武漢オナガ Toshi さん プロフィール

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武漢オナガ Toshiさん: 元日本語教師日記「のびのび」
ハンドル名武漢オナガ Toshi さん
ブログタイトル元日本語教師日記「のびのび」
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/toshiyoshimura/
サイト紹介文日本語教育、異文化交流、他言語習得、相互理解、などについて考える。元日本語教師の記録。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供187回 / 365日(平均3.6回/週) - 参加 2013/06/01 09:33

武漢オナガ Toshi さんのブログ記事

  • 「吉村昭とコシヒカリ4」
  •  9月21日(金)、曇りのち雨。一雨ごとに寒くなる感じ。朝の最低気温が15℃。さすがに寒い。  (米飯にやかんの湯がそそがれる。けげんに思いながら食べて、うめき声を上げた。)「湯につかった米飯の甘みに、味噌漬が程よく調和している。まさしくこれは最上のご馳走だ、と味噌漬に箸をのばし、丼の中の湯づけの米飯を口にはこんだ。編集者たちも、うまいを連発し、地元の人は頬をゆるめて私たちをながめていた」 以上が [続きを読む]
  • 「吉村昭とコシヒカリ3」
  •  9月20日(木)、曇りのち雨。今はしとしと降っている。あたりは寒くなってきた。彼岸の入り。  湯沢の吉村昭の墓石には「悠遠」と書かれている。妻の津村節子は、「充分に調査し推敲を重ねて書き上げた作品が、のちのちまで残る思いが込められています」と手紙に書いたことは前に紹介した。  ちょっとした随筆にも、推敲を加えたのだろうか。栃尾のコシヒカリの話が載っている随筆は「ソース」という表題である。福武文庫 [続きを読む]
  • 「吉村昭とコシヒカリ2」
  •  9月19日(水)、爽やかな秋晴れ。空も真っ青。が、朝晩は上着を一枚羽織らなければないほど寒くなった。天気の良い日は運動をしたくなる。  いろいろな読書のテーマをもっているが、「吉村昭を読む」というのもその1つである。3年前の地元紙の記事「吉村昭とコシヒカリ(にいがた食ひと紀行8)」もその誘い水になっている。 この記事を書いた記者によると、このコシヒカリは長岡市栃尾地域(昔の栃尾市)の米で、197 [続きを読む]
  • 「吉村昭とコシヒカリ1」
  •  9月18日(火)、晴れ時々曇り。秋らしい空が広がっている。秋の虫もあちこちで鳴いている。 NHKラジオ第2放送の語学講座を聞くことが、半ば仕事のような日々である。英語の目標は、「実践ビジネス英語」(NHK英語番組の一番難しいレベルに位置する)の内容を聞き取ることができ、同じような内容を発信できること、においているが、なかなか達成できない。 8月後期のLesson 10「懸命にではなく、賢く働こう(Work Smarter, No [続きを読む]
  • 「愛酒家・吉村昭7・新潟県産の酒をほめる」
  • 9月13日(木)、曇り時々晴れ。昨日は、元の中国語教室の反省会兼交流会に参加。大いに盛り上がる。ついでに、英語居酒屋に一年ぶりで寄る。夕方は半袖だと寒いくらいだった。今日は少し気温が上がる。  吉村昭に日本酒復活を促した「四合瓶」がなんという銘柄なのかは書いていない。が、この随筆(「日本酒は花盛り」)の最後には、次のような文章がある。 「各地に良い日本酒がつくられるようになっているが、現在、目立つ [続きを読む]
  • 「愛酒家・吉村昭6・一時日本酒から離れる」
  •  9月12日(水)、晴れ時々曇り。爽やかな秋の空が広がっている。涼しい。(写真)今日の夕方の空。秋の気配だ。  吉村昭は、いつの頃か、焼酎ブームが起きた時、日本酒から遠ざかったと書いている。日本酒をまた飲むきっかけとなったのが、友人が送ってくれた「四合瓶」の日本酒だったという。 「飲んだ私は、おや、と思った。これまで惰性のように飲んできた日本酒とは別種の酒であった。ほのかな芳香がして味も気品があり [続きを読む]
  • 「愛酒家・吉村昭5・海外では飲まなかった?」
  •  9月11日(火)、予報に反して、晴れ。爽やかな秋晴れ。新調したランニングシューズでジョギングを楽しんだ。快適。(写真)最近壊れた自分の運動靴。ジョギングシューズはまた別だが、買い替えが必要になった。若い頃と比べると、激しい運動をしなくなったせいか、長持ちしている、というのが実感。  酒に関することを書いているとき、いつも思うことがある。酒は飲まない(飲んではいけない)宗教や文化があることだ。さら [続きを読む]
  • 「愛酒家・吉村昭4」
