峰さん さん プロフィール

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峰さんさん: ウォーク更家の散歩
ハンドル名峰さん さん
ブログタイトルウォーク更家の散歩
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/mrsaraie
サイト紹介文昨年、一人旅で、東海道五十三次を全踏破しました。 現在、中山道を踏破中です。
自由文一人旅の街道歩きに、すっかりハマってしまいした。
街道歩き以外の横浜・東京の町歩きもブログに書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供73回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2013/01/26 09:01

峰さん さんのブログ記事

  • 修善寺温泉・紅葉狩り (静岡県) 2018.12.2
  • (写真は、修善寺温泉の紅葉) 今年の「紅葉狩り」は、久し振りで、静岡県の「修善寺温泉」へ電車で行って来ました。新横浜 →(新幹線)→ 三島 →(伊豆箱根鉄道 35分)→  修善寺 →(バス 10分)→  修善寺温泉 「修善寺温泉」は、伊豆最古の温泉と言われる温泉郷で、三方を山で囲まれ、桂川の渓谷ぞいに旅館が立ち並び、賑やかながら落ち着いた情緒を持つ街です。先ず、”修善寺”温泉の中心である"修禅寺"にお参 [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その26) ( 「村上 2/2 」: 新潟県)
  • (写真は、乙宝寺の三重塔)   前回の「村上の町中散策」に続き、今回は「村上の寺社巡り」です。村上の町中にある「浄念寺」へ向かいます。「浄念寺」は、1667年に藩主となった「榊原氏」の菩提寺でした。1689年、「曽良」が長島藩(三重県)時代の主君だった、村上藩の筆頭家老・榊原氏の墓参のために「浄念寺」を参拝しています。榊原氏の後には、1716年に「間部詮房」(まなべ あきふさ)が藩主となりますが、4年後の1720年 [続きを読む]
  •  バスで行く「奥の細道」(その25) ( 「村上」: 新潟県)
  • (写真は、「千年鮭 きっかわ」の天井から吊るされた「塩引き鮭」)   前回の「念珠ケ関」に続き、今回は「村上」の町中散策です。我々の「奥の細道」バス旅行は、山形県の念珠ケ関を出た後、更に、日本海の海岸沿いに、バスで1時間半の新潟県の村上市を目指します。新潟県の最北部に位置する人口6万の「村上市」は、日本海に面し、江戸時代には村上藩の城下町として栄え、雰囲気のある武家屋敷などが残っています。早速、バスを [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その24) ( 「念珠ケ関」: 山形県)
  • (写真は、念珠ケ関の関所跡)   前回の「酒田」に続き、今回は「念珠ケ関(ねずがせき)」です。我々の「奥の細道」バス旅行は、山形県の酒田市を出た後、バスで40分で、同じ県内の鶴岡市に着きました。車窓から上の写真の鶴ヶ岡城跡を見物したあと、鶴岡の市街地を少しだけ散策します。鶴岡の街は、写真の様に、少し寂れていますが、でもレトロな感じで雰囲気があります。図説 地図とあらすじでわかる!おくのほそ道 (青春新書INT [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その23) ( 「酒田」: 山形県酒田市)
  • (写真は、酒田・山居倉庫の吉永小百合)  前回の「象潟」に続き、今回は「酒田」です。我々の「奥の細道」バス旅行は、秋田県の象潟町を出た後、バスで2時間余りで山形県の酒田市に入り、明治26年に建てられた「山居(さんきょ)倉庫」に向かいます。酒田市は、かつて北前船による交易で栄え、また、米の積出港として賑わいました。冒頭の写真は、JR東日本「大人の休日倶楽部」CM の「酒田・山居倉庫の吉永小百合」です。「 [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その21) ( 「羽黒山」: 山形県 )
