an east window さん プロフィール

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an east windowさん: an east window
ハンドル名an east window さん
ブログタイトルan east window
ブログURLhttp://eastwindow18.hatenadiary.com/
サイト紹介文イタリアのボローニャから東方を見つめて 日々聖書の御言葉を心に刻み込む人生
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供133回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2013/09/23 04:17

an east window さんのブログ記事

  • 「神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て」の解釈(2)
  •  以下の添付ツイートの内容に関して、再度検証する機会が与えられたので、共有してみたい。*神の子(Son of God)…神の御子イエス*神の子ら(Sons of God)…常に複数形で『御使い』を指す。聖なる天使か堕天使かは、文脈で判断。*神の子ども、神の子どもたち…信者*神の初子…イスラエル― サザエの(つ)ボヤキ?? (@demokuri) September 18, 2018 論点は「神の子ら(Sons of God)…常に複数形で『御使い』を指す。聖なる天使か [続きを読む]
  • 初代教会における書簡の権威(3)
  • (一部抜粋)新約聖書を読む限りにおいて、論争を裁定したり、教理事項を決定する上で信者は聖書のみを参照するようには教示されていないと思います。(その理由の一つは、初代教会が存在していた時、27巻の新約聖書はまだ編纂されていなかったか、完成していなかったか、もしくはカノンとして認定されていなかったからです。)新約聖書が描いているのはむしろ、按手を受けた可視的教会の指導者たちが、旧約聖書を持ち、使徒た [続きを読む]
  • 初代教会における書簡の権威(2)
  •  (1)の記事において、西暦60年代前半の諸教会、特に現在のトルコがある地方において、使徒パウロと使徒ペテロの数々の書簡に関して、その信仰の従順の基準としての権威が認識されていたことを考察した。 非常に興味深い点は、当時の諸教会において使徒ペテロは十二使徒の一人としてその権威が公に認められていたが、使徒パウロの場合、より複雑な状況に置かれていたことである。実際、パウロの使徒としての権威を疑う者も少 [続きを読む]
  • 初代教会における書簡の権威(1)
  • (一部抜粋)新約聖書を読む限りにおいて、論争を裁定したり、教理事項を決定する上で信者は聖書のみを参照するようには教示されていないと思います。(その理由の一つは、初代教会が存在していた時、27巻の新約聖書はまだ編纂されていなかったか、完成していなかったか、もしくはカノンとして認定されていなかったからです。)新約聖書が描いているのはむしろ、按手を受けた可視的教会の指導者たちが、旧約聖書を持ち、使徒た [続きを読む]
  • 主イエス・キリストを知る知識
  • Ⅱペテロ1:1−151 イエス・キリストの僕また使徒であるシメオン・ペテロから、わたしたちの神と救主イエス・キリストとの義によって、わたしたちと同じ尊い信仰を授かった人々へ。2 神とわたしたちの主イエスとを知ることによって、恵みと平安とが、あなたがたに豊かに加わるように。3 いのちと信心とにかかわるすべてのことは、主イエスの神聖な力によって、わたしたちに与えられている。それは、ご自身の栄光と徳と [続きを読む]
  • 聖書の啓示に基づいた御子イエスとの出会い:ピリポ
  • ヨハネ1:43−45(口語訳)43 その翌日、イエスはガリラヤに行こうとされたが、ピリポに出会って言われた、「わたしに従ってきなさい」。44 ピリポは、アンデレとペテロとの町ベツサイダの人であった。45 このピリポがナタナエルに出会って言った、「わたしたちは、モーセが律法の中にしるしており、預言者たちがしるしていた人、ヨセフの子、ナザレのイエスにいま出会った」。 ガリラヤ湖北部沿岸の小さな漁村で [続きを読む]
  • 何の権威、誰の名によって
  • 使徒4:5−125 明くる日、役人、長老、律法学者たちが、エルサレムに召集された。6 大祭司アンナスをはじめ、カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル、そのほか大祭司の一族もみな集まった。7 そして、そのまん中に使徒たちを立たせて尋問した、「あなたがたは、いったい、なんの権威、また、だれの名によって、このことをしたのか」。8 その時、ペテロが聖霊に満たされて言った、「民の役人たち、ならびに長老たちよ、9 わたし [続きを読む]
  • イザヤ書の預言からイエス・キリストを宣べ伝えたピリポ
