あきおう さん プロフィール

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あきおうさん: 城めぐりチャンネル
ハンドル名あきおう さん
ブログタイトル城めぐりチャンネル
ブログURLhttps://akiou.wordpress.com/
サイト紹介文全国のお城訪問記を写真満載で掲載しています。編集方針は「行った気になる臨場感溢れる写真とレポート」。
自由文編集方針は「行った気になる臨場感溢れる写真とレポート」です。百名城スタンプやお城メダルも取り扱っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供62回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2013/09/13 17:52

あきおう さんのブログ記事

  • [blog] 2018年ご挨拶。
  • 明けましておめでとうございます。今年も「城めぐりチャンネル」をよろしくお願いいたします。例年通り、サイト更新1発目は振り返りと抱負から入りたいと思います。2017年振り返りサイト運営当サイトで年初に述べた抱負は3つ、「臨場感」「見やすく」「他ブロガーと交流」でした。これに基づいて、360度VR写真を載せたり(播磨波賀城、豊前長岩城)、お城一覧ページをズバッとシンプルにしたり、百名城・続百名城ページを作ったり [続きを読む]
  • [blog] お城EXPO 2017 に行ってきました。
  • 12/22-24にパシフィコ横浜で開催された「お城EXPO 2017」に参加してきました。参加したのは23日の土曜日です。地方に住んでいるとなかなかこういったイベントで遠征はCP的に厳しいものですが、今回はうまく出張と重なり晴れて初参加です。パシフィコ横浜入口。隣の会場では福山雅治コンサート。当日は次の予定がありあまり長居できなかったので、人が多過ぎなところは避けて空いているところをざーっと見ただけでしたが、お城とい [続きを読む]
  • 安骨浦城 [4/4] I郭西側の帯曲輪と南西端櫓台へ。
  • 安骨浦城 訪問記 其の四。[前回までの訪問記 概要]中央にある I郭はしっかり整備されていたが、西のII郭はそこそこ、北のIII郭はあまり整備がされていなかった。最後に I郭の西側にあった虎口から西の平虎口を目指す。訪問時期:2017年11月安骨浦城 訪問記 − 其の一、二、三、四。倭城めぐりの旅 −トップページ、1日目、2日目、3日目、4日目。<訪問記>II郭から I郭へ戻ってきた。I郭の西側には、石垣で区画された大きな虎口 [続きを読む]
  • 安骨浦城 [3/4] 堅固な改修跡が残る第三の曲輪へ。
  • 安骨浦城 訪問記 其の三。[前回までの訪問記 概要]東側の山麓にある駐車場から登城。北側に残る二つの曲輪は良好な石垣や虎口などが残るものの整備されておらず藪の中。一方 南側の主郭と思われる曲輪は草刈りや説明板設置など美しく整備されていた。続いて西側の第3の曲輪へと向かう。訪問時期:2017年11月安骨浦城 訪問記 − 其の一、二、三、四。倭城めぐりの旅 −トップページ、1日目、2日目、3日目、4日目。<訪問記>縄張 [続きを読む]
  • 安骨浦城 [2/4] まさに石の要塞、I郭の天守台へ。
  • 安骨浦城 訪問記 其の二。[前回までの訪問記 概要]駐車場より安骨裏城へ。まずは北の城 III郭とIV郭を散策、天守台や郭外周の石垣はそこそこ残っているもののあまり整備されていないのでヤブの中。続いて南側のI郭 II郭方面へ向かう。訪問時期:2017年11月安骨浦城 訪問記 − 其の一、二、三、四。倭城めぐりの旅 −トップページ、1日目、2日目、3日目、4日目。<訪問記>縄張図再掲。サンライズ出版「倭城を歩く」p.96 より加筆 [続きを読む]
  • 倭城めぐり 1日目。
  • 2017年秋に倭城めぐりに行って来ました。このページはその道中記をまとめています。倭城の話はそれぞれの城ごとにまとめた訪問記へどうぞ。●道中記 1日目・2日目・3日目・4日目。●訪問記 安骨浦城・釜山浦城・機張城・西生浦城・蔚山城・永登浦城・松真浦城・長門浦城・梁山城・亀浦城。釜山に辿り着くまで。ひょんな出会いから、倭城めぐりの旅にお誘いいただいた。お城ファンにとって、近くて遠い城といえば、やはり倭城。物 [続きを読む]
