seitaro さん プロフィール

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seitaroさん: 阪急沿線文学散歩
ハンドル名seitaro さん
ブログタイトル阪急沿線文学散歩
ブログURLhttp://nishinomiya.areablog.jp/bungakusanpo
サイト紹介文阪神間にゆかりの小説随筆の舞台を訪ねます。野坂昭如、小松左京、谷崎潤一郎、須賀敦子、宮本輝、小川洋子
自由文火垂るの墓、歌う女、細雪、本に読まれて、にぎやかな天地、ミーナの冒険、涼宮ハルヒの消失
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供281回 / 365日(平均5.4回/週) - 参加 2012/10/10 09:42

seitaro さんのブログ記事

  • 昭和の初め、甲山頂上から見えたスモッグ(『近畿景観』)
  • 昭和の初め、甲山山頂からは素晴らしい緑の景色が広がっていたと思いきや、北尾鐐之助は『近畿景観』で次のように述べています。<それに、ここに立ってみてみると、あの尼崎及び西宮付近から、阪急電車の線路を境にして、何という空気の色の変わり方だろう。右を見、左を見る。それはまるで、泥水の中を泳ぎ出して、やっと息をついたような明快さだ。> 当時の状況を考えてみると、大正14年に、大阪市は市域拡張を行い、大大阪 [続きを読む]
  • 昭和の初め、甲山頂上から東側の景色(『近畿景観』)
  • 現在は甲山頂上からの視界は樹々に遮られていますが、子供のころは山火事がしょっちゅうある禿山で、山頂からは素晴らしい眺望でした。 北尾鐐之助の『近畿景観』には、昭和の初めの甲山の頂上からの景色が書かれています。<頂上は惜しいことに、海に面した南の方が、樹木が伸びていて展望がきかない。東北方はいつか山火事があって、それがために樹木が短くなっているので、川辺平野から、宝塚方面にかけて、無類の大景をみせる [続きを読む]
  • 伊集院静『琥珀の夢』鳥居信治郎の自転車と松下幸之助
  • 先日、BS4K放送スタート日の記念番組で、『 日経ドラマスペシャル 琥珀の夢 特別版』が放映されていました。原作はは伊集院静が、日本経済新聞に連載した新聞小説で、壽屋(現在のサントリー)を創業した鳥井信治郎の人生を描いた『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』です。NHKの朝ドラ『マッサン』では、堤真一が鴨居欣二郎役を演じ、自転車で走りまわる場面が登場していました。 今回の番組でも主役の内野聖陽演じる鳴江萬治郎(原 [続きを読む]
  • 西宮の『火垂るの墓』記念碑実現に向けて一歩踏み出しました
  • 『火垂るの墓』は作家の野坂昭如が空襲と飢えにさらされた自らの戦時体験を基にした小説で、西宮市満池谷町が舞台になっています。またその実体験は『わが桎梏の碑』をはじめ幾つかのエッセイや他の小説にも書かれています。 一昨年、野坂昭如が過ごした親戚の家のすぐ近くに住む満池谷町のTさんと、高校講師のNさんが、近隣の人々に聞き取り調査をし、野坂さんと義妹(事実は1歳半の赤ん坊でした)が身を寄せた親類宅の場所と [続きを読む]
  • 甲山のジグザグ登山道はいつから?
