インターネット新教会 さん プロフィール

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インターネット新教会さん: 悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ハンドル名インターネット新教会 さん
ブログタイトル悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/sinjerusalem
サイト紹介文スヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。
自由文インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。
またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。
自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供958回 / 365日(平均18.4回/週) - 参加 2013/08/13 07:17

インターネット新教会 さんのブログ記事

  • 14-1674〜1675-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1674〜1675-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1674.六節、「また、彼らのセイルの山においてホリ人を打ち、更に砂漠の方のエルパランまで打った。」「彼らのセイルの山においてホリ人を打った」は、自己愛からの間違った原理の確信を打ったことを意味し、「更に砂漠の方のエルパランまで打った」は、その拡大したものを打ったことを意味する。1675.「彼らのセイルの山においてホリ人を打った」が、自己愛からの間違った原理の確信を [続きを読む]
  • 16-1910〜1911-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1910〜1911-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ1910. `Et concepit': quod significet primam vitam rationalis, constat a significatione `conceptionis' quod sit prima vita: quod rationale attinet, hoc vitam suam, ut dictum, accipit a vita interni hominis influente in vitam affectionis cognitionum et scientiarum exterioris; vita affectionis cognitionum et scientiarum dat rationali quasi corpus, seu induit [続きを読む]
  • 目的
  • 誰でも単に目的を調べるだけで、人間がどのような生命を持つか認めることが出来よう。どのような目的を持つかを調べるのではない。なぜなら、無数の目的があるからである。即ち意図と同数の、またほぼ思考の判断と推論と同数の目的があるからである。これらは中間の目的であり、最も重要な目的から様々に引き出されるか、或は最も重要な目的を目指すかするものである。それに対して、他の目的より優先する目的、またその目的の尊重 [続きを読む]
  • 14-1673意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1673意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1673.「そしてアシタロテカナイムにおいてレファイム人を打ち、またハムにおいてズジ人を打ち、シャベキリヤタイムにおいてエミム人を打った」は、主が完全に征服した間違った原理の確信、即ち地獄を打ったことを意味することは、レファイム人、ズジ人、およびエミム人の意味から知られよう。その者達は創世記、6.4、に記録されているネフィリムと同様に同じ種類の者達である。上部の581番に充分 [続きを読む]
  • 16-1909原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1909原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ1909. `Ingressus ad Hagarem': quod significet conjunctionem interni hominis cum vita quae est affectionis scientiarum, constat ex significatione `Hagaris' quod sit vita hominis exterioris seu naturalis, de qua supra ad vers. 1; quae vita quod sit vita affectionis scientiarum, constat a significatione `ancillae Aegyptiae,' de qua etiam supra. Sunt plures affection [続きを読む]
  • 14-1669〜1672意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1669〜1672意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1669.五節、「そして、14年目にケドラオメル王は、同じく彼と結んでいた王達と来た。そしてアシタロテカナイムにおいてレファイム人を打ち、またハムにおいてズジ人を打ち、シャベキリヤタイムにおいてエミム人を打った。」「14年目に」は最初の試練を意味し、「ケドラオメル王が来た」は、主の外なる人間の中に現われている善を意味し、「同じく彼と結んでいた王達」は、その善のものであ [続きを読む]
  • 16-1907〜1908原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1907〜1908原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ1907. `Et dedit eam Abramo viro suo, illi in mulierem': quod significet conjunctionem incitante affectione veri, constat ex illis quae supra dicta sunt de Sarai uxore Abrami quod sit affectio veri in genuino sensu, et ex illis quae dicta sunt de conjunctione interna hominis cum vita et affectione exterioris, unde rationale. Hagar non data est Abramo in uxor [続きを読む]
