seitaro さん プロフィール

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seitaroさん: 阪急沿線文学散歩
ハンドル名seitaro さん
ブログタイトル阪急沿線文学散歩
ブログURLhttp://nishinomiya.areablog.jp/bungakusanpo
サイト紹介文阪神間にゆかりの小説随筆の舞台を訪ねます。野坂昭如、小松左京、谷崎潤一郎、須賀敦子、宮本輝、小川洋子
自由文火垂るの墓、歌う女、細雪、本に読まれて、にぎやかな天地、ミーナの冒険、涼宮ハルヒの消失
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供284回 / 365日(平均5.4回/週) - 参加 2012/10/10 09:42

seitaro さんのブログ記事

  • ポートライナーは横にまわる観覧車(吉田篤弘『神様のいる街』)
  • 吉田篤弘『神様のいる街』は、高校生の終わりごろから結婚するまでのあいだに起きたことを、神戸と神保町というふたつの街を中心に据えて綴った自伝的エッセイ。<どうしても神戸に行きたかった。行かなくてはならない。(いま行かなくては駄目だ)と、どこからか声が聞こえてきた。>と、筆者の宝物のひとつと云っていいビートルズのレコードを売ってまで、東京から新幹線に乗って神戸を訪れたのは、創作意欲を掻き立てる街だった [続きを読む]
  • 東京出身の作家吉田篤弘の『神様のいる街』は神戸賛歌
  • 『神様のいる街』は東京出身の作家吉田篤弘(1962年生まれ)の青春時代を描いた自伝的小説。久しぶりに青春時代の心を思い起こさせてくれる小説に出会いました。 冒頭は、次のように始まります。<周波数を探っていた。日曜日の深夜だった。その時間帯だけ空気がきれいになる。壊れかけたラジカセのチューニング・ダイヤルを一ミリずつ動かし、東京から五百キロ離れた神戸のラジオ局の電波をとらえようとしていた。聴きたい番組が [続きを読む]
  • 三宮神社の境内は歓楽街だった
  • 神戸大丸の向かいにある少し小さな三宮神社、開港直後に神社の前を通る西国街道で国際紛争に発展した神戸事件が発生し、鳥居の横には「史蹟神戸事件発生地」という立派な石碑が立っており、三宮の地名の由来ともなっている由緒ある神社です。 先日、ノマドな神戸異人館ガイドさんに案内いただいて、境内に戦前は湊川新開地と並び称せられるほどの大歓楽街となっていたことがわかる全体図が掲示されていることを教えていただきまし [続きを読む]
  • 辻原登『ジャスミン』神戸の関帝廟へ
  • 辻原登『ジャスミン』は上海・神戸を舞台とした大人の冒険小説。 主人公の脇彬彦と妹のみつるが関帝廟を訪れる場面が描かれています。<許禮平の母親が亡くなった。許家の墓は神戸の滝谷の中華義荘にある。遺体は冷凍保存されてボストンから飛行機で運ばれた。葬儀は、中山手の関帝廟霊堂で営まれる。彬彦はみつるから電話で知らされ、数秒ためらったのち、参列を決めた。>東京に住む彬彦は神戸オリエンタルホテル(ANAクラウ [続きを読む]
  • 阪神大水害の時、神戸のドイツ人学校は何処にあったか?
