みきちゃん さん プロフィール

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みきちゃんさん: 晴耕雨読
ハンドル名みきちゃん さん
ブログタイトル晴耕雨読
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/miki701_1941
サイト紹介文郊外の畑で野菜づくり。読書にコボを試し、週末には仲間と登山。気に入った風景をカメラに収める日々。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供316回 / 365日(平均6.1回/週) - 参加 2013/02/21 14:02

みきちゃん さんのブログ記事

  • 時雨
  • 寒気が入ってきて、天候の変化が急になった。小春日和のあくる日は、小雨が降ったり止んだり定めがない。こうした気象を古来、時雨れると言った。萩谷朴の『語源の快楽』をあたってみると、時雨と表記し、しばしば雨降るの意、とある。いづれにしても、この季節はいつ雨が降ってもおかしくない。気温が下がると、次第に雨は雪になっていく。昨日、家にいるような惜しいような陽気。畑に行って後片付けを行い、咲き残ったキクの花を [続きを読む]
  • 葡萄酒
  • 隣の奥さんからいただいたシンビジュームの幼苗が、3年の歳月を経て美しい花を咲かせた。まだ花芽は二つだが、長く置いていた大きな株が、たくさんの花をつけたのを最後に枯れてしまったので、久しぶりにシンビジュームの花をみられるのはうれしい。機種を変更したばかりのスマホで撮った写真は、心なしきれいに写っているように見える。季節が変って晩酌は葡萄酒が主体になった。暑い夏はどうしてもビールになるが、この季節は赤 [続きを読む]
  • 虚子の句碑
  • 天童温泉にある温泉神社に、高浜虚子の句碑がある。大きな御影石に虚子自筆の文字が刻まれている。句は天童のでゆや蟇なく夜もすがら 虚子である。高浜虚子は、昭和31年に芭蕉の奥のほそ道を訪ねる旅で、天童温泉に投宿してこの句を詠んだ。もう田植えの終わった田の蛙の大合唱は、虚子の宿の部屋にまで響いたのであろう。元禄2年の夏、芭蕉は尾花沢に逗留し「這出よかひやが下のひきの声」の句を詠んだのを思い出して、虚子もこ [続きを読む]
  • 冬隣り
  • 札幌に初雪というニュースが流れた。今年は秋が長い。そして、気持ちのよい小春の日が続く。朝の気温が昨日から下がって5℃を切るようになったが、それでも暖かい初冬ではある。毎年、この時期に詩吟の仲間が集まって、一年の詩吟の勉強を振り返り、練習してきた吟をテープに吹き込んでCDを作っていただく。もうCDは10枚を超えたようだ。今年選んだ吟題は良寛の「時に憩う」と有間皇子の「家にあれば」である。毎年集うのは同じ顔 [続きを読む]
  • お茶の花
  • 山形市の石行寺で見つけた茶の花。昔、住んでいた水戸市の御茶園の家には、家の生け垣が茶の木であったので、葉の形は覚えている。妻がこの花を見つけて、石行寺を訪れていたご婦人に聞いてこの花が茶であることが分かった。頭のなかでは茶の北限は茨城か、福島県辺りと思っていたので山形に咲いているのに驚いた。帰ってネットで検索してみると、秋田の能代に檜山茶があって北限のお茶として売り出されているし、自家消費では青森 [続きを読む]
  • 紅葉は山から里へ
  • 山の紅葉が終りに近づき、里の樹々へと下りてきた。山歩きができない妻を誘い、街の紅葉スポットへ行ってきた。歩けない妻を家に置いて毎週のように山歩きをしていることへの罪滅ぼしの意味をある。岩波の石行寺の池へ枝を垂れているカエデは、日当たりのいい部分は枯れ始め、池の上で日の当たらない部分がきれいに紅葉していた。一眼レフを持った写真家が二人、紅葉した葉にカメラを思い切って近づけ、アップショットの撮影に余念 [続きを読む]
  • 大根
  • 大根の収穫が終わって、冬の保存をする時期になった。今年は大根を畑に撒かなかったので、方々から大根をいただく。ありがたいことである。尾花沢の親せきからは、沢庵漬け用の大根を貰うことになっている。我が家では沢庵のほか、大根おろしにして焼き秋刀魚にかけたり、ちりめんを混ぜて食べる。実に用途が広い。なかでも一番の好物は、細切りにした大根と人参の炒め煮である。素朴な和食の原型とも言える。仁徳天皇にこの大根を [続きを読む]
