大川原英智(おおかわらえいち) さん プロフィール

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大川原英智(おおかわらえいち)さん: 差別と歴史上の人物
ハンドル名大川原英智(おおかわらえいち) さん
ブログタイトル差別と歴史上の人物
ブログURLhttp://eichi862.blog.fc2.com/
サイト紹介文歴史の人物エッセイ集です。歴史と基本的人権を融合し、人間の生き方の指針を探していきます。
自由文上から目線でなく、一般民衆の立場から、自由・平等を中心とする基本的人権の獲得を中心テーマにしました。歴史を見る視点を変えることによって、自由で心豊かに生き、差別意識から解放される人が一人でも増えることを願って書きました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2013/10/20 11:29

大川原英智(おおかわらえいち) さんのブログ記事

  • 第4章 戦国・安土桃山時代 7 石田三成
  • 7 石田三成 (1560 〜 1600)3uwl1b〜秀吉とともに栄え秀吉とともに権力を失った側近〜 優秀な行政手腕をもつ武将です。 まじめで緻密に動き、主君豊臣秀吉のために誠心誠意働きました。 まだ羽柴秀吉と呼ばれていた時代から数々の戦場で、地味な補給と輸送を担当して、天下統一にはなくてはならない役目を果たした逸材です。 主君から絶大なる信頼を勝ち取っていました。 ところが天下分け目の関ヶ原の戦いで敗 [続きを読む]
  • 第4章 戦国・安土桃山時代 6 足利義昭
  • 6 足利義昭 (1537 〜 1597)3uwl1b〜地位にこだわり大名に利用された飾り物の将軍〜 「お手紙将軍」 と呼ばれるほど、たくさんの手紙を書きました。  その成果があったのでしょうか。 義昭は室町幕府の第15代将軍に就任して、歴史にその名を残すことになりました。 形ではありましたが、一時は全国の戦国大名たちに頭を下げさせる権威をもつほどになったのです。 しかし、彼を最後に室町幕府は滅亡し、放浪 [続きを読む]
  • 第4章 戦国・安土桃山時代 5 旭 姫
  • 5 旭 姫 (1543 〜 1590)3uwl1b〜兄の天下取りの犠牲になり翻弄された百姓の娘〜  兄の名は、木下藤吉郎です。 後の太閤、豊臣秀吉ですね。 優れた才能と行動力で戦国の世を生き抜き、織田信長の後継者にのし上がって、天下統一を果たした有名人です。 天下人の妹だから、さぞかし恵まれた生活を送ることができたのではないか、と想像したくなります。 しかし、現実はそうではありません。 経済的にはともか [続きを読む]
  • 第4章 戦国・安土桃山時代 4 三条夫人
  • 4 三条夫人 (1521 〜 1570)3uwl1b〜気位の高さから地方を見下し夫に見放された悲劇の貴族〜 あまりにも有名な戦国大名、武田信玄の正室です。 京の都に生まれ育ったお嬢様ですね。 5人の子どもたちにも恵まれ、戦国最強の信玄に嫁いだわけですから、甲斐のファーストレ ディーとして心豊かな人生を送ったのではないか、と想像したくなります。  しかし、現実には夫とは不和になり、生まれた子どもたちにも次 [続きを読む]
  • 第4章 戦国・安土桃山時代 3 武田義信
  • 3 武田義信 (1538 〜 1567)3uwl1b〜政略結婚の犠牲になって若死にした強豪の嫡男〜 ここでいう強豪とは、戦国最強と謳われ、織田信長が最も恐れていた武田信玄のことです。 義信は信玄の嫡男であり、正当な後継者です。 利発で武勇にも優れ、将来を嘱望された武田家の期待の星でした。 数々の戦いで活躍し、あの有名な川中島の戦いでも父とともに奮戦しています。 一時は宿命のライバル、上杉謙信を後退させる [続きを読む]
