森田高尚 さん プロフィール

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森田高尚さん: 中部の「土木文化」見てある記
ハンドル名森田高尚 さん
ブログタイトル中部の「土木文化」見てある記
ブログURLhttp://chubu-fukken.com/
サイト紹介文中部地方に残されている土木施設遺産を訪ね歩き紹介しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供85回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2013/04/09 14:03

森田高尚 さんのブログ記事

  • 阿久比の里山散策路
  •  阿久比町では、平成25年と26年にかけて2か所の里山整備が行なわれた。ひとつは多賀神社の境内林、もうひとつは長松山・正盛院の裏山である。多賀社の創建は元和7年 (1621) であり、正盛院の建立は天文13年 (1544) だという。どちらも古い歴史をもつことから、鎮守の森はうっそうと繁る照葉樹林になっている。 写真左が多賀神社の社殿、右が正盛院の参道と仁王門である。 照葉樹の森は、元々この地方(暖地 [続きを読む]
  • 知多市岡田の里山散策路
  •  愛知県では、平成21年から 「あいち森と緑づくり税」 が導入されている。森や緑は、空気の浄化や景観形成など、様々な働きにより人々の暮らしを支えている。ところが近年の都市化や開発により、森や緑の荒廃や減少が著しく進んでいる。将来に向けて樹林を健全な状態で引き継いでいこうとの考えから、この財源を使って様々な事業が行なわれるようになった。 里山整備もその一環で、民有林や寺社の境内林などを活用して、散策園 [続きを読む]
  • 名古屋港の跳上橋
  •  昨年秋に、名古屋港を船で見学した折 (12月1日に 「ガントリークレーン」 と題してこのブログに掲載)、船中からガーデン埠頭のあたりに、末広橋梁とよく似た跳上橋を遠望した覚えがある。もう1度確認してみようと思い、金山駅周辺の清掃作業 ( 「まちを美しくする会」 の定期活動) の後に名古屋港を訪ねてみた。 ガーデン埠頭入口にある案内所でマップをもらい、看板図面で位置を確認してから橋があると思われる方向へ [続きを読む]
  • 四日市港の末広橋梁
  •  明治43年から始まった四日市港修築事業では、埋立てにより末広町と千歳町が出来上がった。その間の水面が千歳運河である。大型船から積み替えられた貨物が、艀 (はしけ) などによりこの運河を行き来した。今も運河の両岸に倉庫が建ち並び、浮き桟橋も設置されている。 千歳町へは、国鉄線 (JR線) からの引込み線が走っている。この線路が千歳運河を跨ぐのが、「末広橋梁」 である。艀を通すために跳開式の可動橋になって [続きを読む]
  • 中里貯水池と中里ダム
  •  員弁の谷の最上流部、岐阜県との県境近くに 「中里貯水池」 がある。この池は、水資源機構が三重用水の水源として昭和52年に建設したもので、総貯水量1600万トン、水深30mである。このあたりは、養老山脈と鈴鹿山脈に挟まれた丘陵地帯で景観もよく、いくつかのゴルフ場が立地している。水面のはるか彼方に見える、真っ白に雪を被るのは伊吹山であろう。 池の水を堰き止めているのは 「中里ダム」 で、アースダムとして [続きを読む]
  • 員弁のセメント工場
  •  桑名インターを降りて、員弁の谷に入ったときから気になる山があった。鈴鹿山脈の頂のひとつに横縞模様がくっきりと見えているのである。砕石の採掘だろうか、あるいは藤原岳は石灰岩の山であるので、石灰岩採取かも知れないと考えていた。 宇賀渓を見た後、次の目的地 「中里貯水池」 に向かう途中、車中からセメント工場の煙突が見えてきた。工場の壁にHOKUSEI REMICONの文字が記してある。いなべ市の北勢レミコンの工場であ [続きを読む]
  • 宇賀渓の吊り橋
  •  員弁川は、鈴鹿山脈と養老山脈の間の平野を流れる川である。鈴鹿山脈北端の御池岳を源流とし、いなべ市や東員町・桑名市を流れて伊勢湾に注ぐ。その中流域の員弁から西に向かう支流・宇賀川が山間部にかかるあたりに 「宇賀渓」 はある。 宇賀渓キャンプ場の駐車場から見上げると、重なり合った山々の遠くに白い雪を被った竜ヶ岳が見える。宇賀渓は、竜ヶ岳に端を発する宇賀川が花崗岩を浸食してできた渓谷である。数多くの瀑布 [続きを読む]
  • 清水寺背景の照葉樹林
