みきちゃん さん プロフィール

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みきちゃんさん: 晴耕雨読
ハンドル名みきちゃん さん
ブログタイトル晴耕雨読
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/miki701_1941
サイト紹介文郊外の畑で野菜づくり。読書にコボを試し、週末には仲間と登山。気に入った風景をカメラに収める日々。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供310回 / 365日(平均5.9回/週) - 参加 2013/02/21 14:02

みきちゃん さんのブログ記事

  • なごりの薔薇
  • 会う人ごとに、「寒いね」が挨拶がわりである。冬を思わせる寒さだ。車は暖房、家のなかでも暖房が欲しい気がする。咲き残りの薔薇がびっくりするほど美しい。スマホで写真をきれいに撮る方法を勉強中。いままで撮ったものが、ウソのようにきれいに撮れた。小春のような、秋晴れの日が待ち遠しい。薔薇よりも淋しき色にマッチの焔 金子 兜太 [続きを読む]
  • 枯野
  • 気温が低い。高い山では、風は木枯らしとなって、紅葉を進ませ、葉を落とさせる。平地でも次第に草紅葉から、枯野の風景へと変っていく。元禄7年(1694)10月12日、大阪の花屋仁左衛門の裏屋敷で、俳聖松尾芭蕉が死の床に着いていた。その床を囲んで芭蕉の臨終を見つめるのは、医師の木節、筆頭弟子其角、去来と法師姿の丈艸、惟然、や支考らであった。芭蕉はこの家で病の床に着く4日ほど前に詠んだ旅に病んで夢は枯野をかけめぐ [続きを読む]
  • 豪志山
  • 秋雨と秋の旅行。ひと月以上遠ざかった山行である。大陸からの高気圧が、この日を狙ったように南下して、久しぶりの登山日和となった。県南にある高畠町、有機米の栽培で知られる和田地区の奥にある豪志山に登ってきた。この山行には、二つの楽しみがあった。一つは、今年の紅葉はどうか、この目で確かめたいこと。もう一つは、ユーチューブの講座で勉強してきた山登りで疲れない歩き方の確認をしたいことであった。紅葉については [続きを読む]
  • 返り花
  • 気温の上下動が激しい。初冬を思わせる時雨れもようから一転して小春日和へ。千歳山を一時間かけて登ってきた。次第に木々の葉が色づくなかに、紛れるようにツツジの返り花。狂い咲きとも言われるようだが、この場所で咲くのは、毎年のような気がする。しかし、やはりその珍しさに、行く人の足を止めずにおかない。いつも会う人が花の前で、満面の笑みを浮かべて挨拶された。坂道の上りは、歩幅を小さく、下りは腰を落としてつま先 [続きを読む]
  • 歩き方革命
  • 北海道で雪虫が舞ったという報道が、お天気ニュースで出た。雪虫と言えば、北海道に住んでいたころ、11月の時雨のような日に、雪が降るように集団になって飛んでいたのを記憶している。家の前には、その冬に焚く石炭が山のように積まれ、雪虫が飛ぶと間もなく雪になると誰もが知っていた。雪を迎える前に、人々には、この一冬を頑張ろうという気合のようなものが漲っていたように思う。誰が言った言葉か、忘れてしまったが、「自己 [続きを読む]
  • 紅葉
  • 先週、鳥海山、月山に初冠雪が観測された。秋が深まっていくのが早い。公園のカエデも次第に色づき始めた。草むらには、虫の鳴く音が大きくなっている。瀧山の尾根が、赤く色づくのが見えたきた。もう蔵王などの高いところでは、錦秋になっているであろう。以東岳以来、山歩きができていない。今週、県南の豪志山へ行く予定であるが、おそらく美しい紅葉が見られることを期待している。秋は来ぬ紅葉は宿にふりしきぬ道ふみわけて問 [続きを読む]
  • 秋草
  • 打ち捨てられた空き地の雑草も、この季節には心にせまる趣きをかもし出す。まして、それが歴史を持った宮廷の廃墟ともなれば、そこを訪れる詩人に、懐旧の念をよびさます。唐の詩人高適は、漢の宮廷の跡を訪れて、その栄華を偲んだ。悠悠たり一千年陳迹惟だ高台のみ寂寞として秋草に向かえば悲風千里より吹くまたドイツの叙情詩人クロアサンに「秋」と題する詩がある。秋風わたる青木立葉なみふるひて地にしきぬ。きみがこころのわ [続きを読む]
  • 帰還
