青木 由弥子 さん プロフィール

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青木 由弥子さん: Yumiko's poetic pictures
ハンドル名青木 由弥子 さん
ブログタイトルYumiko's poetic pictures
ブログURLhttp://yumikoaoki.exblog.jp/
サイト紹介文詩や物語、童話などに想を得て絵を描いています。詩や美術館感想、読書感想なども載せていきます。
自由文絵は独学です。多くの方の作品に触れ、刺激を受けたい、と思っています。パステルやアクリル、ペンなど、アナログの画材で描いています。夢のある絵、ホッと心和む絵、気持ちを掻き立てられる絵、神秘的な絵・・・を描きたい、と思っています。童画や素朴画、絵本のイラストレーションなどに興味のある方、絵のお仕事をしている方と交友できたらいいな、と思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供28回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2012/08/18 00:42

青木 由弥子 さんのブログ記事

  • 伊東静雄ノート 9
  • 前回、エクスカーション的に伊東静雄と妻の花子との関係を中心に考えたのだが、予想外に多方面の方から反響をいただいたことに、正直、驚いている。静雄の精神的次元における高次の愛・・・諸般の事情によって悲恋に終わらざるを得なかった、その愛を捧げる対象としての「わがひと」、その美しき幻影に向かって詩を綴る高踏派の詩人――いわゆる、「哀歌神話」。いまもなお、「伊東静雄」という詩人、とりわけ第一詩集の『わ... [続きを読む]
  • 伊東静雄ノート 8
  • 関東大震災が起きた大正末から昭和十年代の状況に、2010年代以降の現代の日本が近づいてきている・・・そんな危惧を覚える中、二〇一七年六月、治安維持法を連想する(人も多い)通称「共謀罪」、「テロ等準備罪」法案が成立した。単純に歴史は繰り返す、とは思わない。しかし、反省的に歴史を学ぶこと、結果が誤った方向に向かったことが歴史的に証明されているなら、なおさら誤った道に足を踏み入れないように事前に... [続きを読む]
  • 伊東静雄ノート 7
  • 昭和十八年刊行の『春のいそぎ』から少し離れて、昭和十五年刊行の『夏花』収載の詩を見てきた。先行きの見えない日中戦争、詩友たちの死――濃度を増していく不安の中で、それでも昭和十五年の初めごろに生まれ、『春のいそぎ』に収録されることになった「小曲」や「誕生日の即興歌」は、子供への温かい眼差しによって光彩を放っている。家庭詩、生活詩として、重視されることの少なかった作品だが、光に注目して鑑賞する... [続きを読む]
  • 伊東静雄ノート 6
  • 日記や手紙などから、『夏花』が成立した時期(昭和十一年〜十五年頃)の静雄は、神経症に近いような精神的危機と戦っていたことが知られている。静雄はいかなる精神状況だったのだろう。『夏花』の後半に「孔雀の悲しみ」という不思議な小品がある。  蝶はわが睡眠の周囲を舞ふ くるはしく旋回の輪はちぢまり音もなく はや清... [続きを読む]
  • 伊東静雄ノート 5
  •  戦後公刊の『反響』に再録された際、『春のいそぎ』の作品群は「わが家はいよいよ小さし」という章題のもとに自序や?戦争詩″七篇などを省く形で収められたが、作品順にも多少の入れ替えが生じている。 戦時中刊の『春のいそぎ』では、「夏の終」の後に「螢」が置かれ、その次に童謡風の「小曲」、「誕生日の即興歌」が配されている。一方戦後の『反響』では「小曲」「誕生日の即興歌」「夏の終り」という順番に変わり... [続きを読む]
  • 伊東静雄ノート 4
  • 戦争の予感と時代の閉塞感、文学探求における迷走、家族の病という切実な問題……その重苦しい沈鬱な心象が、昭和十五年から十六年にかけての詩、「春浅き」や「夏の終」などに描かれていることを見て来たわけだが、それらはいずれも詩集後半に置かれていた。『春のいそぎ』掲載順に初出を整理してみよう。 わがうたさへや      (17.4「文芸世紀」)(※昭和十七... [続きを読む]
