夏芽 さん プロフィール

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夏芽さん: 輪廻輪廻
ハンドル名夏芽 さん
ブログタイトル輪廻輪廻
ブログURLhttps://ameblo.jp/shikyouka/
サイト紹介文南北朝時代を舞台にした足利兄弟の小説を執筆しています。お気軽にお尋ねください^^
自由文好きな時代は、平安、鎌倉、室町です。
それ以外の時代も好きですが、ちょっと知識不足かも。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供14回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2012/09/10 00:39

夏芽 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • あとがき
  •  「頼義の母」が完結しました!ご拝読ありがとうございました。そもそも、足利兄弟の小説をすっぽかして、何をしているんだという話ですが、たまたま宮様(護良親王)の墓参りに、妙法寺に行ったら急に降りてきたんですね。 私は降りてきた時は、とりあえず書いておこうと思うタイプなので、取り急ぎ3時間ほどで書き上げて、ブログにアップするために修正等を加え、1週間程度で完成させました。  源頼義といえば、父親の頼信と共 [続きを読む]
  • 頼義の母(6)
  •  相模守として、任国に赴くことになった頼義だが、露払いと自ら称して、平直方も一緒に赴くことになった。「婿殿には、鎌倉の地をすべて差し上げましょう。この地は三方を山に囲まれた自然の要害の地であり、」 頼義がたいして話を聞いていないにも関わらず、道中、直方の止まらぬお喋りに頼義は辟易としていた。 そして、直方の娘である頼義の妻の直子もまた、父親に負けず劣らずのお喋りだった。 最初は恥じらいを見せていた [続きを読む]
  • 頼義の母(5)
  • 「我が娘を貰って下さらぬか」 突然の申し出に、頼義は面食らった。「何を突然」「頼義殿は妻がござらぬと聞いた。ならば我が娘を娶っては下さらぬか」「某は、妻を娶る気はござらぬ」母親のせいですっかり女嫌いになっていた頼義は、独り身でいた。「それはなぜに」「貴殿には関係のないこと」 直方はその様子に何か勘違いしたのか、にんまりと笑って言った。「わかりまする、某の娘を娶って何の利があるのかと。忠常の乱も抑え [続きを読む]
  • 頼義の母(4)
  • 果たして頼信の予感は当たることになる。平忠常は、仇敵の平直方が討伐軍として進軍してくると知ると、徹底抗戦を図った。忠常は先祖からの因縁の相手である直方に、絶対に負けられぬと奮戦をし、房総の地を二年も暴れまわった。いつまで経っても鎮圧できぬ状況に、朝廷はついに直方の更迭を決定、後任として頼信、頼義親子に、忠常討伐の命が下った。「二年待った甲斐があったな、頼義」 頼信は子供のように無邪気にはしゃいだ。 [続きを読む]
  • 頼義の母(3)
  •  いつだったか、頼義は乳母に父と母の馴れ初めを聞いたことがある。父が左兵衛少尉に任官された若き日のこと、宮中に初めて参内した頼信は、不慣れなせいで宮中で迷ってしまったという。その時に道を教え、親切にしてくれたのが当時女官だった母だったのだ。父はその美しい姿と優しさに惚れ込んでしまい、拝み倒して命婦を妻にした。 それを聞いて、頼義は俄かに信じられなかった。母の気まぐれに純真な父はころりと参ってしまっ [続きを読む]
  • 頼義の母(2)
  •  元服をした頼義は、武門に生まれた者として、武芸に励み、特に弓矢を好んだ。ある日、庭で汗をかきながら、弓の稽古をしていると、後ろから母の気配がした。なぜわかったかというと、酒の匂いがしたからだ。この屋敷の中で、昼間から酒を飲んでいるような人間は母以外にいない。「弓矢の稽古をして何になる。人殺しの稽古をして何になる」 母は薄ら笑いを浮かべながら頼義に尋ねた。―この、阿婆擦れめ。 この頃には頼義は、母 [続きを読む]
  • 頼義の母(1)
  • 源頼義には、暗い母の記憶がある。母は修理命婦といい、宮中で宮仕えをしていた女官であった。頼義の父である頼信は、若い頃に宮中で修理命婦の美しい姿に一目惚れをし、頼み込んで妻になって貰ったという。息子の頼義から見ても、母はお世辞なしに美しい外見をしていた。涼やかな目元と瓜実型の輪郭、白く透き通るような肌と豊かな黒髪。しかし、その美貌は母にとって、宮中で公達に見染められるために磨いてきたものであり、身分 [続きを読む]
  • 【お知らせ】鎌倉幕府滅亡アンソロジーのご案内
  • 皆様 ご無沙汰しております。夏芽です。この度、私が参加した鎌倉幕府滅亡アンソロジーが以下のイベントで発売されます! 5/3 SuperComicCity27 1日目 西2_Z14b「鎌倉異聞錦旗揚」5/5 コミティア124 歴史部 東5_T08b「f;[ef]」(委託)※少部数 詳細は以下にて。主催は最古様。http://www.eonet.ne.jp/~datu5ku/anthology.html 私は、護良親王と赤松則祐の話を書きました。足利兄弟もチラッと出てきます。他の執筆者様と合 [続きを読む]
  • 今年もよろしくお願い致します!
