Lonelyseeker さん プロフィール

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Lonelyseekerさん: 躾の礎
ハンドル名Lonelyseeker さん
ブログタイトル躾の礎
ブログURLhttp://situke119.blog.fc2.com/
サイト紹介文親と子の根源的な関係とは何かを問いかけ、失われつつある躾の基本を考えつつ探っていくブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2012/05/14 15:47

Lonelyseeker さんのブログ記事

  • 基準点
  • 外から帰るとまずは手を洗う。外出中に触ったものがお金や手すり、ドアノブのように、汚れていた場合を考えてのことだ。しかし、たとえその間に触ったものが愛車のハンドルだけだったとしても、外から帰ると必ず手を洗わないと落ち着かない気分になるのは、まさに?躾けの賜物″で、子供の頃からの習慣が付いているからなのだろう。今時は、洗面台に置いてあるポンプ式の泡石鹸で手を洗う。         しかし、大人になって [続きを読む]
  • 国民の期間
  • 私がこの国の国民でいる期間は、どれくらいの長さになるだろうか。 今までそれは、「自分が生きている間」だけだと思っていた。確かに、命よりも大切なこの素晴らしい国「日本」の、国民でいられるのは生きてる間だけだ。それは当たり前かも知れない。どれほどこの国を大切に思っていても、どれほど去り難いと思っていても、いずれ私はこの国から姿を消すことになる。それまでのたかだか60〜70年という短い人生の間だけ、日本人と [続きを読む]
  • 因果応報
  • この言葉は、今はもうあまり使われないのかも知れない。あるいは、何か悪いことがあった時にだけ、「それ見なさい。罰が当たった。」みたいに使われるのだろうか。本来は、「前世の行為の結果として、現世の幸・不幸があり、 現世の行為の結果として、来世の幸・不幸が生じる。」という仏教の教えで、前世と現世、現世と来世との間に、因果と応報の関係があるというものらしい。また、普段の生活においても、「良い行いをした人に [続きを読む]
  • 両手を使う
  • 食事をする時に、片手だけで食べる人がいる。当然、上体は前に傾き、使わない方の手はだらりと下って、所在なげに太ももか腰に当てられる。そうして、終始、片手だけで背中を丸めて食事を済ませる。そのみっともない姿に、当人は全く気がついていない。私は、つい、その人が気の毒になる。親はどうしてそれを直してやらなかったのか。親が亡くなっても、子供はずっとそのまま気づかずに食事をしていく。そうやって何十年も多くの人 [続きを読む]
  • 幸せな日々
  • ?? 2018年 明けまして おめでとう ございます ?? 今年も 我が国と我が国民が    平和のもとに おだやかに暮らしていけますように      心から願い 祈り続けます ブログも 精一杯 心を込めて綴っていきますので どうぞ よろしくお願いいたします朝起きてから夜寝るまで、私は、毎日、ずうっと感謝のしどうしである。いや、もしかしたら寝てからも、夢の中で感謝をし続けているかもしれない。例えば [続きを読む]
  • シーシュポスの岩
  • 仕事や生活上で、何か大きく困った事態に出くわした時は、特にそれが、自分には苦手と思われる分野の事柄である場合には、私はいつもこの話を思い出す。そして、追い込まれた状況にすっかり落ち込んでしまった心を鼓舞して、そこから脱出することにしているのだ。ギリシャ神話の「シーシュポスの岩」という話である。長い坂道を重たい大岩をころがしながら山を登っていく男。山頂に着くまでにその岩は次第に重たくなっていく。「自 [続きを読む]
  • 首都幻想
  • どうしても首都に対する憧れがあった。「日本の首都」という輝かしい称号は、田舎の町に生まれ育った者にとっては憧れだった。旅行に行けば都心を歩くだけで何か心がウキウキとしたし、歴史や文化や伝統や芸術。そして、進歩・発展の最先端が、いつもそこかしこにあるように思っていた。世界も「東京」をそれとして認めてくれているし、私達も我が国の一大都市と自負していた。しかし、そんな想いは「幻想」だったのかも知れない。 [続きを読む]
  • 米の一粒