  • 赤とんぼ
  • 昨日、川辺を歩いていたら、紅葉した木に数え切れぬほどの小鳥が群がり鳴き騒いでいた。スズメ、ヒヨドリ、モズなどなど。そして川の淀みにはカルガモの群れ。最近、鳥の姿、なかでもスズメを余り目にしなくなったので、この光景は不思議な気がした。冬に備えて鳥たちも食欲が旺盛なのだろうか。陽だまりの木陰には無数の羽虫が飛び交っている。この虫を目指して鳥が集まるのだろうか。ベランダの干し柿に、ヒヨドリが飛んできた。 [続きを読む]
  • 立冬
  • 今日、立冬。この日を迎える前に、蔵王、月山に初冠雪。数日前に瀧山にも雪がきた。この地では、瀧山に雪が三度降ると、次は里に降ると言い伝えられている。この数日、気温が平年より3℃前後高く推移している。小春好日といいたいのだが、惜しむらくは、小雨模様が続く。日がささなくても、気温が高い。南の暖かい空気が、流れ込んでいるためだ。週末は山友会で、残り少なくなった紅葉を愛でながら、山寺周辺の山を散策する。日替 [続きを読む]
  • 枯れ葉
  • 青空のもと樹々の葉は枯れて、風もないのに散っていく。散り敷いた落ち葉もまた美しい。だが、こうした光景を見るとなぜか心に悲しい気持ちが起こる。人には、この季節がくると、やがて厳しい冬の寒さがやってくることを本能的に知っている。原始の時代から知恵を駆使して生き延びてきた歴史が身体に刻み込まれている。そこにはその厳しさに耐えきれずに悲しい死を遂げた祖先の思いが幾層にも積み重なっている。良寛の歌がそのこと [続きを読む]
  • 晩秋を撮る
  • 修理から戻ったカメラを持って散歩。久しぶりの散歩コースは、行く秋を惜しむ風景にあふれていた。スマホの写真に比べるとやはり色味が違う。スマホはSNSにあげるとき編集して出すようにしているが、ミラーレスデジカメはそのままで自然の色が出る。色づいたリンゴは、秋が深まると味も深くなるが、そのおいしそうな色をそのまま表現してくれる。カメラを携えた散歩は、つい次の被写体を探して長くなる。澄みわたった晩秋の空とプ [続きを読む]
  • 短日
  • 「秋の日は釣瓶落とし」というが、めっきりと日が短くなった。秋晴れの空の下で、午後少し農作業をすると、もう日が傾く。西に山に没するのが早い。たちまち暗い夜になる。暮れなずむという間がないのだ。公園や街路樹は紅葉するかたわらはを落とし、冬の装いをひたすら急いでいる。残る花は、菊ばかりとなりつつある。北宋の王陽修に「新霜」という詩がある。泉は菊花の方に爛漫たるに傍い短日寒輝相い照灼す無常の木石も尚お須く [続きを読む]
  • 新米
  • 新米を口にする季節になった。今年、山形県では「つや姫」の後を継ぐ新しいブランド「雪若丸」を市場に投入した。まだ食べていないので、評価について語ることはできないが、巷では好悪あい半ばする評判が立っている。新ブランドに関心が集まっているからであろうか。我が家では、旧来の銘柄の新米を買って食べている。やはり、米も野菜と同じで、出来立ての米がおいしい。香りも、炊いた時の口当たりも、断然新米に軍配があがる。 [続きを読む]
  • ホトトギス
  • 24節季の霜降を過ぎ、初冬に入ると庭に咲く花は貴重だ。花期が長いと感じるのはシュウメイギクだし、菊の仲間は雪が降るまで、目を楽しませてくれる。ホトトギスも秋の山野草として親しまれている。花が上向きにつき、花弁の斑点が杜鵑の胸毛の形に似ているのでこの名がある。ほととぎすさかせかたぶく齢かな 岩城のり子カメラを2度目の修理に出す。撮影時にモニターに出る被写体の画像が出ずシャッターが切れない。撮りたい風景 [続きを読む]
  • 干し柿
  • 蔵王・地蔵岳に初冠雪、甲府や長野に初氷と冬の到来を知らせる便りが続々と届き始めた。我が家のベランダには、知人からいただいた紅柿を干し柿にした。初冬の風物詩というべきだろう。朝の気温はさらに下がって、セーターを着用。いよいよ、冬がくるのを実感。三千の俳句を閲し柿二つ 子規正岡子規は柿が好物であった。書斎で俳句の選をしているところへ、妹が盆に柿を二つのせて持ってきた。すぐにでも食べたいのだが、選句が終 [続きを読む]
  • 菊花
  • 雨のなか尾花沢へ。半年ぶりの訪問である。稲の刈り取りも終わり、最後の収穫時期であったが、冷たい雨が季節の巡りを急がせていた。親戚の家々では、久しぶりの再会を喜び、義母の無事を確認していた。泊まった温泉宿の玄関先に、満開の厚物菊が飾ってあった。みごとな色どりと秋の香りに接して思わずカメラのシャッターを切った。秋の香や奈良には古き佛達 芭蕉中国では9月9日を重陽の節句とし、長寿を願い、菊の花を供え、菊 [続きを読む]
