風三郎 さん プロフィール

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風三郎さん: 風三郎日舞を習う/リハビリ日記
ハンドル名風三郎 さん
ブログタイトル風三郎日舞を習う/リハビリ日記
ブログURLhttp://kazesaburou.at.webry.info/
サイト紹介文倒れる前は日本舞踊、現在は脳出血とリハビリ、宇宙と素粒子、旅の思い出が、主題です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供123回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2013/07/30 11:55

風三郎 さんのブログ記事

  • 遠藤彰子の展覧会
  •  昨日はデイ・サービス・まごころクラブから、多摩美術大学の12号館地下1階で行われている遠藤彰子氏の作品展 「COSMIC SOUL(宇宙の魂)」 を見に連れて行ってもらった。この作品展は期待以上の素晴らしいもの。500号から1000号といった桁外れに大きな作品が、20以上も並び、見るものを圧倒する。その大作の一つ一つに、彼女の宇宙のイメージとファンタジーが込められて、一つの絵だけで一つの物語が出来そうである。ある作品に、 [続きを読む]
  • 3―9)フンザ王国(カリーマバード)
  •  午後、バルチット城を見学、1971年まで、王様がここに住んでいたというのだから、日本的には「お城」だが、規模からすると、英語の説明の様に、FORT、すなわちバルチット砦と言った方が良い。ミール(領主)と呼ばれるここの王様は、日本で言えば、山間の小さな大名程度だが、十九世紀末までは、パミールを越えて、新彊方面に掠奪隊を繰り出していたと言う。倭寇で知られる松浦藩を思い浮かべた。 [続きを読む]
  • 最後の繁栄
  •  12月ももう半ば。デイサービスでは、今年の良かったことを一人ずつ聞いた。まあ、デイサービス通いの老人達から、「良かったことや楽しかったこと」を聞くのは、所詮無理な話。何もなかったという発表が続く中で、僕だけが、今年一年、休肝日もなく晩酌を続けられたことだと発表。脳出血の後遺症があり、糖尿病なので、医者は禁酒を勧めるが、僕はもう80歳、いまさら長生きしても仕方がないので、好きなウイスキーは欠かさな [続きを読む]
  • 3-8) ナガール村のホッパー氷河
  •  朝食の後、再びジープに分乗して、ナガール村にあるホッパー氷河に出かける。フンザとナガールは、フンザ川を挟んで対立する二つの王国で、人種も言葉も違うのだという。カラコルム・ハイウエイができる前は、フンザ川の深い峡谷が、対岸との交通をはばみ、それぞれが別個に発展して来た結果なのだろう。このあたりの観光業を独占しているフンザ人に言わせると、ナガールの人々は、性格が暗くて、教育程度が低く、従ってフンザよ [続きを読む]
  • 3-6) フンザ峡谷
  •  フンザ峡谷に入ると、カラコルム・ハイウエイは、再び険しい山岳地帯に入る。インダス川の上流であるフンザ川が、深く抉られた峡谷の遥か下の方を流れている。昨日、4人の兵士が亡くなったという崖崩れの場所で休憩。何事も無かったかの様に、山羊の群が絶壁にしがみつくように生えた僅かな草を、のんびりと食べていた。(写真左) [続きを読む]
  • 車椅子の自走
  •  僕が通っているデイサービスまごころクラブには、クラブ活動として、月に1−2会の外出のチャンスお作ってくれる。12月は2日のブログに書いた紅葉ドライブの狭山公園、そして今回のガスミュージアム。 [続きを読む]
  • 幸せな時代
  •   昔の人が画いた天国とは、「衣食住の心配がなく、働かないで遊んで暮らせるところ」。僕はまだ死んでいないけど、どうやら天国に来ているらしい。脳卒中以来、身体は思うように動かないけど、年金のおかげで衣食住には困らないし、介護保険のおかげで退屈もしていない。日本の老人の半分くらいは、天国の生活を楽しんでいるのではないだろうか。「引きこもりと称する若者達」もそんな天国に居る。 [続きを読む]
  • 3-5)ギルギットでポロ見物
  •  4月15日。パキスタン第三日目。5時半起床、好天に恵まれて、7時出発。チラスの手前、20−30キロの地点から、インダス川の深い峡谷は、急に広がり、岩砂漠の様相を呈する。でも、この岩砂漠は、どうやら大昔の氷河の跡らしい。インダス川の川原にしては、広すぎるし、岩に丸みが無い。カラコルム・ハイウエイは、チラスからギルギットまで、そんな岩砂漠の小高い丘を越えながら、平坦な道で続いている。 [続きを読む]
  • 3-4)トラックに乗る。
  •  何も無いと思っていた、第1の崖崩れ地点の向こう側に、酒屋さんが配達に使うような、軽トラックが一台あった。第二崖崩れ地点から、人海戦術で車を持ち上げながら、何とか無理をして搬入したらしい。第二崖崩れ地点には、それらしき轍の跡が鮮明に残っていた。この車で、第一と第二の崖崩れ地点をピストン輸送をしているのだが、荷台に立てる人数は、どう見ても10人が限界である。皆で相談の結果、お年寄りと足の弱い人を優先 [続きを読む]
