インターネット新教会 さん プロフィール

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インターネット新教会さん: 悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ハンドル名インターネット新教会 さん
ブログタイトル悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/sinjerusalem
サイト紹介文スヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。
自由文インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。
またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。
自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供965回 / 365日(平均18.5回/週) - 参加 2013/08/13 07:17

インターネット新教会 さんのブログ記事

  • 人間の善と悪は死後も留まる
  • 人間が幼児期からその人生の最後に至るまで考えて行なった凡ての善は何であれ本人に留まること、同様に、凡ての悪もその最小のものも全く滅びないように、それほど留まることが知られなければならない。それらは人間の生命の書に刻み込まれている。即ち人間の記憶に両方が刻み込まれ、また人間の性質、即ち人間の生来の性格と性質に刻み込まれている。これらから人間は自分自身に生命を同様に形作り、言わば、死後もあるような霊魂 [続きを読む]
  • 17-2064〜2066意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2064〜2066意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2064.十六節、「また、私は彼女のために祝福しよう。そして更に、彼女によりあなたに息子を与えるであろう。そして私は彼のために祝福し、また彼は諸民族となるであろう。彼女から諸々の民の王達が起るであろう。」「私は彼女のために祝福しよう」は、真理の増加を意味し、「そして更に、彼女によりあなたに息子を与えるであろう」は、理性が与えられることを意味し、「そして私は彼のため [続きを読む]
  • 18-2256〜2257原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 18-2256〜2257原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2256. Quod `ad mori faciendum justum cum impio, et sit sic justus sicut impius' significet quod bonum non mori possit quia malum inde separari potest, constat ex significatione `justi' quod sit bonum, ac `impii' quod sit malum, de qua supra n. 2250, inde `ad mori faciendum justum cum impio' est bonum cum malo; haec, quia fieri non debent, tum quia id cogita [続きを読む]
  • 主の生命
  • この世に居られた時の主の許に、全人類を永遠に救うことに熱望した愛の生命を除いて他の生命はなかった。その生命は全く天的な(生命)そのものであり、それ(その生命)により主御自身を神的なものに、また神的なものを主御自身に結合された。というのは、(主は)神の存在そのもの、即ちエホバ(そのものを御自身に結合されたからであり、神の存在そのもの、即ちエホバには)全人類への愛である慈悲を除いて他の(生命は)ないか [続きを読む]
  • 17-2063意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2063意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2063.「その名をサライとあなたは呼んではならない、その名はサラであるからである」が、人間的なものを取り去らなければならないこと、また神的なものを身に着けなければならないことを意味することは、上の5節でアブラムについて言われたことから知られよう。そこで「この後、あなたの名はアブラムと呼ばれてはならない。そしてあなたの名はアブラハムであらねばならない」と言われている。そ [続きを読む]
  • 18-2253〜2255原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 18-2253〜2255原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2253. `Num etiam delebis, et non parces loco propter quinquaginta justos, qui in medio ejus': quod significet intercessionem ex amore quod non perirent, constat ex significatione `quinquaginta,' tum `justi,' ut et `medii ejus seu urbis,' de qua mox supra n. 2252, quae omnia involvunt intercessionem ex amore, et quod illi non perirent; quod intercessionem at [続きを読む]
  • 17-2058〜2062意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2058〜2062意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2058.「かくて、その魂はその民から取り除かれねばならない」が、永遠の死を意味することは、「魂」の意味が生命であることから知られよう。そのことについて1000, 1040, 1742番に示された。また「民」の意味が真理であることから知られよう。そのことについては、259, 1260番に示された。従って民は真理の中で生きている者達である。即ち天使達であり、天使達から「魂が切り離されること [続きを読む]
