乙 さん プロフィール

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乙さん: 御朱印手帳
ハンドル名乙 さん
ブログタイトル御朱印手帳
ブログURLhttp://goshuinnote.blog.fc2.com/
サイト紹介文神社探訪 参拝した神社、拝受した御朱印を紹介してまいります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供622回 / 365日(平均11.9回/週) - 参加 2013/07/20 13:35

乙 さんのブログ記事

  • 焼津神社
  • 【焼津神社】静岡県焼津市焼津2-7-2式内社(小)、県社、別表神社静岡県焼津市の焼津神社(やいづ神社)です。延喜式神名帳に於ける駿河國益頭郡 燒津神社に比定されています。嘗ては入江大明神と呼ばれ、日本武尊をお祀りしています。紀記に於いて、日本武尊は天皇の命で東征し、その途上で賊の火攻めに遭いました。しかし、尊は草薙剣で草を薙ぎ、さらに向い火をつけて難を逃れたとのことにより、その地は「ヤキツ」と呼ばれるよ [続きを読む]
  • 三嶋神社
  • 【三嶋神社】埼玉県児玉郡上里町大御堂1131村社埼玉県児玉郡上里町の三嶋神社です。ご祭神は事代主命、大山祇命です。元々は真言宗智山派の吉祥院境内に鎮座されていましたが、明治の神仏分離にて当地に遷座されたそうです。吉祥院は鎌倉時代中期には存在していたと見られ、三嶋神社も当時から鎮座されていた古社のようです。《カテゴリー:都道府県別リスト》都道府県別リストはこちらへ↓↓ポチッとお願いします。↓↓にほんブロ [続きを読む]
  • 金鑽神社・元森神社
  • 【金鑽神社】埼玉県児玉郡神川町二ノ宮750式内社(名神大社)、官幣中社、武蔵國五宮(二宮とも)、別表神社埼玉県神川町の金鑽神社(かなさな神社)です。延喜式神名帳に於ける武蔵國兒玉郡 金佐奈神社の名神大社です。武州六大明神(武蔵六所大明神)の一社にも数えられる古社です。ご祭神は天照大神、素戔嗚尊で、社殿後背の御室山(御室ヶ獄)をご神体とされています。創建の由来は金鑚神社鎮座之由記によれば、日本武尊が東征 [続きを読む]
  • 夜支布山口神社
  • 【夜支布山口神社】奈良県奈良市大柳生町3089式内社(大)、県社奈良市大柳生町の夜支布山口神社 (やきふやまぐち神社)、神野宮です。ご祭神は素盞嗚命です。延喜式神名帳に於いては大和國の山口神社としては夜支布山口神社、生駒(伊古麻)山口神社、巨勢山口神社、鴨山口神社、當麻山口神社、大坂山口神社、吉野山口神社、都祁山口神社と、山口坐皇神を祀る山口坐神社としては飛鳥山口坐神社、石寸山口坐神社、畝火山口坐神社 [続きを読む]
  • 天石立神社
  • 【天石立神社】奈良県奈良市柳生町柳生岩戸谷789式内社(小)、村社奈良県柳生町の天石立神社(あまのいわたて神社)です。延喜式神名帳に於いて大和國添上郡 天乃石立神社と記載があります。戸岩山の北麓、標高330mの山中に本殿を有さずに、鎮座する巨岩を直接拝します。扉形に三つに割れた花崗岩の巨岩は前伏磐、前立磐、後立磐と言われ、これをご神体として祀りしています。ご祭神は其々、前立磐が豊磐牖命で天岩立神社と呼ばれ [続きを読む]
  • 天神社
  • 【天神社】埼玉県児玉郡上里町五明871式内社(小)論社、村社武蔵國賀美郡 今城青八坂稲實神社《カテゴリー:都道府県別リスト》都道府県別リストはこちらへ↓↓ポチッとお願いします。↓↓にほんブログ村 [続きを読む]
  • 阿保神社
  • 【阿保神社】埼玉県児玉郡神川町元阿保1式内社(小)論社、村社武蔵國賀美郡 今城青八坂稲實神社武蔵國賀美郡 今城青坂稲實荒御魂神社《カテゴリー:都道府県別リスト》都道府県別リストはこちらへ↓↓ポチッとお願いします。↓↓にほんブログ村 [続きを読む]
  • 七本木神社
  • 【七本木神社】埼玉県児玉郡上里町七本木3237式内社(小)武蔵國賀美郡 今城青八坂稲實神社(合祀の榛名宮神社)武蔵國賀美郡 今城青坂稲實荒御魂神社(合祀の榛名宮神社)武蔵國賀美郡 今城青坂稲實池上神社(合祀の榛名宮神社)《カテゴリー:都道府県別リスト》都道府県別リストはこちらへ↓↓ポチッとお願いします。↓↓にほんブログ村 [続きを読む]
  • 高橋神社
  • 【高橋神社】奈良県奈良市八条町菰川338式内社(小)論社、村社奈良市八条町の高橋神社(たかはし神社)です。延喜式神名帳に於ける大和國添上郡 高橋神社の論社の一社です。論社としては他に天理市の和爾下神社境内の若宮社、奈良市の氷室神社とも伝わります。ご祭神は磐鹿六雁命、栲幡千千姫命です。磐鹿六雁命は料理の始祖神と言われています。また、栲幡千千姫命は嘗てこの地を本拠とした高橋氏の祖神とされ、全国の高橋さんの [続きを読む]
  • 神波多神社