  • 伊東静雄ノート 3
  • 詩集『春のいそぎ』収載の「春浅き」や「夏の終」を読むたびに思い出す俳句がある。伊東静雄の一歳年長、静雄と同様教師であった、加藤楸邨の句である。 隠岐やいま木の芽をかこむ怒涛かなひとは征きわれ隠岐にありつばくらめ十二月八日の霜の屋根幾万 昭和十六年、開戦の年に発表された三句を挙げた。名句として名高い「隠... [続きを読む]
  • 伊東静雄ノート 2
  • 前号で採り上げた「春浅き」「わが家はいよいよ小さし」「山村遊行」は、一見すると庶民のささやかな生活や、詩人の内面の夢想世界が描かれているに過ぎないが、一歩そのうちに踏み入ってみると、ごく平穏な小市民の生活を脅かす不安が暗示され、若人が多数、兵士として散っていくことへの密かな悲憤があり、我が子の将来に重なる日本の命運に対する祈りにも似た感情が、静かにつづられている作品だった。この三点はいずれも... [続きを読む]
  • 伊東静雄ノート 1
  • 伊東静雄は、明治三九年(一九〇六年)、諫早に生まれた詩人である。日露戦争終結の翌年に生まれ、大正から昭和初期の、欧米文化が積極的に受容された時期に青春期を過ごしたことになる。表紙に自ら「詩へのかどで」と大書し、〈思索ハ自己の世界ヲ発見セントスル努力デアリ 創作ハ自己の世界の創造デアル〉という言葉から始まる「日記」を記し始めたのは、大正末期、旧制佐賀高等学校に在学中の十七〜八歳頃。その後、京都... [続きを読む]
  • 宮城ま咲詩集『よるのはんせいかい』感想
  • 宮城ま咲さんの詩集『よるのはんせいかい』が、第31回福田正夫賞を受賞されました。おめでとうございます。昨年末になりますが、宮城さんに私信でお送りした感想を公開します。『よるのはんせいかい』ご恵送ありがとうございました。谷川俊太郎さんが、童心や幼心というものは、大人になるにつれて失われてしまうのではなく、年輪のように真ん中に残っている、そしてポエジーはその芯の部分から発してくるのだ、とどこ... [続きを読む]
  • 二宮清隆詩集『消失点』感想
  • 近頃めずらしい、函入りの詩集である。しかも窓が切ってあって、エメラルドグリーンの海と銀色に輝く水平線、控えめに(波間の煌めきのように)記された書名、あわいブルーの空(を思わせる風景)が見えるという、凝った造本。  抜き出してみると、鮮やかなグリーンが現れる。緑の草原を思わせるカバーを外すと、一転して雪原のようなストイックな白が広がる。栞ひもは目の覚めるようなブルー。ISBNの記さ... [続きを読む]
  • 陶原葵さん『帰、去来』感想
  • 陶原葵さんの新詩集『帰、去来』を読みながら、感じたこと、想ったことなどを記したい。古風で格調の高い表紙、冒頭にエピグラフのように置かれた、禅の公案・・・この詩集の世界に、入っていけるだろうか?かすかに不安を抱きながら読み始めたのだが・・・余白の多い詩行の間から、向う側へと静かに迎え入れられるような、そんな広がりと奥行きを持つ詩集だった。今、ここにある時間と、かつてあった時間、あるいは今、こ... [続きを読む]
  • 「微塵光―原民喜」を鑑賞して
  • 5月7日、両国門天ホールで、宮岡秀行監督による「微塵光(みじんこう)―原民喜」というドキュメンタリー映画を鑑賞した。 室内なのに、テント内のようなムード、裸電球(風のLEDライト?)、打ちっぱなしの風情の床板、小さめのスクリーン。パイプ椅子に絣模様の座布団を並べた、小劇場風の空間で、上映は2011年に同監督によって制作された「夏の花」という短編から始まった。<... [続きを読む]
  • 暁方ミセイさんのトーク&朗読を聞いて
  •  毎月第3木曜日のお昼休みに、獨協大学で行われる、ポエトリーリーディング。 4月20日は暁方ミセイさんでした。ふわっとやわらかい、しかし芯のある語り口。右側は獨協大学の原先生。いずれユーチューブにアップされるとのことなので、詳細は省略しますが、お話を伺っていて面白いなあ、と思ったのは、散歩の時、通学途上など、「歩きながら」ふっと詩が浮かぶ・・・そんな暁さんの「詩」との出会い方でした。 人... [続きを読む]
