蘆山人 さん プロフィール

  •  
蘆山人さん: ちょっと山ぼけ
ハンドル名蘆山人 さん
ブログタイトルちょっと山ぼけ
ブログURLhttps://ameblo.jp/ashiyamabito/
サイト紹介文気ままな山歩きの写真とつぶやき。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供359回 / 365日(平均6.9回/週) - 参加 2013/05/21 22:02

蘆山人 さんのブログ記事

  • 高原の空
  • 10月8日  蓼科 / 八子ケ峰東南尾根      広葉樹の森を抜けると低木が散在する草原に戻る。朝立ち込めていた靄は晴れ、高原を一望することができた。雲が湧き、紅葉した斜面にその影が動く。草原に靡くススキ。森に浮かぶ湖。どこを取っても絵になる。 [続きを読む]
  • 鮮やかなり
  • 10月8日  蓼科 / 親湯から八子ケ峰へ登り返す  曇時々陽射し      以前この辺りを歩いたとき、この尾根に麗しい広葉樹の森があることを知った。紅葉の時期の再訪を楽しみにしていた。いつも歩いている近畿の森に比べ、葉の色が鮮やかなのに驚かされた。ミズナラなどはまだ青々としていたが、その青も活き活きとしている (写真中)。寒暖の環境、特に真夏の暑さの違いが大きいのかもしれない。少しばかり嫉妬を感じなが [続きを読む]
  • 疾走する
  • 10月8日  蓼科 / 信玄棒道を親湯へ下る  曇時々陽射し      カラマツの森を緩やかに下る道はやがて急坂になる。同時に瀬音が高まり、建物や車道が見えてくる。蓼科高原にいくつかある温泉地のひとつ、「親湯」である。信玄の隠し湯として知られ、温泉宿の脇に「信玄棒道」の続きがあった。少しその道を辿ってみたが、果てしなさそうだったのですぐに引き返した。今年の台風の影響はこの地にも及んだようで、途中倒木 [続きを読む]
  • 秋色を絡める
  • 10月8日  蓼科 / 信玄棒道を親湯へ下る  イワガラミ  曇      谷間を下りきると沢沿いの古道に出る。武田信玄が進軍のために整備したとされる道で、今はカラマツ並木である。カラマツはまだ青かったが、そこに絡まるイワガラミが見事に紅葉していて、一本道の単調な行程に彩りを添えた。 [続きを読む]
  • 谷間の磁力
  • 10月8日  蓼科 / 八子ケ峰東南尾根から信玄棒道へ下る  曇      尾根伝いに高原を下ってゆく予定だったが、歩き始めてすぐ、左手の谷間がとりわけ濃く鮮やかに色づいているのに惹かれた。大きな牡鹿が一頭、白い角を輝かせながらその中へ消えてゆく。誘い込まれるようにして急斜面に足を踏み入れた。谷間は苔むした岩に覆われ、薄靄が木立を艶めかせる。この高原一帯の精気が濃縮されて漂っているように感じられた。 [続きを読む]
  • 蓼科高原へ
  • 10月8日  蓼科 / スズラン峠から八子ケ峰東南尾根へ      家族を目的地に送り届けてから、別行動でひとり峠の駐車場に向かう。そこからひと登りすると、高原を見渡す尾根に出る。色づき始めた樹々が朝靄に溶け込んでいた。すでに標高1850m、空も大地も凛としている。 [続きを読む]
  • 谷筋を跨ぐ
  • 10月4日  比良 / 堂満岳からイン谷口へ下る  曇時々雨      堂満岳の東尾根を下ってゆくと、道はやがてつづら折れて谷へ降りはじめる。辺りは薄暗くなり、苔むした倒木の向こうに囁くような瀬音が聞こえる。谷沿いの道はやがて隣の尾根に乗るが、しばらくすると木立の中に池が現れる(写真下)。道は再び谷に下り、もうひとつ隣の尾根に乗り換えて麓に至る。陰陽の場面転換を繰り返す面白い道である。 [続きを読む]
  • 比良の白肌
  • 10月4日  比良 / 金糞峠から堂満岳へ  曇      比良山系の東面は、琵琶湖畔に屏風を立てたように急斜面を連ねる。対岸に立てば、特に雪を戴いた時期など惚れ惚れとする眺めである。現場を歩いてみるとその急斜面の一部は崩れ、比良の花崗岩独特の純白の地肌を露わにしている。金糞峠から堂満岳にかけてはそんな岩がほぼ垂直に切り立ち、人を寄せ付けない。 [続きを読む]
  • ブナの森逍遥
