tkharry さん プロフィール

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tkharryさん: 悟りの世界に遊ぶだけ〜♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)
ハンドル名tkharry さん
ブログタイトル悟りの世界に遊ぶだけ〜♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)
ブログURLhttps://ameblo.jp/kidotomoaki/
サイト紹介文悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供293回 / 365日(平均5.6回/週) - 参加 2013/02/07 15:32

tkharry さんのブログ記事

  • 禅スイッチいつ押すの?
  • 年末にかけ、あわただしくなる今日この頃、、(; ・`д・´) 先へ先へと行動を焦ってしまったり、その場をおろそかにしてしまいそうな様子に気付いたら、、 レッツ!! 禅スイッチON!!です!(●‘∀‘●)ノ" 「どこか」 を優先しようとする動きを見つめ、、 「どこか」 を手放し、「今ここ」 への帰依へと転換する、、 これが私が折に触れて言うところの、、禅の衣です、、 究極的なところでは、、今ここ以外の 「ど [続きを読む]
  • 今ここで自己を忘れる
  • 仏道を習うというは、自己を習うなり 自己を習うというは、自己を忘るるなり 自己を忘るるというは、万法に証せらるるなり  (道元禅師) 禅の修行というのは、どんな形であれその根本は、、 「自分」 を手放し、ただ今ここの目の前の取り組みの中へと深まりつつ、 そこに溶け去ることをいかに実現するかといったところに極まり、、 そのための工夫として、禅の師たちによって様々に体系化されて来ているわけです、、 特 [続きを読む]
  • 「幸せになりたい」を手放す
  • 今すぐにできる、救済へのアプローチは、 幸せに 「なりたい」 などとは思わないこと、、です、、 ・・・・ というのも、「幸せ」 という言葉は、どうしても聞こえが良いために、 その 「状態」 がさも、目指すべき場所であり、今ここを離れて到達しなければならないゴールのように 思わせる強迫めいたパワーを持ち合わせていると言っても良いでしょう、、 ですが、、「幸せになりたい」 といったところのエネルギーを見て [続きを読む]
  • 分からないものを分からないままに
  • この世の中にある出来事、物質、人々、現象、、 そのすべては、「分かり得ない」 ものであるといったところの、 いわゆる、思考の二元的な分割性、分離性を超えて、 ただ、そのままにしておくことを、空 (くう) と言い、無抵抗と言い、非二元性などと言うわけですが、、 ここでは、とりわけ、「無抵抗」 といったポインターにスポットを当ててみたいと思います、、 例えば、、目の前の現象に対して、、 一面的な 「見方 [続きを読む]
  • 「迷い」を手放す生き方
  • 私たちは、本当のところでは、「迷う」 ということはできません、、 というのも、、本質的に言えば、、 いつでも 「今ここ」 に居る以上、、「今ここ」 以外が現れることは無い以上、、 どうしたって、「迷い」 というものが生じ得ることは不可能なのです、、 けれども、、空想上の 「どこか」 が思考の働きによって、まさに、「どこか」 にあると思ってしまうと、、 「今ここ」 から離れて、「そこに 向かうことができる誰 [続きを読む]
  • 非二元性と聖なる疑い
  • 仕事柄、勉強を教える中で、、 新しいことを前にしてスムーズに進む生徒と、、 途中過程でつまづきが多く悪戦苦闘する生徒など、、 同じことを教えていても反応は様々であることに気付かされます、、 一概にその原因について断定することは不可能ですが、、 迷い道へハマってしまう生徒の多くが、、 「自分の思い込み」 を (無意識に) 正しいと思い込んで振り返らず立ち止まることなく進んでしまい、 結果、行き詰まると [続きを読む]
  • 都合の良い幸せを手放す
  • というわけで、ずっと幸せでいたい、、このまま 「良い気分」 がずっと続いてほしい、、 などというのは、あるがままに起こる現象に対して、、 「個人的な都合」 を優先的に満たしてくれる現象 (状態) ばかりを求めようとするエネルギー的様相であるからして、、 機能不全、、あるいは、抵抗や非受容性などと言うこともできるでしょう、、 一般的な天候と同じで、、生きている中では、、晴れの日もあれば、雨の日もあり [続きを読む]
  • いつも「気づいている」あなたへ
  • 特定の経験をしている状態に 「つねにずっと」 とどまろうと頑張るのは苦しみです。 うまくいきません。でも、ひとつの経験と別の経験の違いに主として着目する代わりに、 どんな経験にも共通している何かに気づき始めたりすることもあるかもしれません。 (ジョーン・トリフソン) 例えば、、日曜日の休日、、ずっとこのままでいたい、、月曜日になって欲しくない、、 と考えるとき、、どんな感じがするでしょうか、、 つま [続きを読む]
  • 問題は起こるが問題ない
  • たくさんの 「都合」 が織り成す、相対の世界において、 いわゆる、「トラブル」 と呼ばれるものが起きることは当然にあります、、 しかし、その後、、それが問題性を増し、実体ある確固とした 「問題」 として固定化されるかどうかは、、 その後の対応によって大きく異なってくるものです、、 つまり、そうしたネガティヴな出来事を避け、後悔や落胆といった自我性の反応に飲まれつつも、 思考が語る、その出来事に対する [続きを読む]
  • 修行はなぜ必要なの?
