北 帰航 さん プロフィール

  •  
北 帰航さん: 万葉集の日記
ハンドル名北 帰航 さん
ブログタイトル万葉集の日記
ブログURLhttp://souenn32.hatenablog.jp/
サイト紹介文万葉集について楽しく学んだことを忘れないように書き留めています。
自由文奈良大和路と万葉集大好きの爺のブログです。
産湯は札幌、今の宿は小樽です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供106回 / 315日(平均2.4回/週) - 参加 2012/06/25 16:55

北 帰航 さんのブログ記事

  • 207.巻三・242、243、244:弓削皇子、吉野に遊す時の御歌一首
  • と春日王が和へ奉る歌一首、さらに或本の歌一首242番歌訳文「滝の上の三船の山に雲がいつもかかっているように、いつまでも生きられようなどとは、私は思ってもいない」書き出し文「滝の上の 三船の山に 居る雲の 常にあらむと 我が思はなくに」持統朝において皇子が不遇であったこと、または病弱であったことを、みずから嘆いた歌か。三船の山:吉野の宮滝にかかる橋の上流右手に見える山。舟岡山ともいう。243番歌訳文「皇子 [続きを読む]
  • 205.巻三・238:長忌寸意吉麻呂、詔に応える歌一首
  • 詔に応える歌:天皇の歌を作るようにとのお言葉に応じて作った歌文武三(699)年、難波(大阪)行幸時に、その地の賑わいを讃えた歌。大阪は、当時海岸線が宮殿のある内陸部まで入りこんでいた。238番歌訳文「御殿の中まで聞えてきます。網を引こうと網子らを集め、音頭を取る漁師の掛け声が」書き出し文「大宮の 内まで聞こゆ 網(あ)引(びき)きすと 網子(あご)ととのふる 海人の呼び声」引用した本です。今朝は、室温10 [続きを読む]
  • 200.巻二・223〜227:鴨山五首
  • 223番歌:柿本朝臣人麻呂、石見の国に在りて死に臨む時、自ら傷みて作る歌224番と225番歌:柿本朝臣人麻呂が死にし時に、妻依羅(よさみ)娘子が作る歌二首226番歌:丹比真人名は欠けたり柿本朝臣人麻呂が意(こころ)に疑(なずら)へて報ふる歌一首227番歌:或本の日はく鴨山五首については、左のリンク>BIVALVESmyHP>万葉集の貝>鴨山五首とHPを訪ねて、読んでください。また、下のアドレスを して、訪ねてください [続きを読む]
  • 197.巻二・213、214、215、216:或本の歌に日はく
  • この一組(213〜216番歌)に手を加えたものが、前の210〜212番歌らしい。213〜216番歌は207〜209番歌の異文系統と連をなしていたという。213番歌訳文「妻はずっとこの世の人だと思っていた時に、手を携えて二人して見た、まっすぐに突き立つ百枝の槻の木、その木があちこちに枝を伸ばしているように、その春の葉がびっしりと茂っているように、絶え間なく思っていた妻ではあるが、頼りにしていた妻ではあるが、常なき世の定めに背 [続きを読む]
  • 192.巻二・202:或書の反歌一首
  • 202番歌訳文「哭沢の神社に神酒の瓶(かめ)を据えて無事をお祈りしたが、そのかいもなく、わが君は、空高く昇って天井を治められる方となってしまわれた」書き出し文「哭沢の 神社(もり)に御瓶据ゑ 祈れども わが大君は 高日知らしぬ」死をとどめようとする祈りは女性が行う習いであった。わが大君:高市皇子、その娘という檜隈女王の作の歌らしい。皇子の挽歌の反歌であったという。哭沢の神社:香具山西麓の神社、伊邪那 [続きを読む]
  • 188.巻二・171〜193:皇子尊の宮の舎人等、慟傷しびて作る歌二十三首
  • 皇子:草壁皇子171番歌訳文「輝くわが日の御子が、万代かけて国土を治められるはずであった島の宮なのに、なあ」書き出し文「高光る 我が日の御子の 万代に 国知らさまし 島の宮はも」172番歌訳文「島の宮の上の池にいる放ち鳥よ、つれなくここを見捨ててゆかないでおくれ。あるじの君がおいでにならなくても」書き出し文「島の宮 上の池なる 放ち鳥 荒びな行きそ 君座(ま)さずとも」173番歌訳文「輝くわが君の御子がこ [続きを読む]
  • 187.巻二・170:或本の歌一首
  • この歌は、次に続く舎人らの二十三首を導く歌として殯宮早々に詠まれるとともに、殯宮最終段階での歌である。 170番歌訳文「島の宮のまがりの池の放ち鳥も、人目を恋い慕って池にもぐろうともしないでいる」書き出し文「島の宮 まがりの池の 放ち鳥 人目に恋ひて 池に潜(かづ)かず」島の宮:草壁皇子生前の宮殿。もと蘇我氏の邸宅。後に舒明皇統の離宮となる。島乃庄石舞台古墳あたりか。橘寺の東、飛鳥川西岸の傾斜地とも [続きを読む]