  • この年になると、旅をすることは、懐かしい顔や風景を再確認することである。同じ意味に使う客は、身を寄せるという意味である。懐かしい友人や親戚に会ったりするのは、こちらを使うのが正しいのかも知れない。北海道と流山、そして沼津への旅はまさに知古へ身を寄せ、もうこれが最後の逢瀬かも知れない別れの意味がどこかに含まれている旅であった。それだけに、いだき続けてきた感謝を吐露し、その心情を通わせることで、大きな [続きを読む]
  • 無花果
  • 知人から無花果の砂糖煮をいおただいた。庭に一本の樹があるだけで、この季節になるとたくさんの実をつける。木で紫色に熟すると、生食でも十分においしいが、冬の保存するために砂糖で煮たものもおいしい。その家で甘さにこだわりがあるのか、微妙に味に差がある。無花果は、歳時記をひくと、「いちじゅく」と表記されている。解説に熟するのにひと月かかるので、こう呼ばれるとある。無花果と漢字をあてるが、花がないわけではな [続きを読む]
  • 中秋の名月
  • 一昨日、夕方の空に半分ぐらいの月がかかっていたが、今日は中秋の名月。残念ながら、雲が多くて月を見るのはできそうもない。月餅という菓子がある。これは、中国の慣わしで、中秋の日に食べる菓子である。餅はピンと読むが、日本の餅とは違って、小麦粉をこねてまるく伸ばして焼く。丸い形は満月を表しているのだろうが、家族が集まって団らんする様子も同時に表現している。菓子ひとつにも、家族の無事や和気の願いが込められて [続きを読む]
  • 酒田の刈屋地区にに刈屋ナシという名産のおいしい梨がある。先ごろ日本海沿岸を通過した台風で、収穫前のこの梨が、大きな被害にあったことはいたましいことであった。山形県は果物がおいしい県だが、庄内柿やブドウ、フジリンゴなど主役の陰で目立つ存在ではないが、小粒のこの梨は、食べてしまうのが惜しいような、上品な甘さだ。梨の俚諺に、「梨の皮は乞食にむかせ、瓜の皮は大名にむかせよ」というのがある。これは、梨の皮は [続きを読む]
  • ユーチューブ
  • ここのところ雨天だったり、予定日に別の行事が入ったりで山行にひと月も遠ざかっている。止むを得ず、近くの千歳山へ散歩に行ったり、ユーチューブの山登り講座で渇を癒している。最近知ったのだが、ユーチューブの講座は、テーマを絞ることによって実に使い勝手がいい。「地図とコンパス」で検索すると、たくさんの動画で、実際のコンパスを使いながら地図を読む方法を教えてくれる。この夏、講師の先生に依頼して講座を開いたが [続きを読む]
  • 野菊
  • 昨日、テレビで「寅さん」の映画を見た。ヒロインは伊藤蘭で、寅さんの博打好きの友達の娘である。その友達が死んで、北海道の離島へ弔いの線香をあげに行って、その娘を知る。娘が高校を中退したので、東京で働きながら夜学に通って高卒の資格を取る希望を知り、寅さんが娘を柴又へ連れて行き、夜学に通わせるという話だ。映画の面白さに思わず引き込まれて、最後までみることになった。映画のシーンには戦後間もない、北海道の漁 [続きを読む]
  • ムラサキシキブ
  • 秋を感じさせるのは、大抵赤い実だが、ひとつだけ異色の紫の実がある。その名はムラサキシキブ。クマツヅラ科の植物で、3mほどの高さに成長する。花の色も薄い紫だ。山の木々が紅葉するころ、この実をみつけると、何か拾い物をしたような気がする。この実を観るために、庭に植えて楽しむ人もいる。名前から連想されるのは、ずばり源氏物語の作者紫式部だが、ものの本によれば、もともとの名はムラサキシキミであったらしい。シキミ [続きを読む]
  • 散歩
  • 秋晴れ、心地よい冷気。今朝の散歩は千歳山である。旅行や気温の急なアップダウンに、体調がこころなしだるい感じであったが、今週になって快調になってきた。千歳山の山道でも、足どりは軽く、疲れない。展望の開けるところから、市街地が大きく広がって見えた。西山の連なりと青空のコントラストが、一幅の絵を思わせる。雨あがり、実に気分のいい散歩であった。古い切り抜き帖に、一海知義先生の「散歩」と題するコラムがある。 [続きを読む]
  • 昔、一軒家に住んでいた頃、朝の目覚めとともに聞こえてくるのは、雀の鳴き声であった。このところ、朝、雀の鳴き声を聞くことはほとんどない。畑を耕したり、稲刈りをしたあと、餌を求めて集団でやってくるのを見かける程度である。最近は、雀の数が減少傾向にあるらしい。住宅の形態が、雀が巣をつくることができなくなったことが原因らしい。統計では、2008年に雀の個体数は1800万羽と推定されていた。この20年で約6割が減少し [続きを読む]
  • もの忘れ
