gozira hunter さん プロフィール

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gozira hunterさん: タフおやじのアメリカ情報
ハンドル名gozira hunter さん
ブログタイトルタフおやじのアメリカ情報
ブログURLhttps://ameblo.jp/ciscooyaji/
サイト紹介文アウトドアーアドベンチャーの経験や、世界トラベル情報と、サンフランシスコ周辺のよもやま話。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供61回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2012/10/20 06:59

gozira hunter さんのブログ記事

  • 凄まじい大火災は7千軒の建築物を焼き尽くす。
  • ここ半年ほどまったく雨の降らないここカリフォルニア州。今年の夏にはかなりの被害が出たので、もう今年は終わりかと思った11月。もう完全にボーン・ドライ、カラカラに乾燥している山々。またもや大火災、ワイルドファイアー。山からスタートした猛火は民家や商業施設に燃え広がり。スタートしてから数日後の現在、消失した建物は約7000。死者は現在23人。避難した人達は現在約6万人。現在あと15000もの建築物 [続きを読む]
  • 久しぶりのワインカントリー。友、遠方より来たる。
  • 久しぶりにナパのワインカントリーへ行ってみた。長年の付き合いのある友だち夫婦が日本からやってきた。彼が最初に来たのは独身の頃、それから新婚旅行、子供が2人できて4人で来たり、彼だけでも10回以上アメリカに来ている。昨年は彼とアメリカの有名な旧道、ルート66を一緒にドライブした。 ナパのワインカントリーは、サンフランシスコから車で1時間少々だが、もう、11月初めのこの季節、ぶどうの収穫はほぼ終 [続きを読む]
  • 拳銃を持った、彼女がオレに聞いたな。
  • 上記のようなフィールドでは雉猟ができるが、まだシーズンが始まらない。 昨日1泊2日でカモ猟に行ってきた。 家を出る前に、オレのワイフがオレに、今日は誰と猟に行くのかと聞かれたから、オレひとりだよ、といったら、それじゃ〜なにかあったらやばいから、拳銃1丁持っていきな、、と言われた。 キャンパーで夜1人、誰もいない山の中や大草原などで寝る時、手元に拳銃が1丁にあれば、安心感が違うわな、44マ [続きを読む]
  • 元社員の、たった1人の成功者。
  • 元うちの社員が30年ぶりにサンフランシスコに遊びに来た。当時の彼は20代の前半の齢だった。 ハンサムで如才のない男で、女やゲイの男にも、ちょっかいをよく出されていたが、彼の彼女(現在のワイフ)も後から来て一緒に住んでいたが、数年後彼女が妊娠したので、それを期に日本へ帰った。そして結婚をした。 最初は彼の親父が警察の仕事をしていた頃、彼の兄貴がなにかと問題を起こしていたので、それを期に警察を早めに定 [続きを読む]
  • オレの元ガンショップが新聞に、またでたな。
  • 2015年でガンビジネスを辞めた直後、この自社ビルを貸し出した。このビルの元のオーナーは元全米ラピッドファイアーピストル射撃の全米チャンピオンで、1948年のロンドンオリンピック、アメリカ代表、堂々と銅メダルに輝いた人物、ボブ チャオ 中国系米国人だった。 その彼とはビジネスを通じて知り合い、若い頃、時々彼の店に出入りしていた。ある日彼に半分冗談で言ってみた。 オレもこんな店を持ってみたいな [続きを読む]
  • 人間ジュークボックス USA & Japan
  • 最近のサンフランシスコ クロニカル 新聞の切り抜き。 上の Human Jukebox 1970年代から1980年代にかけて、主にサンフランシスコのフィッシャーマンズ”ワーフなどでやっているのを見かけた。面白い斬新的なアイデアだな〜と思ってコインを入れて、トランペット音楽を聞いていたような、思い出がある。選曲も確か20数曲だったような気がする。面白いパーフォーマンスなので、結構な人気だった。 彼の名前は [続きを読む]
  • 秋のキャンピング サービス。
  • 今年の春頃から、キャンプに連れて行ってくれと、取引先の銀行で働いているオネイさんに云われたのだが、けっこう今年はあっちこっち旅行したり、日本へ行ったりと忙しかったので(遊ぶのが)やっと約束を実行した。女二人と男二人の計4名。 ハンテングクラブのメンバーになっているので、込み合う一般のキャンプサイトと違って、人のいない静かなキャンプサイトで一泊した。現在ここカリフォルニア州は春先から現在10月の半 [続きを読む]
  • Cannibal(人食い人種)の島だった。
