団の誘惑は強くなる一方です。この日も思い切って布団干しを敢行しました。思惑どおり天気は心配なさそうですが、あまり遅くまで干すとかえって湿気を吸ってしまうおそれがあり [続きを読む]
  • 懐かしの徳川園で紅葉不作の年の鬱憤を晴らす〜2018.11.24(3)〜
  • 自称・人間関係不全症候群の小生、元来人付き合いが乏しく、結婚式や披露宴に出席した経験も数えるほどしかありません。身内(自分自身の大きな過ちを含む)以外では、五十数年の人生でわずかに3回のみ。そのうちの1回が徳川園で行われた知人女性の披露宴でした。人数合わせみたいなもので、スピーチや隠し芸を頼まれていたわけでもありません。気楽に列席して、(他人の分まで)料理を食べまくって帰ってきました。このあと何年生 [続きを読む]
  • 地蔵、地蔵また地蔵!さすがに庶民の仏さま〜2018.11.23(2)〜
  • この日の名鉄ハイキングは、徳川家康と岡崎三十六地蔵霊場めぐりを組み合わせる趣向でした。岡崎三十六地蔵霊場は全国各地に星の数ほどある巡礼コースの一つで、岡崎市内に点在するお地蔵さまを巡拝します。江戸時代の終わりごろから盛んになりましたが、次第にすたれて一時はほとんど忘れ去られていました。無住になった寺もあり、戦後にあらためて設定されたのが現在の霊場です。近年は御朱印ブームもあって復活の兆しを見せてい [続きを読む]
  • 昔の常識も今は非常識?謎だらけの設楽原で足腰を鍛える〜2018.11.11(5)〜
  • 長篠の戦いにおける主要ポイントを巡ったこの日のさわやかウォーキングも後半に入りました。いよいよ、最大の激戦地である設楽原に足を踏み入れます。昔は信長の実用新案(?)ということになっていた火縄銃三段撃ちの現場です。いわゆる武田騎馬軍団の突撃を阻止するため、信長は材木を組み上げた馬防柵を三重に構築しました。その馬防柵が史料に基づいて復元されています。家康も同じように柵を作って備えましたが、多少様式が違 [続きを読む]
  • 長篠の戦いから流れ出る歴史の小川〜2018.11.11(4)〜
  • 風も弱く太陽燦々、すっかり小春日和になってきました。引き続き設楽原の散策を楽しみます。この日のさわやかウォーキングはほぼ長篠の戦い一色でしたが、意外な人物とのゆかりも知ることができました。首洗池から緩やかな坂を登ったところに円墳のような土盛りがあります。地元の農民らが戦死者を合葬したと伝わる小塚(こづか)です。ここに限らず、戦国時代には田んぼや畑が戦場になることは珍しくありませんでした。戦いのあと [続きを読む]
  • 山越え谷越え飯田線も越え、古の戦場を進軍〜2018.11.11(3)〜
  • 朝夕と昼間の気温差が大きいのもこの時期の特徴です。歩き始めたころは軽い寒さを感じるほどでしたが、日が高くなるにつれて空気も身体も温まってきました。体温上昇に拍車をかけたのが地面の起伏です。長篠の戦いの主戦場となったのは設楽原あるいは有海原と呼ばれる場所ですが、真っ平らな原っぱではなく、丘と谷が交錯する地形です。新東名沿いの日陰をしばらく歩きます。真新しい高架を視野からはずせば、30年前と変わらない田 [続きを読む]
  • 懐かしい長篠、変わりゆく長篠で時の流れにしんみり感慨〜2018.11.11(2)〜
  • もう30年近くも前のことですが、数年間愛知県豊橋市の事業所に勤めたことがあります。東三河一円を管轄しており、渥美半島の先っぽから長野県境の山奥まで走り回ったものです(もちろんクルマで)。長篠城周辺も何度か通りかかった記憶はありますが、足を踏み入れるのは今回が初めて。あのころを思い出しながらのウォーキングでもありました。電車に乗っているときは気がつきませんでしたが、飯田線の線路が長篠城址を横切っていま [続きを読む]
