seitaro さん プロフィール

  •  
seitaroさん: 阪急沿線文学散歩
ハンドル名seitaro さん
ブログタイトル阪急沿線文学散歩
ブログURLhttp://nishinomiya.areablog.jp/bungakusanpo
サイト紹介文阪神間にゆかりの小説随筆の舞台を訪ねます。野坂昭如、小松左京、谷崎潤一郎、須賀敦子、宮本輝、小川洋子
自由文火垂るの墓、歌う女、細雪、本に読まれて、にぎやかな天地、ミーナの冒険、涼宮ハルヒの消失
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供293回 / 365日(平均5.6回/週) - 参加 2012/10/10 09:42

seitaro さんのブログ記事

  • 黒田征太郎が震災後描いた夙川パボーニの絵が見つかりました!
  • 野坂昭如の『戦争童話集』の画を描いた黒田征太郎は5歳で道頓堀から夙川に移って来ました。雑誌CoyoteNo.47 Autumn/Winter2012で次のように述べています。<野坂さんは神戸で育ち、僕も物心ついたころに大阪から神戸に引っ越した。泳ぎを覚えた海岸も一緒でした。火垂るの墓で書かれた場所へ、野坂さんは神戸大空襲から逃れてきた。そこに僕が住んでいたんです。そこは爆弾が落ちて焼け野原になった。野坂さんと妹さんが住んでおら [続きを読む]
  • 宮本輝『北病棟』の舞台となった阪急門戸厄神駅近くの病院
  • 宮本輝の短編集『星々の悲しみ』に収められている『北病棟』の舞台となった馬野病院は、小説を読み進むと描かれた情景から、阪急門戸厄神駅の近くの熊野病院とわかりました。 後で、宮本輝の公式サイトThe Teru’s Clubを調べてみると、年譜に<1979年(昭和54年)32歳肺結核で伊丹市民病院に入院。その後、西宮市の熊野病院に転院。>と書かれており、間違いありませんでした。 小説では主人公尾崎は転院したことにはなっていま [続きを読む]
  • 宮本輝『北病棟』の舞台となったのは西宮市の熊野病院
  • 宮本輝の短編集『星々の悲しみ』に収めらている『北病棟』は、主人公の病室の真下で暮らす58歳の女性の死と、彼女が残した『宇宙の精力』という言葉によって「生きる」ことの意味をあらためて考えさせる物語。 小川洋子さんは、『物語の役割』で「人の死が、いかに論理的に説明不可能なもので、この言葉にはできない問題を繰り返し言語化しようとしているのが物語だ」と述べていますが、正にそのような作品でした。 ところで、宮 [続きを読む]
  • 『星々の悲しみ』宮本輝が通った頃の中之島図書館
  • 宮本輝『星々の悲しみ』は宮本輝の予備校通いの日々をそのまま小説にしたような物語。 自身で、「高校時代は読書に精を出し、勉強は二の次だったから、大学受験は失敗しました。1年だけの約束で浪人させてもらいましたが、予備校に3日通っただけで、自分には合わんと思いました。もっとも、合うという人はいないでしょうが。大阪の中之島図書館に通い、勉強はせず、ロシアやフランスの小説を時間を忘れて読みふけった。」と語っ [続きを読む]
  • 宮本輝『星々の悲しみ』図書館への古い石の橋とは?
  • 宮本輝『星々の悲しみ』で、「ぼく」が中之島図書館に向かう場面で、古い石の橋が登場します。<老舗の漢方薬店の二年前と少しも変わらぬ店構えを眺めながら、車の通りの激しい広い道に出て、ぼくはまた飛び跳ねるような歩き方で、図書館へ古い石の橋を渡った。> 漢方薬店もきっとどこかにモデルとなった店があるのでしょうが、見つけることはできませんでした。 大阪高等裁判所のあたりから、中之島図書館に向かう古い石の橋と [続きを読む]
  • 宮本輝『星々の悲しみ』の喫茶店「じゃこう」を探して
  • 宮本輝『星々の悲しみ』は主人公の「僕」が、絵画と文学、友人の有吉・草間を通して「死」と「生」について考える物語。 小説の冒頭は次のように始まります。<その年、ぼくは百六十二篇の小説を読んだ。十八歳だったから、一九六五年のことだ。大学の入試に落ちたので、高校の卒業が済むと、ぼくはすぐに大阪の梅田にある予備校に入る手続きをして、授業の始まる四月半ばまで家に閉じこもって寝てばかりいた。> この「僕」とは [続きを読む]
  • 香櫨園の鴨居羊子邸は?そして珠玉のエッセイの解説は早川茉莉さん
  • 鴨居羊子コレクション2『のら犬・のら猫』に収められた「のら猫トラトラ」には、鴨居羊子さん直筆の昭和30年ごろの香櫨園附近の絵地図が掲載されています。それを見ると、芦屋に移る前まで住んでいた香櫨園の鴨居邸は、香櫨園市場の西側の道を北側に上がったところにありました。 上の写真が、鴨居邸に続く道で、右側が公設市場の西側の入口があったところ。一番奥に少し見えている山影が六甲山。 絵地図に描かれている「靴直し [続きを読む]