  • 14-1668意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1668意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1668.「そして13年目に背いた」が、少年期における試練の開始を意味することは、「13年目」の意味と「背くこと」の意味から知られよう。「13年目」は12と14の間で中間のものであり、12によって何が意味されるかは前に言われた。また14によって何が意味されるかは、次の箇所に述べよう。「13」は何も試練のない状態と試練のある状態の間で中間の状態である。「背くこと」が何を意味するかは、人間 [続きを読む]
  • 16-1906-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1906-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[3] in:〜の中、〜において、sequente:次の、後に続く、aetate:年齢、時期、時代、青年期、成人、老年期、etiam:〜もまた、更に、novis:新しい、donatur,:与えられる、sed:しかし、ii:彼らは、それらは、status:状態、性質、non:否、ita:このように、それほど、sunt:ある、boni:善、sed:しかし、veri,:真理、nam:なぜなら、というのも、cum:その時、その場合、adolescit,: [続きを読む]
  • 幼児の無垢と大人の無垢
  • 幼児の無垢と大人の無垢人間は産まれる時、自分自身そのものからは全く善のものは何もないが、しかし凡ての点で悪い遺伝により穢された者である。これに対し、凡ての善は流入する。人間が両親、乳母、同様な者達を愛することは流入する。そしてそれは無垢からあり、それらは主から最内部の無垢と平安の天界を通して流入する。そしてこのように人間は、幼児の時、彼らに残りのものが吹き込まれる。その後、人間が成長する時、次第に [続きを読む]
  • 14-1667意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1667意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1667.「彼らが12年ケドラオメル王に仕えた」ことは、少年期において悪と間違った信念が現われなかったことを意味する。しかしそのことは彼らが外観上の善と真理に仕えたことであることは、「ケドラオメル王」の表象と意味から、更に上の1節に述べられた彼らが仕えた者達の意味から、その上また「12」の意味から知られよう。ケドラオメル王は、上の1節に述べられている者達と一緒に、主の外観上の [続きを読む]
  • 16-1905〜1906-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1905〜1906-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ1905. `Hagarem Aegyptiam ancillam suam': quod significet vitam homi
    nis exterioris et affectionem scientiarum, constat ex significatione `Hagaris,' de qua supra n. 1895, 1896, et a significatio
    ne `Aegyptiae,' tum `ancillae,' de qua etiam ibi.1905. `Hagarem:ハガル、Aegyptiam:エジプト、ancillam:女
    召使、下女、suam'::自分自身を、quod:こと、それ、そのこと [続きを読む]
  • 欲望と間違った信念
  • 間違った信念が欲望から溢れ出る。というのは、間違った信念を生み出さない何かの欲望は決してないからである。欲望の生命は炭火に例えられ、間違った信念はそこからの薄明かりの光に例えられることが出来よう。火が光なしに存在出来ない如く、欲望は間違った信念なしに存在出来ない。凡ての欲望は或る種の不潔な愛からある。なぜなら、愛されるものが欲せられるからである。それ故それが欲望と呼ばれ、また欲望そのものの中にその [続きを読む]
  • 14-1665〜1666意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1665〜1666意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1665.三節、「これらの凡ての者達はシディムの谷(これは塩の海)に集められた。」「これらの凡ての者達はシディムの谷に集められた」は、それらは汚れた諸々の欲望の中にあったことを意味し、「これは塩の海」は、そこからの醜い間違った信念を意味する。1666.「これらの凡ての者達はシディムの谷に集められた」が、それらは汚れた欲望の中にあったことを意味することは、「シディムの谷 [続きを読む]
  • 16-1904-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1904-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[3] Verum:真理、intellectuale:理解の、知的な、distinguitur:区別される、分離される、a:〜から、〜により、vero:真理、rationali,:理性のある、理性的な、et:〜と、および、hoc:これから、vero:真理、scientifico,:科学的な、事実に基づく、sicut:〜の如く、〜のように、internum,:内部の、内なる、medium:媒介、中間、et:〜と、および、externum;:外部の、外なる、verum [続きを読む]
  • 14-1664-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1664-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ [7]ダビデの書において、「エホバの働きを見よ、その方が地に孤独(静けさ)を置き、弓を折り、槍を切断し、戦車を火で焼きつくし、地の端に至るまで戦いが終わることを為される。」詩篇、46.8,9、ここも同様である。同書において、「神の住まいがサレム(エルサレムの略形)にあり、また神御自身の住処がシオンにある。そこで神は、弓の火矢、盾と剣、および戦いを砕かれた。」詩篇、76.2,3 [続きを読む]