  •  9月7日(金)、雨。朝からずっと降り続く。辺りは、北海道の地震の話でもちきりである。  吉村昭は、几帳面で真面目だ。「文は人なり」で、書いた作品にもそれが現れている。そこに惹かれるのだが。 50〜60年、酒を飲み続けたわけだが、二日酔いとかにはなったことがないのだろうか?いやあった。「千鳥足の教訓」という文章でその経験を語っている。 大学に在学中のことで、友人と近くの一杯飲み屋に行ったときのことだと [続きを読む]
  • 「愛酒家・吉村昭3」
  •  9月6日(木)、曇り時々晴れ。震度7の地震は大きい。しかも、北海道ほぼ全域で停電(火力発電所の停止で)しているとか。泊原発も心配。とんでもない事態だ。日本列島、台風21号があちこちに大きな被害を与えたばかりだというのに。  吉村昭は、4〜5時間も晩酌を楽しんでいたことになる(途中から、9時から飲み始めることにしたらしいから、この場合、2〜3時間)。妻の津村節子、息子、娘、お手伝い、等々が付き合っ [続きを読む]
  • 「愛酒家・吉村昭2」
  •  9月5日(水)、台風一過の秋晴れとはならなかったが、幾分涼しくなった。昨日の夜・10時頃、最強の風が吹き、大変だった。準備不足のところがあったため。  「酒を飲むのが好き」というのは、「酒を飲みながらいろいろ語ったり、聞いたりするのが好き」という場合もある。どこかの居酒屋には、「呑みにケーション」などという張り紙があった。そこで知り合った人と(あるいはマスターやスタッフと)楽しく語り合おう、とい [続きを読む]
  • 「愛酒家・吉村昭1」
  •  9月4日(火)、曇り。暑い。台風21号が日本に上陸し、それなりに備え(すだれとか植木鉢とかの対策)をした。被害のないことを願う。  吉村昭は酒を飲むことを好んだ。というよりも、酒を飲みながら安くて美味いものを食べるのが好きと言った方がいいかもしれない。 小説の取材で日本全国(全都道府県に行った)を飛び回り、あちこちの飲み屋で「呑む(食べる)」のを楽しんだ。気に入った飲み屋は記録に残し、住所録を作 [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭11・町の人は親切」
  •  8月31日(金)、雨。珍しく、一日中降り続いた。「晴耕雨読」、雨読をした。「ドン・キホーテ」とショーペン・ハウエルの「読書について」を読んだ。  吉村昭自身が湯沢について書いた文章がないか探したら、あった(ほかにもあるかも知れないが)。「湯沢の町の準住民」(『味を訪ねて』(河出書房新社)、所収)である。 「町の店に買い物に行くと、店の人は、見慣れぬ私たちに、それと察するらしく、「マンションの方で [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭10・湯沢に墓」
  • 8月30日(木)、曇り時々雨。朝方、まとまった雨が降った。近隣の小・中学校の授業が今日から開始のようで、たくさんの荷物を持った子どもの登校風景が見られた。中には、行き渋って泣いている子(親も一緒)もいた。新潟大学医歯学総合病院にて、1年に1回の胃の検査。異常なし(昨年に続き)の判定。   吉村昭の墓の立看板には、次の文章が書かれているという。 (写真)吉村昭、借用。 「吉村昭氏は、清冽な感覚の短篇小 [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭9・湯沢に墓」
  •  8月29日(水)、曇り時々小雨。涼しい。涼しいとやってることがはかどる気がする。が、ジョギングをしようという気は失せる。  津村節子の吉村昭と湯沢についてのもう一つのエッセイは「この地に眠る」(『時の名残り』所収)である。 それを読むと、吉村昭は当時の町長と時々飲んだりしていて、町営墓地に墓を建てたいと話していたという。“悠遠”と書いた墓の脇に、町長は吉村の経歴を書いた石碑を建てたいと言ったが、 [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭8・湯沢にマンションのわけ」
  •  8月28日(火)、曇り時々雨。早朝、滝のような雨が降った。雷も鳴った。涼しくなった。料理当番で、買い出しに行ったら、新サンマ(1匹200円)が並んでいたので、焼いた。北海道・根室では、不漁が一転し、豊漁とか。安くなることを期待。 津村節子の文章(「雪国の町」)により、吉村昭の湯沢のお気に入りぶりがわかる。 「越後湯沢は、遅い春に野生の水仙と桜が一せいに咲き、まばゆい青葉の季節もいいが近くに紅葉で有名 [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭7・湯沢にマンションのわけ」
  •  8月24日(金)、雨のち曇り。台風20号は温帯低気圧となって、佐渡沖のはるか遠くを過ぎ去っていった。朝方少し雨が降ったが、蒸し暑い。  実は、津村節子の「雪国の町」は「夫の面影」の章に登場する。彼女は、マンションのモデルルームの見学に手配された車の窓から越後湯沢マンションという広告をいくつも見かけた。そして、駅についてから町を歩いて見た。 「マンション建設現場まで道の両側に大きなホテルや旅館、飲食 [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭6・湯沢にマンションのわけ」