  • バナナの葉っぱでくるんだ蒸し焼き、ハワイのルアウと同じ料理方法、豚肉の塊と大きな魚が出てきた。 このフィジー島は1870年頃までは人食い人種の島だった。この辺りに散らばる島々やニューギニア、アフリカの一部でも、まだ200年前くらい前までは、人間の肉を食う習慣があったらしい。フィジー島は1870年頃にMissionary(宣教師)が入ってきて布教をするまで、その習慣が続いていたとの事だ。その後イギリスの [続きを読む]
  • Bula フィジー島へ行ってきた。
  • Bula ぶら フィジー語でハロー、又はこんにちわ  といった挨拶言葉で、何処へ行っても ブラー ブラー と挨拶にやってくる。サンフランシスコから約11時間のフライト、時差は5時間とかで、フィジーから戻ってきても時差ボケが無く日本と違い楽だ。サンフランシスコを夜中に出てフィジーには朝に着く。行く時は約1時間半遅れて出発。もう飛行機に乗ったらフィジータイムらしく、飛行機の中で働いているスチュワーデス達は [続きを読む]
  • ラブラドール ドッグを買いに行くが。
  • 今年の夏日本へ行った時に、犬を飼って販売したり、トレーニングしたり、品評会に出して優勝したり、そういったビジネスをやっている人に頼まれて、アメリカから血統証の付いた黒のラブラドールの子犬をアメリカで買って、日本へ輸入し育てて将来、ショーに出したいと頼まれた。 その犬のデーラーの知り合いがアメリカに来たので、犬を見に行った。サンフランシスコから車で2時間くらい行ったところで、かなりに広い犬舎があ [続きを読む]
  • 二重国籍と混血児(ハーフ)、日米間の違い。
  • 最近、大阪 ナオミがテニスで優勝して、彼女が日本人の母親とカリブ海の最貧国ハイチ出身の黒人の父親のハーフ。そこで彼女は大阪で生まれ、3歳の時に渡米してその後ずっとアメリカで成長した。そこで彼女は日本国籍とアメリカ国籍を持つ、二重国籍者、、ということになる。確か、本当の正しい法律は二重国籍は18歳の時に、どちらかを捨てなければいけない。そういわれている。詳しい移民法は知らないが? ここアメリカでは、 [続きを読む]
  • サンフランシスコ太鼓道場50周年記念パーティー。
  • サンフランシスコ太鼓道場は1968年の4月、日本人町で行われた第一回の桜祭りの時に、当時24歳の田中 誠一が初めて余興で太鼓を叩いのが始まりであった。彼の出身地である長野県の、お諏訪太鼓を子供の頃叩いたのが始まりだった。その後、彼は日本全国をまわり、その土地その土地の独特の太鼓を勉強して、サンフランシスコにS,F太鼓道場を設立した。とにかくこの男の練習は厳しく、激しいもので若い女の子達が泣きながら太 [続きを読む]
  • 映画の撮影終わってみれば。
  • 今回の撮影はサンフランシスコの市内で行われた。映画会社のお達しで、撮影の内容や、なにをしたかという事は一切公言してはいけない、、というおっさしが出ていたので内容は説明できないが、撮影は市内でやった。 朝は早い、5時45分に指定された建物に行く。そこでまず役を決められた衣装を着てから、ロケの撮影現場へバスで向かう。 撮影現場にはいろんな役をする俳優さん達が’100人以上はいただろう。映画を撮るスッタ [続きを読む]
  • アメリカのアメリカ人の悪い精神面。
  • 今現在三つの訴訟問題を起されている。たった一つの建物のテナントからだ。 実にくだらない、一人は白人の女、家賃を払わない。それももう4ケ月、もう一人も白人の女、なんだかんだと難癖をつける。部屋が汚いとかあーでもないこうでもないと、部屋を出てからもヒーターが無かった、、と言って馬鹿弁護士を雇って、これは法律違反だから5000ドル払え、、と難癖をつけてくる始末。ヒーターは古い建物なので、セントラルヒーテ [続きを読む]
  • 映画に出てみるか。
  • 先月の中頃か、日本へ行く前だったから、偶然ここサンフランシスコの日本町へ行った時に、地元の日系フリー情報誌、BAYSPOを見たら、日本人の役者を求むの映画会社の広告が目に入ったので、面白半分に応募してみた。年齢は18歳から64歳と確か、書いてあったような気がしたが、年齢は無視。それから1ケ月後に日本から帰ってきたら、採用の電話がかかってきた。それで今日、指定された場所に行った。 トレジャーアイラン [続きを読む]
  • 夏 日本は緑の国だった。そしてシスコに戻ると。
  • 群馬の鬼石から三波川という集落に向かうと、狭い山道の両側に緑の樹木がひしめき、その下の方には、きれいな清流がさらさらと気持ちよく流れている。日本の夏だ。すべてが緑で空気が新鮮で気分がいい。カリフォルニア州の夏は雨が全く降らないから、フリーウエイ沿いの低地帯はすべてがブラウンカラー、かなりの山の上の方に上がれば緑の大木などは茂ってはいるが、水を撒いたり、導入してる農地以外はブラウンカラー。ブラウ [続きを読む]
  • 突然の日本行き、くそ暑い夏だったが仕方ない。