  • 秋深し
  • 散歩コースに坂巻川の土手がある。川面をおおうように、桜並木が続いているが、葉は紅葉に染まった。平地では、いち早く紅葉するのが桜だ。少し吹いた風に、葉は散って、川のなかや、散歩道も紅葉が彩りをそえる。秋深き隣は何をする人ぞ 芭蕉暑い夏は、開け放されいた戸口も、風が冷たくなるほどに閉め切られる。隣人の顔を、何日も見ないのも、普通のことになっている。久しぶりに顔を合わせると、「風邪をひいて」などと思わぬ [続きを読む]
  • 雨読
  • 冷たい雨。計画していた山行は中止。家のなかでじっと読書で暮らす。来年の山行計画を考えながら、山のリストアップ。それにしても寒い。冬のセーターを取り出して着る。外を眺めると、近くの里山、上山の三吉山、西山が紅葉に染まっている。芥川の短編を三つ、水川隆夫『漱石と落語』を読む。芥川は「温泉だより」「海のほとり」「死後」の3篇だが、最後の「死後」は夢の中で見る死後の話だ。隣で寝ている妻の傍で本を読みながら [続きを読む]
  • 紅葉
  • 高山の紅葉は足が速い。週一度の程度の山行では、最高に美しい紅葉に出会うのは難しい。絶品の紅葉が記憶のなかに焼き付いているのは、ある意味で不幸なことであるかも知れない。山のなかで、せっかく美しい紅葉に出会いながら、つい去年はもっとよかったと比較したりしている。これは、ないものねだりの悲しい人間の性であるとも言える。今日、笹谷峠の紅葉を見に行って発見したことがある。もう山の紅葉は終わりに近づき、淋しい [続きを読む]
  • この季節になると、方々から柿をいただく。渋を抜いて食べるばかりになった柿。木からもいだばかりの渋柿。干し柿にする紅柿。生食で、干し柿で、柿は実においしく、しみじみと秋を感じさせる。柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡 子規   子規は柿が大好物であった。明治28年の秋、松山へ帰郷していた子規は、東京へ帰る途次奈良に泊まり、法隆寺に参詣した。そこの茶店で、好物の柿を食した。柿を見ると、何故かこの句を思い出 [続きを読む]
  • 秋晴れの日は、朝、霧が出ることが多い。晴れて風のない夜は、地熱が空中に放出される。そのため地表近くの空気も冷やされて、空気中の水蒸気が目に見えないような水滴になって空中に浮かぶ。この水滴の特徴は地面に接していることで、雲は地面から離れたところにできる。濃淡があり、視界が生1?未満のものが霧、それ以上は靄という。濃霧ともなれば、視界は10mほどになり、自動車の運転にも支障をきたす。この霧を高い山からみれ [続きを読む]
  • 帰り花
  • 秋晴れの日が続く。小春日和というのか、実に気持ちのいい気候だ。報道で各地で桜が咲いているという。解説では、秋には花を咲かせないホルモンがあるのだが、何かの拍子に、その効き目が切れて花を咲かせるということであった。人間も気持ちいい気候だ。花がうっかり間違えるのも無理はない。特徴は、春のように万朶の花にはならず、ところどことろに部分咲きする。そのため、来春の開花には殆ど影響はないらしい。帰り花むかしの [続きを読む]
  • 高秋
  • 漢語で秋の盛りを高秋(こうしゅう)という。空気が澄みわがって、空が高く感じられるためである。唐の詩人・杜甫は詩にこの言葉をしばしば用いている。知人の草堂に客として招かれて、その挨拶に次のような詩を詠んだ。「汝が玉山の草堂の静かなるを愛す 高秋の爽気相い新鮮」街のなかにあっては、この言葉に象徴される秋にはなかなかお目にかかれない。3日続く秋晴れ、高原に秋の冷気と出会いに出かける。ススキの穂が秋風に揺 [続きを読む]
  • 秋、満喫
  • 季節のめぐりが早い。高山の紅葉は、終りを迎えつつある。今週の山は、県北の八森山と二ッ森。紅葉ときのこを採りたい、という願望で選ばれた山だ。さらに、山の近くの山小屋風の温泉で汗を流し、バーベキューとナメコ汁を楽しむという欲張った企画だ。この企画のもとになったのは、昨年、この山で紅葉を楽しみ、ナメコの大収穫を喜び、麓の温泉でバーベキュー設備のある宿泊ができるという情報であった。途中仲間の一人が、昨年の [続きを読む]