  • (写真は、羽黒山の木立の中の「五重塔」)  実家の熊本に10日間ほど法事のため帰省していましたので、この間、ブログをお休みしていました。前回の「湯殿山」に続き、今回は「羽黒山」です。江戸時代には、「過去=月山、現在=羽黒山、未来=湯殿山」の出羽三山を訪ねることが、過去、現在、未来を巡る「生まれ変わりの旅」になる、と信じられていました。前回の「湯殿山」から1時間20分、我々の「奥の細道」バス旅行は、「 [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その20) ( 「湯殿山」: 山形県 )
  • (写真は、湯殿山の参籠所と大鳥居)    暫くお休みしていましたが、バスで行く「奥の細道」を再開します。前回の宮城県の「登米(とめ)」に続き、今回は山形県の「湯殿山」(ゆどのさん)です。前回ご説明しました様に、芭蕉は、前回の登米から、奥の細道のハイライトである平泉を目指しました。しかし、我々のツアーは、平泉や立石寺などについては、メンバーの皆さんが複数回行ったことがあるということで、これらを飛ばし [続きを読む]
  • 佐賀城 (日本100名城)
  • (写真は、佐賀城の「鯱(しゃち)の門」)今回の熊本への帰省の帰り道、JRで熊本から福岡へ向い、福岡空港から羽田へ戻りました。JRで熊本から福岡へ向う際、途中の鳥栖駅で長崎本線に乗り換え、鳥栖駅から4駅の佐賀駅で下車して、鍋島36万石の「佐賀城」に立ち寄ってみました。JR熊本駅 → (鹿児島本線) → 鳥栖駅 → (長崎本線) → 佐賀駅戦国時代、佐賀を治める地方領主に過ぎなかった「龍造寺(りゅうぞうじ)」氏は [続きを読む]
  • 電車で行く「薩摩街道」 (その8:田原坂 散策)
  • (写真は、田原坂の戦いで活躍した薩摩軍の美少年の像) 電車で行く「薩摩街道」は、前回の「田原坂の戦い」に続いて 、今回は「田原坂」周辺を散策します。熊本駅からJR鹿児島本線に乗って、5駅20分の田原坂駅で下車します。田原坂駅から線路沿いの道を30分くらい歩くと、下の写真の「田原坂」の入口に着きました。ここが田原坂のスタート地点で、長さ1.5キロ、標高差60メートルの田原坂を上っていきます。熊本城に籠城する政府 [続きを読む]
  • 電車で行く「薩摩街道」 (その7:”田原坂の戦い”)
  • (上の写真は、田原坂の戦い)電車で行く「薩摩街道」は、前回の「八代宿」に続いて 、今回は「田原坂」です。明治維新になると、失業した武士達の新政府に対する不満から、佐賀の乱(首謀者:江藤新平)、福岡の秋月の乱(宮崎車之助)、山口の萩の乱(前原一誠)、熊本の神風連の乱(太田黒伴雄)などの不平士族の乱が全国各地で起きました。その一連の戦いの最後の戦いが、明治10年に起きた「西南戦争」です。西郷隆盛率いる旧 [続きを読む]
  • 電車で行く「薩摩街道」 (その6:「八代城」 (続日本100名城))
  • (写真は、八代城の堀と石垣)最近は、実家の熊本に帰省する毎に、「薩摩街道」の宿場町を少しづつ訪れることにしています。江戸時代には、島津斉興(NHK大河では鹿賀丈史)や島津斉彬(渡辺謙)などの島津の殿様が参勤交代のために「薩摩街道」を通りました。また、篤姫(北川景子)も、将軍への嫁入りの際に「薩摩街道」を江戸へ向かいました。そして明治時代、西南の役の際には、西郷隆盛軍が、熊本城攻撃のために「薩摩街道」 [続きを読む]
  • 松代散策 と 川中島古戦場 (長野県長野市) 2018.8.14
