峰さん さん プロフィール

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峰さんさん: ウォーク更家の散歩
ハンドル名峰さん さん
ブログタイトルウォーク更家の散歩
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/mrsaraie
サイト紹介文昨年、一人旅で、東海道五十三次を全踏破しました。 現在、中山道を踏破中です。
自由文一人旅の街道歩きに、すっかりハマってしまいした。
街道歩き以外の横浜・東京の町歩きもブログに書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供76回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2013/01/26 09:01

峰さん さんのブログ記事

  • 上田城 (日本100名城 : 長野県) 2018.8.13
  • (写真は上田城)真田幸村は、”日本一の兵 (ひのもといち の つわもの)”と言われています。そう、私もホントにそう思います。ええ、私は真田幸村のファンです。今年のお盆休みは、長野県の松代温泉に1泊して、真田氏ゆかりの上田城と松代城を訪ねて来ました。以前から、NHK大河”真田丸”のフィーバーが一段落したら、ゆっくりと、上田城と松代城を見物したいと思っていたからです。東京駅から長野新幹線で1時間半の上田駅で [続きを読む]
  • 家庭菜園
  • (写真は、我が家の”猫の額”の家庭菜園)股関節炎になってから、以前に比べると外出する機会が減り、その分、家庭菜園に費やす時間が多くなりました。猫の額ほどの狭い庭ではありますが、その割には、以下の写真の様に、多くの種類の野菜や花を楽しんでいます。(ブルーベリー)(なす)(ブラックベリー)(ミニトマト)青じそは、何もしなくても、毎年、こぼれ種で、良質な青じそがたくさん自生しますので、手間がかからず楽ち [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その19) ( 「登米」: 宮城県 )
  • (写真は、登米の町中の武家屋敷跡)   前回の「日和山」に続き、今回は「登米(とめ)」です。芭蕉は、ここ登米で1泊してかから、奥の細道のハイライトである平泉を目指しました。写真は、登米の中心部の入口にある北上川の堤防に建つ「芭蕉 一宿(いっしゅく)」の跡の碑です。我々のバス旅行も、登米市の中心部に入ります。登米は、武家屋敷が残る雰囲気のある鄙びた小さな町並みです。写真は、「教育資料館」(国重文)で [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その18) ( 「日和山」: 宮城県・石巻市 )
  • (写真は、日和山から見下ろす、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた石巻市の港周辺)   前回の「青葉城」に続き、今回は「日和山(ひよりやま)」です。日和山公園は、宮城県の石巻市の南の端にある標高60mの小高い丘です。2011年3月の東日本大震災では、多くの市民が、津波から逃れるために、ここ日和山の階段を駆け上がり避難しました。そして、この高台から、町並みが大津波に飲み込まれる様子を呆然と眺めていました。 [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その17) ( 「青葉城」: 宮城県 )
  • (写真は、青葉城の傍にある伊達政宗の霊廟・瑞鳳殿)   私達のバスツアーは、松島から、「青葉城」(仙台城)へ引き返し、上の写真のお城の石垣沿いの本丸への急な坂道を上って行きます。そして、青葉城の本丸の脇にある下の写真の本丸会館で遅めの昼食をとります。「青葉城」は、仙台の城下町を見下ろす青葉山(標高約200メートル)の丘陵に、伊達政宗が築いた大規模な平山城です。1601年、伊達政宗は、家康の許可を得て、仙台 [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その16) ( 「松島:雄島」: 宮城県 )
  • (写真は、雄島にある芭蕉句碑と曾良句碑)   前回の松島の湾内クルーズに続き、今回は松島の中の「雄島」(おじま)です。「雄島」は、松島湾の海に突き出た形の島で、短い橋で島へ渡ります。”奥州の高野山”と呼ばれていた「雄島」は、瑞巌寺とゆかりが深く、当時は、島全体が霊場となっており、僧侶や巡礼者たちの修行の場でした。従って、現在でも、島の岩窟の至る所に、当時の修行僧らが刻んだ石塔婆や仏像が残っています [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その15) ( 「松島:湾内クルーズ」: 宮城県 )