  • 谷崎潤一郎『細雪』で、昭和13年7月5日の阪神大水害の日に、お隣に住むドイツ人一家の子供たちもドイツ人学校へ行っていて心配する場面があります。<「わたしの旦那さん、ペータァとルミーを迎えに神戸へ行きました。大変心配です」シュトルツ氏の三人の子供たちのうち、フリッツはまだ幼いので学校へ行っていなかったが、ペータァとローゼマリーは神戸の山手にある独逸人倶楽部付属の独逸小学校へ通っていた。> これはほぼ実際 [続きを読む]
  • 『華麗なる一族』に登場していた思い出のカイザー・スチール
  • 山崎豊子『華麗なる一族』では、万俵家の次女・万俵二子と阪神特殊鋼の社員で鉄平を慕う一之瀬四々彦は密かに交際しており、二人が神戸の南京町で食事をする場面があり、こんな会話が交わされます。<「いいお店ね、よくいらっしゃるの?」「ええ、時々―、僕はこうした、熱気が漲っているような町が好きなんですよ、去年の春、ロスアンゼルスのカイザー・スチール社へ出張した時も、ロスのチャイナ・タウンへ晩飯を食べに出かけ [続きを読む]
  • 伝統ある神戸レガッタ・アンド・アスレチッククラブへ
  • 神戸レガッタ・アンド・アスレチッククラブ(Kobe Regatta & Athletic Club, KR & AC)は明治3年、ラムネ飲料で有名なA・C・シムの提唱により、 居留地に住む外国人にリクエーション、スポーツを提供するために設立され、グランドの設置やその当時まだ日本には なかった近代スポーツの普及にも大きな役割を果たしてきました。写真はレクレーション・グラウンド(現;東遊園地)、端がK.R.&A.C.のクラブハウスで右側の建物がコーベ [続きを読む]
  • 山崎豊子の驚くべき取材力(『華麗なる一族』熱風炉爆発)
  • 山崎豊子さんの取材力には驚きますが、『華麗なる一族』の阪神特殊鋼の高炉建設完成まぎわでの熱風炉爆発事故の場面も迫真の描写です。 あと二か月で高炉完成に漕ぎつけ、万俵鉄平が神戸灘浜の事務所から高炉建設現場を見ていると、突然爆発音が鳴り響き、高炉建設現場で爆発事故が起こったと報せが来ます。映画では、どこかの製鉄所の高炉改修工事現場を撮影したようです。<高炉建設現場に近付くと、高炉と熱風炉のあたりから [続きを読む]
  • 山崎豊子の驚くべき取材力・理解力(『華麗なる一族』)
  • 山崎豊子さんは「私の作品は、取材が命」と語るほどしっかりした取材をされています。銀行の合併をテーマにした『華麗なる一族』の取材ノートでは、銀行や大蔵省の取材の難かしさを述べられていますが、作品を読むと鉄鋼業界の取材にも熱心だったことがよくわかります。 例えば阪神特殊鋼の工場や操業の描写、様々なエピソードは、鉄鋼業に携わった者が読んでも、現実味があり、取材の細やかさに驚かされます。 まず万俵家から見 [続きを読む]
  • 須賀敦子さんが子供の頃見た神戸の坂道の風景を探して
  • 須賀敦子『トリエステの坂道』はイタリアの詩人ウンベルト・サバが生まれ育った辺境の町トリエステを訪ねる紀行文ですが、印象に残るこんな名文を書かれています。<丘から眺めた屋根の連なりにはまるで童話の世界のような美しさがあったが、坂を降りながら近くで見る家々は予想外に貧しげで古びていていた。裏通りをえらんで歩いていたせいもあっただろう。…………軽く目を閉じさえすれば、それはそのまま、むかし母の袖につかま [続きを読む]
  • 小出楢重が綴った昭和の初めの芦屋風景
  • 小出楢重は昭和初年から阪神芦屋駅のすぐ近くの川西町にアトリエを構えていました。 小出楢重は『芦屋風景』で次のように述べています。<芦屋という処に住んで二年になる。先ず気候は私たちの如くほそぼそと生きているものにとっては先ず結構で申し分はない。そして非常に明るい事が私たち淋しがり屋のために適しているようだ。>芦屋に住んで、大変気に入られていた様子です。上の写真は阪神芦屋駅ホームから見た風景。<南はす [続きを読む]
