何でも見てやろう さん プロフィール

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何でも見てやろう さん: 遊び心の喫茶室
ハンドル名何でも見てやろう さん
ブログタイトル遊び心の喫茶室
ブログURLhttp://tamiyacyann.blog.fc2.com/
サイト紹介文映画好き、本好き、絵画好き、安物の骨董好き。何にでも興味を持つ人、いらっしゃい。
自由文かつては、映画、絵画、文学、骨董などへの関心は、全てその時々の特定の女性への志向がキッカケになっていたものだが、時の流れが、対象への純粋な関わりの素晴らしさを教えてくれるようになった。これを老化と呼ぶか。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2013/01/02 20:55

何でも見てやろう さんのブログ記事

  • 音楽とは何か?
  • 戦時中のフルトヴェングラーの録音を聴いた後で、丸山眞男は恐るべきことをいう。「人類の音楽は、フルトヴェングラー戦時中の演奏をもってその頂点とするんじゃないんだろうか。戦後の録音、とくにスタジオで作ったLPにはこの凄みが欠けるんです。」しかもその頂点では、ベートーヴェンもシューベルトもブラームスも混然一体となって『音楽』そのものとなる。丸山の説を受け入れるとすれば、そこを通らないでクラシック音楽を愛好し [続きを読む]
  • バルドーの魅力をもう一度
  • ブリジット・バルドーの「真実」という映画はDVD化されず、TVでも放映されないので、再度観賞することはできない。ジョルジュ・クルゾー監督の話題作で、12歳のころ、地元の洋画専門館にかかった。バルドーの映画はゴダールの「軽蔑」も、バルドーの妖艶さを見事に引き出した「セシルの歓び」も、悪い映画ではないが、映画として真正面から観賞すると、やや消化不良気味になるのは否めない。「真実」は、もちろん中身は忘れ [続きを読む]
  • 芸術への動機を孕むということ
  • 三島由紀夫は、源氏物語の「花の宴の巻」と「胡蝶の巻」を称賛していた。2巻ともに、紫式部の仕掛けた罠の中で男と女が最も美しく快楽に身をゆだねる部分である。エロチシズムの「罠」に、ものの見事にはまった人間模様は美しい。三島の最後の作品となった「豊穣の海」も、実際の性描写が無く、生々しい男も女も登場しない分、より官能的な息づかいが横たわる。三島の罠ははたして美をとらえたのかもしれない。私には未だ読み解けていない [続きを読む]
  • なまなましく甦る
  • まず、上下巻で2千頁にわたる労作に敬意をおぼえる。1968年に私は大学の2年生だった。当時の未熟な学生活動家達の追いつめられた心情が共感できるだけに通読は辛い作業となった。東大、早大、中大、明大、日大の当時の状況が膨大な資料をもとに再現されている。収束は連合赤軍の経緯と浅間山荘事件、そして作者の結論となる。ひと回り以上も若い世代の小熊氏にこの著書であらためて知らされた事実も多い。恐らく氏の結論は正しい [続きを読む]
  • 鮫島有美子さんの本
  • 音楽は好きだが、ジャンルとか接し方、レベル、考え方は様々なので、身近に同好の士を見つけて楽しく語り合う機会はほとんど無い。ジャズ喫茶などは、「熱く」語り合う相手に接触できる稀有な空間で、それだから一時期のブームを作ったのだろう。書物に「共感」を求めようとしても、音楽家とか、音楽好きで蘊蓄のある著名人の書いた「音楽モノ」の文章はえてして面白くない。妙な「構え」がコトの本質より先にきて、心に響かない。本当の気 [続きを読む]
  • 梶井基次郎と音楽
  • 梶井基次郎全集の日記を読むと、梶井が音楽好きで、銀座の山野でブラームスのレコードを買おうとしてあきらめたり、来日した露西亜の交響楽団の演奏会に行って、チャイコフスキーの交響曲第6番、マーラーの交響曲第1番などのプログラムを聴きにいった場面が出て来る。同じコンサートで聴いたとおもわれるがモーツァルト(44番?という記述だが何の曲かは不明)を素晴らしく誉めてもいる。追い詰められた憂鬱を描いても、張りつめ [続きを読む]
  • 枯葉がたぐりよせた女性歌手
  • シャンソンの枯葉はジャズの世界でもスタンダードになってしまったが、ジャンルを越えてエリック・クラプトン、ウテ・レンバー、ウィリー・ネルソン、ボブ・ディラン、はては大御所のシナトラ、物議をかもしたサラ・ヴォーンのものまで、原曲を越えたオリジナルとして素晴らしい仕上がりで聴かせてくれる。最近、エヴァ・キャシディの全く新しい枯葉を聴いて感動した。新しいといっても私が知らなかっただけで、彼女は1996年に33 [続きを読む]
  • 遥かなるオリンポス