  • (写真は、松島湾内クルーズの船窓から)   前回の「瑞巌寺」に続き、今回は「松島」です。”松島や ああ松島や 松島や”よく耳にするこの句は、実は、芭蕉の句ではありません!この句は、芭蕉よりずっと後の江戸時代・後期の狂歌師・田原坊が詠んだものです。一般的には、松島が言葉で表現できないほど美しかったので、芭蕉は、松島では句を詠まなかったと言われています。ところが、実は、土芳(とほう)の「蕉翁文集」によ [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その14) ( 「瑞巌寺」: 宮城県 )
  • (写真は、瑞巌寺の庫裡)   前回の「塩釜神社」に続き、今回は「瑞巌寺」です。松島〜の サァヨー〜  瑞厳寺ほどの〜 寺もない とエー〜 あれはエー〜  エイトソーリャ〜   大漁だエー〜 (ここの村は 松島の瑞厳寺ほどの 立派な寺もない小さな村だけど 今日も魚がいっぱい獲れたよ。)この歌は、松島湾一帯に伝わる民謡で、カツオ漁の大漁祝い唄として歌われた「斎太郎節(さいたらぶし)」です。「瑞巖寺(ずい [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その13) ( 「塩釜神社」: 宮城県 )
  • (写真は、最期まで義経を守って処刑された藤原忠衡が寄進した灯篭)   前回の「末の松山」に続き、今回は「塩釜神社」です。そもそも、芭蕉の「奥の細道」の目的には、本来の”末の松山”などの「枕詞」(まくらことば)の地をたどって行くこと以外に、もう一つの目的がありました。それは、兄・頼朝から追討された弟・義経の逃亡の足跡をたどることでした。「奥の細道」の根底に流れるのは”無常観”で、義経の一生はまさに栄 [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その12) ( 「末の松山」: 宮城県 )
  • (写真は、”連理”の形の松がそびえる「末の松山」)   前回の「多賀城・壺の碑(つぼのいしぶみ)」に続き、今回は「末の松山」です。”契りきな  かたみに袖を しぼりつつ 末の松山  波越さじとは” (百人一首: 清原元輔 ) (約束しましたよね。涙を流しながら。末の松山が、決して波を被ることが無い様に、二人の愛も変わらないと。)男女の変わらぬ愛を誓う上の歌では、この「末の松山」がある場所には絶対に波 [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その10) ( 宮城野 : 宮城県 ) 
  • (写真は、榴岡天満宮の牛の親子 )前回の「実方中将の墓 」に続き、今回は「宮城野(仙台)」です。図説 地図とあらすじでわかる!おくのほそ道 (青春新書INTELLIGENCE 399)クリエーター情報なし青春出版社芭蕉と曽良は、伊達家のお膝元、仙台( 宮城野 )に入ります。 仙台は、当時、伊達正宗のひ孫の伊達綱村が藩主でした。芭蕉は、仙台に4〜5泊するつもりで、そのために2通の紹介状を携えていました。しかし、1通の宛先の [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その8) ( 須賀川: 福島県 )
  • (写真は、須賀川を訪れたときの芭蕉と曽良)   前回の「しのぶもじ摺り石」に続き、今回は「須賀川」です。奥の細道の旅ハンドブック久富 哲雄三省堂芭蕉は、 白河の関を越えた2日後に、「須賀川宿」に入ります。芭蕉は、ここ「須賀川」で、「相楽等躬」(さがら とうきゅう)を訪ねますが、等躬から大いに歓迎されたこともあり、須賀川に7泊もしています。当時の須賀川は、奥州街道の宿場町で、宿場としての問屋などの機能 [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その6) ( 医王寺: 福島県 )
  • (写真は、義経の身代わりとなって殺された佐藤兄弟の妻たち )暫く間が空きましたが、以前に「奥の細道」のバスの旅でご紹介した、黒羽、雲厳寺、殺生石、白河の関、安達ケ原の鬼婆の続きで、今回は福島の「医王寺」です。私は、現在、股関節炎のため、街道歩きに1日5キロ以内の制限が加わっており、このため、奥州街道から外れる「奥の細道」のスポットは、このパックのバス旅行で行く事にしています。図説 地図とあらすじで [続きを読む]
  • 伊勢神宮 (その5:あご湾遊覧) 2018.4.19
  • (写真は、あご湾遊覧のエスペランサ号)前回の「伊勢神宮めぐり(4/19〜21)」バス旅行の続きで、最終回です。1日目は、新横浜から新幹線と観光バスを乗り継いで、二見浦の夫婦岩と外宮を参拝したあとに伊勢のホテルに泊まりました。 2日目は、早朝の人が少ない時間帯に内宮を参拝したあと、おかげ横丁、 金剛證寺を見物して、前日と同じホテルに泊まりました。そして今回は、ツアーの3日目、最終日です。ツアーバスは、早朝 [続きを読む]
