Kaz さん プロフィール

  •  
Kazさん: PMP-travel - New York n Canada 四方山 Shot !-
ハンドル名Kaz さん
ブログタイトルPMP-travel - New York n Canada 四方山 Shot !-
ブログURLhttp://pmp-travel.net/
サイト紹介文カナダ・アメリカの日記を公開中
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供42回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2012/11/01 21:10

Kaz さんのブログ記事

  • 留学昔ばなし 67
  • 夢を追いかけている私が居た! 学校から帰り、掃除や洗濯物をたたむとかの手伝いで私がやることも終わり暇が出来ると家の前の道を渡りボウリバーへ行き、散歩をしたりベンチに座って宿題をしたり、ボーっとしたりと自分だけの時間を過ごすのが好きでした。結構たくさんの方たちが散歩をしており、知らない人たちとお話をするのも楽しい時間でした。そんな時間の中で知らなかった英語も覚えることが出来ましたこの頃は今の様に [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 66
  • 夢を追いかけている私が居た! ホームステッドのレストラン厨房に出入りしている時に色々な中華料理の賄を食べることが出来ましたが、それと同時にカナダ製のケーキも食べることが出来ました。もっともそれらのケーキがカナダ製ではなく一般的なケーキだったのかもしれません。日本は今ほど裕福な国ではなかったので一地方都市にケーキ専門店が在ったわけではありません。生クリームのケーキも存在していたかもしれませんが私 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 65
  • 夢を追いかけている私がいた! ここでこの漫画本に関するエピソードが有ります。この漫画をいただきたその夜にはとても楽しく読んでしまいました。この頃日本に手紙を書いたのですが「子供」とか「学校」などの基本的な漢字が書けなくなっていたのです。もし、この頃の手紙なり書いた文章が残っておれば笑い話のネタになっていたでしょう。読むことはできますが書くことが出来なくなっていることに驚きました。留学中にピンチ [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 64
  • 夢を追いかけている私が! 7月に入ったある日、学校帰りにバンフ大通りを歩いていた時の事です「すみません」と言う日本語が後ろから聞こえました。続いて「日本の方ですか?」と聞こえました。振り向きながら「はいそうです」と答えていました。日本の男性が2人、自転車を引きながら立っていました。「観光ですか?」と話しかけられ「ここの学校に行っております。そちらこそ観光ですか?」と話を始めた記憶が有ります。こ [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 63
  • 夢を追いかけている私が! 6月頃だったと思います。ある日、日本の男性で(Aさん)偶然にも私が住んで居ります隣の市から来た方がホームステッドホテルで働きたいと言ってきました。フレームのお父さんが私を呼びに来て「日本人だと思うけれど英語がほとんどできないから通訳してほしい」とのことでした。ホテルのオフィスへ行き、通訳をして彼は働くことになりました。それまではカナダ中から働きに来ている人たちが何所に住 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 62
  • 夢を追いかけている私が! バンフ滞在が数か月を過ぎたころ、車の免許を取ろうと思った時も同じ経験をしました。免許取得の申し込みに行った時の事です。係官の方に「16歳からしか免許は取れない」と言われましたので「19歳です」と言いながら身分証明を見せたことがありました。結果的には免許証は取れましたが、その頃の免許取得と現在とでは法律が違ってきているのかもしれません。この頃は日本の免許をカナダ用に書き換 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 61
  • 夢を追いかけている私が! 午前中の学校が終わると家に帰っても誰も居ませんので昼食の頃はレストランの裏口から厨房に入り、お昼ご飯にコックさんが食べる賄の中華料理を食べさせてもらっておりました。中国の方たちが話す英語は私にとっては難解でしたが、それでも同じ位の年齢の人たちの英語は理解することが出来ました。皆さんはカナダ生まれではなく中国に家族を残しカナダに働きに来ている方たちで、彼らにしても英語は [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 60