  • ポーラの夫は終戦までメルシェ神父と同じ尼崎の憲兵隊支所に拘留
  • 『ある愛の旅路』から続けます。白系ロシア人のポーラ・ネニスキスはリトアニア人のジョーと結婚し、ポーラの母と共に神戸の山本通りに戦時中も暮らしていました。 夫のジョーはユダヤ人ではありませんでしたが、ゲシュタポと噂されているドイツ人ミスター・Kが頻繁に家を訪れるようになります。 戦時中の日本人にとって、ユダヤ人であろうとなかろうとドイツから来た人はドイツ人であり、ナチスの人種イデオロギーにほとんど無 [続きを読む]
  • 戦時中の神戸の外国人たち(『ある愛の旅路』)
  • ポーラ・ネニスキス『ある愛の旅路』に神戸に住む外国人たちの戦時中の生活が述べられています。<開戦と同時に、神戸在住のアメリカ人やイギリス人、オーストラリア人など、日本と敵国の国籍を持つ外国人は、いっせいに、神戸のあちらこちらに設けられたキャンプに強制収容された。もちろん、わたしたちには、そのキャンプがどこにあるのか知らされていなかったけれど、六甲の山の中だとか、神戸市内のビルだとか、そんな噂が社交 [続きを読む]
  • 戦前、戦中のユダヤ人協会の様子(『ある愛の旅路』)
  • 白系ロシア人のポーラ・ネニスキスは昭和15年、新婚旅行と母の療養を兼ね、神戸・山本通りの借家に長期滞在します。 昭和15年といえば、既に国際連盟を脱退し日中戦争が始まっていましたが、太平洋戦争突入前の年です。神戸では米やパンが配給制になっていたそうで、町には神戸に住んでいる外国人のための配給センターがあり、野菜やくだものはここで入手し、パンは外国人用のクーポンを発行してもらい、町で買ったそうです。 あ [続きを読む]
  • 戦時中神戸に住んでいた外国人の記録『ある愛の旅路』
  • 神戸の外国人倶楽部の歴史などを調べるうちに、戦時中の外国人の暮らしはどんなだったろうと興味を持ち始めました。「これは、神戸に住む異邦人のわたしが歩んだ人生の偽りない記録である。第二次大戦中の神戸で、わが家を襲った悪夢のようなできごとをはさみ、わたしはここにしるしたままの日々を送ってきた」と述べられている、ポーラ・ネニスキス著『ある愛の旅路』はロシア人女性の数奇な運命の記録でした。  著者の父ウラデ [続きを読む]
  • 台風一過、夙川公園へ、昨年の台風21号は『平成細雪』に登場
  • 神戸を直撃した台風21号がようやく過ぎ去りました。TVニュースで見ていると、やはり近畿圏には甚大な被害をもたらしたようです。台風が過ぎ去った夕刻、散歩に出ました。いつものニテコ池。 昨年10月の台風21号では、夙川公園の松が何本も折れていましたので、心配しながら夙川公園へ。今回松が折れているのを見つけたのはこの一本だけ。折れた木はブランコに覆いかぶさっていました。 今回の最大瞬間風速はこれまでになく大き [続きを読む]
  • 『華麗なる一族』阪神銀行のモデルは
  • 山崎豊子は『華麗なる一族』取材ノートで、「なぜ銀行を選んだか」と題して、銀行悪とそれにからむ官僚悪を描くことにあったことを明かしています。そして執筆前に、三菱銀行頭取の田実渉氏に取材したそうです。<三菱銀行本店の頭取室、役員会議室をはじめ、本店営業部などを見学させてくださり、さらに日をあらためて、三菱、第一銀行の合併話の始まりから、破談に至るまでの詳しい経緯を自ら淡々と話してくださった。成功談な [続きを読む]
  • 谷崎潤一郎と根津家の付き合いが始まった夙川の根津家本宅
  • 昭和四年から五年まで住み込みで谷崎潤一郎の助手を務めた高木治江は『谷崎潤一郎の思い出』で当時の数々のエピソードを素直な目で著わしています。 当時は谷崎潤一郎は最初の妻、千代と娘の鮎子とともに武庫郡岡本梅ヶ谷(現・神戸市東灘区岡本)に新居を築き、岡本に住んでいました。<七月に入って、夙川の根津家からの招待で先生と千代夫人は夕方から出かけていった。この根津清太郎氏は資産数百万といわれる三百年も続いた船 [続きを読む]