  •  8月23日(木)、晴れ。異常な暑さ、最高気温39.9℃とか。駐車場の車の温度計は45℃を表示。2か月ぶりの中国語教室も中止。理由は、暑さだけではないのだが。  津村節子氏は、軽井沢に別荘が欲しかったらしく、「文壇が大移動する軽井沢に別荘を持ちたいと私は言い続けてきた」とあちこちで書いている。写真:津村節子氏、借用。 昨日の「雪国の町」の続きだが、プリンスホテルでの苗場のマンションの説明会やモデルル [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭5・湯沢にマンションのわけ」
  •  8月22日(水)、快晴。雲ひとつない青空だが、外に出ると息苦しさを感じるような暑さ。どうしてだろう。最高気温35℃超えか。  吉村昭の妻である津村節子が『果てなき便り』(岩波書店、2016年6月28日発行、PR誌「図書」の連載を単行本化)に続けて、『時の名残り』(新潮社、2017年3月30日発行、PR誌「波」の連載を単行本化)を上梓していたという情報を得たので、図書館から借りて読んだ。  (写真)津村節子著『時の名残り [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭4・暮石「悠遠」の意味」
  •  8月21日(火)、晴れ。16日〜20日まで、涼しかった(最高気温30℃以下)のに、台風の影響か猛暑がぶり返している。お盆期間は、いろんなことがあり、いろんなことを考えた。  吉村昭は、家族の誘いで湯沢にマンションの一室を所有した。そして、生前に湯沢町神立の大野原霊苑に自分の墓を作った。墓石には自筆の「悠遠」の文字を刻んだ。  (写真)話題の自分で作った墓。借用。 地元紙・新潟日報夕刊「Otona +(おとなプ [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭3」
  • 8月10日(金)、晴れのち曇り。朝から暑い。このブログ、8月21日までお盆休みに入ります。  吉村昭の呑みっぷりはわからない。一緒に飲んだことはないから、想像するだけである。日本酒は、「越乃景虎」(諸橋酒造・長岡市)や「八海山」(八海醸造・南魚沼市)が好きだったという。湯沢にマンションを買い、自分の墓まで建ててしまう(生前に)ほどにこの地が気に入ったわけは、どこにあるのだろう? (写真)吉村夫妻。夫 [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭2」
  •  8月9日(木)、晴れ。蒸し暑い。が、雨は来ない。 「湯沢を愛した作家・吉村昭」の記事を書いたのは、報道部・鈴木敬弘とある。 「吉村さんがほかの作家と違う点は…、英雄や豪傑を主人公にしなかったこと」記者がインタビューした栗原正哉さん(元編集者・吉村と30年余の交流があった)は答える。歴史小説「桜田門外ノ変」の主人公は、暗殺された大老の井伊直弼でも、水戸藩の思想的リーダーでもなく、襲撃現場の指揮者・ [続きを読む]
  • 「湯沢を愛した作家・吉村昭」
  •  8月8日(水)、晴れのち曇。台風が近づいているが、朝の空は雲ひとつない抜けるような青空。今は、雲が出ている。  評論文(例えば、『戦争の大問題』(丹羽宇一郎著))を読んでいると、小説が読みたくなる。例えば、吉村昭の作品を。評論は、ゴツゴツしている。小説は流れるように読める。書き方の違いでしょうがないのかもしれないが、どうしてだろう。 (写真)吉村昭(借用) 吉村昭については、2017年の2月に取 [続きを読む]
  • 「記憶力の低下と吉村昭の文章」
  •  8月7日(火)、曇りのち晴。5日の夜中に大雨(雷雨、一時的)が降った。私の手帳の記録によると、1か月ぶりの雨。おかげで少し涼しくなった。  吉村昭の文章は以下である(前にも紹介したことがある)。 「高名な脳専門の医学者から、こんな話を聞いたことがある。 脳は容量の定まった容器のようなもので、そこに経験したことが記憶として流入してきて貯えられる。歳月の経過とともに記憶の量は増して、やがて定量に達す [続きを読む]
  • 「記憶力の低下と多言語習得」
  •  8月3日(金)、幾分最高気温が下がり、31〜32℃くらいだとテレビのニュースが伝えている。朝は、涼しい風が吹いていた。  「どうせ忘れるんだったら、やらない方がいいのでは」「どうせ忘れてしまうのだったら読まない方がいいのでは」というもう一人の自分の声が聞こえる。 その時、ヘミングウェイの『老人と海』を思う。三日三晩一人で格闘して(小さな船で)、釣り上げた巨大カジキマグロ(船のヘリに縛り付けた)を陸に [続きを読む]