tkharry さん プロフィール

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tkharryさん: 悟りの世界に遊ぶだけ〜♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)
ハンドル名tkharry さん
ブログタイトル悟りの世界に遊ぶだけ〜♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)
ブログURLhttps://ameblo.jp/kidotomoaki/
サイト紹介文悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供274回 / 365日(平均5.3回/週) - 参加 2013/02/07 15:32

tkharry さんのブログ記事

  • 「諦める」と通じるって?
  • さて、以前の悟り系では、 諦めること、降参すること、サレンダーすることで物事がスムーズに流れ出す、、 といった話をよく耳にしたものです、、 こうしたことを最近の悟り系の観点から見ていくと、、 エネルギー的にどのようなことが起きているかについて少しだけ、、 まずそもそも、「諦める」 というのは、何を諦めることを指すのかについてですが、、 これは即ち、、「個人の都合」 の諦めです、、 ----------------- [続きを読む]
  • 「今」が私を生きている
  • 猛烈な暑さに解け (溶けww) 去りながら、 麦わらのハリーは休日を利用して夏野菜をモリモリ栽培中です、、 いろいろな野菜を栽培する中で、、ほんと私たちそのものとも言える野菜さんたちの姿にホホー!と感嘆する時分もあったりします、、 例えとして、きゅうりやナスやピーマンやスイカなどは、、 当然ながら、「一つの根っこ」 を源泉として様々に枝分かれをして、見かけの上での 「個」 としての形を成しているわけ [続きを読む]
  • ここではないどこかで苦しまない
  • まずは、鈴木俊隆禅師の逸話より、、 ある女性が彼女の夫について来て、禅師の下で一週間ほどに及ぶ坐禅三昧の修行、、 いわゆる、接心 (せっしん) に参加 (参禅) した時のこと、、 その初日が終わらないうちに禅師のもとを訪れ、女性は音を上げた、、 これは何かの間違いです!こんなことは続けられません! 私は夫について来ただけなんです! すると、禅師曰く、、 間違いなどありません。もちろんあなたはここを去っ [続きを読む]
  • 「動き」の中に三昧致す
  • さて、ここ数週間は、半端ない暑さを言い訳に、、 瞑想の時間がとれていません、、笑 おそらく、そういう方もいらっしゃるだろうと思い、、 なかなか坐る時間が取れないという方のために、 禅的なアプローチでいうところの 「動中の工夫」 について簡単に、、 禅の修行を、「静中 (じょうちゅう) の工夫」 と 「動中の工夫」 などと便宜上分けたりする場面があります、、 「静中」 というのは、坐禅のような動かずの取り [続きを読む]
  • 真実を受け取る生き方
  • 「今にないもの」 に意識を向けることができるというのも私たちに備わった豊かな機能の一つであるわけですから、、 そうしたことのすべてを否定すべきであるというわけでもありませんが、、 それでも、どうあってもリアリティは目の前にある今ここだけであるということが揺らぐことはない以上、、 あまりにもそうした 「今ここにないもの」 にばかり意識を魅了されている様相は、、 「真に生きている」 とは言い難いというの [続きを読む]
  • 悟りを探す旅が決まって終わる場所
  • 悟りや真実と言われるものを探し求めて、、 私たちは、、その答えを、本の中や、覚者と呼ばれる人、あるいは、様々な体系の修行の中に求めます、、 けれども、どこを探そうとも、どこで探そうとも、誰の下で探そうとも、、 見つかる真実は、実は、初めから隠されたことがなかった明白なものです、、 そして、その時、、これまで出会ってきた様々なポインターが指し示していたもの、、 ワンネス、無分別智、真我、I AM T [続きを読む]
  • 宇宙と繋がる方法って?
  • 人生において、、「自分」 にとって、「快」 を感じたり、「都合」 の良い方を選んだりすることは必要に応じて起こることは否定はしませんが、、 例えば、、面倒な出来事や、できれば避けたいと思う 「不都合」 な場面に遭遇した際など、、 「不快」 を覆い隠す代わりに、「快」 の方に逃げない、、「快」 の陰に隠れないといったことに意識的になることが求道においては何よりの好機となるとも言えるかもしれません、、 実 [続きを読む]
  • 今ここパワースポット!