  • (写真は、川中島古戦場の上杉謙信と武田信玄の一騎討ちの像)猛暑の中、松代の町中の松代城、眞田邸、真田氏の菩提寺の長国寺を見物しましたが、町中に戻り、引き続きレンタルサイクルで松代の中心部分を見て回ります。松代の史跡の見どころは、お城の前周辺に密度濃く固まっていて、歩いて散策するのにちょうど最適で、レンタルサイクルは必要ありませんでした。真田邸の塀沿いの道を少し進むと、写真の「文武学校」があります。 [続きを読む]
  • 「真田氏」ゆかりの「真田邸と菩提寺」(長野県 松代市) 2018.8.14
  • (写真は、真田氏の菩提寺の長国寺)猛暑の中、昨日は上田城を見物して松代温泉に1泊、今朝は、松代城を見物して昼食をとり、午後は「真田邸」(新御殿)へ向かいます。真田邸は、松代城の直ぐ近くにあり、写真の真田邸の長い塀沿いに歩いて入口を探します。真田邸は、9代藩主・真田幸教が、1864年に、義母のために建てた江戸末期の建築様式の建物ですが、後には自らの隠居所としました。上の写真は、表座敷で、長い廊下を 、表か [続きを読む]
  • 松代城 (海津城) (日本100名城 : 長野県長野市) 2018.8.14
  • (写真は松代城)昨日は、猛暑の中、上田城周辺を1日中歩き回ってぐったりとなってしまったので、今朝はゆっくりと起きて、のんびりと温泉に浸かってから、11時前にホテルを出ました。今日も嫌になる様な猛暑で、ホテルから徒歩15分の「松代城」へ、ゆっくりと歩いて行きます。帰りのバスの時間を確認するために、先ず、「旧松代駅」に立ち寄ります。長野鉄道・屋代線の廃線跡を横切って、少し歩くと「旧松代駅」に着きました。平 [続きを読む]
  • 上田城 (日本100名城 : 長野県) 2018.8.13
  • (写真は上田城)真田幸村は、”日本一の兵 (ひのもといち の つわもの)”と言われています。そう、私もホントにそう思います。ええ、私は真田幸村のファンです。今年のお盆休みは、長野県の松代温泉に1泊して、真田氏ゆかりの上田城と松代城を訪ねて来ました。以前から、NHK大河”真田丸”のフィーバーが一段落したら、ゆっくりと、上田城と松代城を見物したいと思っていたからです。東京駅から長野新幹線で1時間半の上田駅で [続きを読む]
  • 家庭菜園
  • (写真は、我が家の”猫の額”の家庭菜園)股関節炎になってから、以前に比べると外出する機会が減り、その分、家庭菜園に費やす時間が多くなりました。猫の額ほどの狭い庭ではありますが、その割には、以下の写真の様に、多くの種類の野菜や花を楽しんでいます。(ブルーベリー)(なす)(ブラックベリー)(ミニトマト)青じそは、何もしなくても、毎年、こぼれ種で、良質な青じそがたくさん自生しますので、手間がかからず楽ち [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その19) ( 「登米」: 宮城県 )
  • (写真は、登米の町中の武家屋敷跡)   前回の「日和山」に続き、今回は「登米(とめ)」です。芭蕉は、ここ登米で1泊してかから、奥の細道のハイライトである平泉を目指しました。写真は、登米の中心部の入口にある北上川の堤防に建つ「芭蕉 一宿(いっしゅく)」の跡の碑です。我々のバス旅行も、登米市の中心部に入ります。登米は、武家屋敷が残る雰囲気のある鄙びた小さな町並みです。写真は、「教育資料館」(国重文)で [続きを読む]
  • バスで行く「奥の細道」(その18) ( 「日和山」: 宮城県・石巻市 )
  • (写真は、日和山から見下ろす、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた石巻市の港周辺)   前回の「青葉城」に続き、今回は「日和山(ひよりやま)」です。日和山公園は、宮城県の石巻市の南の端にある標高60mの小高い丘です。2011年3月の東日本大震災では、多くの市民が、津波から逃れるために、ここ日和山の階段を駆け上がり避難しました。そして、この高台から、町並みが大津波に飲み込まれる様子を呆然と眺めていました。 [続きを読む]