みどりの木 さん プロフィール

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みどりの木さん: 歴史大好きみどりの木
ハンドル名みどりの木 さん
ブログタイトル歴史大好きみどりの木
ブログURLhttps://ameblo.jp/idryou/
サイト紹介文現地に行った気分になれる城・神社・祭を 紹介しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供367回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2013/07/06 11:56

みどりの木 さんのブログ記事

  • 大坂城連休イベント紹介2 桜門枡形跡から旧四師団司令部
  • 昨日の続きです。今日は桜門枡形跡から旧四師団司令部までです。 桜門です。門の中に天守閣が見えます。この日は祭のような賑わいで、聞こえて来る声は外国語の方がたいへん多いので、外国の観光地に居るような感じです。正面枡形内の大きな石がタコ石と言われる、大坂城で一番大きな石です。 江戸時代の大坂城本丸古絵図です。(国会図書館蔵より引用) 門の中の枡形に入るとたこ石です。この石の上には多門櫓がありました。多 [続きを読む]
  • 大坂城連休イベント紹介2 本丸まで
  • 昨日の続きです。今日は大手門から本丸までです。 下図①から見た西の丸庭園入口です。木々のみどりがきれいです。 現在地にあった地図です。(上が北) ①の南側にある大坂城公園城内詰所です。 今回見たイベントの立て看板がこの辺りにありました。火縄銃発砲や行列がありましたが、後日UPします。 次に②の所からの眺めは②からの内堀の眺めカメラを右に回すと さらに右に回すと内堀と本丸入り口の土橋が見えます。この辺りの [続きを読む]
  • 大坂城連休イベント紹介1 大手門
  • 今日からは2018年5月3日の連休中に行った大坂城の紹介です。この日は天候も良く、親孝行も兼ねての食事で、大坂城に行きました。 今年は維新の動乱から今年で150年経つんですね。 大手門の近所にコンビニが出来ていました。去年は無かった気がします。 現在地と書かれた所にあった大坂城の地図です。 大手門前の土橋と大手門枡形があり、その左に2階の千貫櫓が見えます。 大手門前の外堀にある土橋です。 乗り合いの電気 [続きを読む]
  • 道明寺歴史祭8 最終回
  • 昨日の続きです。  応神天皇陵で解散になりましたが、ボランティアガイドさんと道明寺天満宮に戻りました。今回はボランティアガイドさんが2人も古墳巡りに付き合ってくれました。道明寺天満宮に戻る途中で、道明寺の古い大和棟民家がありました。洗練された切妻の屋根と白い漆喰壁が美しいです。 応神天皇陵の拝所から赤い線に沿って道明寺天満宮に戻りました。途中に応神天皇陵の陪塚である盾塚古墳がありました。昭和30年代 [続きを読む]
  • 道明寺歴史祭7 応神天皇陵 誉田丸山古墳
  • 昨日の続きです。今日は応神天皇陵です。 大鳥塚古墳を前方部西側角から見たところです。 北が上の地図です。 大鳥塚古墳前方部西側角の道路を挟んで向かい側に、この宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所があります。 中に入ると ここで古市古墳群の皇室関係古墳を管理しています。 ⑤の拝所から見た応神天皇陵です。誉田御廟山古墳とも言われます。5世紀初頭の築造と考えられています。近づくと 今は拝所が前方部の正面にあります [続きを読む]