  • さて、先日、一生懸命という 「どこか」 を目指す生き方から、、 一所懸命の 「今ここ」 に根差す生き方へのシフトに関する記事を書きましたが、、 一生懸命 「どこか」 を目指して生きる生き方は、、 「どこか」 が決して訪れ得ないという誤解に気づかないまま、、 ひたすら 「どこか」 を目指して走り続けるエネルギー的様相であるからして、、 エネルギーは 「漏れ」 続け、消耗し続けるといった体感が常に付きまとったり [続きを読む]
  • 雨にも出会い 風にも出会う 
  • 雨や風が身に染みる時、、 私たちは、どうしてもそこから逃れ、それとは違った現実を望んだり、あるいは、より良い現実を引き寄せようとしたりと、、 今ここ以外の何かへと意識を曇らせてしまいがちです、、 「曇らせる」 という表現はまさしくそうで、、目の前には、出会うべきリアリティが現れているわけですから、 それを見て見ぬふりをしながら、今ここにないものばかりに空想の中で魅了されてばかりいたのでは、 本来 [続きを読む]
  • 「一生懸命」からの卒業
  • さて、「一生懸命」 というのは、いつの頃からかこの世的な 「美徳」 として祭られているきらいがあります、、 それに伴って、「一生懸命」 に取り組まないというのは、人として望ましくなく、時に罰すべき態度であり、 改善し、「一生懸命」 に取り組めるようになるように自分を律していかなければならないのだと、、 ある種、脅迫的な観念がその背後に刷り込まれているようにも感じられます、、 ま、そうしたことは置いとい [続きを読む]
  • 乗り越えなくても大丈夫!
  • 私たちは、一般的に、、困難や苦しみ、あるいは、挑戦すべき壁などに遭遇すると、、 往々にして、、「乗り越える」 という感覚で物事に向き合います、、 もちろん、こうした、ある種、建設的なアプローチが、様々な場面や時代の中での局面において、 進歩的に物事が進む原動力の一助となったという側面も確かにありつつも、、 「乗り越える」 という観念で出来事に向き合うことで生まれるエネルギー的様相を観てみると、、 [続きを読む]
  • 「今ここ」を忘れられないのは?
  • 言われてみれば不思議に思うこと、、 私たちは、、日常の中で、日にちを忘れることは頻繁に起こるものの、、(。´・ω・)? どこに居ても、何をしていても、、「今日」 が 「今日」 であるということ、 「今」 が 「今」 であるということは決して忘れることはできません、、 一応のところ、今日は相対的な認識では 「7月2日」 であって、、 今日という日を、カレンダーの中の一日に限定化し固定化する、、一種の便宜的な思 [続きを読む]
  • あるがままを受け入れる可能性
  • というわけで、7月とやらを迎えております、、 連日、猛暑が続いていますが、、 こうした時は、「苦しみ」 のでき方を観察する良い機会になるように思います、、 今回の、「暑さ」 というものをテキストにその様子を見てみると、、 私たちは、、肉体的に 「暑い」 と感じると、、 反射的に、「涼しい場所」、「冷たい飲み物」 を求めることでしょう、、 これを、肉体を守るための防衛のプログラム、、 自我、あるいは、私 [続きを読む]
  • 「次の瞬間」は決まっているの?
  • スピリチュアルの多くのジャンルには、様々なメッセージがあるのだろうと思いつつ、、 しばしば、悟り系のメッセージの中にもたまに紛れ込んでくるメッセージについて簡単に、、 いわゆる、、 「次の瞬間」 は決まっているのか?という問いです、、(。´・ω・)? スピリチュアルの探求へと歩みを踏み入れた人であれば、 一度は耳にしたことがあるかもしれませんが、、 これは、悟りメッセージとはまったく異なるものであると [続きを読む]
  • 「迷い」を手放す生き方
  • 「迷い」 について、、 「迷い」 のエネルギーを観察してみたとき、、 そこにあるのは、常に、「どこか」 であるということ、、 「今ここ」 は違う、「今ここ」 にはない何かがあるはずだ、、 「今ここ」 ではない 「どこか」 に辿り着かなければならない、、 そのためには何をすればいいのか、どうすればそこに辿り着けるのか、、 といった具合に、、「迷い」 があるときはいつでも、そこに観念的な 「どこか」 があると言 [続きを読む]
  • 境界のないリアリティからの
  • 私たちは、あらゆるものに名前を付け、思考の中でそれとそれ以外を区切ります、、 例えば、「コップ」 と名づけられた 「物」 を 「コップ」 であると観念的に認識することによって、 「コップ」 とそれ以外、、「コップ」 が置かれている 「机」 や、「コップ」 を持つ 「自分の手」、、 それを口に運び中身を飲み干す 「自分」 といった世界が現れます、、 これを二元性、あるいは、分離の世界などとも言うわけですが、、 [続きを読む]
  • 受容と抵抗のカギ