  • 第4章 戦国・安土桃山時代 2 毛利隆元
  • 2 毛利隆元 (1523 〜 1563)3uwl1b〜劣等感と重圧からの心労で自滅した強豪の長男〜 強豪とは、中国地方最強の戦国大名、毛利元就(もとなり) のことです。 隆元は長男であり、嫡男です。 父元就の中国地方統一になくてはならない人物で、数々の武功をあげました。 高い知識と教養を身につけ、優れた内政手腕も発揮しています。 信義に厚い、謙虚実直な人物と評されています。 しかし、その隆元はわずか41 [続きを読む]
  • 第4章 戦国・安土桃山時代 1 松平広忠
  • 1 松平広忠 (1526 〜 1549)3uwl1b〜強豪に挟まれて心労を重ね見捨てられた三河の戦国大名〜 あまりにも有名な徳川家康のお父さんです。 後に300年近く続いた日本史上屈指の強力政権、江戸幕府の元祖になる人物ですね。 家康の父親だから、さぞかししっかりした人物かと思いきや、その実態には程遠いものがあります。 苦難続きの人生を歩み、何も報われなかったのではないだろうかと思えるほど苦労が多かった [続きを読む]
  • 第4章 室町時代 6 足利義尚(よしひさ)
  • 6 足利義尚(よしひさ) (1465 〜 1489)3uwl1b〜権力争いと家庭不和に翻弄されて若死にした将軍〜 室町幕府の9代将軍です。 銀閣寺で有名な、8代将軍足利義政の息子といったほうがわかりやすいでしょうか。 父は芸術を見る目は超一流と噂され、東山文化を築いた文化人です。 この時期になると幕府の権威も衰え、守護大名への抑えがなかなか効かなくなっていた時代です。 そんな中でも義尚は、歴代の将軍には [続きを読む]
  • 第4章 室町時代 5 足利持氏 (もちうじ) 
  • 5 足利持氏(もちうじ) (1398 〜 1439)3uwl1b〜将軍の地位にこだわり自殺に追い込まれた鎌倉公方〜 鎌倉公方というのは、室町幕府の出先機関の一つである鎌倉府の長官です。 2代将軍足利義詮(よしあきら) の弟である基氏(もとうじ) が初代です。 持氏は4代目でした。 足利将軍家の分家ですね。 将軍家と同じように、尊氏の血をひく名門で、誇り高き家系でした。 関東や東北などの東国の管理を任され [続きを読む]
  • 第4章 室町時代 4 足利義量(よしかず)
  • 4 足利義量(よしかず) (1407 〜 1425)3uwl1b〜飼い殺し状態で若い命を落とした室町の虚弱将軍〜 「花営三代」 という言葉をご存知でしょうか。 足利幕府の第3、4、5代将軍である義満、義持、義量の時代を指します。 合わせて約60年間で、室町幕府の黄金時代になります。 京都の美しい「花の御所」 を本拠とし、室町時代では最も安定した時期でした。 恵まれた環境の中で、義量はこの中の一人、5代将 [続きを読む]
  • 第4章 室町時代 3 足利義詮(よしあきら)
  • 3 足利義詮(よしあきら) (1330 〜 1367)3uwl1b〜度重なる戦争と心労で若死にした南北朝時代の将軍〜 室町幕府の2代将軍です。 名前が読みにくいですね。 義詮(よしあきら) といいます。 彼の父と子が歴史上の有名人なので、あまり目立ちません。 足利尊氏の子であり、足利義満の父親といったほうがわかりやすいかもしれません。 室町幕府の黄金時代への基礎づくりを行い、文人としても連歌や和歌が多く [続きを読む]
  • 第4章 室町時代 2 足利尊氏