  • 我が家の秋
  •  夏の間は、閉めたままでシャッターを開けるのは、いつも秋の好天が続く頃。でも今年は開けることがなかった。今年は、秋らしい気持ちの良い日は、僕の体調のせいか、なかったような気がする。やっと12月に入って、好天が続き、陽射しが恋しくて、やっと寝室の南窓のシャッターを開けたから、南天の赤い実が目の中に飛び込んできた。この赤い実、いつもの年は、小鳥に食べられて、なかなかゆっくり見られない。でも今年はだいぶ [続きを読む]
  • 3-3) 崖崩れの道
  •  4月14日。昨日の遅れを取り戻す為、4時半のモーニングコールで、6時出発。一気にフンザを目指す事になった。天気は晴。インダス川ぞいの道は、山側は険しい崖で、岩しか見えない事が多いが、谷側の景色は結構変化に富んでいる。空も見えないほど、対岸の山が覆いかぶさってくる事もあれば、そんな山から、何条もの滝が見られる事もある。少しなだらかな斜面には、必ず段段畑が見られる。段段畑の無い斜面でも、少し緑のある [続きを読む]
  • 3-2)カラコルム・ハイウエイ
  •  1999年4月13日。パキスタン第一日目。成田からの飛行機が3時間ほど遅れたので、昨夜のホテル到着は、深夜の12時を過ぎていた。しかし、「これからの旅では、お風呂に入れない」ので、ゆっくりと入浴。おかげで就寝は2時半。今朝の起床は5時半だから、3時間しか寝ていない。初日から強行軍である。今日の予定は、イスラマバードからチラスまで約500キロ、12時間のバスの旅である。地図で見ると、直線距離は150キ [続きを読む]
  • 3-1) カシミール
  •  良質な羊毛・カシミヤの産地として知られるカシミ−ルは、現在、東南のインド領と西北のパキスタン領に分割されていて、(上図)その国境紛争はまだ解決していない。1947年に勃発したカシミール戦争は、2016年現在、実質上まだ続いていて、国境では、南北朝鮮と同様、にらみ合いや小競り合いが続いている。でも、スリナガルとイスラマバードの間の国境地帯をのぞけば、平和そのものの世界。国境紛争さえなければ、ヒマラヤの西端 [続きを読む]
  • M31)都立狭山公園
  •  11月29日は久しぶりの好天気。デイサービス・まごころクラブの送迎車で、西武遊園地駅前にある、都立狭山公園に連れていってもらった。去年と同じ村山貯水池の紅葉ドライブだが、去年より10日ほど遅いせいか、紅葉はピークを過ぎた感じ。でも、日頃家の中に籠もっている老人にとっては、気が晴れる。村山貯水池は、去年の11月20日に、このブログに書いたが様に、僕にとっては懐かしい場所。何回来ても良い。 [続きを読む]
  • 2-6)デブン寺とセラ寺
  •  ラサ郊外にある、デブン寺とセラ寺は、ともにチベットの仏教大学であり、何も無い岩山の斜面に建っている。かつては、それぞれの寺に、1万人近い僧侶が住んでいたというが、現在は人影もまばらである。中国共産主義支配の成果だという。 [続きを読む]
  • 2-4) チベットの古代王国・吐蕃
  •  ヒマラヤ山脈の北斜面には、カイラス山(カイラーサ山・崗仁波斉山)を挟んで、東にヤルツアンポ河(雅魯蔵布河)、西にインダス川が流れる。この流域の谷間は、空気は薄いが、雪解け水が豊富で、有史以前からチベット系の人々が住み着いていた。吐蕃国発祥の地は、そのヤルツアンポ河流域の、ツアン(蔵)及びウー(衛)と呼ばれる地帯。現在の西蔵自治区の首都・ラサはその衛にある。 [続きを読む]
  • 2-2) ポタラ宮 とノルブリンカ
  •  チベットといえば、誰しもポタラ宮を思い浮かべる。抜けるように青い空の下、岩山の上に聳え立つ、十三層の白い城。そこは、ミノスの神殿のような迷宮であり、中ではおどろおどろしい宗教儀式がとり行われている。それは、子供の頃から抱き続けた、チベットのイメージの全てでもあった。 [続きを読む]
  • 2-1)ラサへの道
  •  僕が海外旅行を始めたのは、1998年7月から。早期定年退職してから丸2年が経っていた。これからゆっくりと中国を歩き回りたいということで、まず最初に、成都の四川大学で1ヶ月の中国語学習プログラムに参加。その機会を利用して、成都から4泊5日のチベット旅行に出かけた。これは、その時の日記からの抜粋と、今回、補筆したチベットの歴史である。 [続きを読む]
  • 3)チベット伝説と文化博物館
  •  標高2250メートルの青海省の首都・西寧(シーニン)から、標高3650メートルのラサまで、総距離1956キロに及ぶ青蔵鉄道(=青海・チベット鉄道)は、2006年7月に全線開通。それに伴って、西寧には、チベット文化博物館もオープンした。この博物館は、チベットの玄関口・西寧にふさわしく、チベットムードの漂う設計。正面玄関のドームには、10メートル四方以上はあるかと思えるタンカ(=絹織物に刺繍した仏画)が飾られ、まずはその豪 [続きを読む]