darz さん プロフィール

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darzさん: プロレスの素
ハンドル名darz さん
ブログタイトルプロレスの素
ブログURLhttps://ameblo.jp/pro-moto
サイト紹介文プロレス・格闘技についての独り言、自分の素(もと)、在りのままに感じたことを書き綴るブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供59回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2013/02/24 22:28

darz さんのブログ記事

  • 追悼 山本KID
  • ニュースで大きく報じられましたが、山本KID徳郁さんがガンで亡くなられました。享年41歳、あまりにも早すぎる死でした。 自分にとって印象に残っている試合は2試合、2004年2月24日に行われた村浜戦と、同じく2004年大晦日の魔裟斗戦です。 前者は、K-1デビュー戦で、K-1ワールドMAXのトーナメントの1回戦で実現しました。確か、試合前の記者発表に他の7選手はスーツで着飾っているところ、ジャージで参加していたのが印象的でし [続きを読む]
  • 将軍KYワカマツが語るプロレス人生
  • ラジオ日本の深夜放送で将軍KYワカマツが出演していました。現役さながら、拡声器とムチを持って登場、76歳ながら往年の話しぶりで語る姿はさすが、延長戦では声が枯れていましたが、本編は声を張り続けたところにプロ根性を思いました。 9/9 vs 将軍KYワカマツ(どさんこプロレス元気道場)若松は30歳で国際プロレスに入社、それも採用時はレスラーではなく資材部付けでした。レスラーを目指しつつ、裏方としてまじめに働く姿が [続きを読む]
  • 昭和プロレス正史 上巻
  • 斎藤文彦氏による、昭和プロレスをひも解く検証本ともいうべき力作、P479を拝読しました。 日本のプロレスは力道山によって広く普及することとなりましたが、今から60年以上前で、その時代を直接知る人は数少なくなりました。そのため、この本ではその時代を生きたプロレスライター、田鶴浜弘、鈴木庄一、櫻井康雄の3人による、活字プロレスをひも解くことで、その実態を炙り出す手法がとられています。その手法が現実的にワーク [続きを読む]
  • 「有刺鉄線デスマッチ」のヒント
  • WebSportivaで大仁田厚のコラムが掲載されていました。 7度目の引退試合から来月末で1年に。今のところではありますが、本人の宣言通り、大仁田は試合に出ていません。次の人生として目指した長崎県知事も落選してしまったので、今後どうしていくのか、気になるところではありますが。 さて、大仁田のヒストリーについては7回の引退に合わせて語りつくされてきましたので、今から真新しい話を求めるのがむしろ酷かもしれませんが [続きを読む]
  • 長州力 最後の告白
  • 水道橋博士が聞き手となったインタビュー作品、P277 を読了。 宝島社からのオファー企画に博士が答えた形で執筆、この時点からなんとなく違和感を感じました。ちなみにこれが企画書にあった文言とのこと。長州力のレスラー人生における『10大事件』について、本人にインタビューし、これまで謎とされてきた真実を語ってもらう長州初のインタビュー集です。プロレス本では語りつくされた感のある定番事件が多いですが、本人が一つ [続きを読む]
  • 木谷取締役に聞いた『イケる!』と思うビジネスのタイミング
  • 新日本プロレスオーナーでもある木谷氏のインタビュー記事を拝読しました。 【ブシロード】木谷取締役に聞いた『イケる!』と思うビジネスのタイミング 木谷氏は2013年9月に取締役会長職を辞されているので、新日とはオーナーとブシロード取締役としての関わりを保っています。ハロルド・メイ氏に新日社長職を打診したのも木谷氏なので、後進に経営を譲りつつ、実質的なコントロールをしている立場、という感じでしょうか。 2012 [続きを読む]
  • 丸藤正道 デビュー20周年記念大会
  • 9月1日に両国国技館で行われた試合をG+で録画視聴しました。 全日本、DDT、W−1等、旧・全日本のオールスター戦ともいえる42選手が、丸藤の記念試合に花を添えました。そういえば、前日の8月31日はTAKAYAMANIA EMPIREに丸藤、杉浦、秋山、大森、井上、佐野、近藤、HARASHIMAが出場、ノアは9月2日に後楽園ホール大会を開催しているので、ノア勢は3連投、それも真ん中が両国と過酷な日程でした。 注目のメインは丸藤vsヒデオ・イ [続きを読む]
  • ケンドー・ナガサキ自伝
  • ケンドー・ナガサキこと、桜田一男氏の自伝、P255 を読了、これまで語られることのなかった秘話が多く、読みごたえがありました。 私にとってケンドー・ナガサキは1985年の新日IWGPタッグリーグにミスター・ポーゴと組んで出場したのが最初に見た試合で、その後のSWS、NOW、大日本プロレスと移籍するわけですが、地上波で流れず、週プロから取材拒否があったりと、断片的な情報しか持っていませんでした。あとはドラゴン・マスタ [続きを読む]
  • TAKAYAMANIA EMPIRE に行って来ました。
  • 2018年8月31日に高山善廣支援大会が後楽園ホールで開催されました。前田、鈴木、山崎などのUWFだけでなく、新日本、全日本、ノア、DDT等、所縁のあるレスラー総勢37名が参戦、高山の人望の厚さがうかがえる大会となりました。 私は1時間程遅れて到着しましたが、ほぼ満席に近い状態、会場には高山を思いやる暖かい空気が流れていたように思います。 高山といえば、PRIDEのドンフライ戦がベストバウトという声が多いと思います。 [続きを読む]
  • 真説・佐山サトル
  • 田崎健太氏のドキュメンタリー作品、P510を読了。 これまで、プロレス雑誌や書籍ではタイガーマスク、旧UWF時代のスーパータイガーについては散々語られてきました。今回の「真説・佐山サトル」では、佐山サトルという人物像を中心に語られており、生い立ちから、修斗時代、それ以降も語られていて、佐山サトルの人生そのものを俯瞰してみることができます。 佐山の人生は一貫していて、総合格闘技の競技化に全てを捧げています。 [続きを読む]
  • 「真説・佐山サトル」×「1984年のUWF」真夏のトークバウト!!