  • 『華麗なる一族』万俵鉄平のもう一人のモデルは西山弥太郎
  • 山崎豊子は『華麗なる一族』の副主人公万俵鉄平のモデルは、高炉建設に情熱を傾けた元住友金属社長日向方斎氏であったことを、『大阪づくし私の産声山崎豊子自作を語る2 (山崎豊子自作を語る 2)』で明かしています。<小説の副主人公である万俵鉄平の人間づくりのために、鉄鋼会社の経営者の中で、“鉄鋼マン”以外のものでもないない人物像をと、二、三人の経済記者の方に推挙していただくと、異口同音、住友金属社長、日向方斎と [続きを読む]
  • 私にとっての甲東園の謎が解けた
  • 「甲東園」は、マンション広告でしばしば使われている高級住宅地・西宮七園の一つですが、高級住宅地というと、どうしても阪急甲東園駅から西側の関西学院に上って行く上甲東園地区を想像してしまいます。 先日「昭和前期日本商工地図集成」の甲東村の地図を見ていると、現在の甲東園一丁目から二丁目にかけての部分に住宅開発されたらしい「甲東園」という一角がありました。地図は左側が北です。ご注意ください。 そして阪急今 [続きを読む]
  • 『華麗なる一族』帝国製鉄のモデルとなった会社
  • 山崎豊子『華麗なる一族』で阪神特殊鋼の銑鉄(高炉で製造した溶けた鉄を固めたもの)の購入先が帝国製鉄の尼崎製鉄所です。<資力が足らずに溶鉱炉を持てない特殊鋼メーカーは、どこでも、原料の大半がスクラップであったが、鋼の質をよくするために、溶鉱炉を持っている大手メーカーから銑鉄を買い入れて混入しており、阪神特殊鋼は地理的に最も近い帝国製鉄尼崎製鉄所から月三千トンの銑鉄を買い入れていた。> 阪神特殊鋼のモ [続きを読む]
  • 『華麗なる一族』阪神特殊鋼の場所とそのモデルとなった会社
  • 山崎豊子は『大阪づくし 私の産声』で、阪神特殊鋼のモデルについて次のように述べています。<モデルというと、小説の中の阪神特殊鋼は、山陽特殊鋼をモデルとしていると云われているが、これは作家の想像で特殊鋼の工場を建てることは不可能であったから、優れた特殊鋼技術を持つ山陽特殊鋼を見学し、その規模、生産設備などを下敷きにして、小説の中の阪神特殊鋼を作り上げたのであるが、工場見学した時、感動したことがある。 [続きを読む]
  • 阪神大水害で崩壊した川崎正蔵邸と幻の布引公園計画
  • 久坂葉子(本名川崎澄子)は、昭和6年、川崎造船創立者の川崎正蔵の曾孫として神戸に生まれました。久坂葉子の『落ちてゆく世界』は没落過程にある名門男爵家に生きる息苦しさを綴った作品ですが、その中で父川崎芳熊が生まれた川崎正蔵邸について次のように述べています。<何しろ私たちが生まれる頃はやや降り坂だったしく、その豪華版を私は知りませんでしたけれど、父の生まれた所など通りすがりに眺めるたびに茫然とするので [続きを読む]
  • 小説『華麗なる一族』の万俵邸の場所は?
  • 山崎豊子『華麗なる一族』では、万俵邸は阪急岡本駅の山側に設定されています。<阪急岡本の駅まで来ると、車は山手に向って坂道を上りはじめる。車の正面に、六甲山脈が列なり、その豊かな稜線から、小さな山々の尾根が襞のように柔らかく重なり合いながら、分かれている。その一つが、万俵家が数千町歩にわたる山林を所有している天王山の尾根であった。>実は岡本には、天王山という山は実在しません。この文章だけ読むと、岡本 [続きを読む]
  • ヴォーリズ設計の広岡恵三邸(森の家)の地図がありました
  • NHKの朝ドラ『あさが来た』で有名になった広岡浅子ですが、晩年に娘婿の広岡恵三・亀子夫妻にヴォーリズに設計を依頼して芦屋あたりに私邸を建てることにします。(広岡恵三はヴォーリズの妻満喜子の実兄)古川智映子の小説『土佐堀川』では次のように経緯が説明されています。<「ごみごみした人の多いところは嫌いや。緑の森にでも囲まれて生活したら、どないにええやろか」亀子は夢のような話をする。「芦屋あたりはどうやろか [続きを読む]