  • 道明寺歴史祭6 赤面山古墳から大鳥塚古墳まで
  • 昨日の続きです。方墳の赤面山古墳のある西名阪高速道路の下を越えます。 下図④の赤面山古墳です。ここを横切ると 長さ110mの大鳥塚古墳の後円部が見えます。 大鳥塚古墳は、墳丘の長さが110mの前方後円墳です。古市古墳群の中では中形で、前方部は南を向いています。墳丘はほぼ全域がクヌギの林になっていて、足を踏み入れると夏でもひんやりとした感じを受けます。造られた当時、墳丘の斜面には石が葺かれ、平坦面に [続きを読む]
  • 道明寺歴史祭5 古室山古墳から赤面山古墳まで
  • 昨日の続きです。今日は古室山古墳から赤面山古墳まで歩きます。 下図③の古室山古墳後円部頂上から生駒山方向の写真です。 赤いコーンの立っている辺りに民家がありましたが、世界遺産を目指しているので、立ち退いてもらったそうです。9月のユネスコの調査団に見せるために必要だったのかもです。古室山古墳は中に立ち入れるのでいいですね。 古室山古墳後円部頂上から下ります。左上の後円部から下った所です。 遊歩道があり [続きを読む]
  • 道明寺歴史祭4 仲姫命陵古墳・小室山古墳
  • 昨日の続きです。今日は三塚古墳からです。昨日の絵図の訂正からです。下図で昨日は応神天皇陵と書かれていた古墳は仲姫命陵古墳のことでした。申し訳ありませんでした。訂正版です。昨日の絵図も訂正しておきました。 来年の世界遺産登録を目指していて、今年の9月にユネスコの調査団が来日するそうです。登録の問題点はこの百舌鳥・古市古墳群には天皇陵が多くて、外からしか見学できないこと。それから、誰の墓か発掘調査をし [続きを読む]
  • 道明寺歴史祭3 古墳めぐり
  • 昨日の続きです。道明寺歴史祭のオープニングを見てから、ボランティアガイドさんによる古墳巡りに参加しました。 古墳巡りの受付ブースです。オープニングが終わった後で出発しました。 半透明のピンクの線に沿って歩きました。(上が北) 道明寺歴史まつり会場の、石川河川公園を後にして歩きました。この辺りが大坂夏の陣で、真田幸村と伊達政宗の戦ったところです。橋の背後に見える山が、大坂夏の陣道明寺の戦いで後藤又兵衛 [続きを読む]
  • 道明寺歴史祭2 
  • 昨日の続きです。歴史コスプレ行列の続きからです。 これは菅原道真の時代です。 たまてばしに進む行列です。 たまてばしに並んでから会場に下りてきます。 時代装束行列が石川河川公園に到着しています。 たまてばしから赤い楕円形の会場に勢ぞろいします。 オープニングの始まりです。 本格的な甲冑姿で参加した方の紹介がありました。 次に、参加した近隣市町のゆるキャラさんです。 隣町太子町のゆるきゃら「たいし [続きを読む]
  • 道明寺歴史祭1 
  • 今日から2018年5月4日に行われた、第2回道明寺歴史まつりの紹介です。道明寺では道明寺天満宮として菅原道真で有名です。江戸時代初期には大坂の夏の陣で真田幸村と伊達政宗が対戦したことで有名です。それで去年から「道明寺歴史まつり」というイベントになっています。道明寺の戦いの紹介ページはここのリンクです。 道明寺天満宮を南側に出たところです。歴史コスプレ行列はこの階段を下りて、東の商店街の方に行きまし [続きを読む]
  • 金沢城の紹介8 鶴の丸土塀から新丸 最終回
  • 昨日の続きです。今日は鶴の丸の土塀からです。 鶴の丸土塀です。下図の赤丸の位置から撮影しています。江戸時代後期の古絵図です。 昨日解説した構造で、なまこ壁の中には石が詰められています。塀の屋根は鉛葺きです。 解説板です。 次は新丸です。新丸は時間が無く行けなかったのですが、その歴史は江戸時代初期に重臣屋敷がありました。新丸の東側には、もと剣術の達人であった富田越後守重政の邸宅がありました。そのために [続きを読む]
