やまちゃん さん プロフィール

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やまちゃんさん: やまちゃん奮闘記3
ハンドル名やまちゃん さん
ブログタイトルやまちゃん奮闘記3
ブログURLhttps://ameblo.jp/yamacyank56/
サイト紹介文滞在した国が26か国、合計21年の海外生活が終了。振返りながらボチボチ写真中心に綴ります
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供84回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2012/12/25 23:54

やまちゃん さんのブログ記事

  • いよいよ開花まじか 世紀の植物・リュウゼツラン
  • 健康を保つために週に2回ほど水泳に通っている。温水プールの入口近くで、先が鋭く尖り、縁にとげを持つ厚い多肉腫の葉の根本から、ニョキっと一本の茎がのびているのを5月初旬に見つけた。この一か月半で、花茎が勢い良く伸び数メートルになった。 日本では〜50年に一度しか花を付けないという世紀の植物=「リュウゼツラン」→弊ブログ参照  花芽もうっすら黄色味を帯びてきた。いよいよですね。 トップへ戻る(全体表示) [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その1北京・頣和園
  • 頣和園(YiHeYuan) 1993年〜1995年、中国に出たり入ったりしていたが、以降しばらく中国から遠ざかっていた。縁があり、また戻ってきた。2003年初めから2007年の初めまで続いた。この間、北京、上海、成都、貴陽など、あちこちと行く機会があり、先々の話題を綴ってみます。 北京の頤和園は、すばらしい景色とみごとな宮殿で知られる古典的庭園です。清朝末期の西太后栄華の跡でもある。 頣和園は面積 は293ヘク [続きを読む]
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その4 古城3
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その1、その2、その3に引き続き、ライン川沿いの古城の話を綴ります。 ライン川は、昔から、船を使った水運が盛んで、城は河を行き来する船を見張る重要な監視所でもあった。川の中にも建設された建物もあった。  1326/27年に税関として築かれたPfalzgrafenstein (プファルツ城)と右上の丘に建っているBurg Gutenfels (グーテンフェルス城) 雪解け水の中に沈むPfalzgrafenstein (プファ [続きを読む]
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その3 古城2
  • KoblenzからMainz方面へ川をのぼった場合、ローレライを過ぎた辺りの対岸がOberwesel (オーバヴェーゼル)です。 山上には11世紀頃まで起源をさかのぼるシェーンブルグ城がある。17世紀にフランス軍により破壊されたが、19世紀末に再建され、現在は古城ホテルとして使われている。 オーバヴェーゼルの船着場 & Liebfrauenkirche (教会) シェーンブルグ城(現在はホテル)    左:Bacharach(バッハラッハ)の丘に [続きを読む]
  • "世紀の植物"の花が間もなく咲きそう。100年に一度の花? <追記>
  • 今回はドイツ・ライン川の旅の続きでなく、主題の花の話です。 健康を保つために週に2回ほど水泳に通っている。温水プールの入口近くで、先が鋭く尖り、縁にとげを持つ厚い多肉腫の葉の根本から、ニョキっと一本の茎がのびているのを1か月ほど前に見つけた。なんだろうと気になっていた。この一か月で、茎が勢い良く伸び数メートルになった。   写真上左から、5月3日、5月21日、5月28日 5月31日には、花芽と思わしきものが出てき [続きを読む]
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その2 古城
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その1 ケルンに続き、ライン川沿いの古城について、綴ります。 オランダSittardからFrankfurtへ約5時間の電車の旅の途中、Kölnで大聖堂を見学した後、Köln ⇒ Koblenz ⇒ Mainzのライン川沿いを走る電車の車窓からローレライ、古城のある風景を満喫した。 電車に乗ると、窓ガラスが日本の電車と違って、かなり汚れており、きれいな窓の席を探す必要があることに気が付いた。なかなか、最高の写真を [続きを読む]
  • 2002年ドイツ・ライン川の旅 その1 ケルン