  • 波賀城 [2/2] 復元石垣の上に載る、木組み工法の模擬櫓。
  • 波賀城 訪問記 其の二。[前回までの訪問記 概要]山腹の駐車場からハイキング道を通って城跡碑へ。そこから奥へ向かうとすぐに模擬櫓へと到着した。なかなかの急角度の斜面の上に建っている。訪問時期:2017年11月波賀城 訪問記 − 其の一、二。<訪問記>模擬櫓は2階建ての小さなものだが、下見板張の黒い壁に加え、石落としに跳ね上げ式の格子窓、こけら葺き屋根の微妙なカーブや、大きな破風に唐破風まで持ち、こじんまりとして [続きを読む]
  • 波賀城 [1/2] こけら葺の模擬櫓が有名な中世山城跡。
  • 波賀城 (はがじょう) は播磨北部の因幡街道を眼下に見下ろす場所に築かれた中世山城。資料が殆ど残らない謎の城らしいが、鎌倉時代から当地域の有力者であった中村氏が戦国末期まで代々城主を務めたと言われる。その前は伝承レベルだが波賀氏が治めていたという。秀吉の播磨平定後も城は残っていたとされるが詳細は不明。発掘調査により極初期の石積遺構が見つかり、それを元に石垣が復元され、その上にふるさと創生事業でこけら葺 [続きを読む]
  • 福知山城 [1/2] 明智光秀が丹波攻略後に築いた総石垣の城郭。
  • 福知山城は、戦国時代に信長に仕え丹波を平定した明智光秀が築いた総石垣の城郭。関ヶ原後に初代福知山藩主となった有馬豊氏により完成された。現在残る石垣の多くは光秀時代のものとされる。石垣に五輪塔や石仏を流用した転用石が多く見られるのも特徴で、当時の突貫工事の様子が伺える。明治の廃城令で建物はほぼ破棄され、二ノ丸にあった銅門番所のみが移築現存している。昭和60年に外観復元の天守が再建された。<基本データ> [続きを読む]
  • [blog] 近況と、写真提供書籍のご紹介。
  • あきおうです。8月の白河小峰城の公開後、すっかり更新が滞っております。夏頃より仕事が多忙を極めていることが要因で、落ち着くまでにまだ少し掛かりそうな様相です。働き方改革、ワークライフバランス、言うは易く行うは難しですね。今日は近況と、その間に発売された写真提供の書籍をご紹介したいと思います。書籍のご紹介下記の書籍に、当サイトより写真や記事等を提供させて頂きました。ありがとうございます。・日本の城辞 [続きを読む]
  • 白河小峰城 [3/3] 搦手門の外側には崩壊したままの石垣が残る。
  • 白河小峰城 訪問記 其の三。[前回までの訪問記 概要]鋭意復旧中の白河小峰城へ。桜之門から本丸へ。木造復元された三重櫓内部を見学後、清水門を出て城の西へ。本丸周囲の帯曲輪は南側以外は復旧工事中で立入出来ないようだ。其の三では水堀の外側から石垣と復元櫓を見ながら、北東の搦手門方面を目指します。訪問時期:2017年5月白河小峰城 訪問記 − 其の一、二、三。<訪問記>城の西側の出口、会津門跡。この右側が水堀になっ [続きを読む]
  • 白河小峰城 [2/3] 古図面を元に忠実に復元された三重櫓内部へ。
  • 白河小峰城 訪問記 其の二。[前回までの訪問記 概要]今も懸命の復旧工事が続く白河小峰城へ。桜之門から本丸へ。御殿跡はだだっ広い広場と化しているが、本丸の北端に復元された三重櫓と前御門が建っている。其の二では復元された三重櫓内部へ。訪問時期:2017年5月白河小峰城 訪問記 − 其の一、二、三。<訪問記>三重櫓が建っている櫓台の上へ。合わせて復元された土塀。手前に大きな桜の木がある。小峰城を今の姿に大改修した [続きを読む]
  • 白河小峰城 [1/3] 木造復元された三重櫓が美しい総石垣の城。
  • 白河小峰城 (しらかわこみねじょう) は福島県南部の白河市に残る近世城郭で、戊辰戦争で激戦地となったことで有名。古くは南北朝期に白河結城氏が築城したことが始まりとされ、白河地区の戦国大名となったが、秀吉により改易。蒲生氏、上杉氏を経て、江戸初期に丹羽長重が城主となると城を大改修し、現在に残る巨大な石垣を持つ姿を完成させた。戊辰戦争では奥羽越列藩同盟軍と新政府軍の激戦地となり、城内の建物は尽く焼失したと [続きを読む]