  • 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。 今年は戌年ですね、犬は多産のイメージがあるので安産祈願などで信仰の対象になっておりますが、これにあやかって、今年は私も小説をたくさん産み出して行きたいと思っております。 今は、現在参加をしている「鎌倉幕府滅亡アンソロジー」用の小説を執筆中です。http://www.eonet.ne.jp/~datu5ku/anthology.html足利兄弟は大好きなので、延々と書いてはいられるの [続きを読む]
  • 双頭の龍 (4)
  •  それから、師直は又太郎を馬の稽古だと言って連れ出し始めた。又太郎は案の上、次郎と一緒に行きたいと言ったが、年下の次郎にはまだ早いと言って頑として認めなかった。そして馬の稽古に同年代の子供を連れて来ると、最初は戸惑っていた又太郎だったが、すぐに順応し始めた。生来の明るい性格故か友も多く出来、弟と一緒に居るのと同じくらいの楽しさを感じた。それに比べて次郎は孤立していた。兄はいつの間にか次郎よりも友を [続きを読む]
  • 双頭の龍 (3)
  • 兄弟の母は上杉氏出身の側室で、名を清子という。ふっくらとした頬と豊かな黒髪の持ち主で、始終柔和な微笑みを絶やすことはなかった。正室と張り合うなどといった事はせず、男子二人の子宝に恵まれていながら、少しもそれを鼻にかけている様子はなく、貞氏は清子のそんな出しゃばらない所を気に入っているようで、夫婦の仲は頗る良かった。「又太郎が家督を継ぐなんてことは考えてもいなかったから。将来は高義様をお助けして、家 [続きを読む]
  • 双頭の龍 (2)
  •  「そなたの目から見て又太郎はどう見える」 声の主は又太郎と次郎の父で、足利家現当主の貞氏である。貞氏の乾いた声は愛しい我が子に対するというよりも、器の様子を確かめるかのような硬質なものだった。父の手によって、無理矢理に貞氏の前に引っ張り出された師直は返答に困った。先程、庭で戯れている兄弟をちらりと見かけただけで、特段何かを観察をしていた訳ではないのだ。だが、聞かれた以上、何かを答えなければならな [続きを読む]
  • 双頭の龍 (1)
  •  奇妙な兄弟だと思った。足利家に代々執事として仕える高師直は、初めて出会った幼い兄弟を見て思った。 年の頃は九つ程であろうか、兄の又太郎は大きな瞳と優しい穏やかな顔立ちをしていた。弟の次郎は兄と同じく大きな瞳だが、眦がやや吊り上っており、涼しげな眼もとはなかなか賢そうだ。 二人は揃って、互いの手元の中を覗いては笑いあっている。そんな兄弟の様子を侍女達が、微笑ましそうに見守っていた。「わしの捕まえた [続きを読む]
  • ご無沙汰しております!
  • 夏芽です。前回の記事が1月だったので、もうかれこれ10か月以上も音沙汰なしですいません。夏芽はなんとか生きております!そんな中、実は以下のアンソロジーに参加をしておりまして、告知が遅れて申し訳ございません。 「河内源氏アンソロジー」http://kawachigenjibest.wixsite.com/80000主催者:梶沼様 本日のコミティア122と第25回文学フリマ東京にて、販売されていたそうです。表紙はこんなにゴージャスで別冊るるる河内源氏M [続きを読む]
  • あけましておめでとうございます!
  • ご無沙汰しております。夏芽です!昨年は殆ど更新出来なかったブログですが、何としてでも小説は完成させたいので今年は更新を頑張ろうと思います。 また、昨年は「南北朝のアンソロジー」に参加し、とても貴重で楽しい経験が出来ましたので、今年も挑戦しようと思います!テーマは「河内源氏」。詳細が決まり次第、こちらでご連絡致します。 亀の歩みよりものろ〜い、このブログで恐縮ですが今年一年、何卒、宜しくお願い致します [続きを読む]
  • 足利兄弟 中編25
  •  後に、矢作川の戦いと呼ばれる合戦が起こったのは、建武二年十一月二十五日。三河国矢作を挟んで官軍の新田軍と足利軍が衝突する事になった。 両軍はまず、川を挟んで睨み合っていた。足利側から見て川の向こう岸には、大量の新田の旗印と共に錦の御旗が棚引いている。ーあれを兄が見たら、ひどく嘆くであろうな。 直義は緋色の旗を遠目に眺めながら、兄の顔を思い浮かべた。この場に兄がいてくれたらどれだけ心強いか。今回の [続きを読む]
  • 足利兄弟 中編24
  •  建武二年十一月二十三日、尊氏不在のまま、弟直義を総大将とした足利軍は鎌倉から出立した。 尊氏が病によって、出陣しないという情報はすぐさま味方側に広がり、それは直義が想像した以上の動揺をもたらした。 帝に反旗を翻し、朝敵となった事は周知の事実となっていたが、それでも尊氏に従い大軍をもってすれば、帝の軍を破る事は容易いと信じていた武士達にとって衝撃が大きかったのである。 「足利殿は御病気らしい。此度 [続きを読む]
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