  • 「今にない」 ものを今に実現しようという試みを、 エネルギー上、抵抗と言い、非受容性と言います、、 一方、今ここにあることのみに出会っていく生き方を、 受容と言い、あるがまま (明け渡し) などと言っても良いでしょう、、 前者は、「どこか」 へ向かい、何かを実現しなければならない 「個人」 の感覚を強め、 後者は、今ここにあるものに帰依しそれとひとつになる 「統合」 へと転ずるキーをそれぞれ備えていると [続きを読む]
  • あなたはあなたで辿り着いている
  • 一休禅師の逸話が思い出されたので、 ここぞとばかりにハリーアレンジです、、 ある夜、一日のお勤めが終わり、寺全体が眠りに着こうとする頃、、 お坊さんたちの部屋が何やらガヤガヤと騒がしいことに気づいた一休禅師、、 見回りをしながらしばしその様子に聞き耳を立てていたそうな、、 ・・・・|ー ̄) お坊さんA: なんで分からないだろうね!君たちは!!         極楽浄土は 「西」 の方角にあるに決ま [続きを読む]
  • 幸せを作らない幸せ
  • 私たちの自我性 (恐れ) のエネルギーに起因して、、 私たちは、「幸せ」 に辿り着こうとする、あるいは、「幸せ」 にならなければならないと思ってしまうために、、 「今はまだ幸せ」 ではない、、 「幸せ」 とは、今ではない未来の 「いつか」、こことは違ったように見える 「どこか」 にあるものだ、、 という観念を無意識に強めながら、、「まだ幸せではない自分」 の感覚を知らず知らずに持ち運びながら、 「いつか」 [続きを読む]
  • 今ここに帰依するって?
  • しばしば、私のブログでも登場する、「帰依 (きえ) 」 というワード、、 宗教的にどういう意味合いかは置いといて、 ハリー的、「帰依」 について少し書きますと、、 例えば、、「今ここ」 に帰依する、、といった話によれば、、 帰依というのは、、その場所から離れたい、その場を避けたい、その場に居たくない、、などとした 「個人の都合」 を脇に置き、 全面的に、その場に留まるということ、その場に取り組むというこ [続きを読む]
  • 今に居るのに見つからないのは?
  • ある修行者は、師匠が、今ここ、今ここ、今ここと言う度に、、 なかなか思うように進まない求道の旅に辟易とし始め、、Oo。。( ̄¬ ̄*) 次に、「今ここ」 と聞こうものなら、、これまでの我慢が破裂するのではと思われた矢先、、 師匠は、、今日もこう言います、、 今ここ、、( ̄O ̄) ブチ!!(-_-メ ・・・・ 先生!!今日という今日は言わせていただきます!!(`Д´*)q 私は、今ここにいつも居ましたとも!! 今 [続きを読む]
  • 「悟り」とは何かを問う心
  • というわけで、流れなので、今日も鈴木俊隆禅師の逸話と対話でも、、 ある修行者が、ある日こう尋ねました、、 「悟り」 とは何ですか?(。・ω・)ノ゙ それに対して、禅師は笑ってこう答えたそうです、、 いいかね!それはモンキーマインド (落ち着きのない心) だ! モンキーマインドで悟りを理解しようとしているのだ! ・・・・・(ノ)゚Д゚(ヽ) ---------------------------------------------------------------------- [続きを読む]
  • 悟りは完全な救済か?
  • 久しぶりに、鈴木俊隆禅師の逸話より、、 ある修行者が禅師に尋ねました、、 悟りは、完全な救いなのですか?(。・ω・)ノ゙ 禅師曰く、、「違う」 ・・・・・(ノ)゚Д゚(ヽ) ------------------------------------------------------------------------------------ さて、求道者には、思わず首をかしげられてしまうような問答ですが、、 禅の師としては、これ以上の答えはないかもしれないと言うほどに見事な返しであると [続きを読む]
  • 真実までの距離はない
  • さて、前回、最後にリンクを貼っておいた例の動画を久しぶりに見るに至り、、 (真実が) 見つからない時と、見つかる時のエネルギー的様相を観ていました、、 往々にして、「見つからない」 時というのは、、 「真実」 というものを、「どこか」 にあるはずだ、特別な 「何か」 であるはずだという観念のもと、、 奔走と迷走によって、意識がまやかされていると言うことができます、、 実際のところで、、真実が 「 [続きを読む]
  • どこにも行かない、今ここへの帰り道
  • ここではない 「どこか」 へ動こうとする動き、、 今のままではない 「何か」 になろうとする動き、、 これら、私たちの習慣的で、無意識的な動きが、、 まさに 「どこか」 へ辿り着かなければならない 「誰か」、 「何か」 にならなければならない 「誰か」 の感覚を強めるエネルギーであるからして、、 いわゆる、「個人性」 などと言っても良いかもしれません、、 この動き、あるいは、反応が 「個人」 の感覚を強固に [続きを読む]