  • 田崎健太氏と柳澤健氏のトークイベントに参加しました。会場となった講談社には、熱心な読者が120人、40〜50代を中心にまさにUWF世代が集結しました。タイトルも、UWFの1988年の有明大会、「真夏の格闘技戦」をもじってますね。 いきなり冒頭で、柳澤氏から「ノーツィート、SNSアップ禁止」宣言、集まったファンをエンターテインさせるために、と、敢えて際どい話にも踏み込んでいました。詳しい内容は書けませんが、田中正悟、浦 [続きを読む]
  • 新日G1優勝、棚橋弘至の手記
  • 昨日行われた新日真夏の祭典、G1クライマックス2018の決勝は、棚橋弘至の3年ぶりの3度目の優勝で幕を閉じました。 まだ私はこの試合を見ていないですが、紙面やウェブの反応からすると、ここ最近の棚橋の低迷に対する鬱憤を一気に吐き出すような、満を持しての復活といった感じでしょうか。 前回棚橋が優勝したのは3年前の8月、その時の決勝の相手は中邑真輔でした。私にとってはこの試合が2015年のベストバウトでした。残念なが [続きを読む]
  • 欲望のメディア
  • 猪瀬直樹氏によるドキュメンタリー作品475ページを読了。 約30年前の1990年の作品ですが、友人の紹介を受けて読みました。何故紹介を受けたかというと、そこに力道山の記載があったからですが、冒頭のプロローグがベン・シャープの回想からというもので、読み初めから引き込まれました。 ここでいう「メディア」はテレビのことを指しています。テレビの歴史は昭和時代とほぼ重なっていて、1936年のベルリン・オリンピックが中継さ [続きを読む]
  • ブルーザーブロディ 30年目の帰還イベント
  • ブロディ没後30年とフミ斎藤さんの書籍発売を記念したイベントに参加、三時間、マニアックな空間を堪能しました。会場となったLoft 9 Shibuyaにアラフォー世代が集結、ブロディの追悼と共に、厳選された世界の未知のプロレス映像が放映されました。ちなみに、マサ斎藤のオリジナルカクテルが振舞われてました。私は試しませんでしたが、カルピス好きなだけに甘いショットだったとか。さて、ブロディ関連では81年、82年のテリーフ [続きを読む]
  • ゼウスの知られざる波瀾万丈の半生
  • 1週間前ですが、全日本プロレスのエディオンアリーナ大阪第1競技場大会で、三冠ヘビー級戦が行われ、宮原健斗を倒したゼウスが第61代王者となりました。ゼウスにとってはチャレンジ5回目で初奪取、涙の戴冠となりました。 ゼウスは2006年大阪プロレスに入団、デビューしているので、キャリア12年、その割にゼウスのレスラー像がよく見えていませんでした。強いて言うと、2008年頃にハッスル参戦していた頃や、プロボクサーを目指 [続きを読む]
  • 秘蔵日本 プロレス
  • 1年前まで日テレジータスでプロレスクラシックを見ていたのですが、番組のリニューアルを機に購読を止めてました。たまたま番組表で「秘蔵日本プロレス」の文字が目に飛び込み、再加入、懐かしい映像を堪能しました。あの時代が帰ってくる! 秘蔵日本プロレス!(1)ジャイアント馬場×ブルーノ・サンマルチノ ほか1966年12月3日 日本武道館(インターナショナルヘビー級選手権)ジャイアント馬場 vs フリッツ・フォン・エリック1 [続きを読む]
  • ありがとう U.W.F. 母さちに贈る
  • 鈴木浩充氏によるドキュメンタリー作品、502ページを読了、読み応えがありました。 スズキ氏(敢えて、同書内の鈴木氏の呼び名を使います)は新生UWFの元専務として有名ですが、ジン社長と大学の同級生だった縁から旧UWFに入社しています。なので、1984年7月から1990年12月までの6年半、新日との業務提携、新生UWFと、苦楽を共にしています。 その2人が新生UWF最後の試合となった松本大会後に全選手を解雇、ジン社長と誓った「一 [続きを読む]
  • 新日本プロレス 『G1 SPECIAL IN SAN FRANCISCO』
