サリー さん プロフィール

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サリーさん: さくらさく
ハンドル名サリー さん
ブログタイトルさくらさく
ブログURLhttp://sakurasaku0101.blog.fc2.com/
サイト紹介文40代、シングル、フリーランサー、パグの飼い主。 非浸潤性乳がんのこととか、パグ、日々のことなど。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供22回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2013/03/02 16:11

サリー さんのブログ記事

  • 術後5年半
  • 乳癌手術から5年半です。術後3年以降は年一度の検診だったのが、5年検診のエコーで健側に4ミリほどの白いものが映るというグレーな結果に。細胞診をしようとしたものの今度は見つからず…で、半年後に再びエコー検査となりました。先週、2年半ぶりに対面する主治医から結果を聞いてきました。結果は、何かはある。健側に4ミリ、3ミリ、2ミリと、大きくはなっていないようだけど数は増えていた。更に術側にも少し点々と。MRIを撮る [続きを読む]
  • 乳がん術後5年検診で再検査になるものの…
  • 先週、術後5年検診の結果が出ました。マンモグラフィーは特に問題なし。エコーでは健側に4mm程の何かが写っていた。乳腺症か乳がんの初期か、念のために細胞診をすることになり、運良く一時間後に空きがあったので入れてもらった。しかし、位置を特定するためにエコーを当ててもなかなか見つからないという会話がエコー技師と医師との間でなされていた。途中、主治医の意見を仰ごうと思ったようだけど忙しくて声が掛けられなかった [続きを読む]
  • 乳がん術後5年検診
  • 一年ぶりの乳がん検診でした。病院へ着き、通院していたことが頭を巡ったのは一瞬。どうしても数ヶ月前の母のことや病院に通っていたことが思い出されました。今日のエコーでは、随分長い間同じところに装置を当てられてました。途中で、先にマンモを撮ったかを確認され、どうもマンモ画像も調べてる様子。でも去年も…同じところを何度も行ったり来たりすると思ったけれど何もなかった。「異常ありませんでした」くらいの短い文章 [続きを読む]
  • 葬儀の翌日とその後の妹の様子
  • 母の葬儀の翌日のことです。趣味に没頭していた妹がふいに壁の写真に目をやり立ち上がって近づきました。前に置いてあった椅子をどけてくれと言い、更に近づいて写真を眺めていた。少しずつ移動したり、写真の角度に自分の顔を合わせて確認。母の写真を探して見ているのが分かった。落ちたから貼ってと手渡されたのは遺影に使ったもの。たぶん気づいて触ったのだと。普段とらない行動、母が旅立ったことをちゃんと理解していた。父 [続きを読む]
  • 葬儀2:お別れ式
  • 前のブログをアップして数日後、パソコンが・・・壊れた。友人の旧型を借り、なんとか仕事も再開。葬儀のつづきです。2日目は、お焼香とお花を手向けるお別れ式。親族とごく身近な人、私の友人3名がお手伝いも兼ねて参列してくれました。母の棺に納めるための折り鶴。斎場での空き時間や待ち時間にみんなが折り、日頃からシール貼りが趣味の妹にも参加してもらいました。2日目にはかなりの数になって飽きてしまい、途中から本や塗 [続きを読む]
  • 葬儀1:納棺式
  • ひと月前になりますが、母の葬儀は無宗教の自由葬にしました。一日葬でできることを二日に分けたので、やることがあまりないく一日目が納棺式、二日目がお別れ式。家族葬用のリビングや和室がある部屋だったので葬儀までの間も自由に出入りができ、毎日きてくれた方もいました。長姉も納棺式の前に足を運んでくれました。「感謝しかない」と言っていたのが印象的です。産まれなければ今が無いという、それは私には経験の無いこと。 [続きを読む]
  • 月命日
  • もうひと月も経ってしまった。現状をどう見ているだろうか。あとひと月経ったらどうなっているだろうか。母の納骨が行われるだろうけれどたぶん、私が関わることはない。知らせくらい来るだろうか。お墓は最寄駅からバスで三十分くらいかかる。墓参りにいってもまだ入ってなかったら…それでも兄と父がいるのでいいか。身軽になった、そう思えばいいのかもしれない。妹のことだけは、私の楽しみの一つなのでなんとかしよう。   [続きを読む]
  • 母が亡くなってひと月
  • 年始から珍しく風邪で熱を出してしまいました。落ち着いた頃にがっくりくるから気をつけてと言われていたのが絵に描いたように…疲れが溜まっていて膝や腰なども悲鳴をあげていたけれど風邪が治るまで辛抱辛抱。ようやく週末に治療にいかれて尻に針など刺されつつ体は回復してきました。内面の方は…ここまでいろいろあった…うやむやになっていたことを正しく整えようとしたら逆ギレにあってしまった。うやむやに曖昧にやりすごす [続きを読む]
  • 12/18 さようなら