  • 夢を追いかけている私が居る! 季節も良くなりますと世界中から観光客がバンフを訪れます。それと同時にホームステッドホテルはとても忙しくなります。この当時、ホームステッドホテルは1泊33ドルの宿泊費でした。しかし、これが当時の一般的な宿泊費では有りません。この時代バンフのB&Bで1泊の宿泊費は13ドルで、YWCAはトイレ・シャワー付き二人部屋で一人11ドルでした。ホームステッドホテルが安かったのは建物が [続きを読む]
  • 留学昔ばなし59
  • パーティーがお開きになりお父さん、お母さんと一緒に帰ろうとパーティー主催者のCampbellご夫妻の所にあいさつに行った時の事です「私たちには息子が居て少し障碍者なのだけれど、暇な時には遊びに来て息子と遊んでくれないかしら」とのことでした。色々なカナダの家庭を見てみたいと思っておりましたので、この申し出には異存は有りませんでした。そして、お父さんもお母さんも賛成をしてくれたので「また遊びに来ます」と返事を [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 58
  • 夢を追いかけている私が居た! ある日の朝、お母さんが「今日は友人の家でパーティーが有るから一緒に行くように」と言われました。ところがパーティー用の洋服など持っておりません。お母さんにそのことを相談すると「親しい人ばかりだからジーンズ以外なら問題ないわよ」とのことで安心しました。 この格好で参加!日本から持参した洋服は高校生の家庭科の授業で制作した夏 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 57
  • 夢を追いかけている私が居た! 邦子さんもピンチャクリークへ戻り、高校生もバンフから移動し、通常の日々に戻りました。学校へ行き戻ってから家事を手伝い子供達と遊ぶ生活です。気候が温かくなってくると子供たちの友達が遊びに来るようになりました。子供たちが遊んでいる光景の中で二つほど忘れることが出来ない出来事が有ります。ある日のこと娘のキムの友達が数人遊びに来ました。家の中で遊んでいる声がしている時、女 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 56 チョットした事件
  • 昨日の朝5時ごろ何度もラインが鳴りました。余りにも早いので何か起こったと思いましたが、同日の朝2時にやはりラインで起こされて5時のラインを見ることが出来ませんでした。起きてからラインを見たところ、ニューヨークで大学生をしている元生徒からの物で「カツアゲされました」「黒人3人に囲まれてお金を要求されました」「初めての経験で逃げることも拒むことも出来ませんでした」との内容でした。ラインが来た時にすぐに [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 55
  • 夢を追いかけている私が居た! 邦子さんがピンチャクリークに戻り、少し経った頃、日本からライオンズクラブ主催の高校生用短期ホームステイプログラムの団体がバンフを訪れることになりました。フレイムのお父さんはライオンズクラブに属しておりこの団体の世話をすることになったようです。そこで私も手伝うことになりました。まだ英語を流暢に話すことが出来ない時でしたが日本人の高校生の役に立ちたいと思いました。この [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 54
  • 夢を追いかけている私が居た! 邦子さんが来たのが5月中旬だったと思いますが、この日は大雪でした。自転車で移動することも出来ずにバンフの街の中だけを観光しました。いつもお話するようにこの頃のバンフはお土産屋ばかりでは有りませんでしたので結構楽しめました。秋になり私もピンチャクリークに移りレースブリッジコミュニティーカレッジに通いましたので、ピンチャクリークとバンフを比較することが出来ましたが、こ [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 53
  • 夢を追いかけている私が居た! カナダに到着して直ぐに新婚旅行の方にお会いし少しだけホームシックになりました。次にお会いしたのが偶然にも私の故郷の隣の市からヒッチハイクをしながらカナダを横断しようとされている方でした。この方は学校から帰る途中バンフ大通りで話しかけられました。あまり記憶にないのでバンフから直ぐに去られたと思います。その後、ヨーロッパを回りカナダに入ってトロント方面から来た方もおり [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 52
  • 夢を追いかけている私が居た! ホテルもオープンしてお母さんに少し暇が出来たころ「テニスをやりに行こう」と誘われました。しかし、私にはテニスをするための道具が有りません。お母さんに連れられスポーツ用品屋に行きラケットを買いました。このラケットがカナダで買った初めての物になりました。週末は子供たちが居るし、ホテルの仕事もあるのでテニスをしに出かけるのは平日の学校が終わってからでした。ラケットとコー [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 51