  • Köln(ケルン) 2002年、オランダ・Maastrichtへの出張からの帰路、Frakfurtからの飛行機便しか取れなく、しかも時間に余裕があったので、Sittard ⇒ Heerlen ⇒ Aachen ⇒ Köln ⇒ Koblenz ⇒ Mainz ⇒ Frankfurt空港まで約5時間の電車の旅を楽しんで見た。Heerlenは、マーストリヒトの隣町で、オランダ南端のドイツにつながる国境の歴史のあるモダンな町です。ここで、Sittaardからの電車を降りた隣のホームに入って来るAache [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その11 食事
  • ハノイでの食事 当時は、まだ「トリップアドバイザー」のようなサイトはなく、食べ歩きの情報サイトは少なかった。数少ない情報を頼りにハノイ滞在中に出かけたレストランは、数えたら25軒ほどあった。すべてでないが写真に収めたので、これらの写真を並べて、雰囲気を味わってみよう。ベトナム料理東南アジアの中では刺激的な辛さや強烈なクセがなく、マイルドな味付けで日本人の口に合う、食べやすい料理が多い。 海や川の [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その10 タイ湖畔
  • タイ湖湖畔ハノイには池や湖がたくさんある。その中で、タイ湖は市の北部にある大きな湖です。湖ではタニシや雷魚が取れる。 ハノイのタイ湖湖畔の大衆レストランに入り、現地ビール・ビール(ハリダ=約67円)とハノイの名物料理バイン・トム・ホー・タイ(蝦のさくさく天ぷら=約85円)を楽しんだ。 タイ湖の南東湖畔にあるチャン・クオック寺はもともとは李南帝(544−548年)時代に紅河のほとりに建てられたベトナム [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その9 歴史博物館
  • 歴史博物館・ハノイ 先史時代から近代に至るまでのベトナムの歴史が年代順に紹介されている国立歴史博物館です。大劇場の近くにある八角形の塔がある建物の黄色さが印象的です。フランス人建築家エブラール(Ernest Hebrard)による、西洋と東洋の折衷・インドシナ様式といわれる建築様式です。 展示品の中で圧巻は銅鼓です。特別展示のコーナーを過ぎるて、建物内を進むと数多く銅鼓が並んでいます。写真料金(カメラ15,00 [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その8 文廟(孔子廟)
  • 文廟・ハノイ  ハノイの孔子廟とも呼ばれるバン・ミョウ(文廟)です。リ朝4代のリ・ニャン・トン(仁宋)によって、境内に1076年に最初の大学(国子監)が開設された。当初は宮廷の高官の子弟が学ぶためのものだったようです。 (歴史表参照) この頃のベトナムでは、インドから渡来した仏教と中国からの道教が、土着信仰と接触して広く民衆に浸透し、儒教は支配層に受け入れられていたと言われている。仏教はリ朝時代( [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その7 戦争遺物
  • 軍事博物館・ハノイ 対仏、対米戦争を中心とする、ベトナムの長い戦争の歴史を伝える博物館です。実物の銃、戦闘機やミサイルの残骸などが見られます。戦う理由が南北ベトナム統一・民独立であり、そのために、人々がいかに苦難を乗り越えてきたのかという点を大変強調している印象をうけました。 建物を入るとすぐ左に「MIG21」が目に飛び込んできます。機首に14ヶの星しるしがあるように、ベトナム戦争時1967年から1969 [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その6 鉄道
  • ハノイ駅・鉄道事情 ハノイ駅はベトナム戦争中に爆撃で破壊されたのですが、現在のものは建て直されたものです。ホームは線路と同じ高さとなっており、列車が無かったら路面電車の線路かと間違えそうです。人口8,000万人の首都の駅を考えると貧弱に思われます。しかし、将来は高架となるようで、計画の町並みの模型が駅構内にかざってありました。→最近の映像(変わりはないようですね)駅前は一方通行となっていた。当時、 [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その5 ホアンキエム湖
  • 亀伝説・ホアンキエム(=環剣) ハノイの中心部にあるホアンキエム湖(Ho Hoan Kiem=環剣という意)には、1865年に建立された、学問の神、武の神、医の神などの神々を祀る玉山祠(Den Ngoc Son)がある。そこには、元による侵攻を退けたチャン(陳)朝の国民的英雄チャン・フン・ダオ(陳興道、チャン・クォック・トアン=陳国峻とも呼ぶ)も神格化され祀られている。  1248年に、明との戦いに苦戦していたレー・ロイ(黎 [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その4 建物
