コモモカリー さん プロフィール

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コモモカリーさん: 毎日がおもてなし。
ハンドル名コモモカリー さん
ブログタイトル毎日がおもてなし。
ブログURLhttps://ameblo.jp/comomocurry/
サイト紹介文おもてなし料理 を日常に取り入れてます。 フレンチを特に頑張っていく予定。
自由文料理教室をひらく

30代になった時に決めた目標に向かって、
1から勉強しなおし中。

ママ友に料理教室開いたり、
自身も基礎から学びなおして

土台づくりに日夜頑張ってます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供154回 / 365日(平均3.0回/週) - 参加 2013/06/01 19:05

コモモカリー さんのブログ記事

  • GCUへ導いたのは。
  • お昼のあと 息子に付き添っていたら巡回してる心理カウンセラーの方がきた。GCUになった事に驚いていた。私「だいぶ 嫌だってゴネたんですが、ダメみたいですね」とまた私の愚痴が始まった。カウンセラーはいつもママ側の味方で、病院や先生の批判もスパっと言ってくれる。が、今回は違った。「でもあっちにいたらいたで、ちょっとしんどかったかもしれないよ。」その一言で、昨日の自分を思い出した。3.4組ぐらいバタバタパーテー [続きを読む]
  • お昼
  • かつては苦手だった 1階の飲食スペースで各自買って来たり、持ってきたお昼を食べながら話していた。そこへ、また、また、また 例の産科の看護師さんが通りかかった。ここの病院は、とにかく広くて大きいのだ。そして近畿全域から集まる沢山の患者さんで文字通り 常にごった返している。ので、私なんかにくどくど構ってる暇はない。さらに昨日、躁鬱ですか?とマヌケな自己診断したばかりなのでちょっと恥ずかしい。気づかれないよ [続きを読む]
  • 看護師さんのフォロー
  • 若先生との話しの時、ずっと看護師さんも立ち会っていた。今日息子を担当している、私は初めて見るかた。先生が去ってから、気をとりなおし「ごめんなさいね。GCUが嫌とか看護師さんたちが信用出来ないとかじゃないですよ」究極に雑だが、一応取り繕ってみた。看護師さんは「いえ、そう思うのは当然です。逆に“GCUに戻れて良かった〜”なんて言われたらお母さん無理してないかな?って心配になります。思う事全部言ってください」 [続きを読む]
  • 騒ぎます2
  • GCUに移動になった日何も知らず朝NICUに行くと 若先生が走って追いかけてきた。「今日からこちらです!」とGCUに案内された。友達も近くにいて「わー?嬉しい?」と挨拶してから若先生の方を向きゴングが鳴った、というか鳴らした。私「親心としてはまだNに置いて欲しかったんですけど」若先生は、わかります、わかりますとごめんなさい的な複雑な表情で何度も頷いた。が、若「管轄はまだNなので。モニターもつけてますし やってる [続きを読む]
  • そしてGCUへ
  • それから数日間、息子は落ち着いているけど相変わらず周りは重篤な赤ちゃんが多かった。いろんな科の先生方がバタバタ出入りしたりパーテーションで目隠しして手術していたり。うまく言えないけど、私は2度の息子の経験で心に大きな傷を負っていた。復活したから良かった!もちろんそれに尽きるのだがまだ心が沈んでいた。そして、まだ戦っているお母さんを見ると我が身を重ねてしまい「どうか、どうか辛い想いはさせないでほしい [続きを読む]
  • 不安
  • だいぶ時間がかかりましたがワインクーラーを買った時がこの時です。息子の2度目の人工呼吸器はやはり1週間程でとれた。1度目の人工呼吸器管理になる前の息子まで戻っていた。が、またいつなるか、またなった時(呼吸停止)に気づいてもらうのが1分2分遅かったら、、、そんな不安が慢性的に続いていた。そして何があった訳でもないのにどうしようもなく落ち込み、涙が出てきてまた産科へ駆けこんだ。漢方の追加処方をお願いしたい [続きを読む]
  • そしてまた病む
  • しばらく付き添っていたら、中堅の女医さんが来てくれた。先生「お母さん大丈夫ですか?」神妙な面持ちで話しかけられた。私「前回の経験値を持ってみると、人工呼吸器もモニターも悪い数値とは思っていません。また大丈夫だと思います。」笑って答えた。先生は、「たった1回でお母さん、慣れすぎです(笑)でもお母さんいつも強いから私たちも楽です。」一気に明るいトーンに変わった。息子の前では、ずっと笑っていたいのだ。し [続きを読む]
  • 病院着
