インターネット新教会 さん プロフィール

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インターネット新教会さん: 悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ハンドル名インターネット新教会 さん
ブログタイトル悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/sinjerusalem
サイト紹介文スヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。
自由文インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。
またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。
自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供988回 / 365日(平均18.9回/週) - 参加 2013/08/13 07:17

インターネット新教会 さんのブログ記事

  • 正しい主従関係
  • 主の王国の中に居る人間の中に、即ち主の王国の有る人間の中に、天的なもの、霊的なもの、理性的なもの、科学的な(事実に基づく)もの、感覚的なものがある。それらはそれらの間で従属させられたものである。天的なものと霊的なものは最上位を占め、なお加えて、主のものである。理性的なものはそれらに従属させられたものであり、また仕える。科学的な(事実に基づく)ものは、それらに再び従属させられたものであり、また仕える [続きを読む]
  • 19-2348意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2348意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2348.「少年からまた老人に至るまで」が、新しい間違った信念と悪、および確信された間違った信念と悪を意味することは、「少年」と「老人」が間違った原理と悪に属性付けられる時の意味から知られよう。即ち「少年達」は、まだ成長しておらず、従って新しい者達であり、「老人達」は、かなりの年齢に達しており、従って確信された者達である。更に他の箇所の聖言において少年と老人が同様の意味 [続きを読む]
  • 19-2541〜2542原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2541〜2542原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2541. `Et vocavit servos suos': quod significet rationalia et scientifica, constat ex significatione `servorum' in Verbo, de qua in sequentibus ad vers. 14, n. 2567. Sunt in homine qui in regno Domini, seu qui regnum Domini est, caelestia, spiritualia, rationalia, scientifica et sensualia; haec inter se subordinata sunt; caelestia et spiritualia primas tene [続きを読む]
  • 町の男達とソドムの男達
  • 「町の男達」が、間違った信念の中に居る者達を意味し、また「ソドムの男達」が、悪の中に居る者達を意味することは、「町」と「ソドム」の意味から知られよう。「町」は真理を意味すること、更に間違った原理を意味すること、即ち真理に反対のものを意味することは、前の402番に示された。また「ソドム」が凡ての種類の悪を意味することは2220, 2246番に示された。調べられた者達、或いは視察された者達については、間違った原理 [続きを読む]
  • 19-2344〜2347意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2344〜2347意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2344.四節、「殆ど彼らが眠らないうちに、かくて町の男達、ソドムの男達が少年からまた老人に至るまで、凡ての民(人々)が最も遠い所からも来て家を取り巻いた。」「殆ど彼らが眠らないうちに」は、視察の最初の時を意味し、「町の男達」は、間違った信念の中に居る者達を意味し、「ソドムの男達」は、悪の中に居る者達を意味し、「家を取り巻いた」は、仁愛の善に反したことを意味し、「 [続きを読む]
  • 19-2539〜2540原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2539〜2540原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2539. Vers. 8. Et mane surrexit Abimelech in matutino, et vocavit omnes servos suos, et locutus est omnia verba illa in auribus eorum, et timuerunt viri valde. `Mane surrexit Abimelech in matutino' significat perceptionem claram et confirmationis lucem ex caelesti bono: `et vocavit omnes servos suos' significat rationalia et scientifica: `et locutus est omn [続きを読む]
  • 仁愛が信仰の生命である
  • これらから主への愛と隣人への仁愛が信仰の生命であることが知られることが出来よう。これに反し、悪の中に居る者達、即ち悪い生活の中に居る者達は、決して主から凡ての救いがあることを信じることが出来ない。このことが基督教世界から他生に到着した者達から、更に身体の生命の中で信仰の教義に従って口で告白した者達、それどころか、主なしに何も救いがないことを教えた者達から、またそれにもかかわらず、悪い生活を行った者 [続きを読む]