  • ハノイ市内には結構しゃれた家並みが多いです。フランスの植民地だった名残なんですね。ハノイの代表的なフランス風建物は1911年にパリのオペラ座をまねて建てられた大劇場です。ハノイ随一の劇場で、演劇、オペラ、オーケストラの演奏が催されます。 一方、古い建物の王宮は各王朝が変わる度に遷都されたこともあり、破壊されたりしており、残っていない。寺や廟はそのまま残っているものや補修されて残っています。1049 [続きを読む]
  • 大谷翔平ゆかりの鶴ヶ峯稲荷神社を訪問
  • 今年の2月に、テレビで、横浜市旭区にある大谷翔平ゆかりの小さな稲荷神社が、報道されていた。→鶴ヶ峯稲荷神社 今日、旭区の室内プールに泳ぎに行った帰りにこの神社を探策してみた。場所は相鉄線の鶴ヶ峰駅から約6分位の、帷子(かたびら)川沿いの鶴ヶ峰公園のなかにあり、本当に小さな神社だった。   なぜ、ここが大谷翔平ゆかりと言うと、この地に、彼のお母さん(大谷加代子さん)の実家があり、子供の時から、この神社 [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その3 市場
  • ハノイの市場  ホアンキエム湖の北部の旧市街地区にあるハノイ最大の市場「ドン・スアン市場」は火事で一時閉鎖されたが、1996年に建て替えられ再開した。数々の店が所狭しと並んでいて圧倒されます。3階建で、建物内は食材から工芸品、雑貨、靴、食器、化粧品、 音楽テープと何でもありです。外国人が買物するには便利かも知れない。しかし、英語/日本語/片言のベトナム語でやってみたが、外国人と見ると値段をふっかけて [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その2 歴史
  • ベトナムに関して、知識がなかったのですが、意外な面を知りえた。ちょっとベトナムの歴史を覗いてみましょう。 ベトナムと聞いて、思い出すのは、ベトナム戦争のことでしょう。しかし、振り返ってみると、ベトナムの歴史は、中国、現在のラオス、カンボジアと国境を接している為に、古来から中国やその他の国との対立と交渉の関係史でもあると考えられます。つまり、常に中国からの侵略におびえ抵抗した歴史であり、ヨーロッパ勢 [続きを読む]
  • 中国・南京からチューリップ満開の便り!
  • かって住んでいた中国・南京でよく通っていた日本料理「割烹94」のママさんから、南京の?博园のチューリップが満開との報を受けた。きれいですね。 長崎のハウステンボスのチューリップ祭り、千葉県佐倉市のチューリップフェスタと同様、オランダの風車とチューリップの風景が見える。 本家のオランダ・キューケンホフのチューリップも、南京や長崎と同様に見頃を迎えている。 <追記>中国・南京に行かれた折は、ぜひ日本料理「 [続きを読む]
  • 2002年ベトナム・ハノイの旅 その1
  • 2002年の9月に同僚の応援で急遽ハノイに赴任しました。毎日が事務所勤めで日曜日しか自由な時間がなかったので、限られたところしか訪問できませんでしたが、滞在期間中、精力的に市内をめぐり撮った写真で、ハノイの街を中心に紹介しましょう。 丁度、ANAのベトナム便が就航した時期で、かっこいいアオザイの女性の写真(サイゴンの昼下がり)の広告が印象に残っている。 ハノイに関して、何の予備知識もなっかたのですが、 [続きを読む]
  • 2001年〜2007年オランダの旅その6 食べ物
  • オランダへの旅で味わったオランダ特有と思われる食べ物を紹介します。Haring(ヘリング) オランダ人はベルギー人と同様これをよく食べますね。オランダのガイドブックには必ず載っている食べ物で、保存用に塩漬けした生ニシンの塩抜きをしたものです。この生ニシンの食べ方が結構独特です。骨、頭などを取り除いてきれいにされた生ニシンに刻んだ玉ねぎをまぶし、しっぽを持ってつまみあげてぱくりつく、という具合です。すごく [続きを読む]
  • 2001年〜2007年オランダの旅その5 マーストリヒト
  • 1977年にオランダに初めて来て以来、弊ブログ・1983年オランダ・ドイツ車の旅、 1991年オランダ・ベルギーの旅 その1に書いたように、オランダでよく来たところは、南部のマーストリヒトという古い町です。三銃士のダルタニアンが亡くなった町でもあり, 戦時中、レンブラントの名画「夜警」がドイツの空襲をさけて避難していた町でもあります。曲がりくねって流れるマース川に沿ってベルギーとの国境に接するマーストリヒト [続きを読む]
  • 2001年〜2007年オランダの旅その4 フロリアード
  • フロリアード(Floriade)『フロリアード』はオランダが誇る国際的な園芸見本市です。10年に1回開催され、訪問した年(2002)はちょうど第5回目でした。。開催期間は2002年4月6日から10月20日まで。ハーレマーメア(Haarlemmeermeer)という、アムステルダム・スキポール空港の近くで開催されてました。世界各国から約300万の来訪者を見込む、オランダで最も大きなイベントなのです。空港ターミナルから300番のバスで約25分で行けま [続きを読む]