  • 10月4日  比良 / 中峠からコヤマノ岳へ  曇      コヤマノ岳周辺の広々としたブナの森は、下生えも少なく、自由に歩き回れるのがいい。目の前の比良最高峰 (武奈ケ岳) には行かず、この森の中を巡って過ごすことが多い。今日も何株か、立派なブナの巨木と初対面した (写真下)。先日訪ねた高時川源流の森でも感じたことだが、ブナの葉が萎縮したりすでに散ってしまったりして、上空が広く開けて見えるのが気になるとこ [続きを読む]
  • 峠道の酔い心地
  • 10月4日  比良 / ヨキトウゲ谷から中峠へ  曇      植林から自然林に移行する辺りから、いかにも峠道らしい風情が出てくる。少しでも歩きやすいところを辿った跡が、長い年月を経る間に歩いて心地よい道になってゆくのだろう。つづら折れの立体的な造形には古酒を味わうような趣きがある。道が深くカーブを描くたび、酔いが深まってゆく。比良の森はそろそろ秋色に染まろうとしていた。 [続きを読む]
  • 青ガレの誘惑
  • 10月4日  比良 / 正面谷から金糞峠へ  曇      「青ガレ」と呼ばれるガレ場は、落石が多く、死亡事故も起きている。登山口にも下山口にも、危険なため通行を控えるよう促す大きな看板がある。にもかかわらず、比良の核心部に最短でアプローチできるこの道を利用する人は絶えない。ガレ場の縁にはしっかり踏み固められたルートができていて、ペンキの矢印もある。この踏み跡を逸れないように通過することが最低限のマ [続きを読む]
  • 緑の諧調
  • 9月27日  六甲 / 前ケ辻道  曇      前ケ辻道、通称アイスロード。六甲山の数ある登山道の中でも、最も頻繁に歩いている道のひとつだろう。南向きに広く深く開けた谷間に、多様な草木が思うがままに繁茂して命を謳歌している。どんより曇った今日のような日には、その緑の豊かさと奥行きが、いっそうしみじみと感じられる。 [続きを読む]
  • 雨上がりの空
  • 9月27日  六甲 / ケーブル山上駅から油コブシ道を下る  曇      夕べから降り続いた雨が、明け方には止んでいた。雨上がりの空を眺めたくて、車でケーブル山上駅に向かった。ここから麓へ下り、登り返す。変則的な “登山” だが、これも六甲の楽しみ方のひとつである。 [続きを読む]
  • 悠久の営みの中で
  • 9月24日  近江湖北 / 大黒山南尾根から東妙理山を経て鷲見へ下る  曇      台風21号の災害の報道の中で「根返り」という言葉がさかんに使われた。木が、根の張った土壌を巻き込んで根元から倒れる現象で、この森でも所々に見られた。倒木も根返りも、それが人の生活に係わってくれば “災害” と呼ばれるのだろうが、黙々と環境に適応し続ける大地の営みの中では、連綿とした転変のひとコマに過ぎない。森のしたた [続きを読む]
  • ブナを満喫する
  • 9月24日  近江湖北 / 大黒山南尾根から妙理山を経て東妙理山へ  曇      今回は陽の高いうちにテントを張れそうだったので、文庫本を一冊リュックに忍ばせて来た。斜めに伸びたブナの若木を背もたれにして、日の暮れるまで読書に興じた。結局日没後もテントの中で読書の続き。森の夜はあっと言う間に深まっていった。翌日、巨樹との遭遇を重ねながら、そして散乱した枝を乗り越えながら、ブナの尾根の続きを辿った。 [続きを読む]
  • 宿を定める
  • 9月23日  近江湖北 / 大黒山から妙理山へ  曇      大黒山の山頂直下に、微かな音を立てて水の湧く場所があった。カップで掬っては水筒に移して今夜の水を確保し、あとはねぐらを求めて尾根を南下。地形図で目星を付けていた広場にうってつけの一画を見つけた。テントを張ってひと息ついた頃、ずっと雲に隠れていた太陽が顔を出し、周りのブナの木肌をあかあかと照らした。鳥も虫も鳴かず、昼下がりの森は息を詰めた [続きを読む]
  • 暴風の爪痕
  • 9月23日  近江湖北 / 鷲見から大黒山へ  曇      猛暑に追い打ちをかけるように台風21号の暴風が近畿の森を襲った。この山にも一面に木の枝が散乱し、幹が折れたり倒れていたりする株も結構あった。戦いが終わった直後の戦場を見るような、生々しい光景だった。中に、以前この尾根を通った際印象に残ったブナの巨樹。再会を楽しみにしていたその樹の半身がもぎとられているのを見るのは辛かった(写真上)。 [続きを読む]