  • 2 足利尊氏 (1305 〜 1358)3uwl1b〜身内までが敵対し疲れ果てて病死した征夷大将軍〜 室町幕府を開き、200年以上にわたって続いた新しい室町時代を築いた有名人ですね。 この時代の武士たちからの信望が厚い人物でした。 戦いに勝てば、リーダーとして気前よく恩賞を分け与え、武士の権力の頂点に立つことができました。 しかし、将軍になってからの彼は、優雅な生活とは程遠いものがありました。 心身とも [続きを読む]
  • 第4章 室町時代 1 後醍醐天皇
  • 1 後醍醐天皇 (1288 〜 1339) 3uwl1b 〜権力を握り民衆や公家からも見放された南朝の天皇〜 武士全盛の時代に、政治権力を朝廷に取り戻したことで有名な天皇ですね。 朝廷の側から見れば、何度も失敗して苦労しながら、天皇や貴族の権威を再び高めた英雄といえます。 後醍醐とは、平安時代 [続きを読む]
  • 第3章 鎌倉時代 6 楠木正成
  • 6 楠木正成 (1294 〜 1336) 3uwl1b 〜権威に翻弄され自殺に追いこまれた建武の新政の立役者〜 鎌倉時代と室町時代の間に、一時天皇が直接政治を行った時期がありました。 歴史上有名な後醍醐天皇の「建武の新政」 です。 この新しい天皇の右腕となって、大きな役割を果たした武将が楠木 [続きを読む]
  • 第3章 鎌倉時代 5 北条守時
  • 5 北条守時 (1295 〜 1333)〜飾り物にされて自殺に追い込まれた最後の執権〜 執権といえば、鎌倉幕府の実質上の最高権力者です。 その第16代の執権が守時(もりとき) でした。 32歳の若さでこの職に就任した彼は、その後7年間在職し、熱心に政務をつかさどりました。 文化人でもあり、「続現葉和歌集」 には守時の詠歌も納められています。  しかし、最終的に彼は、39歳の若さで絶望の中で自殺に追 [続きを読む]
  • 第3章 鎌倉時代 4 北条時宗
  • 4 北条時宗 (1251 〜 1284)〜元寇の犠牲になり過労死した鎌倉幕府の執権〜 鎌倉時代に、日本が外国の植民地にされそうになったことがありました。 歴史上、元寇(げんこう) と呼ばれている大事件です。 大陸から元軍が攻めてきました。 この戦いに負ければ、少なくとも当時の中国の王朝である元の属国にされて朝貢させられるか、場合によっては植民地化されてもおかしくなかったのです。 これをはねつけて、 [続きを読む]
  • 第3章 鎌倉時代 3 後鳥羽上皇
  • 3 後鳥羽上皇 (1180 〜 1239)〜武士を見下し院政の権力にこだわって自滅した上皇〜 鎌倉幕府をつぶそうとした強力な上皇です。 武芸にすぐれ、盗賊を捕えるために自ら指揮をとりました。 けまりや囲碁、流鏑馬(やぶさめ)、和歌なども相当な腕前をもつ文武両道で精力的に活動した人です。 弓道や相撲、水泳もでき、管弦、書画など多芸・多才の持ち主でした。 勅撰和歌集である「新古今和歌集」 を編纂させ、 [続きを読む]
  • 第3章 鎌倉時代 2 大 姫
  • 2 大 姫 (1178 〜 1197)〜権力の犠牲になって若い命を失った将軍の娘〜 父親は源頼朝で、母親は北条政子。 どちらも歴史上の有名人ですね。 流人の身だった頼朝が、後に源平の合戦を制し、奥州藤原氏も滅ぼして、征夷大将軍として鎌倉幕府を開いたことは周知の事実です。 天下を取った権力者頼朝を父に持つ大姫は、さぞかし豊かな生活をしたかと思いきや、現実はその逆でした。 父親に反抗し続け、わずか20 [続きを読む]
  • 第3章 鎌倉時代 1 北条政子