  • 伊勢神宮 (その4:金剛證寺) 2018.4.20
  • (写真は、金剛證寺の巨大な卒塔婆)今回は、前回の「伊勢神宮めぐり(4/19〜21)」バス旅行の2日目の続きで、内宮参拝とおかげ横丁見学のあと、「金剛證寺」へ向かいます。おかげ横丁で昼食を済ませ、「伊勢志摩スカイライン」に入ります。「伊勢志摩スカイライン」は、伊勢と鳥羽を結ぶ、全長16キロのドライブウェイです。このドライブウェイの山頂付近に、写真の伊勢神宮の鬼門を守る名刹「朝熊岳・金剛證寺」(あさまだけ  [続きを読む]
  • 伊勢神宮 (その3:おかげ横丁) 2018.4.20
  • (写真は「赤福氷」)前回の「伊勢神宮めぐり(4/19〜21)」バス旅行の続きです。2日目は、早朝にホテルを出て、人が少ない時間帯に内宮を参拝しました。今回は、その2日目の内宮参拝の続きです。参詣を終えて、宇治橋を渡り内宮を出ると、もう正面が、約800メートル続く内宮の参道の「おはらい町」です。おはらい町の入口に、上の写真の「赤福 内宮前支店」があり、名物の「赤福氷」(520円)をやっていました。余りの暑さに、 [続きを読む]
  • 伊勢神宮 (その2:外宮) 2018.4.19
  • (写真は外宮)少し間が空きましたが、前回の「伊勢神宮めぐり(4/19〜21)」バス旅行の続きで、話しは1日戻って、旅行初日の出来事です。早朝に新横浜駅から新幹線に乗り、豊橋駅で観光バスに乗り換えて、東名高速、伊勢湾岸自動車道、東名阪自動車道、伊勢自動車道と、延々と3時間半も乗って、ようやく伊勢の「二見浦」(ふたみがうら)に着きました。 (東名高速からトヨタの工場)(伊勢湾岸自動車道からナガシマスパーラン [続きを読む]
  • 小田原城・城址公園   2018.5.3
  • (写真は、小田原城の天守)今年のGW(5/3)に、小田原の「北条五大祭り」を見物に行った話しの続きです。北条五大祭りを見終えて、屋台村で生ビールを飲んで一休みしてから、小田原城の城址公園を一回りしてから帰宅します。「小田原城」は近いので、これまでに何回か訪れていますが、平成28年の大改修でリニューアルオープンしてからは初めてです。「小田原城」は、関東一円を支配した戦国大名の「北条氏」が五代にわたって拠点 [続きを読む]
  • 小田原城・北条五大祭り (北条氏政:高嶋政伸) 2018.5.3
  •   (写真は、北条氏政役の「高嶋政伸」と北条早雲役の「合田雅吏」)今年のゴールデンウィークは、混雑する遠出を諦めて、5/3(木)に、近場の小田原の「北条五大祭り」へ行って来ました。JR小田原駅から、小田原城内の北条五大祭りの広場まで、徒歩約10分です。(JR小田原駅)(JR小田原駅前の北条早雲像)戦国時代に関東を支配していた「北条氏」は、鎌倉時代の執権・北条氏と区別するために「後北条氏」とも呼ばれます。今年 [続きを読む]
  • 伊勢神宮 ( その1:内宮 ) 2018.4.20
  • (写真は、「内宮」の玄関口の五十鈴川に架かる「宇治橋」)4/19〜21の3日間、「朝一番に行く伊勢神宮内宮・外宮・別宮めぐり3日間」のバス旅行に行って行きました。1日目は鳥羽のホテル戸田屋に宿泊し、2日目の早朝、人が少ない時間帯に「伊勢神宮の内宮」に参拝します。東海道中膝栗毛 (21世紀版・少年少女古典文学館 第20巻)村松 友視講談社「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんは、東海道の四日市宿の外れの「日永(ひな [続きを読む]
  • バスで行く「薩摩街道」 ( その5:山鹿宿・八千代座 )
  • (写真は、「八千代座」の内部)前回の薩摩街道・山鹿宿の「さくら湯」に続いて、今回は山鹿宿の「八千代座」です。豊前街道沿いの「山鹿宿」は、江戸時代、参勤交代の宿場町として栄えた歴史、文化、温泉の町です。今でも、当時の面影を残しており、前回ご紹介した「さくら湯」、今回ご紹介する「八千代座」などの見どころが、豊前街道沿いの”徒歩5分圏内”に集まっています。「八千代座」の周辺には、江戸時代創業の麹専門店や [続きを読む]
  • バスで行く「薩摩街道」 ( その4:山鹿宿・山鹿温泉 )2018.3.18
  • (写真は、山鹿温泉の「さくら湯」)3/16から3/24まで、熊本の実家に帰省していた間に、西郷や篤姫も通ったという「薩摩街道」を歩いてみることにしました。しかし、現在、私は股関節炎のため、整形外科医から「1日の歩行距離を5キロに抑えること」と命ぜられているので、薩摩街道の宿場間を歩くことは断念しました。その代わり、電車かバスで薩摩街道の宿場町まで出掛け、その宿場町の中を歩くことにしました。と言う訳で、前回 [続きを読む]