大空澄人 さん プロフィール

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大空澄人さん: 続 いのちの波動
ハンドル名大空澄人 さん
ブログタイトル続 いのちの波動
ブログURLhttp://susanoo1948.blog.fc2.com/
サイト紹介文自分とは何者か、人は何のためにこの世に生まれてくるのか。
自由文自分の体験をもとに楽しみながら真理の探究をしてきました。人生も後半にさしかかりこれから出来ることは限られてくるとは思いますが、自分がこれまでに見つけたものを大切にして生きていきたいと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供96回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2012/08/14 17:58

大空澄人 さんのブログ記事

  • 度が過ぎた几帳面
  • 几帳面過ぎる者は色々と細かなところに気を遣い過ぎて病気になり易い。物事を事細かく考えたところで結局は摂理の奔流に身を任せる以外にないのである。人は人生を通じて神の摂理を学ぶのである。 [続きを読む]
  • 物質世界にも存在する法則
  •              南禅寺三門この世の多くの者は物質の世界の重さに負けて振り回されているが、それらはあくまでも仮のものであり、一時的なものに過ぎない。その物質界のものも法則に従って動いていて決して無秩序なものでは無い。よく見ればその動きがわかるだろう。補足ここで言う法則とは原因と結果の法則を指しています。何事も原因があるから結果として現われているということです。過去の自分の行為は必ず何らかの [続きを読む]
  • 信長公廟(京都本能寺)
  • 私は2005年の暮に西国巡礼の際に京都を訪れたことがあったが、去年の暮にふと京都に行きたくなり、その時の記憶を頼りに娘と共に京都に行ってみた。南禅寺、知恩院、高台寺(最近の記事にこれらの写真を掲載)、それから霊山の歴史資料館などを見た翌日に本能寺に寄ってみた。本能寺はその時にも訪れているが、歴史上有名な本能寺の変があった場所には碑があるだけで、その後豊臣秀吉によって現在の場所に移されている。そこに [続きを読む]
  • 自分の立ち位置を定めて
  • 自分の立ち位置が定まらない者は霊界からの導きを受けることが出来ない。自分がグラついているようでは波長を合わすことが出来ない。テレビのアンテナが送信所の方を向いていないのと同じである。真理の道を行く者には不動の信念が求められる理由はそこにある。 [続きを読む]
  • 両者が交錯する世界
  • 霊的なものと物質的なものが交錯している状態がこの世の人間の姿。この世で肉体に宿っている間はそういう状態が続くことになる。如何に悟った者と云えども物的なものの影響を受けずにこの世で暮らすことは不可能である。しかし一時的に物質世界の波動から自分を退避させることは可能である。それが瞑想ということになる。 [続きを読む]
  • この世は定まる事のない世界
  • この世の人間は一人一人が別のものに焦点を合わせている。故に千差万別の世界となっている。一人として自分と同じ場所にはいない。あらゆるものが混在するのがこの世の特徴である。そういう世界では常に混乱と対立が起きるがそれは当然の事であり、そういうものに一喜一憂してはならない。正にこの世は定まる事のない世界である。霊界に進めば地上の様な混乱は存在しない。似た波動の者同士が集まって暮らすので地上の様な意見の対 [続きを読む]
  • 一筋の光
  • この世の人間は常に不安定な状態にある。周囲が絶えず変動しているからである。地球環境も人間社会も定まる事がない。そういう中で一筋の光を見つける事がある。人生のどこかで巡り合うようになっている。その光を見つけたらひたすらそれに付いて行けば良い。 [続きを読む]
  • 悩み事が自分を成長させる
  • 色々と問題や悩み事が起きるのがこの世の常であるが、そういうものが一切無かったとしたら人間は堕落してしまう。悩み事が自分を成長させる糧なのである。後で振り返って見れば殆どの悩み事は取るに足りないものであったとわかるだろう。その時は自分が過大に問題を捉え過ぎているのである。 [続きを読む]
