やまちゃん さん プロフィール

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やまちゃんさん: やまちゃん奮闘記3
ハンドル名やまちゃん さん
ブログタイトルやまちゃん奮闘記3
ブログURLhttps://ameblo.jp/yamacyank56/
サイト紹介文滞在した国が26か国、合計21年の海外生活が終わりました。当時及び日々の話題も写真を中心に綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供97回 / 365日(平均1.9回/週) - 参加 2012/12/25 23:54

やまちゃん さんのブログ記事

  • 2003年中国・成都の旅 その2 錦里
  • 1993年から1995年にかけ、日本ー成都間を頻繁に行き来することがあった。 その間、三国志の蜀の国の都ゆかりの地・建物・遺跡なども訪れた。→弊ブログ 蜀の諸葛亮を祀った「武候祠」には度々探訪した。その隣に新しくできた観光施設「錦里」を訪れてみた。 錦里 武候祠の隣に位置する全長約400mの沿道に沿って、2004年の暮れにできた建物は、成都平原の明・清時代の建築風格をそっくり まねて造られています。  錦里に一歩足 [続きを読む]
  • 2003年中国・成都の旅 その1 杜甫草堂
  • 1993年から1995年にかけ、日本ー成都を頻繁に行き来することがあった。弊ブログ 1993年中国・成都の旅 その1、その2、その3 に綴った。 今回は、それ以来の久しぶりの訪問・滞在だ。前回も探索した杜甫草堂を再訪したので、綴ってみよう。 杜甫草堂(Dofu Caotang) 杜甫といえば詩聖として,李白と並び称される唐代の大詩人です。彼が生存中は詩人として有名でなく、生活は貧しいものだったようです。 「安史の乱」を避ける [続きを読む]
  • 1993年〜2014年 中国の旅 三星堆遺跡
  • 三星堆遺跡1993年から1995年にかけ、中国・成都市に滞在した折、当時はまだ、成都市内の人民南路沿いにあった四川省博物館を訪れ、展示品の中で、異様に飛び出た目(縦目)を持つ巨大な青銅の獣面に出会った時の強烈な印象を今も覚えている。 これら神秘的な、独特の器物からなる三星堆遺跡出土品から漢民族のものとは異なる独自の高度文明が四川にあったことを学んだ。それ以来、この謎に包まれた出土品 、その後の発掘、研究成果 [続きを読む]
  • 2003年 中国・貴陽の旅 その3 さすがマオタイ酒の本場
  • 茅台酒(マオタイ酒)は貴陽の北の仁懐市茅台鎮で生産されている白酒です。 茅台酒と呼べるのは、ここで生産されているものだけで、人気は高く、実際には、市場にはかなりの量の偽物も出回っているようです。 貴陽の空港、街中でも特大の茅台酒の看板を見かけます。 麹作りから始まり、(麹作り風景→こちら)酒となって、蒸留し、最低5年は寝かせるそうです。、値段は、年代物によるがピンキリですね。数千万円もするものがある [続きを読む]
  • 2003年中国・貴陽の旅 その2 恐るべき貴州料理
  • 黄果樹風景区に出かけた折に、途中の安順市の郊外で、空腹のままでは観光はできないと、ローカルのレストランに入った。   典型的な貴州料理の写真です。ごらんの通り、まっ赤々です。 辛さは四川料理を超えてます。四川料理は山椒の辛さですが、こちらは唐辛子の辛さです。 なれない人は全然食べれなく、お腹がすいてたまりませんね。 どこの国向けの仕事でもそうですが、企業戦士は味音痴(?)で、何でも食べることができる [続きを読む]
  • 2003年中国・貴陽の旅 その1 アジア最大の滝
  • 中国向けの仕事をしており、何度か大陸に出かけたが、やはり大陸には目を見張るものがありますね。中国・貴州省の中央部にある貴陽市の南西約120km?にある黄果樹風景区は、白水河にかかる10あまりの滝と、その周囲の奇岩で知られた景勝地です。こ?の一帯は典型的な溶岩地形で起伏に富み、滝のほかにも湖や大規模な鍾乳洞が多く点在?する。  ここの滝は世界にも稀な溶岩瀑布と呼?ばれるタイプのものです。黄果樹瀑布はその中で [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その6 北京・瑠璃廠
  • 中国の旅 その1北京・頣和園、 その2北京・天壇、その3北京・鼓楼、その4北京・胡同、その5北京・宗慶齢故居に続き、北京に瑠璃廠について、記述します。 瑠璃廠(LiuLiChang)  北京の天安門広場の南西方向の地下鉄駅「和平門」を越えた辺りに、元・明代に宮殿の瑠璃瓦を焼く窯のあった瑠璃廠という街があります。清朝の初めころからは書画・文具街として名を馳せ、現在の町並みになっていたとか。現在は工芸・古書・歴史・美術 [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その5 北京・宋慶齢故居