  • もの忘れが気になる。顔は覚えているが、名前が思い出せない。約束したスケジュールを忘れて迷惑をかけることがしばしば。間もなく免許証の更新だが、絵を見せて、一定時間後にいくつ覚えているか、という認知症検査が不安。加齢とともに記憶力は確実に弱体化している。ひょっとして、このままいけば認知症を発症するのでは、という不安につきまとわれる。記憶を司るのは脳の中にある海馬という部分である。大脳の奥の方に傷つきに [続きを読む]
  • ダリア
  • 歳時記を引くとダリアは夏の季語になっている。朝夕の気温が下がって秋めいてきても、ダリアは盛んに花を咲かせる。秋の季語ではと疑ってみるくらいだ。その花が長寿であることから、浦島太郎に因んで、浦島草とも呼ばれる。また、花の姿が牡丹を思わせるので、天竺牡丹と呼ばれることもある。豊満なダリアを起しゐたりけり 田中 鬼骨ダリアはナポレオン皇帝の妃ジョセフィーヌがこよなく愛した花として知られている。居城の庭に [続きを読む]
  • 秋の色
  • 金木犀は突然に咲く。きのうまで、小さかった花芽が、黄金色に輝き、強烈な芳香を放つ。遠くにいても、あ、金木犀が咲いたと知らせてくる。香りの方角に進めば、黄金色の花が青空のもとに浮かんでいる。漢名は丹桂。丹は橙黄色の花を表し、桂はカツラではなくモクセイ類の総称である。木の皮がザラザラとして、犀の皮に似ているから、この名が付いたらしい。木犀を歴訪すべき散歩かな 相生垣瓜人金木犀の香りに誘われて、棚田のあ [続きを読む]
  • 葡萄
  • 葡萄がおいしい季節である。最近、品種改良が進み、多くの高級品種が生まれている。詩吟で吟じる詩に「涼洲詞」があるが、初句に「葡萄の美酒、夜光の杯」とブドウ酒が出てくる。葡萄は漢代に西域から中国に入ってきたものだが、涼洲は今の甘粛省で、その西域と境を接している。夜光の杯は恐らくワイングラスであろう。初めて葡萄を食べた中国の人々は、異国の珍果を喜び、それで醸造した酒に異国情緒を味わった。明の李夢陽に「葡 [続きを読む]
  • 赤い実
  • 近くの公園に赤い実をつける木が植えてある。赤い実は、紅葉とともに秋を実感させる。秋晴れの青空に、赤い実が映える風景はのどかで、子どもの頃の故郷を思い出す。色々の種類の木に赤い実をつけるので、なかなかその木を特定することはできない。モチノキ、ウメモドキ、ナンテン、オオカメノキ、アオキ、センリョウ、マンリョウ、ざっと上げても、秋に赤い実をつける木はこんなにもある。公園の木をネットで詳しく調べてみると、 [続きを読む]
  • 秋の田
  • この秋は残暑というものがない。散歩の道で、キリギリスやコウロギの鳴き声が聞こえ、田の稲穂は実が入って次第に垂れ始めている。あれほど目を楽しませてくれた、青々ととした田も黄金色へと変わりつつある。稲の上には、雀除けのテープがはためいている。スズメは利口で、稲が次第に熟して、一番おいしい時期を待っている。秋の田の仮庵の庵の苫を荒みわが衣手は露にぬれつつ 天智天皇百人一首の冒頭におかれた天智天皇の作とさ [続きを読む]
  • コスモスロード
  • まだ少し風が残っているが、北海道から帰ってきて、ようやく朝の散歩に行く気力が戻ってきた。風に吹かれながらも、コスモスは大輪の花を咲かせている。畑の手入れににも、少しづつ時間がとれるようになった。しばらく取らなかったオクラは、大きなナイフのようになっていた。モロヘイヤと赤いトマトが、そこそこ収穫できたので、野菜畑を作った甲斐がある。喜寿なれや語り尽くさむ秋の雨 よしお先日のクラス会に出席された恩師か [続きを読む]
  • 台風一過
  • 午後3時ころになってようやく風がおさまってきた。雨はそれほど降った形跡もない。空にはお青空がのぞいている。散歩に出かけると、庭の花たちは、風に吹かれて大きく傾いている。日本列島を縦断するような台風であったが、この地方では強い風が吹いたものの、雨の量も少なく大きな被害は出ていない。やはらかき陽をまぶたにす台風過 石川 桂郎宮沢賢治の『風の又三郎』で、転校してきた三郎は、皆と遊ぶようになったが、川で鬼 [続きを読む]
  • 敬老会
  • 昨日、義母の入所する施設で、敬老会があった。100歳を超える長寿の人が3名、義母と同じ白寿が4名、そして卒寿の人が6名で、花束と賞状が贈られた。いずれも女性であった。義母は、このところ体調もよく、食欲旺盛だ。週に1度は顔を見に行くが、娘夫婦を見ると大よろこびをする。手を握り、さするようにして、「来てくれて、うれしいよ」と同じ言葉を何度も繰り返す。敬老会は飲食などの催しはないが、民謡会の慰問演奏があった。8 [続きを読む]