  • 息子は薬で眠っていた。前回の経験を踏まえ、人工呼吸器の数値や、モニターの数値をチェックしたところ確かに回復期の値を示していた。若先生から呼吸が停止したので、直ぐに挿管したとの話しがあった。私「呼吸が停止“した”んですか? 停止“していた”んですか?」どちらかで全然話しが違ってくる。若「医師の前で停止したので、直ぐに挿管しました」もう一度説明された。 医師の前で停止ってどんな状態よ。なんで医師が息子の [続きを読む]
  • 病院へ
  • お昼過ぎに母が帰って来た。スイミングなんかこれから先何度もあるんだから早く病院行きなさい!怒られた。幼稚園のお迎えも近所のママさんに頼むように促されたが長女はスイミングを楽しみにしているのでスイミングは休み、ママも来ないでは可哀想過ぎると思って 焦る気持ちを抱えながら お昼過ぎに迎えに行った。ゲートをくぐりこんな時間誰も居ない、と思ったら 後ろに見慣れたエルグランドが。やはり地球は私中心に回っている [続きを読む]
  • そしてまた人工呼吸器へ
  • 回復してから1週間が経ち、私もだいぶ緊張がとけていた。その日は、長女を幼稚園に送り そのまま園庭で次女を遊ばせていた。携帯がなり、病院からと表示された。もうそれだけで大パニック。一気に最悪の事態まで考えしまう。電話はやはり若先生からだった。また人工呼吸器管理になりました、と言われた。前回ほどのダメージはないのと、前回ほど命に直結した状態ではない、詳しくはまた病院で、との話しだった。元々この日は午後 [続きを読む]
  • 騒ぎます その1
  • 復活してから3日目ぐらいに検査が入った。息子はほんの数日前まで重篤者だったので周りも重篤なお子さんが集まっていた。軽い手術的なのもパーテーションで他からは目隠ししてその場でやったりする。処置も若手の先生にさせたり(若手育成でもちろん大事な事だが)談笑しながらやってたり 一日中息子に張り付いていると、他のお子さんの聞きたく無いような話が耳に入ってきてしまう事が多々あった。そんな中での処置。パーテーショ [続きを読む]
  • 内分泌主治医 再び
  • 絶望真っ只中にいた3日目朝に「残念だったね」と終了宣告をしたアイツがまた来た。ちなみに、本当はとってもいい先生だった。50手前のやはり勤務医というよりは研究に力を入れてるかたと他の先生から聞いていた。この病院は、研究所も設けているのだ。夏にこの先生と話してた際、混乱した私は急に涙が止まらなくなった。私「一つ一つが消化出来てない状態で、これ以上緊急でない問題を言わないで下さいもう限界超えてます」泣きな [続きを読む]
  • 半信半疑の復活2日目
  • 狐につままれたような気持ちで行った2日目。悪くなったのも急なら、良くなったのも急で心が追いつかない。やはり元気な息子。まだ点滴は沢山ついているので抱っこは出来ない。ぼんやり眺めながら座っていたら例の主担当の看護師さんが来てくれた。私「なんかあまりに急展開でびっくりしちゃって」以下、ノンストップで看「私もですよ!3日前ぐらいから若先生が人工呼吸器のパーセンテージを下げ出したから、まさか取る気?さすがに [続きを読む]
  • 1週間経過
  • 6日目 日曜日は娘達にめいっぱい寄り添い お見舞いは行かなかった7日目覚醒してるけど、ママにも音にも無反応。抱っこしてとか、お腹すいたとかで泣いたりもなし。まだ疲れが残ってるのかな?そして8日目いきなり人工呼吸器外れてた。私の事も、見つけると「キュー!キュー!」と泣く。人工呼吸器が入ってた為喉に傷がつき しばらくはこんな声らしい。が、そんな事どうでもいい。いきなり元に戻ってて 唖然。私「ここまで戻ってく [続きを読む]
  • 5日目
  • 土曜日だった。朝早くに 主人が、「俺が行くから今日はゆっくり寝て」と寝かせてくれた。有り難く眠らせてもらった。10時過ぎに「(息子)ちゃん目が開いて、こっち見たで!」と連絡があった。昨日もうっすら目は開いたものの、斜視になっていたり、無になっていて 意識があるのかないのかわからない状態だった。意識があるって事?すぐに行きたくなった。娘達も連れて行く!と言うと「そう言い出すと思って 車置いて来た^ ^」と言 [続きを読む]
  • 4日目
  • 3日間とはガラリと変わって気持ちも身体も軽かった。息子は、良くも悪くも変化なしと言われていた。危篤からは脱し起きてくるか、人工呼吸器や点滴がどこまで減らせるか、減らせないのか問題がシフトした。主人には会社に行ってもらった。また いつどうなるかわからないし長期戦に、なるかもしれない。3日目に不思議なチカラと言うか、沢山の方々のご縁を頂いたのだから一人で大丈夫、思った。息子は、開きっぱなしの目は、軟膏を [続きを読む]
  • 3日目 5 @@先生&看護師さん
