岡田沙織 さん プロフィール

  •  
岡田沙織さん: 10代無料相談・岡田沙織の「心が楽になる魔法」
ハンドル名岡田沙織 さん
ブログタイトル10代無料相談・岡田沙織の「心が楽になる魔法」
ブログURLhttps://ameblo.jp/seasky0212/
サイト紹介文「死にたい」「消えたい」そんな苦しみを抱えた10代の君へ送るメッセージ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供50回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2012/05/28 08:02

岡田沙織 さんのブログ記事

  • 波瀾だった過去・6(ひとり親の子の屈辱)
  • 4年生に進級してすぐ私は学級委員になった小学校生活で一番楽しく充実していたのはこの4年生の時だけかもしれない 同じクラスでとっても頭が良いA君という男の子が初恋の人で私は1学期の間A君と一緒に学級委員を務めた この頃は学校でも居場所があり普段遊べるお友達も居て好きな人と学級委員をやり楽しく学校生活を送れていた 家庭内は相変わらずだったけれど学校に友達や居場所があるだけで全然幸せだった 私は当時から男 [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・5(孤独な小学生)
  • 念願の引越しが終わり怖い祖父から解放されひいおばあちゃんと母との生活が始まったひいおばあちゃんは私を愛してくれていたし私のワガママも聞いてくれる本当に優しくて大好きなおばあちゃんだった ただ毎日のように23時の閉店まで蒲田駅にあるパチンコ屋さんに行っていたので帰りはいつも24時過ぎ 遅い時は25時近くになることもあった そのたびに私はひいおばあちゃんに何かあったんではないかとそれはそれは心配になって [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・4(小学校入学)
  • 幼稚園も行かずふらふら過ごした幼少期を経て私もやっと小学校に入学することになった祖父のボロアパートからの通学そんなでも学校に行くようになって少しずつお友達が出来始める学校が終わってから遊べるお友達も出来たただ、誰のお家に行ってもみんな一軒家だったりマンションだったりどんなに狭い家だとしても私ほどのボロアパートに住んでる子なんて1人としていなかった ジワジワと生まれてくる初めての感情 ”いいな [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・3(やさぐれていく5歳)
  • 祖父との怖くて暗い厳しい毎日を過ごしながら私も5歳になったもちろんお誕生日なんてものは存在しない昼間ふらふら一人でお散歩したり公園にいれば近所の大人たちは ”あの子幼稚園も行かずに何してるのかしら” と、冷たい眼差しで見てくる近所に同じくらいの子供は沢山住んでたが友達なんて一人もいない そんなある日一人の女の子と出会うひとつ下のちょっと生意気な女の子 公園で声をかけてくれた時は私もとっても嬉しくて [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・2(祖父との厳しい日々)
  • ある日突然ほぼ強制的に幼稚園を辞める形になった幼稚園中退後築何十年も経った猛烈ボロアパートの四畳半一間の祖父の家に預けられそこで祖父とひいおばあちゃん3人での暮らしが始まった でも、ひいおばあちゃんは毎日深夜近くまでパチンコに行ってしまいほとんど祖父と二人きり 四畳半一間のその部屋は真ん中にコタツがあって窓はボロボロで開けることさえままならないそのすぐ近くには一年中敷きっぱなしでぺっちゃんこの薄汚れ [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・1(両親の離婚)
  • 1973年2月神奈川県の小田原に生れ落ちた私は2歳まで小田原でそして4歳まで横浜で父と母・ひいおばあちゃん(母の祖母)と4人で暮らしていた。2〜3歳の頃はよく「ママが居ない!」って必死で泣きながら探していた記憶が今も残っている。私の記憶が確かなら母がふざけてわざと隠れて私を泣かせていたのだ。 幼稚園に通い出した頃家族で横浜に引っ越しをする。 そして私の人生で一番幸せだったお誕生日が4歳。父と母と [続きを読む]
  • 活動の幅を広げるため、ブログをリニューアルしましたーーー?
  • 今まで若者のサポートをする岡田沙織として色々活動し発信してきました。 毎日届くLINEには親からのヒドイ仕打ちを受けている内容や学校の先生の心ない言動お医者さんからの無理解の言葉児童相談所のびっくりするような対応が、本当にたくさん届きます。 そのたびにそんな現状を切々とSNSなどで訴えてきたけれどいつも私の中には ”私が本当に訴えたいことはこれじゃない・・・” そんな気持ちがありました。 私が [続きを読む]
  • J-WAVE『TOKYO UNITED』にまた出演させていただきました?