  • 19-2343-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2343-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[6]これらから主への愛と隣人への仁愛が信仰の生命であることが知られることが出来よう。これに反し、悪の中に居る者達、即ち悪い生活の中に居る者達は、決して主から凡ての救いがあることを信じることが出来ない。このことが基督教世界から他生に到着した者達から、更に身体の生命の中で信仰の教義に従って口で告白した者達、それどころか、主なしに何も救いがないことを教えた者達から、また [続きを読む]
  • 19-2535〜2538原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2535〜2538原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2535. Quod `orabit pro te' significet quod sic revelabitur, constat a significatione `omne': oratio in se spectata est locutio cum Deo, et tunc aliqua intuitio interna eorum quae sunt orationis, cui correspondet quoddam simile influxus in perceptionem seu cogitationem ejus mentis, sic ut sit quaedam aperitio internorum hominis versus Deum; sed hoc cum diffe [続きを読む]
  • 相互の愛が救う
  • もし、善の中に居るのでなければ誰も主に対して信じることが出来ないこと、即ちもし、仁愛の中に居るのでなければ誰も信仰を持つことが出来ないことは、ヨハネ伝においてもまた知られよう。「彼らが受け入れた同数の権限を彼らが神の子であるために彼らに与えた。主御自身の御名に対して信じている者達は血統からではなく、そして肉体の意志からでもなく、そして人の意志からでもなく、神から生まれた者達である。」1.12,13、同書 [続きを読む]
  • 19-2343-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2343-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[4]それが信仰の最も重要なものであることは、聖言の中の多くの言葉から知られよう。例えば、ヨハネ伝において、「神はこの世を御自身の独り子の御子を与えられるほど愛された。それは御自身に対して信じた凡ての者が死なないで永遠の生命を持つためである。」3.16、同書において、「御子に対して信じる者は永遠の生命を持つが、しかし御子を信じない者は生命を見ることなく、神の怒りが彼の上 [続きを読む]
  • 19-2534-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2534-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[4] apud:〜のもとに、〜において、Esaiam,:イザヤ、Effudit:ぶちまける、注ぐ、super:〜の上で、〜の上に、vos:あなた達を、Jehovah:エホバ、spiritum:霊、soporis,:眠り、深い眠り、et:また、そして、occlusit:閉ざした、閉じ込めた、近付きがたくした、oculos:目、vestros,:あなた達を、prophetas:預言者達、et:〜と、および、capita:頭、指導者、vestra,:あなた達、vide [続きを読む]
  • 歪められた信仰
  • 真理と善は調和するが、しかし、決して真理と悪は調和しない。それらは反対の性質であり、また一つのものはもう一つのものを拒絶する。それ故に、人間が善の中に居るほど、それだけ真理の中に居ることが出来る。即ち人間が仁愛の中に居るだけ、それだけ信仰の中に居ることが出来る。特に、その善の中に主から凡ての救いがあることの信仰の最も重要なものがある。(天界の秘義2343)真理は悪を断罪し、また悪は真理を歪めるので真理 [続きを読む]
  • 19-2343-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2343-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2343.「そして彼らは食べた」が、専有を意味することは、「食べること」の意味が伝達されることと連結されることから、従って専有されることであることから知られよう。そのことについては、前の2187番に示された。今しがた言われ、また説明されたことから、前の節とこの節の中に含まれる内意の中で、それをどのように持ち、またどのように関連しているか知られることが出来よう。「天使達」に [続きを読む]
  • 19-2534-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2534-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2534. Quod `quia propheta ille' significet quod sic doceretur, constat (c)a significatione `prophetae'; propheta in Verbo multoties legitur, et in sensu litterae significat illos quibus revelatio, tum abstracte ipsam revelationem, sed in sensu interno significat docentem, tum abstracte ipsam doctrinam; et quia Dominus est, ut dictum, ipsa doctrina, seu Verbum q [続きを読む]
  • 聖言の無限性
  • 例え、天使達は天的な知恵と霊的な知恵の中に居ても、それにもかかわらずやはり、素朴な者達の理解を越えて教えず、自分達を高めない。むしろ、素朴な者達と素朴に話す。だが聞き給え、彼らは教えられるに応じて段階を経て上げられなければならない。というのはもし、天使達が天使的な知恵から話すなら、素朴な者達は全く何も理解しないからである。従って、信仰の真理と善に導かれない。もし主が聖言の中で人間の理解に一致して教 [続きを読む]
