やまちゃん さん プロフィール

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やまちゃんさん: やまちゃん奮闘記3
ハンドル名やまちゃん さん
ブログタイトルやまちゃん奮闘記3
ブログURLhttps://ameblo.jp/yamacyank56/
サイト紹介文滞在した国が26か国、合計21年の海外生活が終わりました。当時及び日々の話題も写真を中心に綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供95回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2012/12/25 23:54

やまちゃん さんのブログ記事

  • 2008年 南京・夫子廟(フーツミャオ)
  • 2007年暮れに、中国・南京に赴任して、途中1年間ほど、オランダに住んだが、合計中国に9年住んだ。見るものすべてが珍しく、探索を始めた。しばらくは、南京及びその周辺を探索してみます。 夫子廟(Fuzimiao) 孔子廟のほかに、市内を流れる秦淮河(チンフアイホー/Qinhuai He)を中心に古くから栄えた繁華街と、大規模な科挙の試験場の跡地を総称して、夫子廟と呼ばれている。清末には、科挙の試験場と共に遊郭も林立する一大繁華 [続きを読む]
  • 2007年インドの旅 その5 ニューデリー・遺跡3
  • RED FORT (赤い城) ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、アーグラから遷都し、自らの名を冠した新都シャージャハーナーバード (Shahjahanabad) における居城として築かれた。1639年から9年をかけて1648年に完成。名称の由来ともなった城壁の赤い色は、建材として用いられた赤砂岩のものである。1857年のインド大反乱のとき、イギリスは軍の駐屯地として接収した。兵舎が建設されるなど、城内は大きく造り替えられた。イン [続きを読む]
  • 2007年インドの旅 その4 ニューデリー・遺跡2
  • ムガル帝国(1526年〜1858年)の第2代皇帝フマユーン(Nasiruddin Humayun)(1530年〜1540年)の墓廟=フマーユーン廟を訪れた。皇帝フマーユーンの棺を収める墓廟として、王妃ハージ・ベグムが建てたものだそうです。 インドにおけるイスラーム建築の精華のひとつと評され、その建築スタイルはタージ・マハルにも影響を与えたといわれる。 Humayun's Tombより南の眺望 廟周囲の庭園は、ペルシア的な四分庭園となっており、10ヘ [続きを読む]
  • 2007年インドの旅 その3 ニューデリー・遺跡1
  • ニューデリー南郊外約15kmに位置するインド最古のイスラーム遺跡群クトゥブ・ミナール(Qutub Minar) 高さが72.5mあり、世界で最も高いミナレット 地震や落雷などで先端が崩れた後に修復してあり、当初は100mほどの高さがあったという。直径は、基底部14.3mに対して先端部2.75mであり、文字どおりの尖塔である。内部には378段の階段があり、以前は先端部まで上ることができた。 1192年、後に奴隷王朝を打ち立てるクトゥブ・ウッデ [続きを読む]
  • 2007年インドの旅 その2 ニューデリー
  • New Delhiはインドでも行って見たいところであった。初めてでもあり、お勧めにより、日航ホテル(現メトロポリタンホテル)に宿をとった。ホテル正面  ホテル裏 早めに仕事を切り上げ、観光に出かけた。インド門 第一次世界大戦で戦死したイギリス領インド帝国の兵士(約8万5千人)を追悼するために造られた。 インド門からMain Street(ラジバース通り)を来ると、官庁街です。外務省、財務省などが並んでます。   大統領官邸 [続きを読む]
  • 2007年 インドの旅 その1 ムンバイ
  • 2007年6月にインド・ムンバイに出かけた。→こちらのブログ 次の移動先への飛行機時間も考慮し、空港のすぐ北のKohinoor Continental Hotelに泊まった。時間も取れなかったので、世界遺産観光は次回へ回した。 このホテル及びホテル前の道路は、現在は整理されているが、この当時は下記写真の様に、古いインドの街の雰囲気だった。 イケメンはもてるね! 犬がポーズしてくれた。 我々がインド北部に入ったときに雨が降っ [続きを読む]
  • 〜2007年イギリスの旅 その2 ロンドン観光2