  • 食事の最後にはいつも、食器に残った米粒がないかを必ず確かめる。茶碗や丼ぶり、カレーの皿にご飯つぶが残っていたら、執拗に取って食べるようにしている。その時に、私は何を考えているのだろうか。小さな頃、母が食事の支度をする前にいつも、炊く米をザルに入れて手で探りながら、一部が黒くなった米粒を探して懸命に取り除いてくれていた。確かにその頃の米には、一部に黒い部分のある米がいくらか混ざっていて、それをあらか [続きを読む]
  • マスク列島
  • 何年か前から突然、街でマスクをしている人間を見る機会が増えた。マスクなんて、かつては患者さんを相手にする医者か看護師さん。あるいは、理髪師さんか、冬の風邪引きぐらいだった。しかし、昨今、花粉症とか粉じんとかを防ぐためなのか、季節に関係なく年中多くの者がマスクをして歩いている。個人的には、花粉症もアレルギーもなく、風邪もめったに引かないので、鼻の前をふさぐ、息苦しく暑苦しいマスクなどというのは煩わし [続きを読む]
  • 視線
  • この頃、街を歩いていると、次第に自分がイライラとしてくることに気がつく。それは何故なのかを考えてみると、すれ違う人々の視線の大半が、皆、不思議とひどく険しいからなのだ。まなざしに、正直、敵意さえ感じることがある。不審感、猜疑心、警戒心、負けん気、闘争心、苛立ち、、。なにか行きかう人々の視線の中に、「騙されないぞ!」「迷惑をかけられないぞ!」「先を越されないぞ!」「損してなるものか!」あるいは、「間 [続きを読む]
  • 日本の社会
  • 横断歩道を車で横切ろうとして止まると、歩行者のほとんどがすまなそうに急ぎ足になって渡ってくれる。大人も子供も、お年寄りも若者も皆ひどく優しくて、当たり前のように急ぎ足でそそくさと渡ってくれる。時たま、一人でわざとゆっくり歩いてみせるひねくれ者もいないではないが、そんなのはどこにでもいる鼻つまみな一部の変わり者に過ぎない。考えてみると、そんな風に車に気をつかって渡ってくれる人が、これほどたくさんいる [続きを読む]
  • ラーメン屋さんで
  • 先日、行きつけのラーメン屋さんで妻と一緒に食事をした。人気店なので店内は混み合っていて、ラーメンの到着も遅く、待っている間に店の雰囲気をそれとなく眺めていた。その時、隣のおじさんがカウンターに肘をついて、前のめりになって覗きこむように必死にラーメンをすすっていることに気がついた。昔「犬食い」という言葉を聞いたのを思い出して、この人はもう50歳にもなろうとしているいい歳なのに、どうしてこんなみっとも [続きを読む]
  • (無題)
  • 親と子の根源的な関係とは何かを問い、失われつつある躾の基本を考えつつ探っていくブログです [続きを読む]
  • つながっている
  • 私は,この人生を誰に「感謝」したら良いだろう。誰の「恩」に報いたらいいのだろうか。私がしっかりとした人間として、少なからず社会に貢献し、いっぱしの社会人として生きなければならない理由は、どこにあるのだろう。私が生きるに値する人間である「必要性」は、何を根拠としているのだろうか。それとも、私は単に、自分が生きたいから生きているだけなのだろうか。いや、そうではない。少なくとも私は、クズのような人生を送 [続きを読む]
  • 最後の朝
  • 朝、顔を洗いながら、鏡の中の自分にふと問いかける。今日がもし自分としての最後の日だとしたら、『これ以上の生きようはなかった。』と、胸を張っていえる一日を過ごす覚悟があるだろうか、と。別に難病を患ってるわけでも、医者から余命を宣告されてるわけでもないが、朝の明るい陽射しの中で、私は突然、そんなことを考えた。「何を馬鹿な、縁起でもない。」とあなたは言うだろうか。だが、そう考えたとしても、別におかしな話 [続きを読む]
  • 挨拶ができない
  • 挨拶のできない子どもが増えている。「挨拶の感覚」がない。「挨拶の爽やかさ」がわからない。「挨拶のタイミング」がわからない。「挨拶しなければならない気づかい」がわからない。そんなことは、子ども自らが気づけるものではない。それを子ども自身に気づけというのは酷である。私もうるさいほどに母親に言われて、言われ続けてはじめてそれを感じられるようになった。挨拶しないことが如何に失礼で、生意気で、不作法で、気が [続きを読む]
  • 悪魔の選択、神の決断