  • 今年の1月出演させて頂いたJ-WAVEのジョンカビラさんの番組TOKYO UNITED 夏休み前ということでお声かけいただき先週また出演させていただきました! 今回はカビラさんがお休みでケン・マスイさんがMC担当でしたがスタッフの方もご丁寧にまた対応頂いて楽しく収録させていただきました? ↑六本木を一望できるJ-waveさんからの景色? 放送は21日金曜日でしたがまだWEB上で過去の放送を聴くことができるのでよろしかったら [続きを読む]
  • 「歌の手帖」8月号に掲載されてます!!!
  • 氷川きよしさんや錚々たる演歌歌手の方が毎月掲載されてる『歌の手帖』さんになんと!掲載いただきました!! 実は私このたび作詞をさせて頂くことになりそれを魂のうたいびと小田純平さんが唄ってくださるという!! その時の対談の模様が6月21日発売の8月号『歌の手帖』で記事になっているのでございます! 若者の居場所作りをずっとやってきてますが私が本当にやりたい活動や作りたい世界は子どもや若者はもちろんの [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・74(運命の出逢い)
  • この頃母が長年付き合っていた人とやっと籍を入れることになり母自身がお金に少し余裕ができたからか時折普通に遊びにくるようになっていた 私が忙しい時は代わりにご飯を作ってくれたりしてなんだかんだと私のことを応援してくれた 私自身も”お釈迦様のようになりたい”という意識から母とも少しでも仲良くできたらと子供の頃の切なる願いではなく一人の人間としてそうなれるように思い始めていた ”お釈迦様のようにな [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・73(お釈迦様のようになりたい)
  • 悔しくて悔しくてたまらない想いを抑えて私は元旦那さんにお世話になることにした 立派な一戸建てを借りて広い子供部屋も用意できて私も部屋をもらった 自分が子供の時に欲しかった自分の部屋 その憧れを叶えるかのように自分の部屋を作りそして子供部屋も作った 元旦那さんとは笑って会話はできないものの買い物は色々としてくれる ”ヨリを戻すわけではない”という元旦那さんの話をそのまま受け止め夫婦としては無理だけ [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・72(17年ぶりの再会)
  • 17年ぶりにかかってきた突然のSくんからの電話 彼に未練は全くなかったけれど私が人生で一番辛くて苦しかった10代の時を知るSくんのことは私の中で特別な思い出として常に心にあった そんな風に特別だった彼を懐かしく思い出すことがよくあった私は留守電を聞いた瞬間本当にドキドキと鼓動がするくらいそれはそれはびっくりした 17年の間バッタリ会うこともなければ連絡先もわからず話すこともなかったので本当に突然 [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・71(ピンクの蜘蛛)
  • LIVEのセッションを見て感動した私は何から手をつけたらいいかわからなかったけど人生の復活を自分に誓った ”もう一度・・・もう一度人生をやり直す!” そう誓いながら大好きな大好きな曲を私は思い出した iPodに入れて本当に毎日のように聴いている曲だけど改めて歌詞を読み直し私はその曲をいつも以上に強い気持ちで聞き入った 狭い狭い小さな世界を全てだと思っていたそんな蜘蛛の話 空高く飛べない蜘蛛は [続きを読む]
  • 娘とのエピソードが記事になっています
  • 実際にお会いした方や協会のイベントにいらした方にしか伝えていないことですが5年前にある施設で出逢った女の子を私は娘にしています。 彼女も沢山の沢山の苦労をしてきてそれを乗り越え今は毎日元気に過ごしています。 「自分みたいな子はたくさんいる」と話してくれる娘 私もいつもそのことを訴えてます。 これからももっと私の元にくる子たちの叫びや現状を何も知らない大人たちに発信していきたいと思います。 虐待を [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・70(目覚め)
  • ビルから飛び降り自分が地面にたたきつけられることをリアルに想像する ただもう死にたくてただもう消えたくてこの人生を消し去りたくてこの自分自身を消し去りたくて 母から「あんたなんか産まなきゃよかった!」と言われ”自分なんか死んでしまえ”と自分の存在を呪った10代の頃 あの頃の死にたい気持ちが完全に戻って来てしまった だけどあの時と違うのは子どもたちがいるということ 簡単にドラッグや何かに逃げたり [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・69(K-1優勝した腹違いの弟、そして自分崩壊)