  • 18-2252-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 18-2252-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[3] Quod:こと、それ、そのこと、`quinquaginta':50、significent:意味する、plenum,:満たされている、〜に充分な、〜に満ちた、est:ある、inde:それ故、そこから、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、numerus:数、番号、qui:その者達、sequitur:続く、続いて来る、帰結する、post:〜の後に、〜の後ろに、septem:7、in:〜の中、〜で、septem,:7、seu:即ち、或いは、quadr [続きを読む]
  • 自己愛の中に居るか、隣人愛の中に居るかの判断
  • 他の者達を自分と比較して侮り、また自分に好意を示さない者達、自分に仕えない者達、および自分に何らかの崇拝を示さない者達を侮る自己愛の中に居る者達は、憎しみを持ち、また復讐の中と他の者達の地位、名声、富、また生命の剥奪の中に残酷な楽しさを認める。自己愛の中に居る者達は、それらの楽しさの中に居り、またそれらの楽しさの中に居る者達は、自己愛の中に居ることを知らなければならない。(天界の秘義2057)自分が自 [続きを読む]
  • 17-2057-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2057-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[3]しかし、その形とその秩序を破壊することを企てるものは、自己愛を除いて他のものは何もない。従って、他生において自己愛の中に居る凡ての者達は、他の者達よりも地獄の更に深い所に居る。というのは、自己愛は何も他の者達に結合しないで、他の者達の楽しさと幸福を消し、また窒息させるからである。何でも他の者達から彼らに流入している楽しいものを、自分達に受け入れ、自分達に一致さ [続きを読む]
  • 18-2251〜2252-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 18-2251〜2252-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2251. Vers. 24. Forte sint quinquaginta justi in medio urbis, num etiam delebis, et non parces loco propter quinquaginta justos, qui i; medio ejus? `Forte sint quinquaginta justi in medio urbis' significat quod vera possint esse plena bonis: `num etiam delebis, et non parces loco propter quinquaginta justos qui in medio ejus' significat inter cessionem ex [続きを読む]
  • 天界の中の主の王国
  • 天界の中の相互の愛は、隣人を自分自身よりも多く愛することから成り立ち、そこからそれが一人の人間の如く全天界を表象する。なぜなら、主からの相互の愛によって、勿論、凡てのものが結合されるからである。そこから凡ての者の幸福が個々の者に伝達され、また個々の者達の幸福が凡ての者達に伝達される。そこから天的な形そのものは、言わば各々の者が或る種の中心であるようなものである。従って、各々の者が伝達の中心であり、 [続きを読む]
  • 17-2057-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2057-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2057.「自分の包皮の肉で割礼が行われていない者」が、自己への愛とこの世への愛の中に居る者達を意味することは、「割礼が行なわれることと包皮」の意味について、上の2039, 2049番の終わりに言われたことから、更に2041番に「肉」の意味について言われたことから知られよう。ここの「包皮の肉」は自己愛を意味する。教会内の間違った信念と同時に自己愛の中に居る者達は、特に神聖なものを冒 [続きを読む]
  • 18-2249-2〜2250原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 18-2249-2〜2250原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[3] arcana:秘義、奥義、enim:なぜならば、〜というのは、caelestia:天的な、天界の、hoc:、下記の、次のような、se:それ自身を、cum:その時、その場合、habent,:持つ、quae:それらは、そのことらは、 tametsi:例え〜でも、それでも、それにも関わらず、superant:まさる、凌駕する、越える、omnem:凡ての、全体の、captum,:理解、把握、usque:それでもなお、やはり、quis [続きを読む]
  • 17-2055〜2056意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2055〜2056意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2055.十四節、「また自分の包皮の肉で割礼が行われていない包皮を付けている男は、かくて、その魂はその民から取り除かれねばならない。私の契約を無効に為したからである。」「包皮を付けている男」は、信仰の真理の中に居ない者達を意味し、「自分の包皮の肉で割礼が行われていない者達」は、自己への愛とこの世への愛の中に居る者達を意味し、「かくて、その魂はその民から取り除かれね [続きを読む]
  • 18-2247〜2249-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 18-2247〜2249-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2247. `Abraham adhuc ille stans coram Jehovah': quod significet cogitationem Domini ex Humano quod adjunctum modo ut dictum {1} constat ex repraesentatione `Abrahami' in hoc capite quod sit Dominus quoad Humanum, et quod `steterit coram Jehovah'; inde sequitur absque explicatione quod fuerit cogitatio ex Humano quod adjunctum modo quo dictum in principio [続きを読む]
