an east window さん プロフィール

  •  
an east windowさん: an east window
ハンドル名an east window さん
ブログタイトルan east window
ブログURLhttp://eastwindow18.hatenadiary.com/
サイト紹介文イタリアのボローニャから東方を見つめて 日々聖書の御言葉を心に刻み込む人生
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供192回 / 365日(平均3.7回/週) - 参加 2013/09/23 04:17

an east window さんのブログ記事

  • エレミヤの嘆き、そして御子イエスの招き
  • エレミヤ15:15−2115 主よ、あなたは知っておられます。わたしを覚え、わたしを顧みてください。わたしを迫害する者に、あだを返し、あなたの寛容によって、わたしを取り去らないでください。わたしがあなたのために、はずかしめを受けるのを知ってください。16 わたしはみ言葉を与えられて、それを食べました。み言葉は、わたしに喜びとなり、心の楽しみとなりました。万軍の神、主よ、わたしは、あなたの名をもってとな [続きを読む]
  • 奇蹟のうちに見る十字架の相
  • ヨハネ5:1−161 こののち、ユダヤ人の祭があったので、イエスはエルサレムに上られた。2 エルサレムにある羊の門のそばに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。3 その廊の中には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者などが、大ぜいからだを横たえていた。〔彼らは水の動くのを待っていたのである。4 それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ [続きを読む]
  • ブログのデザイン変更
  •  先日アカウントを開設したツイッターをサイドバーに埋め込むついでに、2013年5月の作成時から使ってきたブログ自体のデザインをより文章が読みやすいシンプルなものに変更した。 本当はヘッダーの風景写真をキープしたかったのだが、ブログタイトルとの位置調整が変更できなかったので、やむなく画像を削除することにした。しかしとても気に入っているので、挿入するいい方法がわかったら再度使いたいと思っている。 ツイ [続きを読む]
  • シンガポールのドミニク・ヤオ氏に関する検証
  • Rev Dominic Yeo - When the Brook Dries Up -1of3 - upgrade from condo to landed house 添付したビデオはシンガポールのトリニティー・クリスチャン・センター(Trinity Christian Centre)の主任牧師であり、シンガポールのアッセンブリー・オブ・ゴッド教団の理事長でもあるドミニク・ヤオ氏が、「信仰」をテーマに話しているものだが、特に7分50秒からの「デモンストレーション」に注目していただきたい。 おそらくヤ [続きを読む]
  • イスラエル産のナツメヤシの実(デーツ)
  •  近所のスーパーにイスラエル産のナツメヤシの実(デーツ)が売っていたので、思わず買ってしまった。今まで見たナツメヤシの実の中では一番大きい種類のもので、大人の手の親指ぐらいの太さがある。味は何となく干し柿や甘納豆のような独特の甘さをもつ。緑茶とも合うのではないだろうか。 聖書においてナツメヤシ(口語訳や新改訳では【しゅろ】とも呼ばれている)は、多く言及されている。 仮庵の祭の時にはその枝を使うよう [続きを読む]
  • 私たちの理解を超える御子の働きかけ
  • ヨハネ5:1−141 こののち、ユダヤ人の祭があったので、イエスはエルサレムに上られた。2 エルサレムにある羊の門のそばに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。3 その廊の中には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者などが、大ぜいからだを横たえていた。〔彼らは水の動くのを待っていたのである。4 それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ [続きを読む]
  • 三位一体的神観を啓示する新約聖書の数々の聖句