  •  「清水の舞台から飛び降りる」 とは、“非常な決意をした” ことのたとえである。その清水寺は、広隆寺や鞍馬寺とともに、平安京遷都 (794) 以前からの歴史をもつ、数少ない寺院のひとつである。現在では、同じ東山山系の銀閣寺や西部の嵐山、金閣寺などと並んで、最も人気の高い観光名所になっている。ユネスコの世界遺産にも登録されている。 両側にお店の並ぶ東山道の坂を上っていくと、正面に仁王門と三重の塔が見えて [続きを読む]
  • 西本願寺のイチョウ
  •  京都駅から歩いていける距離に、大きなお寺が2つ並んでいる。向かって右が東本願寺、左が西本願寺である。いずれも浄土真宗のお寺であるが、東は大谷派、西は本願寺派の本山である。京都市民には馴染みの寺院で、それぞれ 「お東さん」 「お西さん」 の愛称で呼ばれている。 先日北野天満宮へ行った後、西本願寺に立ち寄ってみた。バス停近くにある金色の阿弥陀門 (下右の写真) をくぐると、正面に大きな阿弥陀堂が見える。 [続きを読む]
  • 農業センターの枝垂れ梅
  •  名古屋市天白区・地下鉄平針駅から東の方角に広大な荒池緑地が広がっていて、その中心に農業センターがある。もともとは、農業技術の研究や農家の指導のほか、一般市民にも農業について知ってもらうことを目的に昭和40年に開設された施設である。 園内では、いろいろな品種の野菜や穀物が栽培されるとともに、牛や羊の放牧といった畜産も行なわれている。特に、この地方特産 「名古屋コーチン」 の最大生産地としても有名であ [続きを読む]
  • 湯河原の梅林(再掲)
  •  さらに梅の話題を続けます。(2015・03・07掲載)  翌日、湯河原にも梅林があるというので訪ねてみた。この梅林は、谷間にある熱海の梅園とは趣を異とし、山の中腹一帯の斜面に広がっている。そのルーツは、戦後まもなく、崖崩れ対策と将来の観光資源を目的として、地元の人たちが植えたものだという。 後ろに聳える 「幕山」 は、箱根火山の一部で、粘性の高いマグマが噴出して固まった溶岩ドームである。幕山の名前 [続きを読む]
  • 熱海の梅園(再掲)
  •  梅の話題が続きましたので、2年前に訪れた熱海の梅を振り返ってみます。(2015・03・04掲載)  今月の初め、MOA美術館で開催されている尾形光琳の作品展を観るために、熱海へ出かけた。尾形光琳300年忌と銘打った特別展で 「紅白梅図屏風」 と 「燕子花図屏風」 の二大国宝を同時に展示したものである。   “カキツバタ” の方は、以前このブログの三河八橋の項 (2014・05・26) で取り上げたことがあ [続きを読む]
  • 月ヶ瀬の梅林
  •  「梅」 と言うと「月ヶ瀬」を思い起こす。古い吊り橋を取材するため亀山から加太 (かぶと) あたりを走っているとき、「月ヶ瀬」 が近いことを記した道路標識を見つけた。以前から行ってみたい名所であり、季節も花盛りにぴったりであったので、そちら方面にハンドルを切った。 名阪国道・奈良県入口の五月橋インターチェンジを降り、五月川 (名張川下流域の名称) 沿いに西に向かうと、その対岸に 「月ヶ瀬の梅林」 が広がっ [続きを読む]
  • 北野天満宮の梅
  •  京都の北西、“きぬかけの路” 地区に北野天満宮はある。この路は、JR山陰本線 (嵯峨野線) 花園駅を起点に、妙心寺・仁和寺・龍安寺・金閣寺などといった名刹を巡ることのできる歴史街道である。鴨川の東部に連なる東山地区と並ぶ人気スポットで、今回も多くの観光客が歩いていた。特に外国からのお客様が多く、英語や中国語が飛び交っていた。 北野天満宮は、菅原道真公 (845〜903) を祭神とする全国12000か所 [続きを読む]
  • 田原の吉胡貝塚史蹟公園
  •  三河田原駅から1kmほど北へ行ったところ、汐川が三河湾に注ぐ左岸に 「吉胡貝塚 (よしごかいづか)」 がある。貝塚は、市内北部の蔵王山に続く台地から、縄文時代の海進によって形成された 「海堤」 (かいてい:標高2〜3m) にかけて分布している。大正11年・12年に京都大学の研究者により発掘調査が行なわれ、縄文人骨が多数出土したことにより大ニュースとなった。昭和26年には、国により史蹟に指定されている。 [続きを読む]
  • 田原城跡と田原市博物館
  •  田原城が築かれたのは、明文12年 (1480) のことである。この時期というのは後土御門天皇の御世で、戦国時代のきっかけともなった応仁の乱 (応仁元年〜文明9年) の直後のことである。この城もその荒波に飲まれ、戦国末期には今川義元に攻められたり、徳川家康に攻略されたりした。 江戸時代に入ってからは安定して三宅氏の治めるところとなったが、明治になって廃城となり建物は取り壊されてしまった。平成になって桜 [続きを読む]
  • 渥美半島・田原市の花フェスタ