  • もって一週間、そう言われてちょうど一週間後の12月18日、70歳で母が永眠しました。なくなる1日前には意思の疎通は取れませんでしたが足のむくみが限界に達してたのか痛い痛いと言っていました。その翌日、朝から姉の電話があり病院へ。そこからおよそ7時間後に静かに息を引き取りました。母のいろんなものを背負ってしまったせいか、あまり泣かない私も涙を堪えられませんでした。その後はバタバタと慌ただしかったような、無宗教 [続きを読む]
  • 12/16 苛立ち
  • 昨日、身体拭きの際、母が興奮状態になった。少し離れた待合室にいた私のところまで「やめて」「いいかげんにして」という母の大声と「噛み付かないで」「離して」などといった看護師さんの声が響いてきた。マッサージも片足は大丈夫だったのに、反対の足に触ると途端に「いいから。そんなことしなくていいから」と強く嫌がった。主治医の回診の時、興奮状態だった話をしたら「嫌だったら今はやめてって言っていいよ」と母にやさし [続きを読む]
  • 12/14 個室へ
  • 今日も先に姉が病院へ向かった。出る時に「タクシー呼んだから病院へ行ってくる」と声をかけてった。少し時間が経ってから個室に移ったとだけ連絡があった。ほっとした。個室話が生きてたこと、良い環境を得られたこと、気持ちが母に向けられてることに。わんこの都合で泊まるかは別としても面会よりも長く付き添いが可能だ。仕事の続きもできるかもしれないとパソコンを持って病院へ。病室に入ると既に簡易ベッドが置いてあり、姉 [続きを読む]
  • 12/13 おかしな関係
  • 今日も母はぼんやりと、のそのそとベッドの上で過ごしていた。会話っぽい言葉のやりとりは二言、三言。脚のマッサージも分かっているのかいないのか。肩周りを触ると気持ち良さそうにしたのでしばらく続けたけれど、押したら壊れそうなほど華奢になっていた。今日も早めに仕事を切り上げたけれど私より早く姉が無言で家を出て行き、直後に「車は置いてある」とLINE。予定を聞くと一カ所寄ってから病院へ行くという。わんこのトイレ [続きを読む]
  • 12/12 病室移動。主治医の話
  • 仕事を早めに切り上げて面会が始まる15時に病院へ。病室に行くとベットが空。歩く力もないのにベットから出てようとして危険なので看護ステーション横の部屋に移されていた。病室の母は、さらに反応がにぶくなっていたし、私が到着した直後は口の中、歯も舌も青かった。何か周りにあるものを食べてしまったようで病院の方達もいろいろ確認して回ってくれたけれど原因はわからなかった。ベットの近くには点滴が置いてあり、これから [続きを読む]
  • 12/11 反応が鈍くなっている
  • 今日は仕事のあと病院へ。やはり反応が鈍くなっている。ほとんど眠そうにしていて会話はあまり成り立たず、記憶は曖昧。マッサージをしても足は差し出すがほぼ無反応。トイレの介助で看護士さんが来たときに、耳の横が痛いと訴えたので、アイスノンを持って来てくれた。どの辺に当てようかと耳の下あたりを軽く触ると、イタタタタとすぐに反応したのでかなり痛むのだろうか。急に痛くなったのだという。昨日、血圧が低かったので確 [続きを読む]
  • 12/10 母からの呼び出し。血圧低下と会話の変化。
  • 母のクリスマスプレゼントは確認を取り、クリスマスまでの間も楽しんでもらおうということになった。12/5に注文し12/7にはそれぞれの家に届いたと連絡があった。もらった方も送った方も楽しめて本当によかった。それから母は一仕事終えたように眠ってる時間が増えた。が、昨日はひと騒動。少し仕事の作業をしている間に、2階から大きな声。耳をすませてみると「いいから聞けって言ってんのっ!!!」と姉の声。静まったあと、母か [続きを読む]
  • 12/4 プレゼント
  • 今日は夜に30分ほど病院へ。母が送るプレゼントの最終確認のため。送るものはプリザーブドフラワー。いろいろなタイプから母が自分で好みのものを選んであった。好きな色も母に確認していた(本当かは謎)ので今日は考えた色の組み合わせを画像で確認。「かわいいねぇ、いい色だねぇ」とそれぞれに送るプレゼントがこれで決まった。配送日をいつにするか訪ねたら「24日」と言い、あとは注文するだけになった。「楽しみだねー。早く [続きを読む]
  • 12/3 家に帰りたい私
  • 今日、自宅からまた実家の方へ戻って来た。4日離れていたので戻ることを考えただけで気が重くなった。現実と向き合うからというのもあるけれど自分の家で生活したい、いつもの作業スペースで仕事したい、マイペースに過ごしたい、無駄にイライラしたくない…。強制的に居座ってると言ってもいいくらい自主的にここに居るのだけれど…。ちょくちょく病院に行かれるわけでもなく、万が一のために待機している訳でもない(少しはある [続きを読む]
  • 12/2 家に帰りたい母
  • 意思の疎通が取りにくくなってからの母はどんどん反応が鈍くなり、私が誰かもわからず、人がいることさえも分かっているのかどうか判断つかないほどになっていった。そこからの復調は無いように思えたが、三度復調してきた。ただ、点滴なし、食事できずの状態ではある。急下降してからは一番仲の良い叔母に来てもらったり、妹を施設から連れて帰ってお見舞いさせたりしたけれど、状態をキープできている。副作用のせいでおかしな事 [続きを読む]
  • 11/23 薬の副作用?
