十四夜 さん プロフィール

  •  
十四夜さん: 十四夜の月
ハンドル名十四夜 さん
ブログタイトル十四夜の月
ブログURLhttps://ameblo.jp/toshitsuki/
サイト紹介文元統一教会の祝腐家庭です。愛の神様とチャネリングしながら、現役教会員の方々への言葉を綴っています。
自由文「十四夜の月」は“じゅうよんやのつき”と読みます。
僕の名前は十四夜と書いて“としや”と読みます。
僕の男性人格です。女性人格の十四日(とよか)もいるんですが、最近あまり出て来ません。(^_^;)
僕は一応、女性です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供136回 / 259日(平均3.7回/週) - 参加 2012/12/24 10:15

十四夜 さんのブログ記事

  • 病とともに三十余年… 13
  • 病人の願いは病気が治って元気になること苦痛から解放されること なのですが… 『癒しの光』  バーバラ・アン・ブレナン著 に 原初の傷 というものがあってそれから自分を守るために仮面の自己を作り出すのだけれどそれが原初の傷を癒すよりもいっそう深めてしまう  というようなことが書いてあります。 これについては随分前に記事で書いたことがあるのでお読みいいだけるようでしたらこちら をご覧ください。 『癒しの光』 [続きを読む]
  • 病とともに…12 (筋痛性脳脊髄炎)
  • そして三十余年の闘病生活の後先日の日記で書いた筋痛性脳脊髄炎に辿り着いたのが今年の春です。 慢性疲労症候群は扱っていても筋痛性脳脊髄炎は知らない医者もおられるので 本当に専門的に研究されている病院じゃないと診断してもらえないんじゃないかと思いますが どういう症状でこの病気と診断されるかというと筋痛性脳脊髄炎の会のHPに診断基準の資料がありましたので転載いたします。 筋痛性脳脊髄炎は、複雑で広範な機能障害 [続きを読む]
  • 病とともに…11 (頚性神経筋症候群)
  • 慢性疲労なので年がら年中 体調が悪い僕が「具合悪い」というのは いつものことなのにそう言うと元相対者は「どうしたの? 風邪ひいた?」なんて聞いたのです……  いつも。(元相対者というのは、離婚した元夫、元配偶者なんですが、宗教上の結婚相手だったので、夫とか配偶者というより、あくまでも相対者というのが僕の感覚なんで、そう記載しております)まるっきり 関心持ってくれてないんだなーわかんないんだなー と [続きを読む]
  • 病とともに…10 (低血糖症2)
  • 低血糖症の治療の一環として栄養士さんから食事の注意なども色々とありました。ご飯は玄米がいい と言われましたが僕は玄米ご飯を食べると必ず胃がもたれてかえって具合が悪くなるのでとりあえずお米を七分づきにしました。言われた通りの食生活をするには食費もかなり増やさないといけませんでした。処方されたビタミン剤の中には 飲むと必ずムカムカするものがありまとめて色々飲んでいるので どれが原因なのかつきとめるのに [続きを読む]
  • 病とともに…9 (低血糖症)
  • 『低血糖症には、特定の症状はありません。多くの症状を呈します。そのために誤った診断をされる事が多く、特に精神疾患領域では、統合失調症、うつ病、パニック障害、慢性疲労症候群、登校拒否、ADHDなど、さまざまな病気に診断されている事があります。正しい診断には、5時間糖負荷検査を受けなければなりません。』↑ これは ネットで「低血糖」を検索した際に出て来た、八重洲クリニックのHPからの記事の抜粋です。低血糖症 [続きを読む]
  • 病とともに…8 (慢性疲労症候群 2)
  • 慢性疲労症候群という言葉を最初に聞いたのは起立性低血圧の治療で効果が出来なくて困っていた20代の頃でした。 ふと手にとった医療系の冊子に載っていたのです。 そこには 大学病院の先生が慢性疲労症候群の説明をしていてその先生の病院で検査が受けられることが書いてありました。 ですから そこの大学病院に行って検査を受けたことがあったんです。 でも…  検査代が1万5千円ぐらいのはずが(それでその額の検査の承諾 [続きを読む]
  • 病とともに…7 (慢性疲労症候群)
  • 長く通って来た精神科の医師に「あなたはうつ病ではないと思う」と言われた僕ですが、“仮面うつ” というと 本やネットで調べてみると二通りの症状の解釈があるのです。一つは 身体症状が目立っていて精神面が隠されているが、精神面にもある程度うつ病の精神的傾向があるもう一つは 身体症状だけが 他のうつ病患者の身体症状と同じで精神面にはほとんど異常は見られないこれは たぶん 医師によって解釈がまちまちなんだと [続きを読む]
  • 病とともに… 6 (特発性過眠症)
  • 若い頃は不眠の傾向があった僕ですがいつからか 夜 眠れないということはすっかりなくなり横になればすぐにも眠れるようになっていました。 しかし 朝 起きられないのは変わらず昼間も調子が悪いと横になりたくて横になればすぐに寝てしまう…… それで 睡眠時間は人より随分多かったと思います。 抗うつ薬のアモキサンで効果を感じ始めた頃 僕は少し寝つきが悪くなりました。そして 夜中に何度も目が覚めるのです。 さらに [続きを読む]
