三月うさぎ さん プロフィール

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三月うさぎさん: 三月うさぎの写真帖
ハンドル名三月うさぎ さん
ブログタイトル三月うさぎの写真帖
ブログURLhttp://sannusa.exblog.jp/
サイト紹介文写真とイラストによる、自然や民俗、暮らしや生き方の紹介
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供49回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2012/07/22 16:57

三月うさぎ さんのブログ記事

  • スルメのぬか漬け
  • そのむかし、飲みやさんと云えばスルメがつきものでした。居酒屋でも、パブでもバーでも、黙ってすわればスルメがでてくる‥‥‥てことはありませんが、「なんかないの?」ときけば、たいていスルメを焼いてくれました。年配者にはなじみぶかいつまみです。ただ固いっ!焼きたてならまだしも、ちょっと冷めると例えようもなく固くなる。歯の丈夫なうちはよろしいのですが、顎ががたついてくるともういけません。食べてみたいけどな [続きを読む]
  • 畑にきて考える ③  ジャガイモ
  • なんの映画で観たのか、おじさんたちがジャガイモの皮をどれだけ早くむけるか競うシーンがありました。ナイフでむいていくのですがけっこう早い‥‥‥西洋の男性は、子どものときこんな風に覚えこまされるのかと感心した思いがあります。 わたしもジャガイモの皮むきは嫌いじゃありません。ただやっかいなのは、凸凹というか穴‥‥‥こいつがあっちにもこっちにもあるので、避けたりひねったり、ほじくったりせねばならぬ。ところ [続きを読む]
  • この秋
  • はっきりしない夏が終わりました。夏好きのわたしとしては、いささか心のこりでしたが‥‥‥季節は移ろい、秋がいろ濃くなってきました。未来をたくさん持ったひとたちのために、なにをのこせるのかと考えています。 [続きを読む]
  • 今年は日光‥‥‥定年少年の修職旅行
  • まだ少年のままなのですよね。むしろ子どもがえりしているというか‥‥‥ 恒例の修職旅行、今年は日光にいたしました。「俗っぽいところ」というのがコンセプトなので、東照宮をメインとしたのですが、陽明門の修理完成のせいか、ウィークデイなのにすごい人出、早々に「やめよっ」ということになりました。奥日光の林をあるき、聞いたことのないダムに行き、ワールドスクエアで海外を旅した気になりました。所詮呑んで騒げればよ [続きを読む]
  • 畑にきて考える ② あぜ道
  • いろんな作物の育っている畑でした。60種類くらいあつかうと云います。それで驚愕してはいけないようなのですが、ずいぶん多く感じます。なんといっても横浜です。地代の高いのは当然です。有効に使わねばなりません。土地のかたちも条件も等しなみではありませんから、すきまいっぱい作物を植えつけるいじらしいほどの工夫がなされます。ぎっしり植わった作物の横には、さらに世話や刈りいれの、要するにひとが働けるスペースが確 [続きを読む]
  • 畑にきて考える ①
  • わたしの育ったのは、横浜の南部、小学校2年で越してきたころは、田畑と山林のひろがる土地でした。今は鉄筋のふつうの校舎ですが、転校したときは廃材みたいな木造の一階建て、 講堂もないので、学芸会や映画会のときは三つの教室をぶち抜いて、みんなの座れる場所をつくりました。 「子どもは風の子」と云われた時代です。休みの日はもちろん、放課後、昼休み、朝の始業前、ひたすら遊びほうけておりました。 ただ、思いかえして [続きを読む]
  • 沿線の散歩道‥‥‥小田急線
  • 思いがけずいいお社にであいました。大和の下鶴間 諏訪神社です。もとは諏訪神社をなのっていたわけでないのだそうですがいつ、だれが勧請したのか、由緒・来歴ははっきりしません。これだけの造りのわりに村の鎮守さんというのも解せませんが、まずは気もちのいい神社です。獅子と狛犬は新旧二組ありまして、どちらも趣があります。末社のお稲荷さんも、こじんまりとして清潔だし、きつねのなにやらモダンな顔つきも好感もてまし [続きを読む]
