KD さん プロフィール

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KDさん: 城館探訪記
ハンドル名KD さん
ブログタイトル城館探訪記
ブログURLhttp://kdshiro.blog.fc2.com/
サイト紹介文城めぐり探訪記です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供320回 / 365日(平均6.1回/週) - 参加 2013/06/25 18:44

KD さんのブログ記事

  • 第46回 悪女について
  • 家康(阿部サダヲ)は武田との内通を理由に嫡男・信康(平埜生成)の首を差し出すよう信長(市川海老蔵)から要求される。織田に逆らえない家康は信康の幽閉先を移しながら時間を稼ぎ、裏では北条と結ぶことで武田を追い詰め、その代わりに信康の助命を願い出ようと奔走する。織田がいらだち始めた頃、瀬名(菜々緒)は武田との密通の証である書状を残して姿を消す。直虎(柴咲コウ)は瀬名が信康の罪を一身に引き受けようとしてい [続きを読む]
  • 板鼻本陣 〜皇女和宮宿泊所〜
  • 県内城館在庫処分期間・安中市編安中市の城館は資料で軽く確認するだけでも旧安中市分だけで軽く30城館以上あり、細かく調べればその数はさらに増加します。これに旧松井田町分の城館が加算され、さらに紛い地も含めれば相当の数にのぼりますが、現時点で掲載済みなのは、ええと・・・(2013年データ消滅事件以来登城データをエクセル管理していないので目次のページで確認)・・・18城館ですか。安中・松井田地区では真っ先に登城 [続きを読む]
  • 板鼻城 〜螺旋状の縄張り〜
  • 安中市の城館探訪 板鼻宿の北側丘陵上に築かれたのが板鼻城(またの名を鷹ノ巣城)。この城は昔から道路地図や国土地理院地図、グーグルマップなどに城の名が表示されているにもかかわらず、現地に城の表示物が一切ないことで城マニアにはちょっと知られています(このことについて松前大館の項で少し触れています)。私も城巡りを始めた早い時期に昭文社マップルに赤字で書かれたこの城を目標にして探訪したものでしたが、現地に [続きを読む]
  • 探訪記本伝 目次
  • 探訪記本伝の目次 作成中・・・ちなみに探訪記『本伝』にカテゴライズされるには「最低1泊以上を伴う探訪」を条件としています。なのでたとえ1日で20か所の城館を探訪したとしても、日帰りの場合は『本伝』ではなくただのバラの探訪記となります。『本伝』の中の分類1泊・・・小規模遠征(無印)2〜3泊・・・中規模遠征(○印)4泊以上・・・大遠征(●印)〈完〉は記事公開が完了したもの [続きを読む]
  • 第45回 魔王のいけにえ
  • 家康(阿部サダヲ)の命を狙った間者が嫡男・徳川信康(平埜生成)の家臣だったことが判明し、信康の家臣である岡崎衆らは一斉に罰せられる。さらに家康の側室に新たな男子が誕生し、信康とその母・瀬名(菜々緒)の立場はいっそう弱くなる。焦る瀬名は直虎(柴咲コウ)に書状を出し、信康の嫡男を得るため側室の候補を探して欲しいと依頼する。しかしその動きは、信康の正室・徳姫の父にあたる織田信長(市川海老蔵)の知るところ [続きを読む]
  • 城館(群馬)目次
  • ○印は50選選定城郭利根郡片品村寄居山城new!  古仲城new!利根郡みなかみ町○名胡桃城  ○明徳寺城  ○小川城  宮野城  箱崎城  石倉城  真田陣屋  富士浅間の砦 利根郡川場村天神城  大友館new!利根郡昭和村阿岨城  森下城 沼田市小沢城  幕岩城  発知館  木内館  ○高王山城  関口城  荘田城  井土上屋敷  吾妻郡高山村並木城  ○尻高城  ○中山城  役原城 吾妻郡中之条町○嵩山城new!  横尾八幡城  古城 [続きを読む]
  • 信州高森町 松源寺
  • 直虎紀行part.2については、かなり順不同になりましたがこれまでに全行程のおよそ半分ほどを公開済み。ちなみに1日目から2日目午前中までのおおまかな時系列は「直虎さまに導かれて」記載の通りです。今回は未公開分のうち、1日目の南信州編の中から直虎に関連するスポット3か所について、大河の放送が終了する前に公開することにします。2017年8月25日 直虎紀行part.2初日・南信州編長野県下伊那郡高森町にある松源寺。亀之丞( [続きを読む]
  • 多胡碑記念館
  • 2017年10月 上野三碑めぐり おまけで多胡碑記念館にも立ち寄りました。多胡碑記念館訪問日は「世界の記憶」(世界記憶遺産)登録直前であったため掲げられている看板はまだ国内候補決定を示す段階のもの。入館料は200円。ちなみに「世界の記憶」への登録決定を受け、11月1日から来年3月末まで入館料が無料になったという。ほんのちょっとの差で200円損したと悔しがったことは言うまでもありません。 [続きを読む]
  • 裏磐梯・南会津編(先行公開)
  • ようやく山城を巡るいい季節になった11月の三連休。どこに出陣しようか。希望1:中規模遠征なので近すぎず遠すぎず希望2:紅葉が楽しめるところ制約1:探訪済みのところは訪れない制約2:続100名城はスタンプが設置されるまで訪れないということで今回は会津方面に向かうことにしました。向羽黒山城が近くにあるのが大きく減点ですが、それ以外にもまだまだ回りきっていないスポットが埋もれているので、今回はそこだけ外して探訪 [続きを読む]