  • 甲山は明治維新で官林となり、当時大きな樹木はなく、灌木が群生する程度の貧弱な山で、伐採は禁止されていました。明治中期までにアカマツの植林が進み、大正初年頃には全域がマツ林として緑化に成功したとされています。上の大正初期の写真では、甲山の頂上に従来からのマツの古木が数本残り、その足元は一面の低木で覆われ、後継樹が生育しているのが窺えます。 北尾鐐之助の『近畿景観』によると、昭和の初めまで保安林保護の [続きを読む]
  • フェルメール『水差しを持つ女』の制作風景
  • 今回のフェルメール展の作品には入っていませんが、トレイシー・シュヴァリエ『真珠の耳飾りの少女』に『水差しを持つ女』の制作風景が描かれていました。小説では、パトロンのファン・ライフェンの奥方をモデルにした『真珠の首飾りの女』に引き続き、1665年に描いた絵とされています。モデルはパン屋の娘。 フェルメールの家の女中になった主人公フリートがタイル職人の父親に、フェルメールが今、描いている絵の説明をしま [続きを読む]
  • 甲山神呪寺の開祖・如意尼と如意輪観音坐像
  • 北尾鐐之助『近畿景観』の「甲山頂上」には神呪寺の開祖・如意尼公のお話が簡潔に述べられています。<如意尼公は淳和天皇第四の妃で、延暦二十二年(803年)に出生された。丹後余佐郡国府籠宮の祝部直海部(はふりあまでのあたい)の女(むすめ)、真井御前(まないごぜん)のことである。尼公のことは随分委しく小説のように書き残されている。二十歳で東宮妃となられたが、世に稀な美しい方であった。「甲山縁起」に、尼公の [続きを読む]
  • 昔はトロイデ型火山と考えられていた甲山
  • 昭和4年に刊行された北尾鐐之助著『近畿景観』の「甲山頂上」の章の冒頭からです。<この夏から、甲山へ登るのを許されることになった。もっとも、いままでとて、登れば登れたのであるが、林区署で保安保護を名として、一般に入山を許されてなかったので、私もつい、山に入ってみようともしなかったのだ。ただ山のぐるりを廻って、不思議な、この塊状火山の甲のあたまをながめて、またどちらかへ下って行った。> ここで述べられ [続きを読む]
  • 甲山神呪寺の読み方
  • 西宮市の門戸厄神の東側に神呪町があるのをご存知でしょうか? ただ昭和10年の地図(左側が北)の地図を見ると、門戸厄神のあたりが甲東村の神呪部落となっており、位置が少し違います。 渡辺久雄著『甲東村 −郷土研究の一例―』に、その発祥について述べられています。<尤も今日の神呪なる文字を、カンノオと読ますことについては理由がある。これは明治七年五月の町村整理の際に、当時存していた神呪寺(じんじゅうじ)村と [続きを読む]
  • 甲山の神呪寺(カンノウジ)は元は「しんじゅじ」と呼ばれていた
  • 北尾鐐之助著『近畿景観』の「甲山頂上」の章からです。北尾鐐之助は昭和の初めに、入山許可がでたことから、甲山頂上に登ります。<いつもよく行く、山腹の神呪寺(しんじゅじ)から、頂上まではわずかに四〇〇米ほどの道である。入山許可とともに、寺では登山路を改修して、頂上には茶店の設備までをした。以前から、山の北東に面する中腹に一基の五輪塔が立っていて、そこまでは細い道がついていた。保安林として入山を禁じられ [続きを読む]
  • 『にぎやかな天地』の舞台になった苦楽園口駅。イチョウ並木が紅葉
  • いまや阪急苦楽園口駅前の目抜き通りになったイチョウ並木の苦楽園口通り。綺麗に紅葉しています。 苦楽園口駅周辺はベーカリーの激戦区。 宮本輝『にぎやかな天地』でも、苦楽園口駅近くに開店した輸入食料品と窯で焼いたパンの販売をする店「トースト」が登場します。<トーストは、苦楽園口駅からほんの少し夙川駅のほうに下ったところに並ぶ住宅街の細道を入ったところにあった。地震のときに損傷を受けた建物の修復もかねて [続きを読む]
  • 六甲山の森林植物園の紅葉が見事
  • 先だって、六甲山高山植物園へ行ってきたところですが、今回はそこよりも標高が少し低く、紅葉が見ごろになった神戸市立森林植物園へ。途中の山道でも紅葉が楽しめます。 訪れたのは祭日でしたが、9時半ごろ到着すると、駐車場はまだまだがら空きで、ゆっくり散策することができました。駐車場のすぐ近くにあるメタセコイア並木。マキノ高原ほど長くもなく木もそれほど大きくなってはいませんが、十分楽しめます。昔は六甲山系で [続きを読む]
  • そうか図書館通いが健康寿命を延ばすのか
