LJPC さん プロフィール

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LJPCさん: 悩みの時の慰め 私を生かす希望の御言葉 聖書
ハンドル名LJPC さん
ブログタイトル悩みの時の慰め 私を生かす希望の御言葉 聖書
ブログURLhttp://ljpc.blog.fc2.com/
サイト紹介文ニュージャージーとニューヨークにある日本語教会の牧師です。日々の聖書からの黙想等を書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供3回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2013/03/15 22:09

LJPC さんのブログ記事

  • 伝えて祈ってその後は時を待つ
  • 昨日はこの地域のシニアの方々の集まり、『あじさいの会』において、聖書のメッセージを伝える事が出来ました。この集まりは、65歳以上の方々の集まりで、1週間に1度毎週木曜日に開催されています。この会を主催されているのは、韓国人のクリスチャン団体で、韓国人のシニアの為の会から始まり、現在中国人と日本人の為の会も行われています。この会の特徴は、開催者がクリスチャン団体という事もあり、必ず礼拝からこの会が始まる [続きを読む]
  • 一人でも多くの方に聖書のメッセージを届けたい
  • 今日は韓国料理教室が開催されました。この地域に住んでおられる日本人の方々に、何とかして福音を届けたいとの思いから、今年の3月から月に一度開催しています。実は5年前にも7年に渡って、この働きを続けて行っていました。しかし1度お休みをしようという事になり、5年間も休んでいましたが、今回再び開催する祝福に預かりました。ちなみに私が料理を教えるのではなく、私の妻が韓国人であり料理を教えています。今日のメニュー [続きを読む]
  • 昨日から頭痛がひどかったのですが…
  • 久しぶりの投稿になります。しばらく投稿を休んでいましたが、投稿を再開するようにとの思いが与えられ、今後無理無く投稿を行っていこうと思っています。さて実は昨日から激しい頭痛に襲われていました。昨日(月曜日)の朝から頭痛があり、本来ならば何もせず休んでいなければなりませんでしたが、何を思ったか、普段なら思いつかないような思いが与えられ、ニューヨークのブックオフへ行こうという事になりました。牧師として毎 [続きを読む]
  • 神様の一方的な愛によって
  • 今日の黙想 16年9月14日聖書箇所 ローマ5章1〜11節【ローマ5:8】しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。神様が人を創造されたとき、人と神様との関係は、ただ平和だけがある関係でありました。ところが人の犯した罪により、神様との関係に亀裂が生じました。これ以上人と神様は、平和な関係を持つことができなくなっ [続きを読む]
  • 望み得ない時にこそ望みを抱き信じます
  • 今日の黙想 16年9月13日聖書箇所 ローマ4章18〜25節【ローマ4:18〜19】彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。それは「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、彼があらゆる国の人々の父となるためでした。アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることを認めても、その信仰は弱まりませんでした。アブラハムは目に見える現実がどの様であっても [続きを読む]
  • 信じる信仰が私を救います
  • 今日の黙想 16年9月12日聖書箇所 ローマ4章9〜17節【ローマ4:10〜11】どのようにして、その信仰が義とみなされたのでしょうか。割礼を受けてからでしょうか。まだ割礼を受けていないときにでしょうか。割礼を受けてからではなく、割礼を受けていないときにです。彼は、割礼を受けていないとき、信仰によって義と認められたことの証印として、割礼というしるしを受けたのです。それは、彼が、割礼を受けないままで信じて、義と認 [続きを読む]
  • 御言葉と共に幸いな人生を生きる
  • 今日の黙想 16年9月8日聖書箇所 ローマ3章1〜8節今日は特にこの御言葉に心を留めます。ローマ3章2節それは、あらゆる点から見て、大いにあります。第一に、彼らは神のいろいろなおことばをゆだねられています。彼らとはユダヤ人の事です。神様から祝福の民として、彼らは特別に選ばれた民族でありました。神様はユダヤ人にご自身の御言葉を委ねられました。その意味は、神様の御言葉を彼らに与えたという事です。彼らに御言葉を [続きを読む]
  • 最後の勝利を信じて前進します