  • ブナの森に抱かれに
  • 9月23日  近江湖北 / 鷲見から大黒山へ  曇      この連休、秋めくブナの森で一夜を過ごそうと、高時川源流の集落跡から登り始めた。森はわずかに黄色味を帯び出していた。ただ、この夏の猛暑の影響か、ブナの葉に委縮したものが多く、葉の隙間から覗く空の面積の広いのが気掛りである。あと一か月、この森の(そしてこの国の)広葉樹は鮮やかに色づいてくれるだろうか。 [続きを読む]
  • 山と里の狭間にて
  • 9月17日  美濃 / 金華山から達目洞を経て岩戸公園へ  曇後晴      人集りの天守には寄らず、朝とはまた別の道を辿って下山した。かなり遠回りの道で人影もないところへ、いきなり無数の幟がはためいた。「延命地蔵尊」と「不動明王」両方の文字が見える。後で調べると “不動明王と地蔵菩薩は同体” と説かれることがあるそうである。山岳信仰に関わる不動明王と、その麓で暮らす人々の安寧を約束する地蔵尊とが結び [続きを読む]
  • 再び、天守への道
  • 9月17日  美濃 / 岐阜公園から金華山へ  曇      岐阜公園から「馬の背」登山道を辿って再び山頂に向かう。やはりチャートに覆われた道で、険峻である。チャートは緻密で硬いため、木の根は岩の表面を這うように広がっている。攻めを防ぐには固いが、包囲され閉じ籠められると長く持たなかった、と言われる。さもありなん、と思わせる地質地形である。 [続きを読む]
  • チャートの庭
  • 9月17日  美濃 / 金華山から岐阜公園へ下る  曇      山上の天守には寄らず、「百曲り」登山道を辿って西の麓に降りた。ここに信長の居館跡があり、今も発掘調査が行われている。居館跡の脇に、みごとに褶曲したチャートの壁が広がっていた(写真中、下)。信長がわざわざ削らせ、庭園の一部に組み入れたと言われる。どんな思いでこのチャートを眺め、客に披露したのだろうか。信長が見たのと同じものを見ていると思 [続きを読む]
  • 天守への道
  • 9月17日  美濃 / 岩戸公園から金華山へ  曇      行程半ばから、山頂の天守が見え出す。城の東は断崖になっていて、難攻不落、と思わず独りごちてしまう景観である。次々と人が登ってくる。多くは軽装で、朝の散歩といった体である。喜寿は越えていようという男性もいた。毎朝登るのだと言う。この嶮しい岩山が、岐阜市民の生活の一部になっているのである。 [続きを読む]
  • チャートの山
  • 9月17日  美濃 / 岩戸公園から金華山へ  曇      信長が一時期拠点にした山は、チャートでできた山である。地球の南半球の海底に堆積したプランクトンの死骸が移動してきたものだと言う。壮大な話でうまく想像できないが、岩は層をなし、随所で褶曲している。登山口に近づくといきなりチャートの露出した垂直の岩壁が望まれた(写真上)。麓には褶曲した岩に滝が掛かり、歩き始めても、足元の岩に同じような褶曲が見 [続きを読む]
  • 三たび山上へ
  • 9月16日  奥美濃 / 郡上八幡  吉田川縁から八幡山へ  曇後晴       町の東はずれの駐車場までどんな道順で戻ろうか、と思っていたところへ、 「城への最短登山道」と書いた標識を見つけた。南からの登城路なのだが、朝下ったときは(※)途中で車道に逸れてしまったようだ。 登り出すとすぐ鬱蒼とした木立になり、車道の陰を縫うように古い登城路が続いていた。 この日三度目の山城は路上にまで車が溢れて大変な賑 [続きを読む]
  • 親水歩道沿いに
  • 9月16日  奥美濃 / 郡上八幡  長良川水系吉田川・小駄良川  曇       まだ台風の影響が残るのか水量が多く、場所によっては白く波立っていた。 それでも流れそのものは吸い込まれそうな深い青色をしている。 この川の色に魅了されるのだろう。多くの観光客が川べりまで降りて水面を見つめていた。急流に向かって釣り糸を垂れる人がいる。 その釣り人を背後から見つめる客がいる。 [続きを読む]