  • 病棟へ戻る足取りは軽かった。エレベーターを待ちながら主人と話していたとき@@先生が通りかかった。あまりにドラマチックで 息を飲んでしまった。せ ん せ ー っ ! !両手広げて呼びとめた。おー!あ!ご主人〜♪お久しぶりですねー!明るく談笑。してる場合ではないので 私「聞いてます?」先生「ううん。なに、具合悪いの?そろそろモモカレーさんとこ退院だなーってこの前ちょうど思ってたんだけど。」先生はさすがだ。実は4 [続きを読む]
  • 3日目 4 看護師さん
  • 主人と看護師さんと3人でそのまま話した。心療内科の医師には言えなかったけど、このままでいいのか、楽にしてあげた方がいいのか迷っている話しをした。看護師さんは、そう想うのは、親として当然の気持ち。ただ、医療の点で話すと赤ちゃんの身体は凄くデリケートだからあっちもこっちも悪いけど、まずはここから、みたいに1箇所づつさらにその1箇所も、微調整しながら少しづつしかできない。その微調整が、なかなかご家族に伝わ [続きを読む]
  • 3日目続き 心療内科
  • 心療内科の先生は、若い女医さんだった。物凄くさっぱりした人。今までの経緯を話す。辛かった事、辛い事。先生から「息子さんについては、どう聞いてますか?」と質問された。どうと言われてもなぁ…答えられず、主人をみた。主人「まずはサポートありで身体を正常な値に戻して、落ち着いたら徐々に減らしていき自力で正常値を維持できるよう整えると聞いてます。数値も悪いですが、僕が見た感じでは初日より良くなってるように見 [続きを読む]
  • 3日目 先生方
  • 車で1時間 ぐっすり眠れた。すっきりしてNICUに戻る時、息子の内分泌系の主治医にあった。挨拶をすると、しどろもどろにされた。私「あ、すみませんモモカレーです」先生「わかってます、わかってます。 あの、、、残念だったね。」でた。ひどい。それとも、この1時間に急変したの?でもだったら主人から電話があるはず。混乱しながら戻った。息子は良くも悪くも変化なしだった。が、やはり気持ちは絶望を抱えていた。若先生がき [続きを読む]
  • 3日目
  • 午前中なんと幼稚園で長女の誕生会があった。一刻も早く行きたいのに、なんて日だ!でも娘の晴れ舞台。行かねば。主人には先に病院へ行ってもらっていた。誕生日〜おめでとう〜(娘)ちゃん〜おめでとうどんどん伸びて天まで届けほんとにおめでとう〜去年は微笑ましかったけど、今年は「なんつー歌だよ、縁起悪い」完全に心が白けていた。誕生会がおわり、娘と写真もとりさあ病院へ。ついたけど、息子のところに行くのが怖い。まだ [続きを読む]
  • 2日目 産科の看護師さん。
  • 今回の事で、私はまだ先生の前でも看護師さんの前でも泣いたり動揺したりしてなかった。なんともないふりして、大丈夫ですから、って頑張ってた。が、妊娠中、この産科の看護師さんの前では何度も泣いて来たので、個室で2人きりになった瞬間に気がゆるみ泣いた。看「ずっと頑張ってきたもんね」一言だけ言って、あとは私を泣かせてくれた。落ち着いた時看「ご主人は?辛い気持ちはご主人には伝えてる?」主人は産科では「仕事一筋 [続きを読む]
  • 2日目 内科受診
  • 内科受診は若先生にとってもらっていた。心を落ち着かせる為の漢方薬を処方してもらう段取り。もちろん今回の事も内科の先生に伝えてもらっていた。内科は産科内にあるので、懐かしの産科待合いで待機していた。「モモカレーさん?お久しぶりですね〜」と、@@先生の苦行中、毎回支えてくれた看護師さんが声をかけてくれた。「今日はどうしたの?」から、ひと通り息子の事、今の私の気持ちを話した。その途中、内科から呼ばれた。看 [続きを読む]
  • 2日目
  • 主人と2人で病院へ。やはり目がぼんやりあきっぱなし、動きも微か。若先生と女医さん2人と面談になった。先生によると息子の状態は、自発呼吸はなく、人工呼吸器で最大限サポートしている。もしこれから更に呼吸が下がるとこれ以上出来る事はない。また、最大限の圧力が肺にかかっているので肺のダメージは相当だと思う。心臓も薬で動かしていて、これも最大量を投与しているので今より悪くなったら出来る事は無い。他にも血液検査 [続きを読む]
  • 急変初日 初見
  • と言いつつ、初日のことは辛すぎてまだ詳細は書けない。GCUからNICUに戻った連絡をうけNICUに入り 名前を告げると「モモカレーさんお見えになりました!」大きな声で周知され、医師4.5人で囲まれた小さなベッドへ案内された。息子を見た瞬間私の 頭が心が身体が真っ二つに割れた。息子は血の気がなく真っ白になりだらーんと伸びた手足目は閉じる力がなく開いてしまっていて瞳も何の反応もなくなっていた生まれた時のようにまた無数 [続きを読む]