  • 夢を追いかけている私が居た! 現在のバンフをご存知な方は想像もできないでしょうが、この頃はホームステッドホテルの前は一般のご家庭でした。その横は空き地でガーモンモーテルまで何もありませんでしたし、モーテルを過ぎると一般家庭が数軒あるだけで、ボウビューロッジまでは数軒の家が建っているだけでした。しかし、この頃はそれが当たり前で今の様に至る所にホテルが在るわけでは有りませんでした。 &nbs [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 50
  • 夢を追いかけている私が居た! それからは自分で分かるほど聴き取りが上達し相手の話していることが分かるようになりました。前回に書いたことですが周囲の人たちが日本語を話しているように、まるで母国語を聴いているように理解できるようになっていきました。何度も同じことを書くようですが日本と言う国から来ている留学生はマダマダ居なかったので珍しかったのかもしれませんが、同じ教室で学んでいる友達だけではなく学 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 49
  • 夢を追いかけている私が居た! 日本の大学では英米語学がメジャーでしたのでホテル経営学には何ら関係ないことを学んでおりました。ここの授業は専門的なことが結構あり、それを英語で学ばなくてはなりません。英語だけでも泣けるほど分からなく、ホテルに関しても全く知識は無くお手上げ状態が続きました。周りの学生を見ると余裕で学んでいるように見えました。英語でコミュニケーションが少しずつ取れるようになってくると [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 48
  • 夢を追いかけている私が居た! 私は正規の留学生ではありませんので朝の決められた時間や午後の決められた時間に学校へ行くわけでは有りません。4月から9月中旬まで、今で言うオープンカレッジの様な授業を受けておりました。授業内容はホテル経営学です。Banff Centreに学校が有りましたが、今は何処にあるのか分かりません。何とも怪しい言い方ですが、かつてはバンフの街の端から学校の建物を見ることが出来ましたが、今 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 47
  • 夢を追いかけている私が居た! ビクトリアからバンフに戻り家族はいつもの生活が始まり、私は学校が始まりました。子供達も学校へ行き、私も行きましたが私は1日の数時間しか学校に居りません。学校へ行くのが午後からの日と午前中の日と在りますので空いている時間に掃除や洗濯の家事をこなします。お母さんはホテルのオープンに向けて準備のために夕食近くになるまでは家に帰ってきませんので私が出来る家事と子供たちの世 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 46
  • 夢を追いかけている私が居た! 私がご両親の家を訪ねたのは一回だけでした。ハッキリと覚えていないのですが3泊4日のビクトリア滞在だったと思います。滞在中に1人になることが多かったので、お父さんたちはご両親の家を訪れていたのだと思います。多分おじいちゃんとおばあちゃんの家に行くことを私に話してくれていたのだと思うのですが、分からないまま返事をしていたのでしょう。モーテルの部屋の鍵は渡されていたので1 [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 45
  • 夢を追いかけている私が居た! ここで忘れることが出来ない事が有りました。この出来事は私に「何が有っても留学というものを途中であきらめない!」という思いにさせてくれました。この頃はバンクーバーでさえ観光客として来ている日本人はまだ少なく、日本人である私はちょっと珍しかったのかもしれません。入れ代わり立ち代わり色々な人たちが話しかけてくれましたがとても悲しいことに何を言ってくれているのか理解できな [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 44
  • 夢を追いかけている私が居た! ビクトリアの港に到着し車に乗り込みましたが、車がどうしてビクトリア港にあるのかの疑問も湧きませんでした。多分、家の人たちはフェリーに乗りビクトリアへ行くことは説明してくれていたのだと思います。単に私が英語を理解していなかっただけでしょう。 港からホテルに行きました。ホテルはビクトリア港の前に在りますエンプレスホテルを見ることが出来るモーテルでした。この時点では [続きを読む]
  • 留学昔ばなし 43
  • 夢を追いかけている私が居た! フェリー乗り場に到着しましたが、それまでフェリーに乗ったことが有りませんでした。現在では我が家から1時間ちょっとで伊良湖岬に到着し、そこから伊勢湾フェリーに乗ることが出来るのです。しかし、この時代にフェリーが在ったのかどうかは定かではありません。やはりこの時代は日本中が今のように豊かではありませんでしたので、旅行に行くことは稀な時代でした。まして一般的な家庭の車は [続きを読む]