  • 使徒8:26−4026 しかし、主の使がピリポにむかって言った、「立って南方に行き、エルサレムからガザへ下る道に出なさい」(このガザは、今は荒れはてている)。27 そこで、彼は立って出かけた。すると、ちょうど、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財宝全部を管理していた宦官であるエチオピヤ人が、礼拝のためエルサレムに上り、28 その帰途についていたところであった。彼は自分の馬車に乗って、預言者イザヤ [続きを読む]
  • 「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」
  • ルカ10:25−2825 するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。26 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。28 彼に言われた [続きを読む]
  • 「ふるび衰える骨」、そして主イエスの十字架
  • 詩篇321 そのとががゆるされ、その罪がおおい消される者はさいわいである。2 主によって不義を負わされず、その霊に偽りのない人はさいわいである。3 わたしが自分の罪を言いあらわさなかった時は、ひねもす苦しみうめいたので、わたしの骨はふるび衰えた。4 あなたのみ手が昼も夜も、わたしの上に重かったからである。わたしの力は、夏のひでりによって/かれるように、かれ果てた。〔セラ5 わたしは自分の罪をあなたに知 [続きを読む]
  • 「聖霊の働き」と「人間による吟味・検証」
  • 使徒17:10−1210 そこで、兄弟たちはただちに、パウロとシラスとを、夜の間にベレヤへ送り出した。ふたりはベレヤに到着すると、ユダヤ人の会堂に行った。11 ここにいるユダヤ人はテサロニケの者たちよりも素直であって、心から教を受けいれ、果してそのとおりかどうかを知ろうとして、日々聖書を調べていた。12 そういうわけで、彼らのうちの多くの者が信者になった。また、ギリシヤの貴婦人や男子で信じた者も、少なく [続きを読む]
  • 教義や偏見による「モザイクフィルター」
  •  上の作品は、ウィキペディアの「水墨画」のページにある、長谷川等伯作『松林図屏風 左隻』(東京国立博物館、国宝)の写真である。 中と下の映像は、上の作品にモザイク加工をしたものである。特定の位置の区画内の色の占有率から「代表する色」を決定するアルゴリズムによって、「フィルターがかかった」イメージである。 中間のイメージはまだ色の「滲み」を感じさせるが、一番下のイメージからはもう、原画の柔らかで空気 [続きを読む]
  • 詩篇38篇(2)罪における人間の実態
  • 詩篇381 記念のためにうたったダビデの歌主よ、あなたの憤りをもってわたしを責めず、激しい怒りをもってわたしを懲らさないでください。2 あなたの矢がわたしに突き刺さり、あなたの手がわたしの上にくだりました。3 あなたの怒りによって、わたしの肉には全きところなく、わたしの罪によって、わたしの骨には健やかなところはありません。4 わたしの不義はわたしの頭を越え、重荷のように重くて負うことができません [続きを読む]
  • 詩篇38篇(1)神の怒り
  • 詩篇381 主よ、あなたの憤りをもってわたしを責めず、激しい怒りをもってわたしを懲らさないでください。2 あなたの矢がわたしに突き刺さり、あなたの手がわたしの上にくだりました。3 あなたの怒りによって、わたしの肉には全きところなく、わたしの罪によって、わたしの骨には健やかなところはありません。4 わたしの不義はわたしの頭を越え、重荷のように重くて負うことができません。5 わたしの愚かによって、わたしの [続きを読む]
  • 病室にて
  • 「生きたい」と願いながらも老衰していく肉体に閉じ込められている魂を前に、人間は何をなし得ようか。「正統性の自負心」のなかに籠城する宗教にとって、薄暗い病室は、まるでゴルゴタの丘のように無意味で忌々しい場所なのか。それははるか遠くに立ち、美しい神殿を見つめている。薄っぺらいガラスのように脆く、細い糸のように頼りのない空気、時、場。しかし、ここにも「いのち」が静かに待っている。十字架に架けられた [続きを読む]
  • 主なる神が備えてくださる「祈りの場」
  • ヨナ1:17;2:1−1017 主は大いなる魚を備えて、ヨナをのませられた。ヨナは三日三夜その魚の腹の中にいた。cap.21 ヨナは魚の腹の中からその神、主に祈って、2 言った、「わたしは悩みのうちから主に呼ばわると、主はわたしに答えられた。わたしが陰府の腹の中から叫ぶと、あなたはわたしの声を聞かれた。3 あなたはわたしを淵の中、海のまん中に投げ入れられた。大水はわたしをめぐり、あなたの波と大波は皆、わたし [続きを読む]
  • イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて
