福元早夫 さん プロフィール

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福元早夫さん: パワースポットうそきの滝自然公園
ハンドル名福元早夫 さん
ブログタイトルパワースポットうそきの滝自然公園
ブログURLhttps://ameblo.jp/hayaofukumoto/
サイト紹介文うそぬきの滝自然公園にある植物を通して、自然とは何か、生きる事は何かを追求しています。
自由文 鹿児島県加治木町にある、パワースポットうそぬきの滝自然公園には近年日本各地より、様々な方が訪れるようになりました。公園にある植物を通して、自然とは何か、生きる事は何かを追求しています。ご覧になって頂き、生きる力にかえて頂ければ幸いです。


著書
1985年 小説集 「工場」
1991年 小説集 「家」
1994年 小説集 「蒸気機関車を降りてから」
    (いずれも編集工房ノア刊)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供368回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2012/04/28 22:37

福元早夫 さんのブログ記事

  • 連載小説 「工場模様」
  • 連作連載小説工場模様「技能士の友」1977年1月号掲載・東京連載第一回「現場の人々」      (一) ぼくは足首にまいていたホック止めの脚胖をはずし、腕から手甲をぬきとった。それから、腰のベルトにはさみこんでいた軍手をぬきとり、それらをひとつにまとめて、作業用具専用の小型のロッカーにしまいこんだ。 午後三時五分まえである。間もなく終業のベルとサイレンが鳴りひびく。焼鈍炉のなかでステンレス鋼帯の継ぎ目が [続きを読む]
  • 連載エッセイ
  • 連作エッセイ「労働者作家の条件」文芸誌「黄色い潜水艦」1984年11月号掲載・大阪  製鉄所の冷間圧延工場の現場で働くぼくたちの仕事仲間であるNさんが、高血圧が原因で仕事中に倒れ、意識不明が長くつづいていた。そのあいだぼくたちは、Nさんが一日も早く元気になって、ふたたび一緒に仕事ができるようになるのを待った。 だがNさんは、一週間ちかく意識不明をつづけたまま、やがて永遠の眠りについてしまった。   [続きを読む]
  • 連載エッセイ
  • 連作エッセイ「嵐は弱い木を倒す」鉄鋼現場の人減らし「学習のひろば」・1987年7月号掲載 労働者学習センター発行・東京連載第二回 ゴミカゴの中の権利 メーデーのビラをつかんで、わたしは更衣室のある総合ハウスへむかって歩いていった。行くと、会社と労働組合の掲示板が、ひとつ屋根の下に仲良く並んでいる。その手前の大きなゴミカゴの中に、メーデーのビラが捨てられ [続きを読む]
  • 連載エッセイ
  • 連作エッセイ「嵐は弱い木を倒す」鉄鋼現場の人減らし「学習のひろば」・1987年7月号掲載 労働者学習センター発行・東京 連載第一回 ベアなし 選挙最優先 四月末日の午後二時すぎのことである。工場の門のまえで、労働組合の役員であるK君がビラまきをしていた。製鉄所の圧延工場で働くわ [続きを読む]
  • 連載エッセイ
  • 連作エッセイ「減産・操短」鉄鋼労働者の配転不安「学習のひろば」・1978年7月号掲載労働者学習センター発行・東京連載第二回 万事がコストダウン「社外研修」というカッコいい名目で、かれらが、会社の人件費減らしの苦肉の策として出してきたこの派遣作戦にのせられ、将棋のコマのように水平移動させられていってしまうと、工場では、いよいよ七〇パーセント操業の減産体制がとられはじめ、ぼくらはかつて経験したことのない、 [続きを読む]
  • 連載エッセイ
  • 連作エッセイ減産・操短鉄鋼労働者の配転不安「学習のひろば」・1978年7月号掲載労働者学習センター発行・東京連載第一回 情けない胴上げ・バンザイ! 阪神間のぼくたちの製鉄工場から、「いすず自動車」の神奈川県藤沢工場へ派遣していかなければならない、という話がもちあがってきたとき、ぼくはとてもおったまげて、目の玉が自分の足もとにとびだしていってしまいそうになったのを、いまでもはっきりとおぼえている。 かつ [続きを読む]
  • 連載小説「野良犬」
  • 連載小説野良犬文芸誌「斜光」1977年5月創刊号掲載・大阪連載第五回・最終回      (五) 鉄パイプを手にした作業長が、また犬を突いた。ウォーッと犬は吠え、顔に不信の表情をつくって涙をうかべた。作業長だって、いつもは弁当の残飯を投げてくれるのである。それが工場長をはじめに、幹部たちのまえで野生の獣のようにひょう変している。「ニンゲンは信用できない」と犬は悟ったようだった。こんど本気になってウォーッと [続きを読む]