  • 大分遅れましたが、7月8日にサンフランシスコのカウパレスで行われた試合を録画視聴しました。 ケニーvsコーディ、ヒロムvsドラゴンリーとIWGPヘビー、ジュニアのタイトルマッチ2カードが流れました。大会当日はNEVER、IWGPタッグ、USヘビーのタイトルマッチも組まれており、アメリカ人中心とはいえ、カードの出し惜しみをしない姿勢は新日海外展開の本気度を感じます。ワールドプロレス内の冒頭でも紹介されましたが、ここは63年 [続きを読む]
  • 力道山の死因
  • 中央日報の日本語版記事で、力道山に関する興味深い記事がありました。「米国を懲らしめる日本の英雄」キャラクターの力道山が朝鮮人であってはならなかった。力道山は徹底的に日本人として振る舞った。出生地は長崎に変わり、家系と小学校時代の英雄物語も作られた。しかし相撲界と在日朝鮮人の間では力道山が朝鮮人ということは「公然の秘密」だったという。映画『力道山』には故郷の友人の食堂を力道山が夜にこっそりと訪ね、 [続きを読む]
  • 追悼 マサ斎藤
  • 馬場元子さん、ブルーノ・サンマルチノ、ビッグ・バン・ベイダーに続いて、また一人、昭和の名レスラーが他界しました。日米マットでトップレスラーとして活躍したプロレス界のレジェンド、マサ斎藤さん(本名・斎藤昌典)が14日に死去した。75歳だった。健介オフィスが16日、発表した。マサ斎藤さんが死去 アントニオ猪木氏と巌流島で死闘マサ斎藤といえば、1987年10月4日に行われた猪木との「巌流島決戦」が最も印象な試 [続きを読む]
  • ブロディ没後30年記念イベント
  • 流智美氏の「昭和プロレス探求トークライブ」に参加しました。 会場となった闘道館のイベントスペースには、故人を偲ぶファンが約50名、ざっと見る限り40〜50代前半くらいの昭和プロレスを懐かしむファンで溢れていました。私の隣席は福島から来られた方で、週プロの告知を見て申し込まれたそうです。「先週から『移民の歌』が頭から離れない」くらい、このイベントを楽しみにされていたそうです。 ちなみに闘道館は元々水道橋 [続きを読む]
  • ブルーザー・ブロディ 30年目の帰還
  • 斎藤文彦氏による追悼本、P236を読了。 毎年この時期に、私は2人のレスラーを思い出します。2009年6月13日に亡くなった三沢光晴と、1998年7月17日に亡くなったブルーザー・ブロディ。 2人に共通して言えるのは、名レスラーであることと、非業な最期を遂げたこと。どちらも異論を持つ人はいないと思いますが、あまりに突然の出来事であったことと、その亡くなり方が衝撃的でした。2人とも、テレビの速報テロップが出たので、それを [続きを読む]
  • 鈴木みのるの30周年記念大会
  • 先週末のワールドプロレスで流れた鈴木vsオカダを見ました。横浜赤レンガ倉庫広場で行われた2日間の屋外イベント、参加費無料にも拘わらず、メインカードが鈴木vsオカダ以外にもライブやワークショップ等、盛りだくさんのイベントだったようです。 自身の30周年記念試合をはじめ、親交の深いミュージシャンの中村あゆみやファンキー加藤らのライブステージ。さらに野球、サッカー、バスケットボール、ボクシング、総合格闘技等の [続きを読む]
  • 猪木の最後の戦い
  • ウェブ版ではありますが、NHK News に猪木の記事が出ていました。北朝鮮外交で猪木が持つルートが活用されない点について、質問を投げかけつつも相手にいなされてしまう、本人にとって忸怩たる思いが載せられています。「北朝鮮に『ありとあらゆるチャンネルを通じて』というなら、私のチャンネルを使う考えがあるのか」迫られた河野外務大臣、「アントニオ猪木ルートは、公にしないで使わなければ意味が無い。必要とあれば、こっ [続きを読む]
  • ゼロワンへの思い
  • ラジオ日本の「真夜中のハーリー&レイス」に三又又三が出ていました。昨年の10月末からゼロワンのGMに就任、早速ビール瓶で額を割られて、10針縫ったり、電流爆破をやったりと、体を張ったエピソードがてんこ盛りでした。 半年間、ゼロワンを見続けてからGM就任に至るまでに、ゼロワンとこんなやり取りがあったそうです。(三又)最初の頃はゼロワンのリングで、後楽園ホールが400人弱ぐらいだったんですけど、その時に僕が悪態 [続きを読む]