  • 中国の旅 その1北京・頣和園、 その2北京・天壇、その3北京・鼓楼、その4北京・胡同に続き、北京にある宋慶齢故居について、記述します。 宋慶齢故居 紫禁城の西側に細長い湖からなる北海公園があり、その北部に什刹海(西海、后海、前海の三湖) があり、その湖に沿った遊歩道は北京の人たちの憩いの場となっている。この后海の北西側遊歩道沿いに宋慶齢故居がある。清朝最後の皇帝、溥儀の父、醇親王の王府だった所です。1962 [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その4 北京・胡同
  • 中国の旅 その1北京・頣和園、 その2北京・天壇、その3北京・鼓楼に続き、北京の胡同(フートン:古い北京城内にある狭い通り、横町のこと)について、記述しましょう。 胡同 鼓楼の西側にある什刹海(西海、后海、前海の三湖)一帯 の胡同は、北京に残る胡同の中でも保存状態も良好で、美しいと言われている。伝統的家屋建築である四合院が多くこの胡同に面し、古き良き北京の面影をしのばせる。 什刹海 一帯の胡同巡りに参加す [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その3 北京・鼓楼
  • 中国の旅 その1北京・頣和園, 中国の旅 その2 北京・天壇に続き、北京の鼓楼・鐘楼について、記述しましょう。 鼓楼 故宮の南北を走る中軸線の北側 延長線上に地安門外大街が在るが、その北側に、元の時代にできた鼓楼と100mほど離れて鐘楼が在る。 700年の歴史がある鼓楼は、昔、時刻を知らせる役目を果たしていた。鼓楼には水時計があり、この水時計の時刻を基に叩き手が太鼓を鳴らしたそうですが、時刻によって叩き方も [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その2 北京・天壇
  • 中国の旅 その1北京・頣和園に続き、北京の天壇について、記述しましょう。 天壇(TianTan)@北京 北京の天壇は 明・清代の皇帝が天を祭り、そして豊穣を祈願する所で、数百年の間、歴代の皇帝が、盛大な祭典儀式を行った場所です。 中国には昔から、「天」は至上のものであり、万物を支配するという思想があった。皇帝は、「天命」を受けた「天子」であり、「君たる者は、天を父とし、地を母とし、民を子とする。」 とされてき [続きを読む]
  • 珍しい「ツインライナー」
  • 小田急「湘南台駅」は、1999年の横浜市営地下鉄・相鉄いずみ野線の延伸以来、利用者数が1998年の5万人から2002年には10万人と、倍増した。朝夕の通勤・通学ラッシュ時の大量輸送を実現し、湘南台駅西口ターミナルにおける混雑を緩和する対策が取られてきた。→こちら 全長18mのツインライナー 藤沢市内では、2005年3月から「湘南台駅西口〜慶応大学」線で、通常バスの約2倍の輸送力を持つ連節バス「ツインライナー」(TwinL [続きを読む]
  • いよいよ開花まじか 世紀の植物・リュウゼツラン
  • 健康を保つために週に2回ほど水泳に通っている。温水プールの入口近くで、先が鋭く尖り、縁にとげを持つ厚い多肉腫の葉の根本から、ニョキっと一本の茎がのびているのを5月初旬に見つけた。この一か月半で、花茎が勢い良く伸び数メートルになった。 日本では〜50年に一度しか花を付けないという世紀の植物=「リュウゼツラン」→弊ブログ参照  花芽もうっすら黄色味を帯びてきた。いよいよですね。 <追記> 横浜市旭区 タウン [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その1北京・頣和園
  • 頣和園(YiHeYuan) 1993年〜1995年、中国に出たり入ったりしていたが、以降しばらく中国から遠ざかっていた。縁があり、また戻ってきた。2003年初めから2007年の初めまで続いた。この間、北京、上海、成都、貴陽など、あちこちと行く機会があり、先々の話題を綴ってみます。 北京の頤和園は、すばらしい景色とみごとな宮殿で知られる古典的庭園です。清朝末期の西太后栄華の跡でもある。 頣和園は面積 は293ヘク [続きを読む]
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その4 古城3
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その1、その2、その3に引き続き、ライン川沿いの古城の話を綴ります。 ライン川は、昔から、船を使った水運が盛んで、城は河を行き来する船を見張る重要な監視所でもあった。川の中にも建設された建物もあった。  1326/27年に税関として築かれたPfalzgrafenstein (プファルツ城)と右上の丘に建っているBurg Gutenfels (グーテンフェルス城) 雪解け水の中に沈むPfalzgrafenstein (プファ [続きを読む]
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その3 古城2