  • NHKで、読書習慣が健康寿命を延ばすという番組をやっていたと聞き、見逃したもののNHKオンデマンドで見ることができました。その番組は、10月13日に放送された、NHKスペシャル「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン 第3回 健康寿命」。 NHKが独自に開発した人工知能「AIひろし」が健康寿命を延ばすヒントを探すため、日本全国の65歳以上、のべ41万人の生活習慣や行動に関して600問以上の質問と10年以上にわたって [続きを読む]
  • 北尾鐐之助『近畿景観』甲山頂上
  • (写真は甲山森林公園みくるま池にうつる紅葉と甲山) 昭和4年、創元社より刊行された北尾鐐之助著『近畿景観』に「甲山頂上」という章があります。『近畿景観』について北尾は、<この書は、私の近畿生活凡そ十五六年間における、古い散策の日記を探って勧められるままに新しく侯を起こしたもので、中には全く古くなって、最早印象の明らかでないところなどは、最近また出かけていって書き加えたりした。>と述べており、ここに [続きを読む]
  • 特別公演会「記者がみた 富士正晴と山崎豊子 125通の書簡から」
  • 富士正晴記念館特別公演会「記者がみた 富士正晴と山崎豊子−125通の書簡から−」に参加させていただきました。講師は連載記事を書かれた読売新聞の中井道子記者。 山崎豊子がベストセラー作家への道を歩み始めた頃、先輩作家の富士正晴に宛てた125通の書簡類の内容の紹介です。 同時に、富士正晴記念館企画展「成功した山崎豊子、才能を見抜いた富士正晴」として12月28日まで、その一部の書簡類も公開されています。 昭和20年 [続きを読む]
  • 富士正晴記念館へ
  • 茨木市の富士正晴記念館特別公演会「記者がみた 富士正晴と山崎豊子−125通の書簡から−」に参加するため、富士正晴記念館を初めて訪ねました。 記念館には展示室のほか、富士正晴邸の玄関、書斎が復元されていました。富士正晴邸見取り図に復元部が示されていました。 久坂部洋が茨木市安威の富士宅を訪ねた様子が、『ブラック・ジャックは遠かった』に書かれています。<「竹林の隠者」と称される富士正晴は、当時齢70で、一 [続きを読む]
  • 西宮文学案内秋季講座第2回は「薄田泣菫と文豪たち」
  • 先日開催された西宮文学案内秋季講座第2回は「薄田泣菫と文豪たち」。講師は文化プロデューサー河内厚郎氏でした。  若くして国民詩人の名声を得た泣菫は、明治42年に大阪の帝国新聞社文芸部長に就任し、西宮市荒戎町(当時は西宮町川尻)に居を構えました。その後、大正元年に大阪毎日新聞社に入社し、学芸部長など務めています。 大正14年、パーキンソン病により大毎を休職しますが、大正15年には西宮市分銅町に移り [続きを読む]
  • 六甲山高山植物園の紅葉
  • 手軽なところで紅葉をと、六甲山高山植物園に行ってきました。下界より一足早い紅葉です。ロックガーデンから見える紅葉。堂檀つつじも燃えるような赤さです。 ところで、北尾鐐之助が『近畿景観』に、六甲山頂はいまに歩くところが無くなりはしないかと心配し、次のように述べています。<六甲山頂は、いまに歩くところが無くなりはしないか、なぜか、そんな気がする。阪神間における資本家の別荘や、貸住宅が建ち並んで、足を踏 [続きを読む]
  • 北尾鐐之助『武庫野物語』に描かれた甲山の山頂からの景色
  • 京阪神叢書(12)北尾 鐐之助著『武庫野物語』は昭和23年発刊されており、冒頭の「武庫野の黎明」では戦後間もない、甲山の頂上から見た光景が描かれています。西宮市立図書館では、ありがたいことに70年前の本も閲覧のみではなく、貸出してくれます。<ことしは元旦に、また甲山の頂上に登ってみたが、かつて、君といっしょに来た時から、もう、可なり年が経っている。北風が冷たい粉雪を降して来て、枯笹にさらさらと音を立て [続きを読む]
  • 白浜の南方熊楠記念館へ
  • 白浜のアドベンチャーワールドに娘一家達とパンダを見に行ってきました。  白浜訪問は3回目になりますが、前回は改装工事中で行けなかった、番所山公園の南方熊楠記念館を訪ねました。  南方熊楠というと和歌山県が生んだ博物学の巨星。彼の破天荒な生き方、人物像に以前から惹かれていました。神童時代に始まる天才的な記憶力や奇行、数々のエピソードは有名で、熊楠に関する評伝や小説は山ほど刊行されています。 幼少のこ [続きを読む]