  • 快晴の晩秋、飯田線に乗って長篠へ出陣〜2018.11.11(1)〜
  • “殺人的猛暑”とまで言われた夏以来の高温傾向は秋が深まっても続いているようで、北海道からは記録的に遅い初雪の便りが聞こえてきました。愛知県でも例年より暖かい日が多いように感じられる今日このごろです。とはいえ、11月中旬ともなれば朝晩はそれなりに冷え込みます。テレビのスポーツニュースで“1年納めの九州場所”というおなじみのフレーズを耳にすると、もうそんな時期かと急にせわしなく感じてしまいます。秋のウォ [続きを読む]
  • えちぜん鉄道新線区間に初乗車して秋乗りパスの旅を打ち上げ〜2018.10.13(6)〜
  • えちぜん鉄道は、福井駅と勝山(かつやま)駅を結ぶ勝山永平寺(かつやまえいへいじ)線及び福井口(ふくいぐち)駅で分岐して三国港(みくにみなと)駅に至る三国芦原線の2路線で営業しています。前身の京福電気鉄道時代以来、ターミナルの福井駅ではJR駅に隣接した独立の駅舎から電車が発着していました。北陸新幹線延伸を前に駅周辺の整備事業が始まり、えちぜん鉄道の福井駅付近も高架化されることになりました。長いこと工 [続きを読む]
  • 戦災・天災を乗り越えた福井市を元気に走る福井鉄道〜2018.10.13(5)〜
  • 全国的に鉄軌道系公共交通機関の衰退傾向が続いていますが、北陸地方はわりと頑張っているという印象があります。経済面で不利な雪国というイメージに反し、北陸は案外裕福な土地柄です。日本総合研究所というシンクタンクが毎年公表している「全47都道府県幸福度ランキング」で福井県が3年連続で日本一に輝いているほか、富山・石川両県も上位に入っています。自動車普及率は高いのですが、それでもなおローカル鉄道を支えるだけ [続きを読む]
  • フルーツパフェみたいにあれこれてんこ盛りの足羽山を満喫〜2018.10.13(3)〜
  • 行楽シーズンの週末ではありますが、まだ時間が早いせいか、足羽山は閑散としていました。愛宕坂を登り始めて以来、出会ったのは漆黒の美猫1匹と百坂で足腰を鍛錬していたお兄さんだけです。それにしても申し分のない秋晴れです。歩くのが嬉しくなるような絶好の行楽日和。福井の歴史を凝縮したような足羽山の散策を続けます。今では山上まで車道が開通し、気軽に登ることができます。土産物や飲食店もあって、ちょっとした観光地 [続きを読む]
  • 継体天皇の生霊に守られた越前・足羽山〜2018.10.13(2)〜
  • 福井市は日本海に面していますが、市役所や県庁のある中心市街地は海岸線から東へ20km近く離れています。間には丹生山地(にうさんち)と呼ばれる山塊がそびえ、その先に海があることを感じさせません。むしろ平地が開けているのは北から北西にかけての方向です。九頭竜川(くずりゅうがわ)沿いに福井平野が広がり、河口には福井県嶺北地方を代表する港町・三国があります。足羽山も市街地の西に位置していますが、丹生山地とは別 [続きを読む]
  • スカッと晴れた10月の朝、秋乗りパスで福井・足羽山を目指す〜2018.10.13(1)〜
  • 岐阜から富山へ抜け北陸三県を駆け巡った2018年秋の乗り放題パスの旅も最終日を迎えました。10月13日(土曜日)は福井県の県庁所在地・福井市を歩きます。実は、福井には用事ともいえないほどの小用がありました。それも今回北陸旅行を企てた理由の一つです。さらに、新線切り替え工事が完了したえちぜん鉄道の福井駅付近の区間に乗車していく予定を立てていました。石川県小松市からリスタートします。旅程の都合で、早朝6時前に [続きを読む]