  • 今、地球はソドムになっている
  • 「ソドム」が大きな悪の中に居る人類の状態を意味することは、自己愛の悪からである。なぜなら、「ソドム」によってソドムは意味されておらず、全地上世界の自己愛の中に居る凡ての者達が意味されているからであり、またソドムの記述によって、後に続く箇所から知られるように、その悪の中に居る凡ての者達の状態が表象されているからである。自己愛は凡ての悪の源泉であること、従って悪そのものであることは、前の2045, 2057, 22 [続きを読む]
  • 17-2054意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2054意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2054.「永遠の契約として」が連結を意味することは、「契約」の意味が連結であることから知られよう。そのことについては前に示された。ここでは教会内に居る者達について述べられているので、上の2051番に示されたように、彼らに割礼が行なわれること、即ち自己への愛とこの世への愛から清められることは最大に不可欠のことなので、同様に、それは教会内の者達に最大に不可欠なので、その理由に [続きを読む]
  • 18-2244〜2246原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 18-2244〜2246原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2244. Vers. 22. Et prospexerunt inde viri, et iverunt versus Sodomam; et Abraham adhuc ille stans coram Jehovah. `Prospexerunt inde viri' significat cogitationem Domini ex Divino: `et iverunt versus Sodomam' significat de humano genere {1}, quod in tanto malo: `et Abraham adhuc ille stans coram Jehovah' significat cogitationem Domini ex humano quod adjunctu [続きを読む]
  • 教会の完了
  • 最古代教会は「人間」と言われ、凡ての教会の最も天的な教会であった。この教会は時の流れで愛の善から最後には天的なものが何も残らないように堕落した。そしてその時、教会の完了があり、それが洪水前の彼らの状態を通して記述されている。洪水後の古代教会は「ノア」と呼ばれ、その教会は天的なものが更に少ない教会であった。その教会もまた時の流れで仁愛の善から仁愛が何も残らないように離反した。というのは、一部は魔法に [続きを読む]
  • 17-2052〜2053意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2052〜2053意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2052.「あなたの家に産まれた者も、あなたの銀で買われた者も」が、教会内の両方の種類の者達を意味すること、即ち「家に産まれた者」が天的な者達を意味し、「銀で買われた者」が霊的な者達を意味することは、上の2048番に示された。2053.「そしてあなた達の肉の中に私の契約がなければならない」が、人間の不潔なものの中の主と人間との連結を意味することは、「契約」の意味が連結であ [続きを読む]
  • 18-2243-2原典訳「天界の秘義」創世記
  • 18-2243-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ[5] Successit:後に続いた、引き続いて起った、継いだ、継承した、alia:他のもの、異なった、Ecclesia:教会、quae:それらは、そのことらは、`Hebraea':ヘブル、vocata est,:呼ばれた、et:また、そして、adhuc:一層、もっと、minus:より少なく、不十分に、不完全に、caelestis:天的な、天界の、et:〜と、および、spiritualis:霊的な、fuit,:あった、in:〜の中、〜において、ext [続きを読む]
  • 間違った信念の種類は二つある
  • 間違った信念の種類は二つある。即ち悪からの間違った信念と悪を生み出す間違った信念がある。悪からある間違った信念は、人間が悪の中に居る時に考える凡てのものである。即ち悪を支持する凡ての考えである。例えば例として、人間が姦淫の中に居る時、姦淫について差し支えないこと、優美なこと、人生の楽しいものであること、子を産むこと、それ故、奨励されることを考える。またこのようなもっと多くのことを考える。それらは凡 [続きを読む]
  • 17-2050〜2051意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 17-2050〜2051意訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2050.十三節、「あなたの家に産まれた者も、あなたの銀で買われた者も、割礼を行うことで割礼が行われなければならない。そしてそれが永遠の契約として、あなた達の肉の中に私の契約がなければならない。」「割礼を行うことで割礼が行われなければならない」は、彼らは自分自身から自己への愛とこの世への愛を完全に遠ざけなければならないことを意味し、「あなたの家に産まれた者も、あな [続きを読む]
  • 18-2243-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ
  • 18-2243-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅱ2243. `Num secundum clamorem ejus, qui venit ad Me, fecerint consummationem; et si non, cognoscam': quod significet num malum ad summum pervenerit, constat ex significatione `clamoris' quod sit falsum, de qua mox supra n. 2240; sunt duo genera falsi, ut ibi ad finem dictum, nempe falsum quod {1} ex malo, et falsum quod producit malum; falsum quod est ex malo, e [続きを読む]