  • 病とともに…5 (仮面うつ病 2)
  • うつ病について ネットなどで調べると大抵 薬で治る と書いてあります。でも それは 合う薬があったらの話……すごくたくさんの種類の薬があってどの薬がその人に合うかは わからない。 何種類か 組み合わせて飲んで効く という場合もあるようです。精神科 とは言うんですが薬のほとんどは脳に作用するものに違いないのでした。(精神というより脳の病気ですよね)僕が最初にもらったのは 割とポピュラーなもので「パキシ [続きを読む]
  • 病とともに… 4 (仮面うつ病)
  • 20代の頃は夜眠れず 朝起きられず 昼間も力が出ず、夕方から元気になるということが多かったのですが起きた時に胃がひっくり返ったように気持ち悪くて目覚めて起き上がっても、再び横になってしまうことも結構ありました。 そして結構 寝込んでいました。意識不明の時はいいんですが意識があって起きられない時は悲観的なことばかり考えました。体がきつくて 早く霊界に行きたい (つまり死にたい) どうせ役に立たないし 僕 [続きを読む]
  • 病とともに… 3 (起立性低血圧)
  • 慢性疲労についての記事は以前 教会系のSNSで連載したことがあります。 それから 病気の人達専門のSNSというのがあってどこかで僕の病気の記事を読んだ方に紹介されてそちらでも連載したことがあります。(書くだけだったもので友達が一人もできなくて殆ど休止中です) ですから今回で3回目ですけども以前の記事を修正しながら再掲載したいと思います。 病名が全く付かなかった頃の症状は 慢性の倦怠感、疲労感それが最も生活に [続きを読む]
  • 病とともに… 2 (閃輝暗点)
  • 発病前の記録で大事なことを書き忘れました。 中学2年の時に初めて偏頭痛の発作があったんです。 閃輝暗点(せんきあんてん)って何だかわかるでしょうか? 目の前がチカチカして視界が狭くなり 例えば右側が見えなくなっている場合右側の目のすぐ前に手を出したとします。そうすると景色は見えているのに目の前にある手がまるでないかのように見えないんですよ。 右眼が見えないのではなく、右側のすぐ目の前が見えないという不 [続きを読む]
  • 病とともに三十余年 1
  • 二十歳の時にある日突然 ……ではなかったかな気付いたらいつの間にかという感じで発病しました。当時はまだ学生でファミレスでアルバイトをしていたんですが人間関係が良くてすごく好きなバイトだったし5〜6人いた学生のバイトの中で十四夜が 一番タフだって言われてたんですよ。それが 急に なんだか身体がキツくなったんですね。それまでは1日だけ調子悪いとかなら我慢できてしまう方だったし仕事がすごく忙し [続きを読む]
  • 筋痛性脳脊髄炎 (CFS)
  • 今年の春に自分の生い立ちを書こうと思い立ってブログを開いたその日 読者登録してあった方がこんな↓記事を書いておられました。”筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)について” 僕は長年 慢性疲労で苦しんで来たものでタイトルが眼に止まって開いて読んでみたんです。 「筋痛性脳脊髄炎(CFS)」という病名はこの時 初めて知りました。 筋痛性脳脊髄炎の会のHPに診断基準が細かく書いてあって ああ 僕の病気はこれだ。 これの [続きを読む]
  • 殺人犯の母の手記
  • 僕は非常に偏見を持っていたので悔い改めた。 未成年の殺人事件…殺人に限らずですが未成年が起こす色々な事件及び 自殺に対して 親の育て方というのは少なからず影響を及ぼしていると思っていました。 人を殺すような子供が育つ家庭というのは普通の愛情ある家庭と違うだろうと思っていたんですね。 そういうふうに思っている人はけっこう多いんではないかと思うんですが 自殺に関してもです。子供が死ぬほど悩んでいるのに気付 [続きを読む]
  • 教会をやめたあと
  • 生い立ちから教会生活が終わるまでを書いて来て一通り書き終わった。 教会に行かなくなったのが2010年の秋頃だけど その前の8月の末からこのブログを統一教会に対しての僕の本音として 書き始めている。 だから その後の気持ちの移り変わりはブログの最初の方から順に書いてあるので重複になるから書かない。(興味のある方は読んでいただければ幸いです) 今の自分の気持ちとは多少違っているところも出て来てはいると思うけ [続きを読む]
  • 最後は佐原教会で
  • 千葉県佐原市は2006年に市町村合併で香取郡のいくつかの町と合併して香取市になった。(でも 僕らは香取市方面のことを今でも佐原と言って香取とは言わない) 僕が教会にいた2010年当時は佐原市が香取市になっていても佐原教会のままだった。(今もそうかどうかは知らない) 教会の歴史は結構古いのかもしれない。(空港ができる前は成田よりも都会だった) 僕が東京で献身していた1990年頃母を佐原のVCにつなげたことがあった。つまり [続きを読む]
  • 聖酒で何かが変わる!?