  • 19-2342-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2342-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[4]その教会の中で命じられた凡てのものは、秘義を表象した。というよりは、イスラエルの子孫達がエジプトから出て行った時に為した個々のことの如く、焼くことそのものも秘義を表象した。即ち、「彼らがその夜に食べたこと、...火で焼いた肉を食べたこと、また苦菜の上のパン種の入っていないパンを食べたこと、... 脚に関しても頭に関しても彼らが生のままで食べなかったこと、水で炊かれた [続きを読む]
  • 19-2532〜2533原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2532〜2533原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2532. Vers. 7. Et nunc reduc uxorem viri, quia propheta ille et orabit pro te, et vives; et si non tu reducas, scito quod moriendo moriaris tu, et omnis qui tibi. `Nunc reduc uxorem viri' significat quod spirituale verum doctrinae immune redderet a rationali: `quia propheta ille significat quod sic doceretur: `et orabit pro te' significat quod sic revelabit [続きを読む]
  • 聖言の理解の段階
  • 主の聖言の中に真理そのものがあるが、しかしその文字通りの意味の中には、外なる礼拝の中に居る者達の理解に適応された真理がある。それに対し、その内意の中には、内なる人間に適応された真理がある。即ち教義と一緒に生活(生命)に関しても天使的な者達である者達に適応された真理がある。彼らの理性的なものはそこから星々と太陽の輝きに例えられる照らしのようにそれほどまで明るくされる。ダニエル書、12.3、マタイ、13. 43 [続きを読む]
  • 19-2342-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2342-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2342.「またパン種の入っていないパンを焼いた」が、浄化を意味することは、「パン種の入っていないパン、或いは醗酵していないパンの意味から知られよう。聖言の中の「パン」は一般的に凡ての天的な食物と霊的な食物を意味する。従って276, 680, 1798, 2165, 2177番に認められるように、一般的に凡ての天的なものと霊的なものを意味する。それらは不潔なものと穢れたものなしにあったことが、 [続きを読む]
  • 19-2530〜2531原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2530〜2531原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2530. Quod `prohibui etiam Ego te a peccando Mihi' significet quod ni
    hil noxae illatum, nempe quod in doctrina fidei rationale non sit consultum, ut quoque mox sequitur, constare potest absque explic
    atione.2530. Quod:こと、それ、そのこと、`prohibui:遠ざけた、そらした、防いだ、(一人称単数完
    了)etiam:〜もまた、更に、Ego:私は、te:あなたを、a:〜から、〜 [続きを読む]
  • 心の誠実と潔白な手(無垢)
  • 「心の誠実と潔白な手でそれを行いました」は、無垢と素朴な善からの思考と真理への情愛からの思考、そのように凡ての能力からの思考を意味する。そこからそれがある。なぜなら、善は無垢から善であるからであり、また真理は善から真理であるからである。それらがその秩序によって内在する時、やがて凡ての能力がある。(天界の秘義2526)幼児の無垢は善くも悪くも考えず行わない無垢ですが、大人の無垢は悪く考えずに善く考え、悪 [続きを読む]
  • 19-2341意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2341意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2341.「そしてロトは彼らに食事を作った」が、一緒に過すことを意味することは、「食事」の意味から知られよう。聖言において、しばしば「食事」が述べられており、またそこの内意で一緒に過すことを意味する。例えば、エレミヤ書において、「エホバの聖言が彼に下った。あなたは彼らと一緒に座るために、食べるために、また飲むために食事の家に入ってはならない。」16.8、ここでは預言者に多く [続きを読む]
  • 19-2526〜2529原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 19-2526〜2529原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2526. `Et in immunitate manuum mearum feci hoc': quod significet ex affectione veri et sic ex omni facultate, constat ex significatione `immunitatis,' tum `manuum'; immunitas in lingua originali exprimitur per vocem quae etiam significat munditiam {1} et puritatem; `manus' praedicantur de vero, et significant potentiam, ita facultatem, n. 878. Quod itaque ` [続きを読む]
  • 主をせきたてよ
  • 「ロトが彼らを著しくせきたてた」は、彼が勝利する時の試練の状態を意味することは、もし試練の中に居た者達でなければ知られることが出来ない。前に言われたように、その試練と一緒に主の現在と慈悲、更に救いについて疑いを持つ。その時、人間の許の悪い霊達は試練を引き起こし、主の現在と慈悲、更に救いについて否定の思いを強く吹き込む。しかし主からの善い霊達と天使達は、その疑いを凡ゆる方法で追い散らし、また希望の中 [続きを読む]