  •  以下の数々の聖句は、様態論的神観(または「サベリウス主義」と呼ばれ、神には三人格があるのではなく、父、子、聖霊は三つの顕現体であり、その区別は様態の見せる現象にすぎないという説である。旧約時代には父として啓示され、十字架の死を通して全人類の罪を贖うために御子イエスとして、キリストの復活の後の教会時代には聖霊として顕れたという考える)を否定し、神の三位一体性を啓示しているだけでなく、その三位一体の [続きを読む]
  • 新約聖書における家の教会
  •  新約聖書において記録されている「教会【ε?κκλησι?α ekkle¯sia】」は、決して物質的な建造物を意味しておらず、「神の恵みによってこの世から呼び出された信仰者の集まり」のことである。つまり「信仰者が集まって礼拝を捧げること」が重要なのであって、物理的な場所はどこであってもよかったのである。 実際、ある地域の個人住宅において兄弟姉妹が集っていた証しが、いくつの書き記されている。ローマの教会:天 [続きを読む]
  • 「立憲主義」と「聖書主義」
  • まんがイラスト ぼうごなつこのページ 立憲主義とは(復習)【立憲主義 constitutionalism】 憲法によって支配者の恣意(しい)的な権力を制限しようとする思想および制度。(大辞泉より引用) 法の支配 rule of the lawに類似した意味を持ち,およそ権力保持者の恣意によってではなく,法に従って権力が行使されるべきであるという政治原則をいう。狭義においては,特に政治権力を複数の権力保持者に分有せしめ,その相互的抑 [続きを読む]
  • 「〇〇牧師先生の??教会」に関する考察
  •  非常に興味深い、そして重要な問いかけをあるイタリア人クリスチャンが投げかけている。新約聖書には、十二使徒だけではなく多くの「使徒」や、「預言者」(アガボ、ユダ、シラなど)、「伝道者」(ピリポ)そして「教師」(使徒行伝13:1参照)などの個人的な名前が出てくるが、なぜ一度も「牧師」の名前が記述されていないのだろうか。 実際、新約聖書の中には、現代のキリスト教会で一般的に使われているような「〇〇牧師 [続きを読む]
  • わたしをひとりだけ残す時が来るであろう。
  • ヨハネ16:29−3329 弟子たちは言った、「今はあからさまにお話しになって、少しも比喩ではお話しになりません。30 あなたはすべてのことをご存じであり、だれもあなたにお尋ねする必要のないことが、今わかりました。このことによって、わたしたちはあなたが神からこられたかたであると信じます」。31 イエスは答えられた、「あなたがたは今信じているのか。32 見よ、あなたがたは散らされて、それぞれ自分の家に帰り、 [続きを読む]
  • 教皇のボローニャ訪問
  •  明日10月1日の日曜日に、私が住んでいる街にカトリック教会のフランチェスコ教皇が訪問するらしい。教皇一団が移動のために通過する道路は朝9時から夜21時まで封鎖されるのだが、その経路に私の住んでいる通りがあり、どうやら車で外には出れないかもしれない。路上にあるごみ収集の箱や自動車、自転車なども夜中に撤去されるという。(沿道から入ったところにさえ、このような「歓迎のしるし」が飾られていた。しかし「SA [続きを読む]
  • イタリアのとあるレストランのメニュー(2)
  •  WEB上で見つけた妙な日本語のメニュー 「怒ってペン」:語感が痛快だが、おそらく【Penne all'arrabbiata ペンネ・アッラッラッビァータ】のことをだろう。すぐ下に【ペンネ・アッラ・ウォッカ Penne alla vodka】があり、なぜ同じ「ペンネ」なのにいきなり「ペン」となってしまうのか不思議である。どうせなら「怒ってペンネ」の方が良かったかも... 「最初の魚」:ミロクンミンギアを想像してしまうが、Primi di pesce [続きを読む]
  • 「色」を失うことで顕れるもの
  •  先日、読者の方から日本の彼岸花(別名:曼殊沙華、イタリア語名は【Giglio ragno rosso】で直訳すると【赤蜘蛛ユリ】である)の写真が一枚送られてきた。久しぶりに見るその鮮やかな色に感動していたのだが、同じ方から次の日に同一の写真のモノクロームのバージョンが送られてきて、まるでベネツィアのガラス細工のような透明感のある美しさに心を奪われてしまった。 全く同じ花の写真でも、モノクロームの場合だとよりその繊 [続きを読む]
  • 御子イエスの喜び