  • お医者さんに定期的に通うものの薬も飲まないし特に何もしてないから一向によくならない 毎晩子どもたちが寝静まると涙が止まらなくなる ”死にたい・・・” もうこの頃は死ぬことしか頭になかった だけど”子供達がいるから死ねない・・・” その葛藤の日々だった 深夜泣きながら紀子に話しかける 「紀子、どこにいるの?今どこにいるの?」 どんなに話しかけても現れない 「ねえ紀子そこはどんなところ?飛び降り [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・68(父のトラウマ)
  • 仕事を辞め1日家にいるものの笑えるようなことはなくてただボーッとする日が続く まだ幼い子どもたちの無邪気な笑顔だけが私には救いだったが同時にだからこそ頑張らなきゃ!というプレッシャーにもなっていた 子どもが二人いるということで生活保護は毎月20万円おりることに ただ家賃は105000円母に渡す7万円はなくなったがその他固定費を入れるとそれでもなかなかキツイ数字 でも母に渡すお金がなくなったことでお [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・67(生活保護)
  • 紀子の自殺は私の心に自覚できない何かを残した ある日千葉の鴨川に営業に行った時車を運転しながら訳もなく涙がこぼれた 特別何かを考えていたわけでも紀子のことを考えていたわけでもないのにただ訳もなく涙が溢れる 営業を終えて海に寄り道してみる ”なんで生きてるんだろ・・・” そんな漠然としたことをただボーッと考えてみる 何が悲しいわけでもないし何がつらいわけでもない ただ心が空虚な感じというか [続きを読む]
  • 人とうまくコミュニケーションとれない人は・・・
  • 人と上手く付き合えない上手くコミュニケーションが取れない 若者だけじゃなく大人の個人セッションでもそんなご相談を受けることがよくあります 必要以上に気を遣ってしまったり顔色ばかり伺ってしまったり本音を言えずに自分を出せなかったり 人と上手くコミュニケーションが取れなくて自分は人間関係が苦手なんだ・・・と更に殻に閉じこもってしまう でもね人とうまくコミュニケーションが取れない人は自分と上手くコ [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・66(自殺)
  • 「沙織ちゃん 紀子が・・・ 自殺しちゃったよ・・・」 今にも泣き入りそうな〇〇さんの声が私には現実として受け止められずしばらくワケがわからずにいた 私の声を聞いて安心したかのように 「紀子が…」 そう言って〇〇さんは泣き出した 聞けば昨夜〇〇さんと紀子は喧嘩になったそう その後仲直りせず〇〇さんは眠剤を飲んで寝たらしい 紀子も眠剤を飲んで寝るつもりだったらしいが 〇〇さんが寝てる間に紀子は10階 [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・65(壊れていく心)
  • 会社を経営されてる人のいい優しいおじいさん その方の運転する高級外車に乗って美味しい食事をご馳走になった後私はその方の言われるままにホテルに行った そう私は結局お金のためだけに 人としては好きでも異性としては見られないその人の言われるままに自分を売った 1〜2時間ただひたすら時間が過ぎるのを待つ そんな我慢と苦痛の時間 事を終え8万円渡される ”これで母に渡すお金はどうにかなった” 惨め [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・64(葛藤の一週間)
  • 挨拶周りや受注など車であちこち駆け巡りながら営業の仕事を楽しくこなしていた 帰りが遅くなることが多いので母には相変わらず子守のバイト代として7万円食費を6万円を支払っていた 家賃105000円と光熱費をあわせ営業とはいえ全然足りない ”頑張ればどうにかなる!” 自分で選んだ道を後悔したくなくて私は必死で頑張った 付き合っていた彼は相変わらず転職を繰り返し3ヶ月として同じ職場で続かず面接が趣味なのか [続きを読む]
  • 波瀾だった過去・63(昼間の世界)
  • ナンバーワンとして数ヶ月頑張っていたが週3で組長のアフターに行き深夜までヤクザ屋さんと飲む生活に徐々に自分の中で疑問が湧いた アフターではいつも歌を唄わされお酒が苦手な私としては飲まずに歌で逃れられるのはラッキーだが毎日のようにそんな生活が続きだんだんと惨めになり始めていた 離婚して自分でやっていけるつもりでいたが母に支払うお金と生活費のことで常にお金のプレッシャーに苦しんでい [続きを読む]