  • 「田中英光」久しぶりにこの名前を見た。図書2月号に独文学者の道簱泰三氏が「田中英光を思うーデカダンと理想」という一文を寄せている。オリンピックと聞くとすぐに思い当たる文士ということだが、私も御同様である。旺文社の高2時代の付録に「青春文学傑作選」なる冊子がついてきて、田中の「オリンポスの果実」がはいっていた。あとにもさきにも読んだのはその一作だが、その後、三島由紀夫が太宰の墓前で自殺した田中英光をさして「 [続きを読む]
  • たどりつく名曲
  • ヘンリー・パーセルを聴いたのは、オルフェウス室内管弦楽団のバロック・コンサートというCDにはいっていた「シャコンヌ・ト短調」を聴いて、良い曲だな、と思ったのが最初である。吉田秀和の名曲300選でパーセルを読んでも、すこぶる評価が高い。吉田の薦める「デイドとエアネス」という歌劇を聴いて吉田の思い入れに納得した。特に終曲の「土のなかに横たわれし時」は秀逸なメロディーである。画像のCDではキャサリン・ボットが歌っ [続きを読む]
  • セロを弾く妖精
  • カザルス編曲の「鳥の歌」の良い演奏を探していて、水谷川優子を知った。鳥の歌の方は、ルドルフ・マンダルカで落ち着いたのだが、「歌の翼に」などを奏する水谷川の音色の妙な魅力が気になった。悠々とした、音大受験やコンクールのためにガリガリ練習した、といった気配が全く感じられない、たゆとう音の流れは気持ちの良いものだ。楽器が自らの意思で、一番気持ちの良い鳴り方で呼吸しているような。もちろん、水谷川の音色にそぐわ [続きを読む]
  • こころにやさしい山案内
  • 深田久弥の百名山は二千メートルクラス以上の高山が多く取り上げられているが、田中澄江の「花の百名山」は、高尾山、相模大山、高水山、三浦半島の大楠山など、気楽に楽しめるハイキングコースも含まれていて、老齢の身にはありがたい山案内である。しかも、題名の花紀行にそれほどの比重を置くわけでもなく、著者と山との関わり、人生の思い出、史跡としての風格などを述べながらの山案内は楽しく読ませてくれる。最近は山登りの途 [続きを読む]
  • ああ、インタナショナル我らがもの〜♪
  • 武満徹の作品に「ギターのための12の歌」という編曲作品がある。選曲は、天才のヒラメキでギターの音色にマッチするものを選んだのであろうが、12曲目にパリ・コミューンで生まれて世界的な労働歌になった「インターナショナル」がはいっているのはチト驚きであり意外である。学生時代の友人と飲みすぎた時などにもぞもぞ歌ったことはあるが、私達の世代には苦くて甘く切ないメロディーである。武満にもそんなホロ苦さがあっての選曲 [続きを読む]
  • 宇根京子
  • 宇根京子氏は新進気鋭のヴァイオリニストだが、生まれ育ったところが御近所で、年齢も私の二人の息子に近く、幼いころはチョクチョクお見かけしたものだ。が、周囲では知らないひとが多い。名前と顔は知っていても、ヴァイオリンと結びつかない、ヴァイオリンをやることは知っていてもどのレベルなのか知らない、などなど。パガニーニ国際コンクールの入賞(6人入賞するが、1位でも6位でも差は無い)を果たしたわけだが、天賦の才 [続きを読む]
  • 病む大国
  • アメリカ大統領選でのトランプの台頭で、彼を支える層の存在を、アメリカ社会は初めて知るところとなった。それまではなりをひそめて、アメリカ社会からの疎外感に打ちひしがれていた「主張なき悲観者」であった膨大な層が、トランプの出現で初めて発言権を得たのである。実質的なアメリカ大統領選は、民主党のサンダースが敗れた段階で終わっていたと思われるが、その後も続く制御不能なトランプの脅威に怯える姿が、日本の報道番組 [続きを読む]
  • お気楽なお役人様
  • 豊洲問題は土木部門と建築部門の連携不足?バッカじゃないの。企業では現場を見に行くのが基本。まず社長から率先して現場、現物で判断するのである。まして部長様が現場を見ていないでは話にならない。現場を見ないで書類だけでボンヤリ判断されたのでは部門の方向は大きくズレるであろうし、有能な部下も育たない。部課長の真価は情報の精度、処理能力で決まる。となりの部門と「連携が足りない」などと呑気なことをいっている幹部 [続きを読む]
  • 人しれぬ闘い
  • 「ジーンセパーグ・コンプリート」の中の1篇「アメリカン・アクトレス」を見て、何の脈絡もなく石原裕次郎を思い出した。映画人としての経歴も境遇も全く違うけれども、スターであるが故の重圧の苦しさは同じものだったのではないか。ジーン・セパーグの、「悲しみよこんにちは」と「勝手にしやがれ」で見せたキュートな印象とはうらはらに、FBIやCIAを敵に回してまで関わったブラック・パンサーへの傾倒(関わっていると信仰宗教の [続きを読む]
  • 迷惑を許せない?・・・・ン?