  •  一般の人にはあまり知られていないが、愛知県は昭和37年から50年以上も連続で花の生産日本一である。それも、第2位の県の約3倍もの生産量を誇っていて、「花の王国」 と呼ばれている。中でも、バラ・キク・洋ラン・サボテンは1位、カーネーション・シクラメンは2位にランクされている。 そのことを背景に、愛知県では毎年 「あいち花フェスタ」 を開催しているが、今年は 「in東三河」 と銘打って田原市での開催となっ [続きを読む]
  • ローザンベリー多和田
  •  滋賀県米原の多和田に、比較的新しいフラワーガーデンがある。かつて採石場の敷地だった跡地を、徐々に整備してイングリッシュガーデンに創り上げた。ローズ&ベリーを縮めて 「ローザンベリー」 と呼ぶ。周りを山々に囲まれ、大きな池もあり、そうした豊かな自然を活かしながら庭づくりを始めたのは、2003年からのことだという。 ガーデンは7つのゾーンに分かれている。「山野草と宿根草の庭」 「サクラとバラの道」 「コ [続きを読む]
  • 気比神宮の大鳥居
  •  「神宮」 号を名乗る神社は現在24を数え、いずれも皇室とゆかりの深い神社である。福井県敦賀市にある 「気比神宮」 は、2000年の歴史をもつ格式の高い神宮で、「越前の国一ノ宮」 とも呼ばれている。主祭神の気比大神 (伊奢沙別命) は二千有余年の昔にこの地に降臨されたと伝承されている。文武天皇の大宝2年 (702) に、仲哀天皇と神功皇后も合祀されたという。 表参道の入口にある大鳥居は、春日大社・厳島神社 [続きを読む]
  • 兼山ダムと愛知用水
  •  丸山ダムの少し下流に、兼山ダムがある。完成は古く、昭和18年に遡る。重力式コンクリートダムで、ラジアルゲートが14門装備されている。岸から見ると、まるで競馬出走ゲート「発馬機」のように見える。堤高は36m、堤頂長205m、堤体積は10万5千立方メートルである。流域面積約2500平方キロ、湛水面積 (ダム湖の面積) 102ha、総貯水量は940万トンである。 もともとの用途は発電専用であるが、現在では [続きを読む]
  • 油皆洞(ゆがいと)橋
  •  「岐阜の歴史的土木構造物」 という資料でその存在を知り、何とか見てみたいと探したけれどなかなか見つからなかった。道路を右ひだりと何度か行き来した後、地元の方にお聞きしてようやく見つけることができた。八百津町の中心から丸山ダム方面へ向かう町道が、木曽川支流を渡るところにこの貴重な橋は架かっていた。 「ゆがいと」 とは変わった名前であるが、途中のバス停に 「油皆洞」 という表示があり、橋の銘板に 「油皆 [続きを読む]
  • 人道の丘公園「杉原千畝記念館」
  •  丸山ダムの北、国道418号線がトンネルでくぐる山の上に 「人道の丘公園」 がある。「人道」 と名付けられたのは、「命のビザ」 で知られる外交官・杉原千畝を記念して作られた公園だからである。公園は、「杉原千畝記念館」 といくつかの広場から成っている。 広場の中央には、平和を奏でるという意味で、パイプオルガンをイメージしたモニュメントがつくられている。長短160本のステンレスパイプと浅い池、同心円状の段 [続きを読む]
  • 丸山ダムの「のぞみ橋」
  •  丸山ダムの手前に、今まで見たことの無いような奇妙な形の橋が架かっている。従来型の吊床版橋と違って、下にアーチ構造があるという不思議な形式を採っているのである。これは、PC橋としては不可能とされてきた長スパン (約100m) の橋を実現するために工夫されたもので、橋梁界としては非常に名誉な「田中賞」を平成15年に受賞している。 田中賞とは、数々の名橋を生み出して橋梁界の育ての親とも呼ばれてきた故田中豊 [続きを読む]
  • 丸山ダムと丸山発電所
  •  丸山ダムは、木曽川河口より90kmの地点にある。洪水調整と発電を目的とした多目的ダムで、形式は 「直線重力式コンクリートダム」 という。堤の高さは約98m、頂部の長さは260m、堤の体積は約50万立方メートルである。 上流2400平方キロから水を集め、湛水面積 (ダム湖の面積) は263haである。流域面積の2400平方キロは、名古屋市域面積326平方キロの7倍以上にも当たることになる。洪水調整機能は [続きを読む]
  • 八百津大橋
  •  国道21号から御嵩町井尻で枝別れし、加茂郡八百津町へ向かう道を 「井尻八百津線」 と呼ぶ。県道358号である。途中、丸山ダムとその下流一帯の 「蘇水峡」 の近くを通る。蘇水峡は岩壁により川幅が狭められる景勝の地で、春の桜や秋の紅葉の名所であり、木曽三川の三十六景に撰ばれている。 この道路が木曽川を跨ぐのが 「八百津大橋」 である。橋長356m、幅員は意外に狭く6mである。左右1車線であるが、中央のライ [続きを読む]