  • 市内観光バス   効率よく市内めぐりをするなら市内観光バスが便利です。 メインの見どころはもちろんのこと、車窓から家並みなどを楽しめます。色々なツアーが実施されています。 とりわけ、市内観光地を10−20分間隔で循環しており、80箇所で24時間乗り降り自由なバスが便利です。日本語の説明もあります。   ウェストミンスター・アビイ 大英国家の歴史を大事に保存する現代に生きる教会です。10世紀に創立され [続きを読む]
  • 〜2007年イギリスへの旅 その1 ロンドン観光1
  • 日本人が言う「英国=イギリス」は英語で正式には何というのか? また、United KingdomとGreat Britainの違いは何か? いつも、この疑問にぶつかる。連合王国(United Kingdom)はイングランド、スコットランド、ウェールズおよび北アイルランドから構成されており、その正式名称はUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国)、略称でUnited Kingdam 又は、UKだそう [続きを読む]
  • 〜2007年オランダの旅 その6 マーストリヒト郊外
  • マーストリヒト郊外のPietersburg洞窟   観光船乗り場からは、街外れにあるSt Pietersburg洞窟、及びベルギーのリエージュへ向かう観光船が出ている。 このSt Pietersburg洞窟は建築材に適するマール石の地層で、先住民の時代から切り出しが行われ、採掘場跡に出来た入り組んだ迷路のような洞窟が総距離約200kmにおよぶ。 第2次大戦中はシェルターとして使われており、レンブラントの「夜警」も避難していた [続きを読む]
  • 〜2007年オランダの旅 その5 マーストリヒト・ダルタニァン
  • マーストリヒト・D'Artagnan 17世紀のマーストリヒトの地図をみると、フライトホフ辺りを中心として、街の周りは城壁で囲まれており、Waldeck(ワルデック)稜堡は南西の角に位置するものと思われます。案内板によると、最初は主に土で作られた構造物で1690年に敷設されたらしい。 この五稜堡は、1773-1777年に根本的に変更された。稜堡の上に兵士は立つことができ、稜堡から乾燥した堀を見下ろすことができたようだ。 しかし、 [続きを読む]
  • 〜2007年オランダの旅 その4 マーストリヒト城壁
  • マーストリヒト旧市街の城壁 マーストリヒトは、1579年のスペイン、1643年のフランス、1748年のフランス、1749年のナポレオンなど度々の占領、包囲攻撃を経験している。 マース川を渡る拠点だったこともあり、戦略的に重要な拠点でした。都市は1229年に建造された城壁などによって古くから防御され、その後それらは数年にわたって絶えず拡張され改良されました。現在も保存されており、観光の目玉となってい [続きを読む]
  • 〜2007年オランダの旅 その1 マーストリヒト旧市街1
  • 2001年〜2007年オランダの旅 その1 で綴ったように、2001年、台湾からの帰国後、長年付き合ってきていたオランダの会社との仕事が頻繁になった。 そのおかげで、オランダには、度々、訪ねることとなった。 最終的には、2007年後半には、定年退職で日本の会社を退職し、オランダの会社に再就職することにすることになった。 当初は、中国の子会社に勤務でしたが、2010年から約1年、Maastrichtに常駐することとなった。 2001年〜200 [続きを読む]
  • 2003年中国・成都の旅 その3 青城山
  • 1993年に初めて青城山に登った時から何回か訪門したが、久しぶりに、訪れてみた。青城山は道教の天師道の発祥地であり、道教の十大洞天(仙人のいるところ)の中の「第五洞天」と言われてます。 前山(青城山と呼ばれる)と后山(青城后山と呼ばれる)があり、36の峰、 108の観光スポットがある。特に前山は道教の観光の名所となっている。 青城山の山門    天候があまりよくなかったので、今回は、前回と違って、リフトで登り、 [続きを読む]
  • 2003年中国・成都の旅 その2 錦里
  • 1993年から1995年にかけ、日本ー成都間を頻繁に行き来することがあった。 その間、三国志の蜀の国の都ゆかりの地・建物・遺跡なども訪れた。→弊ブログ 蜀の諸葛亮を祀った「武候祠」には度々探訪した。その隣に新しくできた観光施設「錦里」を訪れてみた。 錦里 武候祠の隣に位置する全長約400mの沿道に沿って、2004年の暮れにできた建物は、成都平原の明・清時代の建築風格をそっくり まねて造られています。  錦里に一歩足 [続きを読む]
  • 2003年中国・成都の旅 その1 杜甫草堂