  • セミの一生
  • たまに大学時代の友人と呑むことがあります。かつては学生運動をともにした仲間たち‥‥‥ 40年の歳月が彼らを企業の、資本主義の戦士にかえました。ま、それは特に非難さるべきことでもなく、かくいうわたしもそうでした。 ただ気になるのは、還暦過ぎて何年もたち、そろそろ気楽な人生はじめる齢なのに、いっかなその気配がない。娑婆の価値観にしっかり絡めとられているのですよね‥‥‥これが少し悲しい。セミの一生、なんてこ [続きを読む]
  • 憑きものおちて夏休み
  • 旅の記録を書きおえたら、憑きもののおちたような気分になりました。さして長い旅でもない、わずか9日ばかりの旅程でしたが、ずっと心にかかっていたものが晴れたような、思いだせなかった顔と名前がすらりとでてきたような、そんなさっぱりとした心もちとなっています。たぶん、心のルーツを観たかったんでしょうね。極東の島国に生まれながら、わたしたちはずっと西洋文明のゆりかごで育ってきた‥‥‥ことばや習慣は東洋のもの [続きを読む]
  • ギリシアの博物館で考えたこと
  • ギリシアでは、はっとするような美しい顔にであいます。単純に美人の多い土地柄なのかもしれません、‥‥‥日本にもありますよね、秋田とか青森とか‥‥‥でも博物館を歩いているうちに、ほかに理由があるのではないかと思いはじめました。ひょっとして世界の「美」の基準はここでつくられた‥‥‥ギリシアの土と人とを原料として。ここに生きた人々をモデルに像が彫られ‥‥‥人々がそれを「美」とよび、「世界の美」の基準とした [続きを読む]
  • デルフィーは世界の中心
  • 世界の真ん中はどこにあるのか、神々は世界の両端から二羽の鷲をはなちました。鷲たちの出合ったところ、そこが中心であり、デルフィーであったと‥‥‥デルフィーはアテネから120キロ、深い山のなかにあります。北へむかう道を西におれると、しだいに山深くなってきます。糸杉は、ゴッホの創造の世界で燃えあがっていたとばかり思っていたのですが、このあたりごく普通にみられる木なのですね。でも見なれない眼には、なにか燃え [続きを読む]
  • 古代アゴラでとける謎
  • 中学校か高校かで、ギリシア建築の様式を習いました。ドーリア式とかイオニア式とかコリント式とか‥‥‥実物を目の前にすると、そんな名称憶えたって意味なかったな、って気になります。 それより気になることがある。口にすると莫迦にされそうで云えませんが‥‥‥うーん、どうしよう、でも云わなければ話つづかないし‥‥‥ というわけで白状しますが、ギリシア建築でずっと謎だったことがありました。屋根です。教科書や観光本 [続きを読む]
  • 雲のうえの花園 霧降高原
  • 雨もようの予報でしたが、それもまたよしと、でかけました。午前3時に車をだし、横浜から3時間、6時に日光は霧降高原の駐車場にはいりました。見おろせば雲の海‥‥‥標高差240メートルの斜面には、ほぼ直線に階段が設置されています。幅広く、踊り場もかしこにある登りやすい道です。全部で1,445段、時々こんな表示があらわれます。ゆるやかな傾斜にオレンジ色の花々が目にはいりますが、これが本日のお目あて、ニッコウキスゲ。 [続きを読む]
  • アクロポリスの丘
  • これを観にきたんだな、と思いました。 思ったよりはるかに険しい崖のうえにそびえたつ神殿‥‥‥アクロポリスです。子どものときから心にきざみこまれたすがたでした。息が切れるような傾斜をのぼり、視界が晴れたところに神殿の門が立ちはだかっていました。ここから先がアテナの神域です。大きな姿でした。ほとんど柱だけでありながら、堂々と、神々しくそそり立つ‥‥‥これを観にきたんだ、と再び思いました。神殿は修復の最 [続きを読む]
  • アテネの街角で