  • 今日の黙想 16年8月6日聖書箇所 ヨシュア記12章1〜24節主の御心は、イスラエルがエジプトに留まらず、カナンへと入って行く事です。しかし現実として、イスラエルがカナンに入る為には、多くの戦いに勝利をしていかなければなりません。決して簡単な事ではないという事です。しかしそれが主の御心の道であるならば、無条件で従わなければなりません。困難に見えても、多くの戦いが起こる事を知っていても、それが主の御心である [続きを読む]
  • 私の時間と神様の時間は違います
  • 今日の黙想 16年8月5日聖書箇所 ヨシュア記11章16〜23節18節を見れば、ヨシュアは長い間戦ったという事です。長い間戦ったという内容に心が留まりました。この戦いは主の戦いです。主が共におられ、主が全ての戦いに、勝利を与えてくださるのです。だから人間的に考えるならば、長い間戦う必要はないと考えるのです。主が動くならば、今直ぐにでも勝利出来るという事です。長い間戦う必要はなく、簡単に勝利が与えられるという事 [続きを読む]
  • 大いなるお方を見上げて生きる
  • 今日の黙想 16年7月28日聖書箇所 ヨシュア記8章10〜23節今日私たちが悟るべき大切な事は、私たちの信じるお方である神様よりも、大きな問題は存在しないという事です。この世の目に見るならば、確かに私たちの目の前には、大きな大きな問題が、存在をしているという事です。しかし私たちがその中にあって、今日も見るべきお方はただお一方です。天にまします我らの父である神様です。そのお方を見上げる時に、問題は問題ではなく [続きを読む]
  • 昨日は過ぎ去りました。今日が大切です。
  • 今日の黙想 16年7月27日聖書箇所 ヨシュア記8章1〜9節神様はイスラエルに対して、もう一度アイに攻め上れと語ります。しかし神様のくださった方法は、以前エリコを攻めた時と違う方法です。神様は以前の方法にこだわりません。神様はいつも新しい方法を与えます。新しい導きを与えられるお方なのです。だから私たちはいつも、神様の新しい導きを求めるのです。今日神様のくださる、新しい恵み、新しい導き、新しい油注ぎを、求め [続きを読む]
  • 十字架の恵みを受けた者として
  • 今日の黙想 16年7月26日聖書箇所 ヨシュア記7章19〜26節今日の聖書を見れば、アカンという1人の人物が、自ら犯した罪により、死という報酬を受ける事となります。聖書が明確に語っている事は、死から来る報酬は死であるという事です。(ローマ6章23節)確かに今日の御言葉を通して感じる事は、少し厳しすぎるのではないかという事です。しかし私たちが明確に知るべき事は、私たちの信じる神様は、罪を徹底して嫌われるお方であ [続きを読む]
  • 私という存在自体が高価で尊い存在なのです
  • ここにいる私たちが、人間として生きていると言う事は、この世において、最も価値のある存在として、生きていると言う事です。何を通してそれを知る事が出来るのでしょうか。それは私たち人間が、神のかたちとして、創造されているという事から、知る事が出来るのです。神様は6日間で、天地万物を創造されたと聖書は教えます。神様が行われた全ての創造の中で、聖書を見れば、人間だけは、特別な方法によって、神様から創造されて [続きを読む]
  • 主との正しい関係から勝利の人生が始まります
  • 今日の黙想 16年7月20日聖書箇所 ヨシュア記5章1〜9節今日の聖書を見れば、カナンの地に入ったイスラエルに対して、まず割礼を受けさせるという事です。まず割礼を受けさせる事を、神様がイスラエルに願われるのです。ヨシュアとイスラエルの民は、神様の御心に信仰で従うのです。しかしイスラエルにとって、この時に割礼を受けるという決断は、決して簡単な決断ではありませんでした。何故ならば、イスラエルが割礼を受けている [続きを読む]
  • 願っても願わなくても時は進んでいる
  • 【マタイ1章1節】アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図神様はアブラハムに対して、またダビデに対して、ご自身の計画の全てを語っておられました。その計画とは、アブラハムの子孫であり、ダビデの子孫となる、ひとりの人物を通して、全人類を救いへと導くという計画であります。神様が語られていた通りに、アブラハムの子孫として、またダビデの子孫として、イエス・キリストが、この地上に誕生することとなり [続きを読む]
  • 誰かと比較する必要はない。誰かのようになる必要もない。
  • 何故私たちの信仰が、時に落ちてしまうという事が起こるのか、その理由の一つとして考えられることは、誰かと信仰を比較することです。私たちはいつも誰かと比較して、自分の方ができないと言って、あの人の方が素晴らしいと言って、落ち込んでしまうのです。私たちが忘れてはならないことは、神様はあなたを選ばれたということです。あなたが必要であるがゆえに、あなたの名前を呼び、救いへと導いてくださったということです。だ [続きを読む]
  • 恐れる必要はないのです