  • 長く生きていると、それなりに良い事もある。幾多の人生の節目で、私も困難に直面しては難しい決断に思い悩んできた。しかし、ある時期からいろいろな場面で、次第に原因と結果の展開が見えるようになってきた。多くの決断のいきつく先が、どのような結末を迎えるかがある程度わかるようになったのだ。それはまるで、神様の意図されてる方向性の示唆をいただいたようで、幾重にも重なった謎の扉の鍵穴が全てそろって、一気に開いて [続きを読む]
  • 悲しい
  • 平成29年 あけまして おめでとうございます 躾の基本は 親の生き方そのものにある という思いのもと今年も あれやこれやと      心を込めて書き綴っていこうと考えております どうか 昨年同様 今年もよろしくお願いいたしますこの頃、冬の寒さに体が芯から冷え込むように、心の奥底から深い悲しみを感じている。もの知り、わけ知りな方々に言わせれば、あまりに遅い気づきといわれるかもしれないが、私はようやく [続きを読む]
  • 新たなテンポ
  • 高齢化が進んでいる。平均寿命は、男性が 80.5歳で、女性が 86.8歳。男女では、83.7歳だという。(WHO 2015年調べ)これは世界一で、国民の約2割(19%)、5人に一人が65歳以上の計算になるらしい。そのせいか、この頃は、運転していると、見るからにスピードが遅い車によく出会う。見ると初老の男性が運転していたり、オバーチャンが運転していたりする。右左折やウインカーもワンテンポ遅く、挙動に不信を感じることも [続きを読む]
  • ポケモンGO
  • 私は、7月23日に始めた。日本でのリリース二日目である。どんなものだろうかと、とりあえず始めてみたのだ。その結果、近所にいくつもポケストップがあることに気づかされた。(※ポケストップ=ポケモンを捕まえる道具であるボールや、各種のアイテムを手に入れられる場所。)今までゲームなんかに全く関心がなかった妻が、意外と楽しそうにやっているのを見てうれしくもなった。夫婦で一緒に同じゲームをしていること自体も楽 [続きを読む]
  • ダイエット
  • ショッピングモールの通路には、買い物に付き合い疲れた父さん用のベンチがいくつか置いてある。そこに座って行きかう人々を何となく眺めていると、豊満な肉体の家族が意外と多い気がして感心してしまう。だいたい家族の体型は似ている。おそらく毎日同じものを同じ感覚で食べ、好みも基本的に似ているからなのだろう。日本国内の栄養状態はとてもいい。見るからにおいしそうな食品が街中にあふれていて、経済もある程度潤っている [続きを読む]
  • パラリンピック
  • パラリンピックを見ていてふと思った。体に欠けた部分がある選手が、懸命に競技をしている。その迫力ある競技の様子から、心の強さ、人間の意志の輪郭がまっすぐに伝わってくる。自分の生きる姿にも、あんな迫力があるだろうか。私は本当の意味で「五体満足」であるのだろうか、と。世の中を見渡して、どれ程、心に欠けた部分のある人間の多いことか。毎日のようにどこかで殺人が起こり、毎日のように誰かの死体が発見されている。 [続きを読む]
  • イケメン
  • この頃は、何をするにも、すぐに対象の男性が、「イケメン」であるかないかが語られる。20年ほど前なら、本当に丹精な顔立ちの男性か、精悍なキリッとした容姿の男性だけが「イケメン」と呼ばれた。それも本人には気づかれないように、そういう思いはできるだけ密かに陰でささやかれたものである。しかし今は、どうだろうか。どこが整っているのかわからないような、何が洗練されているのかしれないような、中途半端で貧相な顔立 [続きを読む]
  • 障害を持つ人々
  • ひどく悲惨な事件が起こってしまった。相模原の大量殺傷事件のことである。「躾」との関わりもあることなので、考え方を一度整理しておきたいと思う。人生は、私達にはわからないこと、理解できないことだらけである。例えば、生きる意味や自分の運命。寿命の長さ、あるいは、短さ。天命や使命、、、。人生の全てに渡って、誰もが十分に理解できるようにこの世界はできていない。そんな私達が、まして他人に対して、その人が生きて [続きを読む]
  • 選挙
  • 『 躾に、「選挙」が何の関係がある? 』とあなたは言うだろうか。しかし、躾のベースに、親の生き方があるとすれば、生きる上で重要な政治というものに対して、誠実な選択や真摯に向き合うことができる親ならば、子どもに対しても誠実で心のこもった躾ができることになる。つまり、その意味で選挙に対する態度と、親としての「躾」に対する姿勢や真剣さは似かよっているのだ。何事に対しても誠心誠意、心を込めて、あるいは、自 [続きを読む]