  • 平井達也さん『積雪前夜』書評
  • この世を詩の眼で観てみよう……ユーモアという拡大鏡  日本人はユーモアが足りない、としばしば言われるけれども……深刻過ぎて心身に異常をきたしかねない事態を、笑いに転換することでベクトルを変え、新たに課題に取り組むエネルギーの糧とする……平井達也詩集『積雪前夜』は、そんなユーモアの効能をたっぷり味わうことが出来る。巻頭の「ネクタイ」は、こんな軽妙さで始まる。  ネクタイに誘われて茶色い... [続きを読む]
  • 山下洪文さんの『夢と戦争「ゼロ年代詩」批判序説』書評
  • 「現代詩」が戦後辿って来た道のりは、本当に正しかったのか。実存の闇や社会的苦悩との闘いを回避し、言語空間に逃避して安らっているだけ、言語的実験、新領域の開拓を試みているつもりが、実は言葉の破壊に過ぎなかったのではないか……そんな問いを烈しく突きつける評論集が出来した。戦時中から現代に到るまでの創作主体の様態を探り、現代(の詩や言葉)を侵食する「虚無」の増大と今後の方向性に警鐘を鳴らす、極めて... [続きを読む]
  • 『とんてんかん』3号 感想と紹介
  • 『とんてんかん』3号。東日本大震災の翌年に、「私たちの詩を」と出発した現代詩講座(講師 清岳こう)が、その後「とんてんかんの会」として継続発展していく中で発行されている詩誌である。各人の孕む詩世界のエネルギー、奥行きの深まりは、相互研鑽の成果だろう。心に残ったフレーズを紹介したい。(行分けはスラッシュで一行に圧縮、連分けは改行、中略は・・・で表示)... [続きを読む]
  • 声ノマ 全身詩人、吉増剛造展 の感想を、吉増風に記してみる。
  • 『我が詩的自伝』は、「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」に行ったときに、買いました、お土産に、と思って。剛造ってスゴイ響き、つよい、コワイ、ひびき・・・なんだけれど、すごくやわらかいのね、実際に声を、音声で、聴くと。上品で、ふわ〜んと漂っている。ひとつひとつ、掘り出すというのか、つもり重なっている、少しぬれた薄い膜、のようなものを、すうっとめくって、裏表をゆっくり、たっぷり眺めて、ああ、この言葉... [続きを読む]
  • 茨木のり子さんの言葉について、想うこと。
  • いちど視たもの――1955年8月15日のために――        茨木のり子       いちど視たものを忘れないでいようパリの女はくされていて凱旋門をくぐったドイツの兵士にミモザの花 すみれの花を雨とふらせたのです・・・・・小学校の校庭でわたしたちは習ったけれど快晴の日に視たものは強かったパリの魂!いちど視たものを忘れないでいよう支那はおおよそつまらない教師は大... [続きを読む]
  • 第10回「文芸思潮現代詩賞」(2014年度)優秀賞
  • 海がふくらんでいくうずくまっていたものがゆっくりと足をのばし雄叫びをあげる通り過ぎる気配だけが野を吹き抜け押しよせる透き通ったかたまりが私をのみこみあふれ流れかろうじてつかんだぬるい体温は灰となって指の間からこぼれ私はからっぽの水槽ひとりふるえているあなたの芯で生まれ直す種の守られている場所は熟れて朽ちてくずれていく肉の甘さのみこんだ種が芽吹き始めるひし... [続きを読む]
  • うゆらら・・・私が「詩」と出会った頃
  • はじめて「詩」を書いたのはいつだったろう……1人で本を読めるようになったころ、『ねえ、おはなし よんで』という分厚い本の中に「まど・みちお」という不思議な名前の人をみつけた。その人の数行の文字列を、探しては繰り返し読んでいた。その時は「詩」という言葉も「詩人」という言葉も知らなかったけれど、作品としての詩との出会いは、きっとその頃だと思う。住宅街から森を抜け畑を抜け、川を渡り……ようやくた... [続きを読む]