  • 【神波多神社】奈良県山辺郡山添村中峯山310-1式内社(小)、県社奈良県山添村の(かんはた神社)です。延喜式神名帳に於ける大和國添上郡 神波多神社に比定されています。ご祭神は神須佐之男命です。延喜式臨時祭にて神護景雲四年(770年)、疫神を畿内外の堺十箇所(大和与伊賀堺)にお祀りしたとの記録が残っています。後に疫神から牛頭天王をお祀りするようになったそうです。本殿は五間社流造、檜皮葺、礎石建の社殿で、奈良 [続きを読む]
  • 奈良豆彦神社
  • 【奈良豆彦神社】奈良県奈良市奈良坂町字奥垣内2489式内社(小)論社、村社奈良市奈良坂町の奈良豆比古神社(ならつひこ神社)です。延喜式神名帳に於ける大和國添上郡 奈良豆比古神社の論社です。同論社には天理市の楢神社も伝わっています。ご祭神は平城津比古大神、春日宮天皇(天智天皇の第七皇子の志貴皇子)、春日王(志貴皇子の子)で、嘗ては奈良坂春日社とも呼ばれていました。創建は宝亀二年(771年)、光仁天皇の父の春 [続きを読む]
  • 狹岡神社
  • 【狹岡神社】奈良県奈良市法蓮町609-1式内社(小)論社、村社奈良市法蓮町の狹岡神社(さおか神社)です。延喜式神名帳に於ける大和國添上郡 狹岡神社の論社とされています。同論社には同市漢国町の漢国神社も伝わっています。佐保丘天神、狭穂岡天神、狭岡天神とも呼ばれています。ご祭神は若山咋神、若年神、妹若沙那賣神、彌豆麻岐神、夏高津日神、秋比賣神、久久年神、久久紀若室葛根神です。創建は霊亀二年(715年)、藤原不 [続きを読む]
  • 葛神社
  • 【葛神社】奈良県奈良市藺生町上之宮1式内社(小)論社奈良市藺生町の葛神社です。延喜式神名帳に於ける大和國山邊郡 出雲建雄神社の論社です。《カテゴリー:都道府県別リスト》都道府県別リストはこちらへ↓↓ポチッとお願いします。↓↓にほんブログ村 [続きを読む]
  • 國津神社
  • 【國津神社】奈良県奈良市都祁白石町580奈良市都祁白石町の國津神社(くにつ神社)です。ご祭神は大国主命です。嘗て闘鶏(つげ)国造の古代ツゲ国の中心地に鎮座されています。國津神社から東には雄神神社が鎮座されており、昔から密接な関係にあったそうです。両社の間には神様が雄神神社から国津神社へ行く時に休む場所 休んば(やすんば)と呼ばれる叢林が残されています(4箇所あるそうです)。ご本殿とご神木がとても立派な [続きを読む]
  • 雄神神社
  • 【雄神神社】奈良県奈良市都祁白石町神子尻式内社(小)論社奈良市都祁白石町の雄神神社(おが神社)です。延喜式神名帳に於ける大和國山邊郡 出雲建雄神社の論社とされています。同論社としては奈良市藺生町の葛神社、天理市の石上神宮摂社 出雲建雄神社とも伝わっています。ご祭神は出雲健男命で、ご本殿は無く雄雅山をご神体としており「三輪さん(大神神社)の奥の院」とも呼ばれています。雄神山は雌神山と二つで野々神岳と呼 [続きを読む]
  • 下部神社・春日神社
  • 【下部神社・春日神社】奈良県奈良市都祁吐山町3957式内社(小)、県社奈良市都祁吐山町の下部神社(しもべ神社)です。延喜式神名帳に於ける大和國山邊郡 下部神社に比定されています。ご祭神は彦八井耳命です。創建の詳細は不明ですが、元々は現在地より少し離れた小字オリエにて星川臣氏が神武天皇の皇子 都祁國造の祖である神八井耳命を氏神としてお祀りされたと伝わります。弘治ニ年(1556年)には吐山氏により春日神を現在地 [続きを読む]
  • 柏木神社
  • 【柏木神社】滋賀県甲賀市水口町北脇189式内社(小)論社、県社滋賀県甲賀市の柏木神社(かしわぎ神社)です。ご祭神は大己貴命です。延喜式神名帳に於ける近江國甲賀郡 石部鹿鹽上神社の論社の一社です。論社としては湖南市の吉姫神社、吉御子神社も伝わっています。創建は白鳳元年(673年)と伝えられ、元は日吉山王を奉祀し、建久年間の源頼朝上洛の時に鶴岡八幡宮の御分霊を合祀して若宮八幡宮と呼ばれました。御朱印は境内社 [続きを読む]
  • 矢川神社
  • 【矢川神社】滋賀県甲賀市甲南町森尻310式内社(小)、郷社滋賀県甲賀市の矢川神社(やがわ神社)です。延喜式神名帳に於ける近江國甲賀郡 矢川神社に比定されています。ご祭神は大己貴命、矢川枝姫命(八河江比売、矢河枝比売)です。矢川神社は矢河宮・日吉山王矢川大明神・杣一ノ宮矢川大明神・甲賀宮・甲賀雨宮などの多くの名で呼ばれているそうです。創建は天平宝字六年(762年)の古社で、社伝では甲賀杣・矢川津守護の神社 [続きを読む]
  • 川枯神社・八坂神社
  • 【八坂神社】滋賀県甲賀市水口町嶬峨1607-1村社滋賀県甲賀市の八坂神社(やさか神社)です。ご祭神は素盞嗚命、聖武天皇、神武天皇です。嘗ては現在とは異なる場所で少彦名の神をお祀りする神社でしたが、仁徳天皇六十九年(381年)にこの地(元は川枯神社が鎮座)に勧請されたと伝わります。その後、聖武天皇の御代に千光寺建立により牛頭天皇社となり、朱雀天皇の御代承平二年(932年) には儀峨大宮の称号を賜ったそうです。永 [続きを読む]