  • 求道における、いわゆる、「修行」 や 「実践」 の類、、 いかに、それらが様々な落とし穴の可能性に対して慎重に気を払われたアプローチであるにせよ、、 「修行をしている自分」 の感覚が増すという可能性はどうしても付きまとうものです、、 ここにおいて正しい師がいるかどうかで、 その人の求道は回り道、あるいは、迷い道に陥り難いということは言えますが、、 それもまた、必ずそうだとは言えないものです、、 ------ [続きを読む]
  • 辿り着いているその場所を生きるだけ
  • さて、悟り系のメッセージにも様々な種類の表現が見かけられます、、 中でも、求道において少々気を付けておきたいのは、、 超越的な存在やどこかにあるであろうそうした境地や次元?を 「目指させる」 かのようなメッセージについては、、本質外しであると言う他ないでしょう、、 というのも、、私たちの本質は、、「どこか」 にあるわけでは無い以上、、 そこに 「近付く」 というアプローチは、往々にして 「逆行」 の様 [続きを読む]
  • 非二元と無分別
  • 仕事へ行く途中にいつも通る、とあるお寺の掲示板に、、 最近は、、こんな感じの文言が載っておりまする、、 あいにくの雨は、、恵みの雨、、なんとかかんとか、、 さて、昨日の流れなので、、ちょっとだけ書いてみますと、、 雨を 「雨」 だと 「枠」 で覆う機能を、、悟り系では 「思考」 と言い、、 あるいは、思考による限定化、対象化、固定化といった作用などという説明もできるでしょう、、 この相対 (に見える) [続きを読む]
  • 闇を避けるために光の中に隠れない
  • 溝口さんが、ルパート・スパイラさんを、勝手に (笑) ティーチャーと呼んでおられるように、、('◇')ゞ 私も、、勝手に (笑) ジョーン・トリフソンさんをティーチャーと呼んでいるわけですが、、('◇')ゞ さて、「先鋭」 的な非二元の看板よろしく、、 彼女の数ある、鋭さと鮮やかさを兼ね備えたポインターはこれまで幾度となく紹介して来ましたが、、 気に入っているものの一つにこういったものがあります、、 悟りは [続きを読む]
  • 灯の在りか
  • とある禅の逸話が思い出されました、、 ある日の夜遅くまで、、師匠と弟子が話をしてましたとさ、、 ようやく師匠は弟子に、、「 今日はもう遅い、帰って寝なさい、、( ̄ー ̄) 」 それを聞いた弟子、、「外はもう真っ暗です」 と答える、、 そこで師匠は弟子に、、明かりの付いたろうそくを一本渡しました、、 ( ̄ー ̄)ノ 弟子がそれを受け取った瞬間、、師はそれを吹き消しました、、 ----------------------------- [続きを読む]
  • またいつもの繰り返し?