  • 有名女優の息子の強姦致傷事件が話題になっているが、ある番組で彼のスケジュールを見て驚いた。とても感情を持つ生きた人間として扱われているとは思えない。人間に成る前にスターにしてしまって稼ぎまくるという、芸能界とはそういう場所なのであろう。人間になるどころか、身体も未成長な幼児時代に「子連れ狼」の子役で名を馳せた男は、大人になってから殺人を犯し、無期懲役の判決を受けているではないか。薬物も含めると有名人 [続きを読む]
  • テレビが日本人を恥知らずにした
  • 文芸春秋9月号に、故・永六輔が表記の題で一文を書いている。「おや?貴方もその片棒かつぎだったのでは」とつぶやきながら読んだが、御本人にその意識は無いらしい。客観的に見れば、ちょっとはマシ。戦犯に例えればCクラスかDクラスか。外国の友人に「日本のテレビは何か食べているか、仲間で悪ふざけをしているかばかりだ」といわれてしまったようだが、永六輔が恥じらう以前に、TV局のお歴々のエリート集団に、その恥ずかしさ [続きを読む]
  • 魅力乏しいが
  • 倉橋由美子の「交歓」を読む。久しく長編は敬遠していたが、女流作家のものなので、決して不快な違和感ではない感性のズレを楽しみながら、ついつい読みとおしてしまった。倉橋の、いわゆる「桂子さんモノ4部作」の最後の作品である。上流階級を描いたものだが、主人公も最後に結ばれる男性も、単に「お金持ち」であるというだけで何の魅力も無い。ヒロインがヒーローの利点を抽象的に讃えあげる場面は多いが、具体的なナマナマしい魅力 [続きを読む]
  • 原爆は誰が投下したのか?
  • 図書8月号に高村薫氏が「オバマ大統領の広島訪問を迎える国民の間に、何故怒りの声が聞こえなかったのか、誰一人として非難する人間がいなかったのか、原爆を落とされた怒りや悲しみはもはや風化されている。」と書いている。風化されたことには同じ感慨を持っているが、いったい、原爆を落としたのはアメリカなのだろうか?先の戦争の意味、冷静な戦況分析も熟考することなく、勝ち目の無い戦争をだらだら続け、幾千の若者の命を特 [続きを読む]
  • 噛み合わない対談
  • 司馬遼太郎の対談集「日本人への遺言」を読むと、唯一、大前研一との対談だけは全く噛み合った話がなされていない。司馬が大人になってお茶をにごしたのか、編集者の意図が加わっているのか、不思議なことに対談の中では論争は展開されていない。土地が投機の道具となりはて、大陸の農民が大地にキスをする行動に象徴されるような、土地との血肉の結びつきを人間の本来の姿と考える司馬に対して、大前は、米などは海外で作ればいい。 [続きを読む]
  • こんな講義を求めていた
  • 東大で行われた菊地成孔の講義を記録したものだ。切り口は自然で、かゆいところに手が届き、聞きたいところばかりを科学的、論理的に説明してくれる。音楽大学の公開講座などで、こういう話をミッチリ聴きたいと思っていたが、講座名、講師の略歴、講義の概要などを見ると「なんか違うな」という臭気を感じて腰が上がらなかった。菊地成孔のジャズへの道案内は素晴らしい。人に何かを教える場合には、知識だけではなくパーソナリ [続きを読む]
  • 伊藤野枝という女性
  • 図書5月号に「村に火をつけ、白痴になれ〜伊藤野枝伝」を書いた栗原康と森まゆみの対談が載っていた。対談を読んで、栗原氏の著作は読む気がしなくなったが、対象となった伊藤野枝については何かまとまったものを読んでみたくなった。野枝に関する著作は瀬戸内晴美の「美は乱調にあり」をはじめ多数あるようだが、選択に迷う。今の世には、舛添知事に象徴される「価値観」が厳然と存在する。少しでも特権を持った者は、記者会見で子供 [続きを読む]
  • 同じ音楽でも・・・・・
  •  青柳いづみこの「どこまでがドビュッシー?」に小澤征爾のサイトウキネン・オケが大西順子を招いて「ラプソディ・イン・ブルー」をやるくだりがある。共演は失敗だったとはどこにも書いてないが、読んでみてあらためて感じたのは、クラシックとジャズは融合しないという事実だ。ガーシュインのラプソディーは、譜面どおりに演奏するれっきとしたクラッシックである。大西順子はフレーズを借りても譜面を無視して「大西順子」を表現し [続きを読む]
  • 息苦しいほどに美しい
  • ジャズメンのプロフィルを知るのはレコードジャケットの解説が最初だが、コラムとか雑誌などで折に触れて自然に知識が増えてくる。そんななかで、スタン・ゲッツの、青年期から酒とヘロインを主食としたような人生を知れば知るほど、彼の録音を聴く時にその知識が邪魔になる。あのサックスから流れ出る、村上春樹が「天国的に美しい」と形容した脳幹を痺れさせるメロディーに触れる瞬間は何ものにも代えがたい至福の瞬間だが、時と [続きを読む]