  • ヨハネ16:20−2220 よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたは泣き悲しむが、この世は喜ぶであろう。あなたがたは憂えているが、その憂いは喜びに変るであろう。21 女が子を産む場合には、その時がきたというので、不安を感じる。しかし、子を産んでしまえば、もはやその苦しみをおぼえてはいない。ひとりの人がこの世に生れた、という喜びがあるためである。22 このように、あなたがたにも今は不安がある。しかし [続きを読む]
  • 詩篇73篇
  • 詩篇731 アサフの歌神は正しい者にむかい、心の清い者にむかって、まことに恵みふかい。2 しかし、わたしは、わたしの足がつまずくばかり、わたしの歩みがすべるばかりであった。3 これはわたしが、悪しき者の栄えるのを見て、その高ぶる者をねたんだからである。4 彼らには苦しみがなく、その身はすこやかで、つやがあり、5 ほかの人々のように悩むことがなく、ほかの人々のように打たれることはない。6 それゆえ高慢は彼 [続きを読む]
  • 腐ったリンゴ
  •  たまたま店で買ったリンゴの中に傷んだものや不味いものが混ざっていたからといって、「この世のリンゴは全て腐っていたり、不味くて、まともなものは一つもない」と考えたり、「もう絶対にリンゴを口にしないぞ」と決心したりするだろうか。 おそらく二度と同じ店では買おうとはしないだろう。違う店に行っても、また同じように不快な経験をするかもしれない。それでも「この世には美味しいリンゴは存在しない」とは誰も考え [続きを読む]
  • イザヤ53章:「預言者はだれについて、こう言っているのですか。」
  • 使徒8:26−3526 しかし、主の使がピリポにむかって言った、「立って南方に行き、エルサレムからガザへ下る道に出なさい」(このガザは、今は荒れはてている)。27 そこで、彼は立って出かけた。すると、ちょうど、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財宝全部を管理していた宦官であるエチオピヤ人が、礼拝のためエルサレムに上り、28 その帰途についていたところであった。彼は自分の馬車に乗って、預言者イザヤ [続きを読む]
  • 詩篇34篇 苦しむ者の証し
  • 詩篇341 ダビデがアビメレクの前で狂ったさまをよそおい、追われて出ていったときの歌わたしは常に主をほめまつる。そのさんびはわたしの口に絶えない。2 わが魂は主によって誇る。苦しむ者はこれを聞いて喜ぶであろう。3 わたしと共に主をあがめよ、われらは共にみ名をほめたたえよう。4 わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、すべての恐れからわたしを助け出された。5 主を仰ぎ見て、光を得よ、そうすれば、あなた [続きを読む]
  • 「私の味方でない者」「私と共に集めない者」「聖霊に対して言い逆らう者」
  • マタイ12:30−3230 わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。31 だから、あなたがたに言っておく。人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない。32 また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世でも、ゆるされること [続きを読む]
  • 「父と子と聖霊との名によって」に関する考察
  • マタイ28:18−2018 イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。 「父と子と聖霊との名によ [続きを読む]
  • ジョン・オーウェンの試練、そして予定論の不条理
  •  17世紀の神学者ジョン・オーウェン(1616−1683)の生涯に関するある記述を読んで興味をもち、彼の著作に関してリサーチしたのだが、WEB上では日本語に翻訳されたものは非常に少ないことがわかった。 私がなぜオーウェンに興味を持ったかというと、その神学的見解というよりも、彼のプライベートな面においてである。オーウェンは28歳の時にメリーという女性と結婚したのだが、二人の間に生まれた11人の子供たち [続きを読む]
  • 「あなたの信仰があなたを救ったのだ」
  • ルカ17:11−1911 イエスはエルサレムへ行かれるとき、サマリヤとガリラヤとの間を通られた。12 そして、ある村にはいられると、十人のらい病人に出会われたが、彼らは遠くの方で立ちとどまり、13 声を張りあげて、「イエスさま、わたしたちをあわれんでください」と言った。14 イエスは彼らをごらんになって、「祭司たちのところに行って、からだを見せなさい」と言われた。そして、行く途中で彼らはきよめられた。15  [続きを読む]