  • 金沢城の紹介7 二の丸から鶴の丸
  • 昨日の続きです。今日は二の丸から鶴の丸です。 二の丸広場です。江戸時代は1630年頃から幕末まで御殿・政庁でした。手前が藩主御殿になります。下図⑲辺りからの撮影です。 現地の観光案内図です。 江戸時代後期の金沢城絵図です。⑲辺りから第6旅団司令部方向を撮影すると二の丸⑲辺りから第6旅団司令部方向を見たところです。 二の丸内を本丸方向に移動しました。 極楽橋の辺りに戻りました。ここから⑤の所に移動しまし [続きを読む]
  • 金沢城の紹介6 玉泉院丸庭園から旧第6旅団司令部
  • 昨日の続きです。今日は玉泉院丸庭園から旧第6旅団司令部を通り、二の丸御殿・藩庁跡に戻ります。 玉泉院丸の長い階段を上がった所は旧第6旅団司令部が見えます。下図⑳から⑯方向を撮影しました。右側の石垣の上は二の丸です。 現地の観光案内板です。 旧第6旅団司令部です。江戸時代は藩主の側室住居曲輪でした。 旧第6旅団司令部です。明治31年に建てられた木造平家建て、床面積196?の建物です。当時は、陸軍本省が各 [続きを読む]
  • 金沢城の紹介5 本丸から玉泉院丸庭園
  • 昨日の続きです。今日は本丸から玉泉院丸庭園です。 立入禁止だった、本丸跡をグーグルストリートビューから引用します。下図の本丸跡にある戌亥(いぬい)櫓跡です。(グーグルストリートビューより引用)この辺りに尾山御坊がありました。 本丸の丑寅櫓跡です。(グーグルストリートビューより引用) 本丸跡の辰巳櫓跡です。(グーグルストリートビューより引用)城外の道から見ると本丸辰巳櫓跡です。(グーグルストリートビュ [続きを読む]
  • 金沢城の紹介4 二の丸から
  • 昨日の続きです。今日は二の丸から 二の丸御殿・政庁跡です。 下図⑥から見た二の丸御殿・政庁跡です。 江戸時代後期の古絵図です。二の丸から極楽橋を渡り、三十間長屋のある本丸附段に行きます。二の丸と本丸附段の間の堀は現在空堀ですが、上の古絵図から江戸時代は水堀でした。上図から二の丸は橋爪門より高い位置にあるので、堤防を造り堀の水を貯めていたようです。 ⑥から⑦に行きます。 極楽橋の解説板です。極楽橋の名 [続きを読む]
  • 金沢城の紹介3 三の丸から二の丸へ
  • 昨日の続きです。金沢城は26年間金沢で暮らした、高山右近により設計されています。 今日は三の丸から二の丸へです。 下図③で、右端が菱櫓です。菱櫓は角が直角では無く、120度と80度になっているそうで、敵からの死角を無くすためです。屋根瓦は金銀を製錬した時に出る鉛を使用しました。出窓は石落としになっています。 下図③で、右端が菱櫓です。 50間(90m)長屋です。下図③から橋爪門の方向を撮影しました。 [続きを読む]
  • 金沢城の紹介2 石川門から三の丸
  • 昨日の続きです。今日は石川門枡形から三の丸です。 下図①の石川門枡形です。手前門の左右で石垣の積み方が違います。向かって右が切り込み接ぎですが、向かって左が完全な切り石積みです。 現地案内板です。 江戸後期の古絵図です。石川門の前の堀には水がありました。石川門枡形は江戸御時代に建て替えられていますが、明治の火災では焼けずに残ったので国重要文化財です。石川門枡形の内部は石川門枡形の内部です。この左側は [続きを読む]
  • 金沢城の紹介1 歴史など