  • 第44回 井伊谷のばら
  • 浜松城では家康(阿部サダヲ)の臨席の元、万千代(菅田将暉)と万福(井之脇海)の「甲冑(かっちゅう)着初め式」が執り行われていた。一方井伊谷では祐椿尼(財前直見)に病の影が忍び寄る。母の身を案じる直虎(柴咲コウ)は周りに声をかけ、病床の祐椿尼が寂しくないよう会いに来て欲しいと願い出る。家康の小姓として田中城攻めに同行することになった万千代は、家康の命を狙う間者を見事討ち取り、一万石の知行を与えられる [続きを読む]
  • 上野三碑 金井沢碑
  • 上野三碑とは1300年前の東アジアの文化交流を記す3つの石碑日本列島東部の古代上野国[こうずけのくに](現在の群馬県)に存在する三つの石碑「上野三碑[こうずけさんぴ]」は、日本に18例しか現存しない古代(7〜11世紀)の石碑のなかで最古の石碑群であり、大切に守られてきました。それらは、山上碑[やまのうえひ](681年)、多胡碑[たごひ](711年頃)、金井沢碑[かないざわひ](726年)と呼ばれています。三碑の記録 [続きを読む]
  • 上野三碑 多胡碑
  • 2017年10月 上野三碑めぐり金井沢碑・山上碑の探訪後、最後に向かったのが多胡碑。この碑は上野三碑の一つであると同時に、日本三古碑(多賀城碑・多胡碑・那須国造碑)の一つでもあります。多賀城碑は多賀城を探訪した時に見学しています。那須国造碑についても近いうちに掲載予定。ちなみに上野三碑の知名度は地元高崎でも低く、これまでは知識人階級やマニアにしか知られていないようなシロモノでしたが(*註:今後は啓発活動 [続きを読む]
  • 上野三碑 山上碑及び古墳
  • 2017年10月 上野三碑めぐり金井沢碑の次に向かったのが山上碑。こちらも金井沢碑と同様訪れるのは2007年の冬以来になります。前回訪問時の様子は山名城の項参照。前回同様まずは専用駐車場を目指しますが、途中すれ違い不可の狭路を通り抜ける羽目に。確かに前回の記録にも「狭い丘陵の道のため不安になる」と書いていますが、こんなに狭かったっけかな。無事駐車場に到着し碑への登り口へ。入口部分はこちらもきれいに整備されて [続きを読む]
  • 塩川城 〜陽気軒のジャンボ餃子〜
  • 旧吉井町の城館探訪吉井陣屋の北西600mほどにあったのが塩川城。永禄6年(1563)の武田信玄侵攻時の城主は菅沼大膳之孝(之常)で、徹底抗戦したものの寡兵のため遂に落城したといいます。 西から来る武田軍を防ぐ防衛線であったであろう大沢川。塩川城はこの川のすぐ東に築かれていましたが、遺構は宅地化により完全消滅しています。 [続きを読む]
  • 岩崎城 〜岩崎神社と弁天池〜
  • 旧吉井町の城館探訪本郷城の北東1.2kmほど、鏑川北岸の小さい山稜上に築かれたのが岩崎城。岩崎山密蔵院覚性寺に所在する位牌等から岩崎入道(左衛門)が居城していたとされますが、岩崎氏についての詳細は不明。   城の築かれた山稜の南麓には岩崎神社があるのでこれを目標にするとわかりやすい。神社境内裏には妙に高い石塔があったりして目を引いたりします。 [続きを読む]
  • 本郷城 〜古墳の櫓台〜
  • 旧吉井町の城館探訪塩川城から北西800mほど、鏑川に面した河岸段丘突端に築かれたのが本郷城。沿革等詳細は不明で、永禄6年(1563)の武田信玄の侵攻により落城したといいます。城域内には遠目からも目立つ古墳があります。主郭東側にあるこの古墳は本郷城の物見の櫓台(「辰のやぐら台」)として利用されていたとのこと。案内表示等はありませんが「マッピングぐんま」には「丸木山」の記載があります。鏑川に面した台地上にはこ [続きを読む]
  • 多胡下城 〜猛烈藪地獄〜
  • 旧吉井町の城館探訪別名金沢城とも。多胡氏が築いた城とされ、「多胡上城」の別名を持つ八束城との関わりもあるとされますが、詳細は不明。場所は多胡城の南方1?強ほどの丘陵の頂上。上信越道を越えるとすぐに城域へと伸びる林道があるのでそこを進む。すれ違い不可の狭路ですが、奥の肥料置き場へ行く以外事実上通行はない道なので、でかい車以外なら何とか進めるでしょう。地図では頂上まで細い車道が繋がっているように見えま [続きを読む]
  • 神保植松城 〜完全消滅と思いきや〜
  • 旧吉井町の城館探訪多胡下城から700mほど北西にあるのが神保植松城。表記は他に植松城、神保城とも。すぐ西にある神保館との混同を防ぐためここでは神保植松城を採用します。辛科神社神官神保氏の居城であったと推定されています。 肝心の城の主要部分は上信越自動車道の建設により消滅しています。上信越道沿いにはそういった城館がいくつかありますね。写真は「植松橋」から眺めた主郭があった付近。 [続きを読む]
  • 第43回 恩賞の彼方に
  • 万千代(菅田将暉)は戦場に送る武具の手入れを完璧にこなしたことを家康(阿部サダヲ)に認められ、ついに小姓にあがることになる。長篠の合戦の論功行賞に手を焼いていた家康に、万千代は武功を表にして整理することを提案する。一方、井伊谷では材木の乱伐により山崩れが起こっていた。甚兵衛(山本學)から山の異変について報告を受けた直虎(柴咲コウ)は、荒れた地に植林をすることを近藤(橋本じゅん)に進言する。一方、万 [続きを読む]