  • これらの外国人は群馬の鬼石に集まったアーテスト達だ。日本人アーテスト、アメリカ、イギリス、オーストラリア、イスラエル、ドイツなどから2週間から1ケ月ほどこの群馬の田舎に滞在して、焼き物、染め物をやったり、日本の緑豊かな夏の山や、きれいに谷間を流れる川で水浴びしたり、散策したりして楽しんでいる様だった。しかし今年の夏の日本は暑い。半端な暑さではない。史上最高温度を出した埼玉の熊谷41,2度とか、、 [続きを読む]
  • 食い放題、飲み放題のホテル カンクン。
  • 参ったね。やっとフェリーでイスラ ムヘーレスに着いたら、ホテルの予約がカンクンサイドに取ってあるではないか。 頭にきてこのツアーをメキシコシテーからメリダ、イスラムヘーレス5泊6日のツアーを組んでくれた、旅行社に連絡したが、もう遅かった。仕方がないので、初日は暑いのでビールを飲んで、食事をしただけで、カンクンサイドにある、真新しい巨大なホテルに着いた。イスラムヘーレスへ行くフェリーからタクシーで約 [続きを読む]
  • そして我が青春の思い出、、イスラムへーレスへ。
  • イスラ(島)ムヘーレス(女)、、なんという魅惑的な名前の島なのだ。この島には可愛いメキシコの若い女達がたくさんいて旅人の疲れた身体と心を癒してくれるのではないかと、無知と好奇心にとんだ青年はこの島に向かった。当時1970年代の初め、ユカタン半島の先端には何もなく、小さな渡し船が1日数回運航しているだけだった。船を待つ間誰もいない白い砂浜にそわって、初めて見るカリブ海のコバルトブルーの海を見て、あまり [続きを読む]
  • ノスタルジーの旅、メリダそしてイスラムへレスへ。
  • 1970年の夏だった。25歳のオレはメキシコへ1人でアーミーバッグに簡単な旅装とスノーケリングセットを詰め込んで、サンフランシスコからグレイハウンドバスに乗ってメキシコのボーダータウン、メキシカリまで切符を買った。そこでメキシコのローカルバスに乗り換えてマサトランまで延々と走りその町で数泊した。なぜメキシコに向かったのか、理由があった。一つはアメリカに来た頃友達になった日本人の男が、当時レストラン [続きを読む]
  • メキシコのおばちゃんより招待されて。
  • メキシコのおばちゃんに招待されたので、メキシコシティに向かった。サンフランシスコから約4時間半のフライト。メキシコは毎年のように行っているが、メキシコシティに来たのは、なんと48年ぶりであった。タクシーで彼女たちの家に向かったが、メキシコも長年の間にだいぶ変わって街が少しはきれいになったようだった。午前中に着いたのでさっそく食事に向かった。なんていう地域か聞いたが忘れてしまったが、感じの良いレ [続きを読む]
  • Contest 交通違反を争う。
  • アメリカに長く住んでいると、交通違反してもそのコンデーションによって、不服の申し立てをすることができるという事を知っておかなければならない。現在は昔と違ってアメリカもセコくなったのかインフレが進んだのか、罰金が半端の金額ではない。昔は高くても100ドル止まりだった。今回は信号無視。罰金は$489ドル。そこでまず警察署、ここではSFPDへ行き、交通違反の窓口へ行くのが最初の段階。次に決められた日 [続きを読む]
  • Lassen Volcanic National Park California
  • 今週の月曜日にアメリカに来てから一度も行ってなかった、ラッセン 国立公園に行ってみた。有名なヨセミテ公園ほど大きくはないが、標高の高いところは1万フィートだから3000メートルくらいあり、6月の半ばでも山の上の方に行くに従い、残雪があり、空気も爽やかで冷たい感じがした。 このラッセン カウンテイにある町 Susanville にラッセンカレッジという短大があり、そこにFORESTRY(森林学)という科目があった。こ [続きを読む]
  • マリワナは腰痛に効くのだ ?。
  • 最近また腰痛が始まった。 腰痛には身体を仕事やスポーツで酷使してなるのと、まったく運動をしないのがぎっくり腰になる、たぶん大きく分けてこの2種類だろうか。腰痛はやっかいだ。痛い、酷いのは動けなくなる。元気な行動が出来ない。もちろん気が落ち込む。 若いころに最初になった時は、パワーリフテングで重いバーベルを担いでスクワットをやっていた時に、腰に電流のようなものがビリビリ〜〜と走った。翌日から起き上が [続きを読む]
  • サンフランシスコのカーニバル。
  • 先週の日曜日に、ここサンフランシスコのカーニバルへ行ってきた。 けっこう盛大に行われていた。ここサンフランシスコ周辺にはラテン系アメリカ人が多く住んでいるらしくダンスに音楽に、もうラテンムード満載だった。それと出店も8ブロックも道路を閉鎖し、いろんなフードブースや民族衣装やTシャツやなど、たくさん出ていた。 上の画像のオネイちゃん左側は、話をしてみたら、なんと彼女のお爺さんは昔日本から南米はブラ [続きを読む]