  • マタイ18:1−61 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。4 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。5 また、だれでも、このようなひとりの幼 [続きを読む]
  • 人の知恵によらず、神の力による信仰
  • Ⅰコリント2:1−51 兄弟たちよ。わたしもまた、あなたがたの所に行ったとき、神のあかしを宣べ伝えるのに、すぐれた言葉や知恵を用いなかった。2 なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリスト以外のことは、あなたがたの間では何も知るまいと、決心したからである。3 わたしがあなたがたの所に行った時には、弱くかつ恐れ、ひどく不安であった。4 そして、わたしの言葉もわたしの宣教も、巧 [続きを読む]
  • シリアのアンテオケ教会(3)
  • 使徒14:24−2824 ふたりはピシデヤを通ってパンフリヤに着き、25 ペルガでみことばを語ってから、アタリヤに下り、26 そこから船でアンテオケに帰った。そこは、彼らがいま成し遂げた働きのために、以前神の恵みにゆだねられて送り出された所であった。27 そこに着くと、教会の人々を集め、神が彼らとともにいて行なわれたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったこととを報告した。28 そして、彼ら [続きを読む]
  • シリアのアンテオケ教会シリア(2)
  • 使徒13:1−31 さて、アンテオケにある教会には、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、およびサウロなどの預言者や教師がいた。2 一同が主に礼拝をささげ、断食をしていると、聖霊が「さあ、バルナバとサウロとを、わたしのために聖別して、彼らに授けておいた仕事に当らせなさい」と告げた。3 そこで一同は、断食と祈とをして、手をふたりの上においた後、出発させた。 [続きを読む]
  • シリアのアンテオケ教会(1)
  • 使徒11:19−3019 さて、ステパノのことで起った迫害のために散らされた人々は、ピニケ、クプロ、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者には、だれにも御言を語っていなかった。20 ところが、その中に数人のクプロ人とクレネ人がいて、アンテオケに行ってからギリシヤ人にも呼びかけ、主イエスを宣べ伝えていた。21 そして、主のみ手が彼らと共にあったため、信じて主に帰依するものの数が多かった。22  [続きを読む]
  • 委ねられている神の羊の群れに対する長老の責任
  • Ⅰペテロ5:1−61 そこで、あなたがたのうちの長老たちに勧める。わたしも、長老のひとりで、キリストの苦難についての証人であり、また、やがて現れようとする栄光にあずかる者である。2 あなたがたにゆだねられている神の羊の群れを牧しなさい。しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためではなく、本心から、それをしなさい。3 また、ゆだねられた者たちの上に権力をふるうことをしな [続きを読む]
  • ハデスにおいて(3)待ち焦がれていた信仰の義人たちの喜び
  •  旧約聖書が啓示するところのシェオル(ギリシャ語LXX訳ではハデス)において、「アブラハムのふところ」にいた人々は、ただ単に地上の生を終えた魂というだけでなく、信仰によって神の約束の成就を切望していた魂だったことを知ることは非常に重要である。 彼らはその地上の生において、待ち望んでいたものを獲得することはなかった。しかし主なる神が必ずその約束したことを果たしてくださることを信じで、地上の生の最後の門 [続きを読む]
  • ハデスにおいて(2)御子の死
  • ハデスにおいて(1)御子のまなざし - an east windowにおいて、御子イエス・キリストが、「アブラハムのふところ」にいるラザロと、「ハデス」というところで炎に包まれ苦痛に悶える金持ちの男のことを見て、描写していることについて書いた。 そしてその二つの「場所」が、「大きな淵」と呼ばれるもので行き来できないかたちでで分離していることも見た。ルカ16:23;2623 その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げ [続きを読む]
  • ハデスにおいて(1)御子のまなざし
  • ルカ16:19−3119 ある金持がいた。彼は紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮していた。20 ところが、ラザロという貧乏人が全身でき物でおおわれて、この金持の玄関の前にすわり、21 その食卓から落ちるもので飢えをしのごうと望んでいた。その上、犬がきて彼のでき物をなめていた。22 この貧乏人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。23 そして黄泉 [続きを読む]