  • 昨日は点滴が入り、一昨日よりは調子が良さそうだった。今日は…また別人になっていた。私は自宅へ冬服やわんこの薬を取りに帰り、その間に姉が病院へ行き、私は自宅から戻る途中で病院へ寄ることにしていた。自宅を出た頃、「最初に行った時は爆睡していたから再び病院へ行く」と姉から連絡がきた。病室にいた母は眠っていたけど、すぐに目を覚まし、その後の会話はつながっているようでつながっていなかった。時間を教えても夜中 [続きを読む]
  • 外泊中止、母の体調
  • 先週末、再入院から2回目の外泊が決まっていましたが、体調を崩して母が自らキャンセルしていました。先週の金曜日、遅い時間に少しお見舞いに行くと、「遅いから来なくていいってライン送ったのに…“でも、会えて良かった”」と。気分転換にはなったようで、少しでも顔を出した甲斐がありました。特別調子が悪そうでもなく、やや不安を感じて外泊をやめたのだと、この時は思いました。週末は、妹の帰宅があったので、私は病院に [続きを読む]
  • 母、外泊
  • 再入院した母は、絶食後に腸の動きがやや回復し、一週間ほどでエンシュアリキッドが出され、その後食事が再開されました。その頃から私も実家の方へ移動して仕事をしています。二週間を過ぎた頃には主治医から退院を考えているという話も出ました。前回と違い歩行が困難なため、母がトイレの不便などを考えたようでとりあえずは外泊することになりました。ということで今週の水曜日からの外泊が急遽決まりました。病院から家に帰る [続きを読む]
  • 母、再入院
  • 一昨日の16日、母が再入院しました。2日に退院し、その週末と15日の日曜日は私も実家へ行っていました。15日は楽しみにしていたひ孫(血縁はない)と対面。私が実家に到着したときは一週間前より体調が悪そうでしたが、ひ孫達が来るとみるみる元気になり、抱っこしたり撫で回したりして2時間ほど楽しそうに過ごしていました。そんな時間を過ごした翌日の再入院だったので驚きました。ちょうど訪問看護の日で、吐き気と足が紫になる [続きを読む]
  • 母、退院
  • 今日、3ヵ月の入院を経て母が退院しました。退院の連絡を受けたのが昨日だったので久しぶりにお見舞いに行ってきました。度々会っていたときと違って久しぶりに会うといかにも病人という相貌に少し心が傷む。それでも抗がん剤で抜けた髪は伸びてきてました。食欲があまり無いらしく、腕には点滴。元気になって退院というわけにはいかないけれど、前と違うのは、家に帰りたいという気持ち。退院の話が出た頃は私以外喜ばず、家に帰 [続きを読む]
  • 外泊
  • 先週末、母は外泊で二ヵ月半ぶりに家へ帰ったそうです。家に入る前に段差で足を取られ転びそうになり、体力の低下に衝撃を受け、入院生活と日常生活の違いを実感したようです。病院に戻ったあと「家はどうだったか?」とLINEをしてみたら「やっぱり家は良い」と返信が。よかった。私は外泊中に一度電話で話しただけですが、部分入れ歯が壊れたのをずっと放置していて歯ごたえのあるものが食べられないと言っていたので早く直して栄 [続きを読む]
  • 9/9という日
  • 8月の終わりに一先ず実家から引き上げて、私は普段の生活に戻っています。今は、食欲にムラがあるのと便秘とお腹の張りが主な症状。家族の手を必要とする状態でもなく、今後の話も避けるので、私が今すべきことは無いのです。最近の母は大人である事も親である事も放棄していて妹の帰宅を一日減らしてでも自分の方へ来てもらいたいとか妹に会いたくないから病院に連れて来ないでとか退院も外泊もしたくないとか…体調が回復してき [続きを読む]