  • 私たちの人生には、自分の力では、どうすることもできない状況に、置かれることがあります。神様どうしてですか、と言いたくなるような、突然の試練に襲われることがあるのです。しかしその様な状況に置かれる中で、私たちの持つべき正しい態度は、どの様な態度でしょうか。それはあらゆる状況で、恐れるなと語ってくださる、主を信じることです。主が今日も、今この瞬間も、私たちの味方でいてくださる、このことを信じるのです。 [続きを読む]
  • 嵐の中でも平安をください
  • 私たちの人生は、良いことばかりではありません。試練が起こり、難しいことが起こり、自分の願った通りにいかないことが多々あります。喜ぶことができる状況だけではなく、悲しみに打ちひしがれ、苦しみもがく状況に置かれることがあるのです。この世を生きている限り、人生の嵐は必ず起こるのです。だから私たちは、嵐に遭うことがありませんようにと祈るより、嵐の中にあっても、たとえ死の影の谷を歩くことがあっても、恐ろしい [続きを読む]
  • 私を誇る者ではなく、主だけを誇る者でありたいのです
  • 私は弱くても良いのです。私は愚かであっても、何も持たない者であっても良いのです。大切なことは、私がしっかりと主とつながり、主と一つ思いになって生きることです。目に見える何かを頼って生きる人生ではなく、自分の持っているものに拠り頼む人生ではなく、目には見えないが、確かに今も生きて働かれる、主だけを頼りとして生きる人生です。その人は、主がなしてくださる、素晴らしいことを見るようになるのです。主が確かに [続きを読む]
  • 大切なのは信じて立ち上がる事
  • 今日の黙想 16年7月13日聖書箇所 ヨシュア記1章10〜18節神様の計画は、ヨシュアを通して、イスラエルをカナンへと導く事です。神様はご自身の計画の成就の為に、ヨシュアという人物を選び、彼に油を注いで、祝福の御言葉を与えるのです。同じように神様は今の時代、私たちを選び、ご自身の計画を成就されます。私たちが神様を選んだのではなく、神様が私たちを選ばれたのです。私たちを通して、全人類の救いを成そうとしているの [続きを読む]
  • 神様との深い交わり(祈り)の回復
  • イスラエルの堕落は、神殿の堕落から始まりました。神殿とは本来祈りの場所です。イエス様は聖書でこの様に語っています。『わたしの家は祈りの家と呼ばれる』神殿には祈りがなければなりません。祈りとは何でしょうか。祈りの本質、それは神様との交わりです。何かを要求する事だけが祈りではありません。神様との深い交わり、親密な交わり、一対一での交わり、この事を喜びとし、他の何にもまさる尊い時間とする事、これが祈りで [続きを読む]
  • 受ける事ばかり考えないで、与える人になりなさい
  • 憐れみのある人になってください。憐れみのある人は憐れみを受けます。【マタイ5章7節】あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。私たちは自分の為だけに、生きる人となってはなりません。隣人の益の為に生きるべきです。何故イエス様は、罪人である私たちの為に、ご自身のいのちまで捨てられますか。どうしてご自身のいのちを捨てるまでして、罪人である私たちを愛されたのでしょうか。それはそこにこそ本当 [続きを読む]
  • 一つの扉が閉じる時新しい扉が開かれる
  • 今日の黙想 16年7月12日聖書箇所 ヨシュア記1章1〜9節主のしもべモーセは死にました。しかし主の計画はその後も前進します。ヌンの子ヨシュアを通して、イスラエルをカナンの地へと導きます。一つの扉が閉められた時、それは終わりを意味しません。別の新しい事が起こる始まりです。だから決して失望してはなりません。何故ならば、主の計画は今も前進しているからです。主はモーセの後ヨシュアを選び、偉大な計画を進めます。ヨ [続きを読む]
  • 敗北を通して開かれた真の救い 神様の驚くべき計画
  • 私達の人生に起こる、マイナスと思える状況は、マイナスのままでは終わりません。神様はマイナスと思える状況をも、用いる事のできるお方です。だから私達は、マイナスと思える状況に置かれたとしても、その中で必要以上に恐れてはなりません。否定的になってはなりません。全てを益と変えられる主を信じるのです。全ての状況を、ご自身の栄光へと導かれる、主の力を信じなければならないのです。マイナスと思える状況を通して、新 [続きを読む]
  • 信仰者の確信 死にそうでも、見よ、生きている
  • 【第2コリント6章9〜10節】人に知られてないようでも、よく知られ、死にそうでも、見よ、生きており、罰せられているようであっても、殺されず、悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。これが主を信じる者に与えられている祝福です。現実を見れば、難しいかもしれません。辛いかもしれません。貧しいかもしれません。何も持たない者であ [続きを読む]