  • 連載小説「野良犬」
  • 連載小説野良犬文芸誌「斜光」1977年5月創刊号掲載・大阪連載第四回      (四) 猫が工場にまぎれこんでくるくらいだから、野良犬がやってきても不思議ではないと思うかもしれない。だけど工場の周囲は、コンクリートの塀で高く囲まれている。人やトラックなどが出入りする工場の門は、守衛が二十四時間を見張っている。猫は小さいから、そのスキをねらって忍びこむかもしれない。だけど犬はそれができないはずてある。 だ [続きを読む]
  • 連載小説「野良犬」
  • 連載小説野良犬文芸誌「斜光」1977年5月創刊号掲載・大阪連載第三回      (三) 工場長を先頭にした幹部たちの職場診断のなかから、そのときちょっとしたどよめきがおこった。だれか一人が、「おおうっ」とすっとん狂な叫び声をあげたからだった。それは驚きと非難がこめられていて、やがていくつか重なりあってふくれあがっていった。 ベルトコンベアーの猛スピードにのってむかってくる製品と製品の十秒の間隙をぬすんで [続きを読む]
  • 連載小説「野良犬」
  • 連載小説野良犬文芸誌「斜光」1977年5月創刊号掲載・大阪連載第二回      (二) ベルトコンベアーはとめどもなく製品をはこんでくる。一定の寸法に裁断されたステンレス鋼板が、かけ足でやってくる。「よいしょ、こらしょ」 機械になったつもりでぼくらは、鋼板を受けとめつづける。ふたつのぼくらの手は、ベアリング仕掛けのように製品をさばく。ぼくらの意思とは無関係に、しごとをしているみたいだった。身体が機械にな [続きを読む]
  • 連載小説「野良犬」
  •                              連載小説野良犬文芸誌「斜光」1977年5月創刊号掲載・大阪連載第一回      (一) 鉄をつくる工場のなかで、工場長を先頭に、総務部長、製造部長、管理部長と、工場の幹部たちが安全通路を歩いてくる。Ⅰメートルの幅に白線で仕切られた、陸上競技のセパレートコースのような通路である。ペンキが塗りかえられて白くかがやいている。 幹部たちは長い列をつくって [続きを読む]
  • 連載小説 「カチューシャの歌」
  • 連載小説カチューシャの歌文芸誌『樹林』掲載1989年(昭和64)9月号・大阪連載第四回・最終回      (四)「……要するに、生きかたの問題だよな。いまにして思うのだけど、誰のためにでもない、自分のために生きるんだ。たった一回きりの人生なんだ。だから、まっすぐに生きなきゃだめなんだよな。大きなことをいうようだけどね。人生に対する態度の問題なんだよな」 機械の騒音を打ち消すようなよくひびく声で、島野さ [続きを読む]
  • 連載小説 「カチューシャの歌」
  • 連載小説カチューシャの歌文芸誌『樹林』掲載1989年(昭和64)9月号・大阪連載第三回      (三)「……いまさら妙な話ですが、いえね、いちどおききしておきたいと思っていたものですから。島野さんはどうして、労働組合の活動家になられたんですか」 ぼくはきいた。こうやって、島野さんとむきあって語り合う機会は、もう二度とこないかもしれない。 労使協調路線上を歩く組合の役員たちのなかで、島野さんだけはちが [続きを読む]
  • 連載小説 「カチューシャの歌」
  • 連載小説カチューシャの歌文芸誌『樹林』掲載1989年(昭和64)9月号・大阪連載第二回      (二)「勤続三十五年といいますと、入社はいつごろですか……」 島野さんにぼくはきいた。「一九五一年、昭和二十六年だよ」「ぼくが小学校一年生のときだ」「いまでもはっきりとおぼえているがね、八月二十日のことだった。故郷の鹿児島で一次試験があってね、そのひと月後の九月二十日が、この工場での二次試験だった。あの年 [続きを読む]
  • 連載小説 「カチューシャの歌」
  • 連載小説カチューシャの歌文芸誌『樹林』掲載1989年(昭和64)9月号・大阪連載第一回      (一) 鉄をつくる工場の現場で、カチューシャのメロデーが流れはじめた。 りんごの花ほろび 川面にかすみたち 君なき里にも 春はしのびよる と、カチューシャの曲がながれて、ロボットが、ロール研磨室から圧延機へむかって、研磨されたピカピカのロールを、台車にのせてはこんでいくところだった。 「なんだ、ロシア民謡 [続きを読む]
  • 連載小説「濁流」
  • 連載小説濁 流文芸誌『文学学校』掲載1980年(昭和55)10月号・大阪連載第六回・最終回      (六) 祖母を背負ってわが家への道を、息子たちとならんで歩きはじめた。この坂道も、祖母に追われて、よく逃げていったほそい道である。逸郎や次郎とおなじ年ごろのことであった。 学校や集落のほかの子どもたちにくらべて、自分だけが両親がいない。食事が貧弱である。身なりが貧相である。不平や不満を私はかさねた。「 [続きを読む]