  • 1993年から1995年にかけ、日本ー成都を頻繁に行き来することがあった。弊ブログ 1993年中国・成都の旅 その1、その2、その3 に綴った。 今回は、それ以来の久しぶりの訪問・滞在だ。前回も探索した杜甫草堂を再訪したので、綴ってみよう。 杜甫草堂(Dofu Caotang) 杜甫といえば詩聖として,李白と並び称される唐代の大詩人です。彼が生存中は詩人として有名でなく、生活は貧しいものだったようです。 「安史の乱」を避ける [続きを読む]
  • 1993年〜2014年 中国の旅 三星堆遺跡
  • 三星堆遺跡1993年から1995年にかけ、中国・成都市に滞在した折、当時はまだ、成都市内の人民南路沿いにあった四川省博物館を訪れ、展示品の中で、異様に飛び出た目(縦目)を持つ巨大な青銅の獣面に出会った時の強烈な印象を今も覚えている。 これら神秘的な、独特の器物からなる三星堆遺跡出土品から漢民族のものとは異なる独自の高度文明が四川にあったことを学んだ。それ以来、この謎に包まれた出土品 、その後の発掘、研究成果 [続きを読む]
  • 2003年 中国・貴陽の旅 その3 さすがマオタイ酒の本場
  • 茅台酒(マオタイ酒)は貴陽の北の仁懐市茅台鎮で生産されている白酒です。 茅台酒と呼べるのは、ここで生産されているものだけで、人気は高く、実際には、市場にはかなりの量の偽物も出回っているようです。 貴陽の空港、街中でも特大の茅台酒の看板を見かけます。 麹作りから始まり、(麹作り風景→こちら)酒となって、蒸留し、最低5年は寝かせるそうです。、値段は、年代物によるがピンキリですね。数千万円もするものがある [続きを読む]
  • 2003年中国・貴陽の旅 その2 恐るべき貴州料理
  • 黄果樹風景区に出かけた折に、途中の安順市の郊外で、空腹のままでは観光はできないと、ローカルのレストランに入った。   典型的な貴州料理の写真です。ごらんの通り、まっ赤々です。 辛さは四川料理を超えてます。四川料理は山椒の辛さですが、こちらは唐辛子の辛さです。 なれない人は全然食べれなく、お腹がすいてたまりませんね。 どこの国向けの仕事でもそうですが、企業戦士は味音痴(?)で、何でも食べることができる [続きを読む]
  • 2003年中国・貴陽の旅 その1 アジア最大の滝
  • 中国向けの仕事をしており、何度か大陸に出かけたが、やはり大陸には目を見張るものがありますね。中国・貴州省の中央部にある貴陽市の南西約120km?にある黄果樹風景区は、白水河にかかる10あまりの滝と、その周囲の奇岩で知られた景勝地です。こ?の一帯は典型的な溶岩地形で起伏に富み、滝のほかにも湖や大規模な鍾乳洞が多く点在?する。  ここの滝は世界にも稀な溶岩瀑布と呼?ばれるタイプのものです。黄果樹瀑布はその中で [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その6 北京・瑠璃廠
  • 中国の旅 その1北京・頣和園、 その2北京・天壇、その3北京・鼓楼、その4北京・胡同、その5北京・宗慶齢故居に続き、北京に瑠璃廠について、記述します。 瑠璃廠(LiuLiChang)  北京の天安門広場の南西方向の地下鉄駅「和平門」を越えた辺りに、元・明代に宮殿の瑠璃瓦を焼く窯のあった瑠璃廠という街があります。清朝の初めころからは書画・文具街として名を馳せ、現在の町並みになっていたとか。現在は工芸・古書・歴史・美術 [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その5 北京・宋慶齢故居
  • 中国の旅 その1北京・頣和園、 その2北京・天壇、その3北京・鼓楼、その4北京・胡同に続き、北京にある宋慶齢故居について、記述します。 宋慶齢故居 紫禁城の西側に細長い湖からなる北海公園があり、その北部に什刹海(西海、后海、前海の三湖) があり、その湖に沿った遊歩道は北京の人たちの憩いの場となっている。この后海の北西側遊歩道沿いに宋慶齢故居がある。清朝最後の皇帝、溥儀の父、醇親王の王府だった所です。1962 [続きを読む]
  • 2003年〜2006年中国の旅 その4 北京・胡同
  • 中国の旅 その1北京・頣和園、 その2北京・天壇、その3北京・鼓楼に続き、北京の胡同(フートン:古い北京城内にある狭い通り、横町のこと)について、記述しましょう。 胡同 鼓楼の西側にある什刹海(西海、后海、前海の三湖)一帯 の胡同は、北京に残る胡同の中でも保存状態も良好で、美しいと言われている。伝統的家屋建築である四合院が多くこの胡同に面し、古き良き北京の面影をしのばせる。 什刹海 一帯の胡同巡りに参加す [続きを読む]