  • 料理にワインを使っていて思い出した。 教会に反対している親族に何とか聖酒を飲ませようとしてカレーに聖酒をかけて食べさせたことがあった。 聖酒入りクッキーを大量に作ってみんなで配ったりしたこともあった。 聖酒を飲ませただけで祝福を受けたことになるというような話が出たこともあった。 ホーリーキャンディーなどというものを配って食べると恩恵があると思っていたこともあった。 今 思うと あり得ない話。 口に入る [続きを読む]
  • 成田教会の終焉 (その3)
  • 「成田教会はなくなることになりました」と 礼拝で突然 聞かされた。 教会が統廃合でなくなったりする時ってそんなものなんだろうか? 婦人部長は知ってたのか知らないが僕は一応 総務部長だったんだけど何も聞いていなかった。 当の成田食口達には全く意見を求められることもなく上で決まりましたからそういうことでってことなんだろうね。 それを 就任して数か月の教会長がおっしゃるので僕は 一応 ちょっとだけ憤った。 [続きを読む]
  • 成田教会の終焉 (その2)
  • 上野でMさんにお会いしたのは20年近くぶりのことだったけど Mさんはあんまり変わってなくて素敵に年を重ねておられた。 その場では世間話的な話が中心だったが(Mさんとしてはきっと本題に入れなかったんだろうけど) 帰ってから電話をくださり それから頻繁にかけて来てくださるようになって色々な教会の裏事情や分派の話などを聞くことになった。 Mさんは四研 (第四イスラエル研究会) のDVD(成約原理とか岡本理論とか言われるも [続きを読む]
  • 成田教会の終焉 (その1)
  • 成田教会の10人目の教会長は長いこと教区のスタッフをされていた方で(運営部長だったかな?) 成田にも時々 講話をしに来てくださっていたので それまでの教会長のように就任式で初めて会う方ではなかった。 この教会長が就任されて確か2〜3ヶ月で成田教会がなくなることになったのだが あまりに短かかったせいもあり僕としては教会長としてよりも教区スタッフでお世話になった印象の方が強い。 この方が教会長をされてる間に [続きを読む]
  • 神殿建設と世界平和
  • 天正宮建設の献金はいくらだったっけ?その頃はまだ疑問に思っていなかった。うちは天聖経は3冊授かっているんだけど(沢山 借金しました)色んな恩恵万物が貰える献金摂理とだいたいがダブルカウントだった。王冠バッヂとか功労牌とかタイムカプセルに名前入れてもらうとか色々あったねぇ。でも献金摂理に殆ど関わろうとしない教会員も結構いるのでそういう人は恩恵万物なんて見向きもしなかったけどこれを貰っておくと家宝にな [続きを読む]
  • 真の御家庭写真集
  • 総務の仕事の一環として毎週礼拝で配る週報を作っていた。 週報は3つ折りになっていて裏表全部で6面 ↓こんな感じ(↑これはネット検索で出て来たもの) この紙面を埋めるのに毎週苦労していた。 ちなみに御父母様の顔写真は使っちゃいけないと言われたことがあって僕は使ってはいなかった。 保育しながら広げた週報の上にお菓子を乗せて子供に与えているお母さんとかいて… 苦労して作っても一瞬でゴミになる。(-_-;) それはさ [続きを読む]
  • I Love NARITA & Narita Church
  • 僕は 成田市に住んでいるけど 僕が住んでいる地域は元々成田市だったのではなくて2006年の3月に合併して成田市になったところ。 僕が生まれ育った家も今 住んでいるところとは違う町だったけど同じく2006年に合併して成田市になっている。 だから 僕自身はもともと成田の人間だったわけではない。 でも 郷土愛というのかな。成田を愛している。     ↑ 成田の観光大使 うなりくん 成田市の市民憲章は「信仰の [続きを読む]
  • ヒーリングとの出会い
  • 教会系SNSでは教会の中で名の知れた思わぬ人に出会うこともあった。 もちろん あちらは僕のことは知らないがマイシック (友達) 申請をして知り合いにしてもらうのである。 ずっと教祖様のそばで映像担当を続けておられたS先生にもそうして出会った。 僕は 8人目の教会長が訓読会でS先生の手記を読んでくださったことでS先生に会いたいと思っていた。 手記の中に書いてあった“ヒーリング”に興味があったからである。 僕はS [続きを読む]