  • 今日から金沢城の紹介をします。 室町時代金沢の地名は室町時代の文明年間に存在していたことが知られています。天文日記の中の1546年に「加州金澤坊舍」という名前が文献的な「金澤」の初見です。「まんが日本昔話」にもなった、芋ほり藤五郎の昔話があります。「無欲貧乏暮らしの藤五郎は芋掘りで生計を立てていました。藤五郎の元へ美しい嫁が行列とともに何故かやってきます。大和の国は初瀬の里より「生玉右近方信」とい [続きを読む]
  • 葛井寺の藤の花と御開帳3 最終回
  • 昨日の続きです。今日が最終回で、歴史と仏像の写真です。葛井寺(ふじいでら)については過去に紹介をUPしています。そのリンクはここです。 葛井寺の歴史は葛井寺は近年まで、紫雲山三宝院剛琳寺と号し、剛琳寺といいました。古代氏族葛井氏の氏寺として、7世紀後半の白鳳時代に建立されました。寺蔵の古絵図や『河内名所図会』では、東西に塔をもつ薬師寺式の伽藍配置をとっていたことが知られます。葛井氏は6世紀に活躍し [続きを読む]
  • 葛井寺の藤の花と御開帳2 藤の写真
  • 昨日の続きです。今日は撮影した藤の花写真です。 赤い門が西門ですが、閉鎖されています。 次に白い花の藤です 短いですが今日はここまでです。明日は阿弥陀仏で最終回です 読者募集中ですので、読者登録はここのリンクです。希望があれば、相互登録します。相互アメンバーも募集中です。毎日午後8時半頃に更新しています。「相手わかるように」に設定して登録してください。読者のブログ村・ブログランキング [続きを読む]
  • 葛井寺の藤の花と御開帳1
  • 今日は西国33か所札所の、葛井寺の藤の花が満開なので花の写真と、阿弥陀菩薩堂御開帳の写真です。2018年4月22日に訪問しました。日曜日で藤満開なので、寺の駐車場が満車と思い、東門の近くにある時間貸しの駐車場に車を止めて、お寺の方に歩きました。途中、春満開でいろいろな花が咲いていたので撮影しました。 八重咲のバラの花 ハナミズキの花 ハナミズキの花 つつじの花 立派な古い家の近くに駐車しました。 この道 [続きを読む]
  • 七尾城の紹介6 温井屋敷跡から二の丸・三の丸 最終回
  • 昨日の続きです。今日は 温井屋敷跡から二の丸へ歩きます。 温井(ぬくい)屋敷跡から見た二の丸です。下図⑧の2段石垣は、能登地震で石垣の崩壊した所があります。カメラを右に回すとこの坂道を上ると二の丸です。崩れた石垣が見えます。 この坂道の登り口辺りにサイカチの木があります。左側の方がガイドさんです。この木は城内で、石鹸代わりに使われていました。莢(さや)を水につけて手で揉むと、ぬめりと泡が出るので、 [続きを読む]
  • 七尾城の紹介5 本丸外枡形から温井屋敷跡
  • 昨日の続きです。今日は本丸外枡形を下りたところからです。 本丸外枡形から下りてきた所です。左の石垣は遊佐屋敷です。 遊佐屋敷の石垣です。 遊佐屋敷の石垣です。 下図⑤から④方向を撮影したものです。 レーザー高度測量地図です。 遊佐屋敷の石垣です。 桜馬場の解説板です。 解説板の下にあったCG画です。現在地の所にありました。現在地の辺りから石段下の調度丸を見たところは桜馬場から下の調度丸を見たところです。 [続きを読む]
  • 七尾城の紹介4 本丸から外枡形まで
  • 昨日の続きです。今日は本丸から外枡形までの紹介です。 2つ下図①から見た石動山(遠い方の高さ565mの山)方向です。第2回の七尾攻めで、上杉謙信は石動山に本陣を置きました。この本丸(高さ約300m)から約6km程離れています。石動山には約3000人の僧侶がいて、なぜ謙信が石動山に本陣を置けたのかは不明です。 七尾城から南方向に石道山があります。 レーザー光線による高度差地図です。城内では本丸の下に水 [続きを読む]