  • KoblenzからMainz方面へ川をのぼった場合、ローレライを過ぎた辺りの対岸がOberwesel (オーバヴェーゼル)です。 山上には11世紀頃まで起源をさかのぼるシェーンブルグ城がある。17世紀にフランス軍により破壊されたが、19世紀末に再建され、現在は古城ホテルとして使われている。 オーバヴェーゼルの船着場 & Liebfrauenkirche (教会) シェーンブルグ城(現在はホテル)    左:Bacharach(バッハラッハ)の丘に [続きを読む]
  • "世紀の植物"の花が間もなく咲きそう。100年に一度の花? <追記>
  • 今回はドイツ・ライン川の旅の続きでなく、主題の花の話です。 健康を保つために週に2回ほど水泳に通っている。温水プールの入口近くで、先が鋭く尖り、縁にとげを持つ厚い多肉腫の葉の根本から、ニョキっと一本の茎がのびているのを1か月ほど前に見つけた。なんだろうと気になっていた。この一か月で、茎が勢い良く伸び数メートルになった。   写真上左から、5月3日、5月21日、5月28日 5月31日には、花芽と思わしきものが出てき [続きを読む]
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その2 古城
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その1 ケルンに続き、ライン川沿いの古城について、綴ります。 オランダSittardからFrankfurtへ約5時間の電車の旅の途中、Kölnで大聖堂を見学した後、Köln ⇒ Koblenz ⇒ Mainzのライン川沿いを走る電車の車窓からローレライ、古城のある風景を満喫した。 電車に乗ると、窓ガラスが日本の電車と違って、かなり汚れており、きれいな窓の席を探す必要があることに気が付いた。なかなか、最高の写真を [続きを読む]
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その1 ケルン
  • Köln(ケルン) 2002年、オランダ・Maastrichtへの出張からの帰路、Frakfurtからの飛行機便しか取れなく、しかも時間に余裕があったので、Sittard ⇒ Heerlen ⇒ Aachen ⇒ Köln ⇒ Koblenz ⇒ Mainz ⇒ Frankfurt空港まで約5時間の電車の旅を楽しんで見た。Heerlenは、マーストリヒトの隣町で、オランダ南端のドイツにつながる国境の歴史のあるモダンな町です。ここで、Sittaardからの電車を降りた隣のホームに入って来るAache [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その11 食事
  • ハノイでの食事 当時は、まだ「トリップアドバイザー」のようなサイトはなく、食べ歩きの情報サイトは少なかった。数少ない情報を頼りにハノイ滞在中に出かけたレストランは、数えたら25軒ほどあった。すべてでないが写真に収めたので、これらの写真を並べて、雰囲気を味わってみよう。ベトナム料理東南アジアの中では刺激的な辛さや強烈なクセがなく、マイルドな味付けで日本人の口に合う、食べやすい料理が多い。 海や川の [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その10 タイ湖畔
  • タイ湖湖畔ハノイには池や湖がたくさんある。その中で、タイ湖は市の北部にある大きな湖です。湖ではタニシや雷魚が取れる。 ハノイのタイ湖湖畔の大衆レストランに入り、現地ビール・ビール(ハリダ=約67円)とハノイの名物料理バイン・トム・ホー・タイ(蝦のさくさく天ぷら=約85円)を楽しんだ。 タイ湖の南東湖畔にあるチャン・クオック寺はもともとは李南帝(544−548年)時代に紅河のほとりに建てられたベトナム [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その9 歴史博物館
  • 歴史博物館・ハノイ 先史時代から近代に至るまでのベトナムの歴史が年代順に紹介されている国立歴史博物館です。大劇場の近くにある八角形の塔がある建物の黄色さが印象的です。フランス人建築家エブラール(Ernest Hebrard)による、西洋と東洋の折衷・インドシナ様式といわれる建築様式です。 展示品の中で圧巻は銅鼓です。特別展示のコーナーを過ぎるて、建物内を進むと数多く銅鼓が並んでいます。写真料金(カメラ15,00 [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その8 文廟(孔子廟)
  • 文廟・ハノイ  ハノイの孔子廟とも呼ばれるバン・ミョウ(文廟)です。リ朝4代のリ・ニャン・トン(仁宋)によって、境内に1076年に最初の大学(国子監)が開設された。当初は宮廷の高官の子弟が学ぶためのものだったようです。 (歴史表参照) この頃のベトナムでは、インドから渡来した仏教と中国からの道教が、土着信仰と接触して広く民衆に浸透し、儒教は支配層に受け入れられていたと言われている。仏教はリ朝時代( [続きを読む]