  • さて、日常において、マンネリな体感や、色褪せた風景が広がることもあるかもしれません、、 記憶によれば、、一昔前の私も、、 そうした日常を過ごしていた時分もある時あったように思います、、 けれども、今は、、その時何が起きていたか、なぜそうした様相が起きるのかといったところの、 力学上の構造を一通りは把握しているので、、 そうしたエネルギー的な 「香り」 が感じられたりすることもなくはありませんが、、 [続きを読む]
  • 新しい今、真実の今
  • とある禅の逸話らしい話が不意に思い出されました、、 若干のハリーアレンジを加えつつも (笑) アウトラインはこんな感じです、、 ある日、師匠と弟子が問答をしていた、、 師匠が弟子にある質問をし、弟子が答えた、、 師匠は弟子のその答えに、満足したように頷いた、、 そして、次の日、その師匠は弟子に、昨日と同じ質問を投げかけた、、 弟子は疑問に思ったが、昨日と同じ答えを言った、、 師匠は弟子を烈火の如く [続きを読む]
  • 禅〜探すべき場所に深まる
  • というわけで、流れなので、今日は私のティーチャーの文章より、、 禅では、呼吸、姿勢、トイレの清掃の仕方、禅堂への出入りの作法、 ご飯茶碗の持ち方に多大な注意が払われます。 悟りを求めて張り切っている新参者の目には、 そうした平凡な物事の細部にそこまでこだわる態度は、完全に本質から外れていて、 ばかばかしいほど表面的でつまらないことのように映ります。 けれども、それは実際には、修行する人たちにこの瞬 [続きを読む]
  • 今ここを生きる、悟りを生きる
  • さて、最近度々引用させて頂いている、鈴木俊隆禅師の逸話より、、 ある日、禅師と修行者たちが、作務 (さむ = 雑事) のための道具を持って、 暑く埃っぽい山道を登っていたそうです、、 山頂に着くと、彼らはシャベルを忘れて来たことに気づきました、、 修行者たちは誰がシャベルを取りに行くかを議論し始め、ようやく決着が着いた頃、 禅師の姿がそこにないことに気づきました、、 禅師はすでにシャベルを取りに山道 [続きを読む]
  • 禅の体感と心の安定
  • 「恐れ」 や 「都合」 といった、いわゆる、自己中心的なエネルギー、 あるいは、「個体性」 や 「個人の感覚」 などと言っても良いですが、、 それらを手放し、目の前の出会いの中、出来事の中に進んで入って行くこと、、 さらには、、過去の出来事から形作られた 「観念」 や 「信念」、「思い込み」 といったものの集積が、 無意識的にストーリーや習慣を生きようとする動きに気づきながら、、 それらを手放し、ただ今こ [続きを読む]
  • 「正しさ」と 「分かり得なさ」
  • さて、昨日の補足、、 つまるところが、、矛盾のないように整合性を持たせようとするのが思考感覚の習性であり、 理屈にそぐわないことは 「認められない」 「受け入れらない」 「納得いかない」 となるのが常であると言って良いでしょう、、 けれども、その 「理屈」 というのは、、相対的なレベルでさえ、 状況に応じてまったく真逆の内容が 「正しい」 とされる場合すらしばしば見かけられますから、 結局のところは、「 [続きを読む]
  • 矛盾のない真実はない
  • さて、久々に、先月購入した、 アメリカ禅の父、鈴木俊隆禅師の逸話を集めた、とある本より 禅師曰く、、「もし矛盾しないなら、それは真実ではない」 いいね!実にいい!!  ←←←って偉そうね?(;'∀') さて、この逸話がトリガーとなって、私が禅を学ぶ途上に出会った、 京都大徳寺の開山で、私が縁ある、白隠禅師が尊敬していたと言われる、、 大燈国師 (だいとうこくし) 禅師の言葉を思い出したものです、、(↓ [続きを読む]
  • 個人の都合と非二元性
  • さて、自我の習性についてひとつ、、 私がまま言うところの、自我性、、いわゆる 「恐れ」 のエネルギーに端を発した、 防衛と維持、所有のプログラムなんて言い方もできるかもしれませんが、、 このエネルギーは往々にして、「楽」 な方へ逃れようと画策します、、 というのも、「楽」 な状況に身を置いていれば、「自分」 は安全な状態でいられるし守られる、、 不快さや面倒の中にわざわざ身を置くよりは、「楽」 な方を [続きを読む]
  • 観照しよう、そうしよう
  • 思考を用いないと、 今日が何月何日か、、あるいは、自分が今どこにいるかということを、、 不意に忘れることがままあります、、 けれどもどういうわけだか、、このことだけは忘れませんね、、 今が 「今」 であるということ、、ここが 「ここ」 であるということ、、 また、中には、自分が 「誰か」 なんてことも、 忘れることがあるって言う人もいるかもしれませんね、、 自分の名前や、周りからの呼ばれ方に違和感を感 [続きを読む]
  • 今居る場所以外に他ない
  • さて、日々の生活は、恰好な禅の修行道場です、、 というのも、、この相対に 「見える」 世界にあって、 完全な覚醒が現れているときもあれば、しばしば 「個体性」 といったところの収縮や執着が、 「恐れ」 や 「都合」 などをトリガーに自然なダンスの表現として現れることもごく当たり前にあると言えるからです、、 さらには、、常に、今ここ以外のどこかに連れて行こうとする 「思考」 の働きと相まって、 個人の 「都 [続きを読む]
  • 分かり得ない安堵
  • さて、前回登場した、「分かり得ない」 というキーワード、、 実際の所、この 「分かり得ない」 扉が開くとき、、そこに広がるのは、、安堵です、、 一方で、不思議に思うのも当然の反応でしょう、、 なんで分からないのに安心できるの?? 分かることができて初めて納得できて安心できるってもんなんじゃない?? 的な、、 けれども、繰り返しになりますが、、 悟り系が用いる、「分かり得ない」 というポインターが指し [続きを読む]