  • 能登半島の入口・津幡から日本海沿いを南下し、小松に投宿〜2018.10.12(7)〜
  • 能登半島の地形の特徴は、真ん中がへこんでいることです。半島西岸の羽咋市(はくいし)から東岸の七尾市にかけて帯状に低くなっており、南北両側(先っぽ側と付け根側)に山が連なっています。この平地は羽咋市にある潟湖の名前から邑知潟地溝帯(おうちがたちこうたい)とか邑知潟平野と呼ばれ、山がちな能登半島にあっては貴重な穀倉地帯です。見るからに断層がありそうな気がしますが、実際地溝帯南端を邑知潟断層帯という活断 [続きを読む]
  • 北国街道をユラユラ歩き、宿場町・津幡に到着〜2018.10.12(6)〜
  • 石川県河北郡津幡町(かほくぐんつばたまち)は、能登半島西側の付け根にあります。半島をはさんで伏木と相対する位置関係です。北国街道(北陸道)と能登街道の分岐点、いわゆる交通の要衝で、近世には加賀藩の公認を受けた宿場町となり旅人や荷物の往来でにぎわいました。明治時代に鉄道が敷かれると、その流れをくんで北陸本線と七尾線の接続駅が設置され、北陸本線が第三セクター化された今日に至っています。ただし、鉄道は旧 [続きを読む]
  • 北前船で潤った伏木をあとに、倶利伽羅峠を越えて石川県へ〜2018.10.12(5)〜
  • 世間的に広く知られた観光地とは言いがたいものの、高岡市伏木は見どころがギュッと詰まった町です。比較的狭い範囲にかたまっているのも公共交通機関利用者には嬉しいところ。町の裏手にそびえる二上山まで足を伸ばそうと思ったら車が必要ですが、駅周辺の主な立ち寄りスポットを回るのなら自転車がベストでしょう。実は、事前にネットで調べた限りでは、伏木駅でレンタサイクルが借りられるのかどうかはっきりしませんでした。高 [続きを読む]
  • 真宗王国・越中の底力を感じる勝興寺の伽藍群〜2018.10.12(4)〜
  • 聖武天皇の肝いりで整備された国分寺・国分尼寺ですが、政治的・経済的基盤である律令制そのものが有名無実化するのにしたがって、かなり早い時期にすたれたと考えられています。貴族や有力な寺社による事実上の土地寡占が進み、中央集権国家の出先機関だったはずの国府も本来の機能や権限を著しく縮小せざるを得ませんでした。やがて武士の時代が訪れ、自分の土地や財産は自分で守るという自力救済の考え方が当たり前のものとなり [続きを読む]
  • 一宮まで乗っ取った!?天平の大歌人・家持卿〜2018.10.12(3)〜
  • 国分寺は、仏教による国家鎮護を目指した聖武天皇の鶴の一声で各令制国に一つずつ作られました。尼寺バージョンである国分尼寺(こくぶんにじ)も同様です。一方、神社の世界には一宮制というものがあります。それぞれの令制国で最も格の高い神社を一宮とし、以下二宮・三宮…を定めたものです。わかりやすい神社のランキングとして現代でもよく知られていますが、その実態は意外とファジーで、いつ誰がどうやって決めたのかなど肝 [続きを読む]
  • このごろマイブームの国分寺巡り、今回は越中国分寺跡〜2018.10.12(2)〜
  • 伏木は小矢部川の河口に開けた港町で、15kmほど東にある岩瀬(いわせ)ともども古くからこの地域を代表する港でした。今も現役バリバリの港湾ですが、法令上は伏木富山港(ふしきとやまこう)の一部(伏木地区)という扱い。港湾法で国際拠点港湾に指定され、ユーラシア大陸と相対する地の利を活かした発展が図られています。港の主要部はすっかり近代化されていますが、少し引っ込んだ旧市街地には今も味わい深い湊町の風情が残り [続きを読む]