  • 連載小説「濁流」
  • 連載小説濁 流文芸誌『文学学校』掲載1980年(昭和55)10月号・大阪連載第五回      (五) 祖母を背負ってわが家への道を歩きつづけた。谷川の濁流にぬれた頭の中で、祖母は幼かったころの私を思い浮かべているのにちがいなかった。 この坂道を祖母に背負われて、谷川へと行き来した記憶を私はもっている。五十歳代だっただろう。採れたての野菜を洗う祖母の背中で、清流のせせらぎを見つめながら、祖母のぬくもりに [続きを読む]
  • 連載小説「濁流」
  • 連載小説濁 流文芸誌『文学学校』掲載1980年(昭和55)10月号・大阪連載第四回      (四)「……ばあちゃん」と、濁流のなかに両足をしっかりと踏んばって、祖母を私は呼んだ。その直後である。祖母の全体が水に流された。私はあわてた。「ばあちゃーん」とまた叫んで身構えると、全身に力をこめ、むかってくる祖母を、腕を大きくひろげて胸にうけとめた。 水をさほど飲んでいなかったのが幸運だった。それに、そこだ [続きを読む]
  • 連載小説「濁流」
  • 連載小説濁 流文芸誌『文学学校』掲載1980年(昭和55)10月号・大阪連載第三回      (三) 谷川には古い木橋がかかっている。橋のむこうが隣家である。だからわが家は、一軒家のようなものだった。橋のてまえに、谷川への坂道が急勾配でくだっている。 祖父が農機具を洗い、馬や牛を遊ばせていた。祖母が野菜や洗濯物をあらった。私は風呂の水をバケツにくみあげて、天秤棒でかついだ。アユやウナギを追いかけた。  [続きを読む]
  • 連載小説「濁流」
  • 連載小説濁 流文芸誌『文学学校』掲載1980年(昭和55)10月号・大阪連載第二回      (二) 「……ばあちゃーん、ばあちゃーん」と、家の内と外の両方に声がとどいていくように大声で叫びながら、庭をあるきまわり、土間に立ってあらためて私は、わが家の内部を眺めまわした。そこは私が幼かったころのままである。 カマドだってそうだし、囲炉裏だってそうだった。ガスはない。全体にすすけてまっ黒である。そのなか [続きを読む]
  • 連載小説「濁流」
  • 連載小説濁 流文芸誌『文学学校』掲載1980年(昭和55)10月号・大阪連載第一回      (一) 祖母を背おって谷川の濁流に背中をむけると、わが家への急な坂道を私はのぼりはじめた。祖母は息をひきとってしまったように、ぐったりしている。膝のふるえが、私はまだとまりきっていない。祖母も私も、全身ずぶぬれである。 まさに危機一髪だった。あと一分、いや一秒だった。発見がおくれていたならば、祖母はいまごろ、 [続きを読む]
  • 連載小説 「体力テスト」
  • 連載小説体力テスト『新文学』1975年(昭和50) 5月号掲載 大阪連載第十四回・最終回      (十四) 体力テストはそれぞれの種目が、二十点満点で採点され、その合計得点数によって、体力年齢が判定されるというしかけになっていた。 ぼくの得点数は三十三点で、体力年齢が『四十歳から四十四歳の間』と判定さていた。やはり立位体前屈が足をひっぱっている。たったの三点なのだ。このためぼくは、じっさいより十四歳 [続きを読む]
  • 連載小説 「体力テスト」
  • 連載小説体力テスト『新文学』1975年(昭和50) 5月号掲載 大阪連載第十三回      (十三) 左手に握力計をつかみかえ、ぼくはこんどはいっ気ににぎりしめていった。だけど手の平が脂ぎって、力がはいらない。ぬるぬるとすべるのだ。手錠のような計器の、どこを強くつかめばいいのか、さっぱりつかみどころがないのである。 圧延油が皮膚の深くまでしみこんでいるのだろうか。ゲージをみた。四十三キロとでた。こんな [続きを読む]
  • 連載小説 「体力テスト」
  •                              連載小説 体力テスト『新文学』1975年(昭和50) 5月号掲載 大阪連載第十二回      (十二) 自分の立っている場所をたしかめるような気持で、ぼくは二どばかり頭をふった。それから、手錠のような固い計測器をにぎりしめていった。だけど、力がはいらない。「ぎゅっと、いっ気につかめ」と、傍らで仲間のだ [続きを読む]
  • 連載小説 「体力テスト」
  •                              連載小説 体力テスト『新文学』1975年(昭和50) 5月号掲載 大阪連載第十二回      (十二) 自分の立っている場所をたしかめるような気持で、ぼくは二どばかり頭をふった。それから、手錠のような固い計測器をにぎりしめていった。だけど、力がはいらない。「ぎゅっと、いっ気につかめ」と、傍らで仲間のだ [続きを読む]