  • 高殿円『上流階級Ⅱ』に描かれた西宮浜、芦屋浜
  • 高殿円『上流階級』の富久丸百貨店外商部員鮫島静緒の顧客の一人に尼崎・園田の豪邸に住む秋吉太一郎が登場します。かつて昭和四十年代に中東で活躍した大企業の石油マンで、現在は老人ホームや不動産業を経営しています。「富久丸百貨店外商部Ⅱ」では秋吉が西宮浜に保有しているマンションの一室で火事が発生し、その後マンションの退去者が続き、未だ四室は空き部屋のままです。(写真はパノラマビューで撮影した西宮浜) さて [続きを読む]
  • 高殿円さんは歴女でした!(西宮文学案内秋季講座)
  • 今年の西宮文学案内秋季講座の最終回、講師は武庫川女子大出身でTVドラマにもなった小説『上流階級』や『トッカン -特別国税徴収官-』の作者、高殿円さん。  4年前まで西宮市に住まれていたそうで、近くのケーキ屋ボルドーにもよく通っていたとのこと。  7年前のトッカンのTVドラマ化ではボルドーのシュークリームを撮影現場に差し入れしたので、間違いなく井上真央ちゃんも食べているなど、西宮アルアルの話題から始まり、作 [続きを読む]
  • 鴨井羊子お気に入りだった夙川の夾竹桃
  • 鴨井羊子が香櫨園に住んでいたのは昭和30年代。『のら猫トラトラ』が出版されたのはその後20年経た昭和53年のことでした。 鴨井羊子は出版にあたって再び香櫨園を訪ね、その風景を最後の章に描いています。<香櫨園駅近くの夾竹桃も、賑々しく夏の陽をさえずり謳っていた。この界隈は山の頂上から海に至るまで、川に沿って、桜、松、夾竹桃がこもごもに、着物のひき裾のようにうねりをもってながれている。桜の季節、人々は、川に [続きを読む]
  • 高殿円『上流階級』富久丸百貨店外商部Ⅱに描かれた芦屋川沿いの風景
  • 高殿円『上流階級』の主人公は老舗デパート、富久丸百貨店芦屋川店(大丸芦屋店がモデル?)の外商部に突然異動となった37歳の女性、鮫島静緒。 第1作はフジテレビ系で竹内結子が主演するドラマにまでなった傑作でした。 そのシリーズ第2作は、鮫島静緒が外商になって1年後を描いた作品で、仕事一筋に生きる静緒と、上流階級に生まれながら性的マイノリティーであるがゆえの生きづらさを持つ桝家の物語。ベールに覆われた上流階 [続きを読む]
  • 香櫨園、タマの遊び場(鴨居羊子)
  • 鴨居羊子は昭和30年頃の香櫨園附近の絵地図を残してくれましたので、当時のノラ猫たちの住処がよく分かります。『のら猫トラトラ』にしばしば登場するおばあちゃんの二代目タマは三毛猫で、鴨居羊子が撮影した可愛い写真も掲載されていました。 絵地図に書きこまれているおばあちゃんの家の位置は、現在の航空写真で見ると、赤い線で囲んだ香櫨園市場の跡地から1ブロック東の通りの角(青丸で囲んだ所)にあったようです。 タマ [続きを読む]
  • 井上靖『猟銃』でどうしても腑に落ちない阪急夙川駅の場面
  • 井上靖の『猟銃』は1949年に発表された芦屋、西宮を舞台とする短編で、出世作。 内容は1人の男性への3人の女性(不倫相手・男性の妻・不倫相手の娘)からの手紙」を通して、4人の男女の4者4様の複雑な心理模様を描き切った恋愛心理小説です。 実業家・三杉穣介の不倫相手彩子(三杉の妻みどりの従姉妹)とその娘薔子(しょうこ)の住む家は芦屋に設定されています。『猟銃』の中の、薔子の三杉に宛てた手紙に阪急夙川駅の場面が [続きを読む]
  • ケネディ大統領暗殺事件機密文書の公開
  • ケネディ大統領暗殺事件機密文書の公開と一部延期のニュースが報じられています。 事件が起きたのは1963年11月22日金曜日。日本では11月23日早朝、太平洋を越えた日米初の宇宙中継が行われ、その歴史的な電波に乗って送られてきたのが、ケネディ暗殺の悲報でした。当時は世界中で人気のあったケネディ大統領でしたから、私も早朝のニュースに衝撃を受けたことを良く覚えております。 偶然ですが、お世話になっている方から、1963 [続きを読む]
  • 鴨居羊子がのら猫トラトラと出逢った香櫨園公設市場
  • 鴨居羊子は動物と話すことができたそうですから、のら猫を馴らすのはお手の物だったようです。その秘訣も『のら猫トラトラ』で述べられています。<香櫨園市場の裏路地ではいろんな猫がいた。うす汚れた少しピンボケの虎縞の野良猫が線路わきの柵の上でいねむりをしている。猫をならすときは、猫と同じような動きが肝心だ。猫の動きはその猫毛のように繊細で軽妙で独特の曲線と粘りがある。したがって、猫を指先でおびきよせるそ [続きを読む]