  • 1 北条政子 (1157 〜 1225)〜権力を獲得して身内がことごとく犠牲になった尼将軍〜 有名な源頼朝の正妻です。 意志の強い女性で、夫とも対等以上に渡り合いました。 夫と共に新しい武士の時代を切り開き、頼朝亡きあとは、事実上の鎌倉幕府の将軍ともいえる権力をもちました。 草創期の幕府がピンチに陥ったときも、強いリーダーシップでこれを乗り越え、幕府の安定した権力の確立に貢献しています。 そんな政 [続きを読む]
  • 第2章 平安時代 13 後白河法皇
  • 13 後白河法皇 (1127 〜 1192)〜武士を見下し武士によって権力から転落させられた法皇〜 武士は身分が低く、天皇や貴族に仕える者。 院を警護する北面の武士に代表されるように、最初は高貴な身分の人々を守るガードマンという扱いでした。 平安末期に院の実力者として君臨した後白河法皇も、武士を上から目線で見降ろし、権力をほしいままにしました。 しかし、最終的には権力の座から引きずりおろされ、数々の [続きを読む]
  • 第2章 平安時代 12 藤原泰衡
  • 12 藤原泰衡 (1155 〜 1189)〜差別心から父の遺言を破り自滅に追い込まれた奥州の実力者〜 「源氏など落ちぶれた家柄ではないか」 これが藤原泰衡(やすひら) の本音でしょう。 確かに奥州藤原氏は、平安末期に大いに栄え、父の秀衡は「北の王者」 とまで呼ばれていました。 東北地方は現在の岩手県平泉を中心に一種の独立国に近い状態だったのです。 中尊寺金色堂に見られる黄金文化はその豊かさの象徴です [続きを読む]
  • 第2章 平安時代 11 平 清盛
  • 11 平 清盛 (1118 〜 1181)〜栄華をきわめて高熱で憤死した武士初の太政大臣〜 「平清盛なくして武士の世はなかった」 こう言い切る人がいるほど、歴史の転換点のきっかけを作った人です。 長い間貴族や皇族から見下され、身分差別を受けていた武士たちが、その差別を乗り越えて政治の実権を握りました。 当時の中国である宋と交易をして国を豊かにするために、福原(現在の神戸) に大きな港を作るというスケ [続きを読む]
  • 第2章 平安時代 10 平 重盛
  • 10 平 重盛 (1138 〜 1179)〜一族の名誉にこだわり寿命を縮めた文武両道の人格者〜 有名な平清盛の長男で、平氏の棟梁です。 一族の多くの者から慕われた人物で、文武両道の名将として知られています。 何をやらせても如才なくこなす、非の打ちどころがない万能人で、平家の繁栄に多大な貢献をしました。 性格も良心的で、「おごる平家」 の中にあって人格者だったといわれています。 父の清盛も大きな期待を [続きを読む]
  • 第2章 平安時代 9 崇徳上皇
  • 9 崇徳上皇 (1119 〜 1164)〜院政の犠牲になって流刑地で憤死した平安末期の上皇〜 崇徳上皇(すとくじょうこう) は5歳で天皇になっています。 しかし、平安時代末期は院政の時代で、天皇には実権がありませんでした。 天皇の父親や祖父が実権を握り、院から出す命令である院宣は、内裏での決定よりも権威がありました。 武士も台頭し、源氏や平氏が力をつけてきました。 このような中で、崇徳上皇は弟との [続きを読む]
  • 第2章 平安時代 8 藤原道長
  • 8 藤原道長 (966 〜 1027)〜権力を手にして怨霊におびえ続けて壮絶死した摂政〜 摂関政治の黄金時代を築いた有名人ですね。 「この世をばわが世とぞ思ふ・・・」 で始まる短歌は、道長が権力をほしいままにしたことを凝縮した歌として広く知られています。 数々のライバルたちを蹴落とし、4人の娘たちを次々に天皇の妃にしました。 平安時代中期の権力の第一人者で、その栄華を謳歌した人物です。 しかし、な [続きを読む]