  • 高いものを目指す
  • 霊的真理の道を進む者同志の理解度は一人ひとり違い、皆同じではない。仲間同士比較したりする事に意味はない。目標は仲間ではなくもっと高いものでなければならない。 [続きを読む]
  • 元の教えはいじらない
  • 霊界からのどのように高邁な教えも地上の人間を通すと純正なものではなくなる。多くの人間を通すほど純度が低下する。故に元の教えをいじらないほうが良い。人間は一人一人が少なからず偏見を持っているのでそれが混入してくるからである。 [続きを読む]
  • 物差しは大きく
  • 動機が純粋で正しければ必ず良きに計らわれる。目先だけ見ていてはわからない。物事は短期的に見ていたら見誤ることになる。普段の自分の物差しを大きく取ることが必要である。 [続きを読む]
  • この世の閉塞感
  • 霊性が目覚めてくるに従いこの世の環境を息苦しく一種の閉塞感を感じるようになるはずである。それは自然な事であり、自分が肉体に閉じ込められ不自由な状態であることがわかるからである。 [続きを読む]
  • 生命形態の変換
  • 人間は50も過ぎれば、それまでの肉体中心の生き方から霊中心(自分の内面中心)の生き方に切り替えるべきである。限りある肉体に生き方の中心を置くべきではない。人もその他の自然界のものも全ては生命形態の変換が行われていることを知らねばならない。老齢期に及んで尚、肉体を中心とする生き方をしている者もいずれは気付くことになるが、その切り替えに戸惑い、苦労することになる。霊的覚醒に長い時間を要することになる。 [続きを読む]
  • 地上が7割、霊が3割 
  • 地上に居る間は地上の事7割、霊に関する事3割くらいで丁度良い。霊の事3割であってもそれぞれの重みが違うのでそれで充分である。地上の事は時間と労力を要するので大きなエネルギーを必要とするからである。それが地上生活の義務でもあり、その為に人はこの世に生まれてくるのだから。 [続きを読む]
  • 母を偲んで
  • 母がこの世を発って丁度5年になるので家族三人と犬とで母を偲ぶ催しをすることになった。世間一般には法要なのだが、中身を重視して形式に捉われない我が家独特のやり方である。一応仏壇の前で妻と私で読経をして次には妻が詠歌を捧げた。前回もそうだったが催しを始める前から母が現れた。特にこちらからは何も知らせていないにもかかわらずちゃんと知っていたようである。ちなみに母は最近めっきり姿を見せなくなっていた。母 [続きを読む]
  • 人生の付属品
  • 日常生活上の殆どの悩みは些細なもの。物質世界特有のものであり、底の浅いものであって、死後は消えていく運命にある。それを証拠に一つの事を片付けたらその事は忘れているはず。その程度のものである。故にそういうものはあくまでも付属品、人生の主要なテーマとは別のものなのである。 [続きを読む]
  • 自分を生かす道 Ⅱ
  • 先の事は一切案ずる必要はない。世の暗いニュースを見聞きして自分が背負い込む必要はない。最終的に全ては神によって裁かれる。故に自分の出来る範囲の事に精進しておれば良い。それが自分を生かす道。 [続きを読む]
  • 感情のコントロール 
  • 感情は地上人生を豊かにし又、不快なものにもする。感情を如何にコントロールしていくかは人生の課題である。感情の暴走は人生を破壊的なものにしてしまう事がある。自分の感情はエゴと紙一重であり、好き嫌いの根源もよく見れば同一のものなのである。 [続きを読む]
  • 真理は単純明快
  • 人間は長く生きる程、思考回路が屈折して複雑になってくる。単純明快でなくなる。そうなると真実を見られなくなる。何事も自分の思考パターンの中に入れてしまう癖が付き次第に真実から外れてくる。真理は常に単純明快なもの。素直な者には理解しやすく曲がった者には理解し難い。 [続きを読む]
  • 回線は元々繋がっている
  • 瞑想の時に地上の雑念を振り払おうと意識する必要はない。地上界も霊界とつながっている。元々回線は繋がっているから特別なものと意識すると却って逆効果となる。それが力みに繋がる。力みは回線を閉じることになるので自分の自然な姿で良い。      雑念を意識して振り払おうとするよりも高い所に照準を合わせようとするほうが良い。高いレベルの意識になれば雑念は自然に消える。 [続きを読む]