  • 食べ歩きが目的ではないけれど、ギリシア料理は楽しみでした。晴れていれば、屋外のタヴェルナ(レストラン)は快適です。値段も手ごろで、味も申しぶんありません。タコのグリルです。軽く干して味が凝縮されるんでしょうね。こんど試してみようと思います。フェタチーズを揚げたサガナキ‥‥‥熱々のとろりとした塩味がたまりません。ヴォルフが『ギリシアへの旅』でふれたレツィーナ・ワインもたのんでみました。醸造中に松脂を [続きを読む]
  • アメイジング・メテオラ
  • きっかけは案内本‥‥‥「ここに行きたい!」という声に覗いてみると、一度も聞いたことのない地名‥‥‥メテオラ。ギリシアの北のほうにあるらしい。切りたった岸壁のうえに、修道院がポツンポツンとたっているのだとか‥‥‥。およそ予備知識もないまま、むらむらと行きたくなりました。娘が調べると、アテネからバスで5時間半、デルフィとセットのガイドツアーもあるといいます。アテネを離れると左右は見慣れない大地にかこま [続きを読む]
  • 水の都の昼と夜
  • 娘の予約したホテルでは、朝食をテラスでとることができました。すぐ下にグレート・カナルの河口とサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会が見おろせます。サンマルコ広場も歩いてすぐのところでした。朝のうちは陽を背負って、正面のディテールははっきりしません。でもどこから来るのか、あっというまに広場はひとで埋まります。広場に子どもとハトはつきもの、おもしろいのは、そのなかにカモメが混じっていることです。ニシセグ [続きを読む]
  • ムラーノ島のうさぎ
  • 往時のヴェネツィア経済をささえたのは交易でしたが、むろん近代工業の萌芽もみられました。ヴェネツィア本島から水上バスでおよそ20分、ムラーノ島につきます。ヴェネツィアグラスの生産地です。オリエントへ輸出する品々のなかで、ヴェネツィアグラスは地元の手工業品として都市に直接の利益をもたらしました。一説では、技術が流出することを恐れて、職人たちをこの島に閉じこめてしまったとか‥‥‥運河沿いには、ずらりとガラ [続きを読む]
  • 残照のヴェネツィア
  • 中世から近世への数百年、ヴェネツィアは海洋都市国家としてさかえました。最高位の権力者・ドゥーチェ(元首)は貴族の選挙で選ばれ、任期は終生でした。サンマルコ寺院の隣に、ドゥカーレ宮殿があります。一代限りで王でもありませんから、官邸とよぶほうがふさわしいと思うのですが、屋内の豪華さは宮殿の名に値します。ジェノヴァとの競合に勝ち、オリエント交易を独占したヴェネツィアは、14ー5世紀を通じ西洋一の繁栄をほし [続きを読む]
  • ヴェネツィアは水の都
  • ヴェネツィアは水上都市です。空港を降りても陸の便はありません。急ぎの向きには水上タクシーもありますが、水上バスで島にむかいます。海上をおよそ1時間、島が見えてきました。サンマルコ広場の鐘楼からは、街の全景が見渡せます。たしかにこの都市は海に浮かんでいる‥‥‥街は迷路のような路地でいりくんでいますが、暮らしの動脈は運河です。 メインストリートはカナル・グランデ、街を大きく二分します。 街の中心部でカナ [続きを読む]
  • ちょっとお出かけ
  • ちょっとお出かけします。なので、しばらくお休みです。 思いだしたころ、覗いてみてくださいね♪ [続きを読む]
  • 時の消えていく日々
  • わたしはパンクチュアルな人間です。いや、であったというべきか‥‥‥少なくとも現役のころ、時計をせずに外出することなどありませんでした。 会議や始業時刻、現場やスタジオの入り時間、作業の締め切り、ひととの待合わせに、遅れることはまずありません‥‥‥それは癖のように時計を見、予定の時間を見計らっていたから‥‥‥ でも定年退社の翌日、時計を身に着けるのをやめました。「心に期して」なんて大袈裟な決意ではあり [続きを読む]
  • 卯月の鎌倉
  • いったんもどりかけた冬でしたが、4月の声に、季節は春の装いとなりました。北鎌倉にあたたかな陽ざしが舞います。大本山円覚寺。同じく建長寺。ウグイス、ホトトギス‥‥‥若葉の季節がはじまります。 [続きを読む]