  • 鴨居羊子と香櫨園公設市場をアジトにしていたのら猫たちとの語らい
  • 下着デザイナーとして時代の寵児となった鴨居羊子は、デザイナー、画家として活躍する傍ら、文筆活動にも才能を発揮し、魅力的なエッセイを数多く残しています。その一作が『のら猫トラトラ』で、舞台は香櫨園です。 鴨居羊子は豊中市生まれですが、新聞記者時代から香櫨園に住み、昭和33年には森具に小さな家を買い、昭和43年芦屋に移るまで香櫨園附近に住んでいました。『のら猫トラトラ』には鴨居羊子自筆の「昭和30年頃の [続きを読む]
  • 夙川べりにあった須田克太旧宅を訪ねる
  • 洋画家・須田克太は司馬遼太郎の紀行文集『街道をゆく』の挿絵を担当し、また取材旅行にも同行しました。司馬遼太郎『街道をゆく(5)モンゴル紀行』で、日の出を見て感激した須田克太が、司馬遼太郎が寝ていたパオの扉をたたき、散歩に出る場面があります。<「朝日が、昇っています」と、訪問者の須田画伯が、息をはずませてそう言った。須田さんは、ひとに物事を押し付けることのまったくに人なのだが、朝日の昇るのをみて、遣 [続きを読む]
  • 白神喜美子『花過ぎ 井上靖覚書』
  • 産経新聞の石野伸子さんの講演「阪神間ゆかりの作家たち」で、教えていただいた面白い本が白神喜美子著『花過ぎ 井上靖覚書』。著者は井上靖が毎日新聞大阪本社学芸部副部長のとき、「サンデー毎日」編集部にいた女性。その内容は、<文豪のめざましい活躍の陰に、その人のために身を捨てて尽くした愛の女性があった。が、ついに別れの日が来て彼女は静かに去る…。三十余年の沈黙を破り、いましずかにその人のことを語る。>とい [続きを読む]
  • 有島武郎が描いた札幌農学校と時計台
  • 札幌は何度も訪れているのですが、今回初めて日本3大がっかり名所の一つと言われている札幌時計台を訪ねました。 きっかけは有島武郎が晩年取り組んだ未完の大作『星座』が明治時代の札幌農学校を舞台にした作品で、時計台の様子も描かれていたからでした。 がっかりの理由は、現在の時計台が、あたかもバージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』の1シーンのように、高いビルに囲まれた場所にあり、広々とした「北海道的 [続きを読む]
  • 苦楽園にあった山口誓子旧居
  • 戦後の現代俳句を牽引した山口誓子は1901年京都市に生まれ、1922年高浜虚子と出会い師事します。東大を卒業後、大阪住友合資会社の本社に入社しましたが、胸部疾患が悪化し、1942年に勤続16年目で退社しています。「自叙伝」によりますと、太平洋戦争の始まった1941年に病気療養のため伊勢に移り、その後伊勢湾沿岸を転々としましたが、1953年の伊勢湾台風で被害を受け、苦楽園五番町に移ります。 その後山口誓子が亡くなるまで住 [続きを読む]
  • 阪田寛夫にとっての阪急電車と宝塚
  • 童謡「サッちゃん」で知られる詩人で、芥川賞作家、そして宝塚歌劇団のトップスター大浦みずきの父でもある阪田寛夫は、小林一三と阪急電車の大ファンでした。 エッセイ集『わが町』の最初は「宝塚」。そこで阪急電車を尊敬していたと真面目に述べています。<阪急電車というものを、私は何となく尊敬していた。クラスが分かれて野球試合をする時、私はいつも「阪急軍」に入った。その頃の「阪急」には宮武投手や山下実外野手がい [続きを読む]
  • 大江健三郎はゴッホの「花咲く桃の木」を巴旦杏と勘違い?
  • 大江健三郎『日常生活の冒険』ではゴッホの「花咲ける木」が、ゴッホの詩とともに重要な役割を果たしています。<ぼくは、この詩を斉藤犀吉におしえられたのだった。かれは芸術家の仕事に対してセンチメンタルな偏愛をしめしたりする青年ではなかったが、ゴッホの≪花咲ける木≫という絵については特別だった。アルルの涙ぐましい初春の空のもと、雪の残っている畑の一本のハタンキョウの木に花が咲きにおっている。> ハタンキョ [続きを読む]
  • 大江健三郎『日常生活の冒険』で紹介されたゴッホの詩
  • 日本のノーベル文学賞受賞作家の大江健三郎の小説に『日常生活の冒険』という本があります。出版元の解説には、『このおよそ冒険の可能性なき現代をあくまで冒険的に生き、最後は火星の共和国かと思われるほど遠い見知らぬ場所で、不意の自殺を遂げた。二十世紀後半を生きる青年にとって冒険的であるとは、どういうことなのであろうか? 友人の若い小説家が物語る、パセティックな青春小説』と述べられています。 この小説で、主 [続きを読む]