  • 16-1903〜1904-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1903〜1904-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ1903. Vers. 3. Et accepit Sarai uxor Abrami Hagarem Aegyptiam ancillam suam, a fine decem annorum ab habitando Abram in terra Canaan, et dedit eam Abramo viro suo, illi in mulierem. `Accepit Sarai uxor Abrami' significat affectionem veri quae in genuino sensu est `Sarai uxor': `Hagarem Aegyptiam ancillam suam' significat vitam hominis exterioris et affect [続きを読む]
  • 人間は秩序に従っていない
  • 人間が秩序に従っていないことは、人間の許に秩序が損なわれたものになったからである。なぜなら、人間だけが何も知識の中に産まれないからである。人間がこのように産まれることを為すのは、父と母からの遺伝の悪があるからである。それ故、人間の凡ての能力は真理と善に比べて反真理の中にある。それらの形を主からの天的なものと霊的なものの直接的な流入によって元の調和するものに戻すことは出来ない。その理由は、人間の理性 [続きを読む]
  • 14-1664-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1664-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1664.内意においてここの「戦い」が、霊的な戦い、即ち試練を除いて他のものは何も意味しないことは、前にこの章の序文(1659番)に言われた。聖言において、特に預言者達の聖言においては他のものは意味しない。人間達の戦いは何であろうと聖言の内なるものの中にあることは出来ない。なぜなら、そのようなものは霊的なものと天的なものではないからであり、霊的なものと天的なものが特に聖言 [続きを読む]
  • 16-1902原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1902原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ1902. `Et auscultavit Abram voci Sarai': quod significet non aliter fieri potuisse, constare potest a serie rerum in sensu interno et e necessitate quod rationale apud hominem non aliter nasci possit. Si homo nullo hereditario malo imbutus esset, tunc nasceretur rationale immediate ex conjugio caelestium interni hominis cum spiritualibus ejus, et per rationale na [続きを読む]
  • 14-1662〜1663意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1662〜1663意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1662.各々の王達と各々の諸民族は、前述のような善と真理を意味することは、内意におけるそれらの意味から知られることが出来よう。特にそのことについて述べられている事柄によって知られよう。というのは、各々の民族と各々の地は、一般的に何か一定のものを意味するからであり、またそれをその固有の意味においても、またその反対の意味においても意味するからである。しかし、一般的な [続きを読む]
  • 16-1901原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1901原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ1901. `Et forte aedificabor ab ea': quod significet sic nasci posse rationale, constare potest a significatione `aedificari,' cum praedicatur de generatione, ita absque explicatione. Per `Sarai,' ut dictum, significatur verum intellectuale quod sicut uxor adjunctum est bono: verum intellectuale quod est apud intimum, est prorsus orbum, `aut sicut improlis mater, [続きを読む]
  • 霊的な無知
  • 凡ての人間は、凡ての戦いの初めに、知識(概念)によって受けた善と真理により戦い、同時に、それらにより、またそれらを通して悪と間違った原理について判断する。更に凡ての人間は初めて戦うことを始める時、それらによって人間が戦う善と真理は自分自身にあることを信じる。即ちそれらを自分自身に帰し、また同時にそれによって抵抗する力を自分自身に帰する。このこともまた人間に許されている。なぜならその時、人間はそれと [続きを読む]
  • 14-1661-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1661-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ[3]凡ての人間は、凡ての戦いの初めに、知識(概念)によって受けた善と真理により戦い、同時に、それらにより、またそれらを通して悪と間違った原理について判断する。更に凡ての人間は初めて戦うことを始める時、それらによって人間が戦う善と真理は自分自身にあることを信じる。即ちそれらを自分自身に帰し、また同時にそれによって抵抗する力を自分自身に帰する。このこともまた人間に許さ [続きを読む]
  • 16-1900原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 16-1900原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ1900. `Ingredere quaeso ad ancillam meam': quod significet conjunctionem cum exteriore, constat quoque ab illis quae prius dicta, quod nempe rationale hominis concipiatur et gignatur ab interno homine ut patre et ab exteriore ut matre; ipsa vita hominis est ab interno homine, qui non communicationem habere potest cum externo nisi obscurissimam priusquam formata s [続きを読む]