Levi さん プロフィール

  •  
Leviさん: 平成隠れキリシタン
ハンドル名Levi さん
ブログタイトル平成隠れキリシタン
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/levi9183
サイト紹介文イエス・キリストの十字架、復活、そして「いのち」にあずかるということについて
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供36回 / 126日(平均2.0回/週) - 参加 2012/12/23 05:41

Levi さんのブログ記事

  • パラドックス
  •  「私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいと思うことをしているのではなく、自分が憎むことを行なっているからです。 もし自分のしたくないことをしているとすれば、律法は良いものであることを認めているわけです。 ですから、それを行... [続きを読む]
  • 律法は罪なのでしょうか
  •  「それでは、どういうことになりますか。律法は罪なのでしょうか。絶対にそんなことはありません。ただ、律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。律法が、「むさぼってはならない。」と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう。 ... [続きを読む]
  • 私たちを動かすものの変化
  •  「ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従ってはいけません。 また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげ... [続きを読む]
  • 罪からの解放
  •  「もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。 私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でな... [続きを読む]
  • 死にあずかるバステスマ
  •  「それでは、どういうことになりますか。恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。絶対にそんなことはありません。罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。 それとも、あなたがたは知らないのです... [続きを読む]
  • 出発点としての律法
  •  「律法がはいって来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。 それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためな... [続きを読む]
  • 怒れる神との和解
  •  「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。 ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、... [続きを読む]
  • 患難を喜ぶ
  •  「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。 またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。 そ... [続きを読む]
  • 信仰による義
  •  「それでは、私たちは信仰によって律法を無効にすることになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、律法を確立することになるのです。」(ローマ3:31)−−− もしも行ないによって義を確立するのであれば、割礼をしないことは確かに... [続きを読む]
  • 行ないの原理、信仰の原理
  •  「それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それはすでに取り除かれました。どういう原理によってでしょうか。行ないの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです。 人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰に... [続きを読む]
  • 罪のとげ
  •  「なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。」(ローマ3:20)−−− 自分語りをする。 12年前に教会の門を叩き聖書を読み始めた。 当時ぎくりとさせ... [続きを読む]
  • 知者であると言いながら愚かな者
  •  「というのは、不義をもって真理をはばんでいる人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示されているからです。 なぜなら、神について知りうることは、彼らに明らかであるからです。それは神が明らかにされたのです。 神の、目に見えない本性... [続きを読む]
  • キリストの無謬と十字架について
  •  「人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。 罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行なっていて苦しみを受け、そ... [続きを読む]
  • キリストの無謬と十字架について
  •  「人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。 罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行なっていて苦しみを受け、そ... [続きを読む]
  • ことば/神のことば
  •  「あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。 「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。 しかし、主のことばは、と... [続きを読む]
  • さばきについて
  •  「また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。 ご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金の... [続きを読む]
  • 自分の魂が救われること
  •  「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。 これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。」(1ペテロ1:... [続きを読む]
  • 信仰ということ
  •  「あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。」(1ペテロ1:7新共同訳)−−− 信仰とは、信じるものでは... [続きを読む]
  • 消えない資産
  •  「また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。」(1ペテロ1:4)−−− お金というのは、ほとんどの価値と交換可能である。 だから、これ... [続きを読む]
  • 福音の全て
  •  「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。」(1ペテロ... [続きを読む]
  • 『信じる』ということ
  •  「八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように。」と言われた。 それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。... [続きを読む]
  • 不条理
  •  「ピラトはイエスに言った。「真理とは何ですか。」彼はこう言ってから、またユダヤ人たちのところに出て行って、彼らに言った。「私は、あの人には罪を認めません。 しかし、過越の祭りに、私があなたがたのためにひとりの者を釈放するのがならわしになっていま... [続きを読む]
  • イエスを否むペテロ
  •  「大祭司のしもべのひとりで、ペテロに耳を切り落とされた人の親類に当たる者が言った。「私が見なかったとでもいうのですか。あなたは園であの人といっしょにいました。」 それで、ペテロはもう一度否定した。するとすぐ鶏が鳴いた。」(ヨハネ18:26−27... [続きを読む]
  • スケープゴート
  •  「シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。 そこで、イエスはペテロに言われた。「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を、どうして飲まずにいられよう。」... [続きを読む]
  • 信仰を与えられるということ
  •  「正しい父よ。この世はあなたを知りません。しかし、わたしはあなたを知っています。また、この人々は、あなたがわたしを遣わされたことを知りました。 そして、わたしは彼らにあなたの御名を知らせました。また、これからも知らせます。それは、あなたがわたし... [続きを読む]