  • [blog] BS朝日「日本の城見聞録」(8/10) に今回も写真を提供しました。
  • 「城めぐりチャンネル」よりまたまたお知らせです。BS朝日で放送中の「日本の城見聞録」の次回 8/10 放送分 へ、当「城めぐりチャンネル」より今回も写真提供いたしました。今回は「岩国城」です。「歴史ミステリー 日本の城見聞録 2時間スペシャル剣豪 宮本武蔵が漂泊の旅で見た城 小倉城 姫路城 熊本城」●放送局: BS朝日 (BS 5ch)●放送日: 2017年8月10日(木) 21時〜22時54分●サイト:http://www.bs-asahi.co.jp/shiro_k [続きを読む]
  • 猪苗代城 [2/2] 野面積みの石垣が残る大手桝形虎口へ。
  • 猪苗代城 訪問記 其の二。[前回までの訪問記 概要]巨大体育館カメリーナの前にある猪苗代城跡へ。江戸時代の猪苗代城と、戦国時代の鶴峯城から成る城跡。まずは南の猪苗代城へ。石垣の隅櫓台を持つ虎口から二の郭へ。本丸は土塁が巻いているもののすっかり公園化していた。其の二では良好に残る枡形虎口を見てから、中世の鶴峯城へ向かいます。訪問時期:2017年5月猪苗代城 訪問記 − 其の一、二。<訪問記>本丸奥の東門跡より下 [続きを読む]
  • 猪苗代城 [1/2] 近世城郭と中世城郭が混在する会津藩の支城跡
  • 猪苗代城は福島県中部の猪苗代湖の北側に位置する平山城跡で、近世城郭に改修された南側部分と、中世山城のまま残された北側部分(鶴峯城)とに明確に分かれる。鎌倉時代頃より当地を支配下に置いていた猪苗代氏の居城として築かれ、会津の戦国大名だった蘆名氏に仕えていたが、天正十七年 (1589) の摺上原の合戦において敵方(伊達正宗)に内通し、蘆名氏を滅亡へ導いた。伊達氏の会津撤退に伴い猪苗代氏も去った後、江戸時代にお [続きを読む]
  • 向羽黒山城 [3/3] 一曲輪の東側に築かれた大堀切と大切岸も必見。
  • 向羽黒山城 訪問記 其の三。[前回までの訪問記 概要]三曲輪駐車場から伝 盛氏屋敷、三曲輪、三日町口虎口、二曲輪を経て、南端最頂部の一曲輪を目指す。一曲輪の東側を守る巨大竪堀を見て、いざ一曲輪へ。訪問時期:2017年5月向羽黒山城 訪問記 − 其の一、二、三。<訪問記>巨大竪堀を越えて、一曲輪の東側へ。登城口にあった復元鳥瞰図を再掲。現在、一番上(南)に描かれている一曲輪の真下の大竪堀を越えて、その左側(東)に [続きを読む]
  • 向羽黒山城 [2/3] 一曲輪の周囲に築かれた圧巻の巨大竪堀
  • 向羽黒山城 訪問記 其の二。[前回までの訪問記 概要]三の曲輪横の駐車場から登城開始。伝 盛氏屋敷から三の曲輪、げんぺ沼を越えて、二の曲輪下の虎口へ。巨大堀切と土橋で固められた食い違い虎口。其の二では二の曲輪から一の曲輪下の大竪堀を目指します。訪問時期:2017年5月向羽黒山城 訪問記 − 其の一、二、三。<訪問記>高い土塁と深い堀切、土橋で守られた二の曲輪下の虎口。往時は石垣造りだったかも知れない痕跡も残る。 [続きを読む]
  • 向羽黒山城 [1/3] 会津の戦国大名 蘆名氏の誇る巨大山城跡
  • 向羽黒山城 (むかいはぐろやまじょう) は、会津の戦国大名 蘆名氏が築いた東北最大級の巨大山城。蘆名氏の全盛期を築いた16代当主 蘆名盛氏(あしなもりうじ) は8年もの歳月をかけて巨大城郭を築いたが、後継者が相次いで早死。蘆名氏は盛氏死後わずか数年で摺上原の合戦で伊達政宗に大敗し滅亡してしまう。蘆名氏の後に会津領主となった伊達氏・蒲生氏・上杉氏らも向羽黒山城を改修し維持されたが、上杉景勝の米沢転封で廃城とな [続きを読む]
  • 浦戸城 [1/2] 桂浜を望む丘陵上にあった長宗我部氏 最後の居城跡。
  • 浦戸城は高知県 桂浜近くの丘陵上に築かれていた中世山城跡で、土佐の覇者・長宗我部元親の最後の居城であり、また戦国大名 長宗我部氏の最後の拠点だった場所。改易後に土佐を治めた山内一豊が高知城の建設にあたり資材を持ち去ったため、建物や石垣など多くの構造物は失われた。また現代においても坂本龍馬で有名な桂浜の近くに有ることから、国民宿舎や坂本龍馬記念館の建築により遺構は破壊された。現在は天守跡とされる小丘と [続きを読む]