大川原英智(おおかわらえいち) さん プロフィール

  •  
大川原英智(おおかわらえいち)さん: 差別と歴史上の人物
ハンドル名大川原英智(おおかわらえいち) さん
ブログタイトル差別と歴史上の人物
ブログURLhttp://eichi862.blog.fc2.com/
サイト紹介文歴史の人物エッセイ集です。歴史と基本的人権を融合し、人間の生き方の指針を探していきます。
自由文上から目線でなく、一般民衆の立場から、自由・平等を中心とする基本的人権の獲得を中心テーマにしました。歴史を見る視点を変えることによって、自由で心豊かに生き、差別意識から解放される人が一人でも増えることを願って書きました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2013/10/20 11:29

大川原英智(おおかわらえいち) さんのブログ記事

  • 第1章 古 代 2 用明天皇
  • 2 用明天皇 ( ? 〜 587)〜有力豪族の権力争いに巻き込まれ早死にした短命の天皇〜 聖徳太子の父親です。 飛鳥時代の天皇で、この時代は大王(おおきみ) と呼ばれていました。 仏教を公認し、後世の仏教が発展するきっかけを築いた天皇です。 現在の僕たちの生活にも、極めて大きな影響を及ぼしました。 あまり目立ちませんが、日本の歴史上、大きな役割を果たしていたとも考えられます。 その用明天皇は即位後 [続きを読む]
  • 第1章 古 代 1 卑弥呼 
  • 1 卑弥呼 ( ? 〜 248頃)〜神秘的な権力を守るため孤独に生きた邪馬台国の女王〜 謎だらけの人物です。 邪馬台国の女王だったといいますが、そもそも邪馬台国が日本のどこにあったのかわかっていません。 日本の歴史上の記録がないからですね。 ただ、はっきりしていることは、中国の「魏志倭人伝」 という歴史書に具体的な記録があるということです。 さらに、朝鮮半島にあった新羅(しらぎ) の「三国史記」  [続きを読む]
  • 第4集 権力と心労に揺れた人々「日本史編」目 次
  • 第4集 権力と心労に揺れた人々「日本史編」                        目  次はじめに第1章古 代1 卑弥呼          〜神秘的な権力を守るため孤独に生きた邪馬台国の女王〜2 用明天皇         〜有力豪族の権力争いに巻き込まれ早死にした短命の天皇〜3 聖徳太子         〜理想国家建設の夢半ばで倒れた飛鳥の皇子〜4 蘇我蝦夷         〜強力な権力が [続きを読む]
  • 第4集  権力と心労に揺れた人々「日本史編」 はじめに
  • 第4集 権力と心労に揺れた人々「日本史編」                     はじめに そもそも歴史とは何のためにあるのでしょうか。 一言でいえば、現在および将来のためにあるのではないでしょうか。 過去の数多くの事例から、現在および将来に生かしてこそ、歴史は価値あるものになると思います。 そこには多くの成功例や失敗例があります。 見方によっては有意義に生かすことができれば、悪用することもでき [続きを読む]
  • 第3集  権力と心労に揺れた人々「世界史編」 おわりに
  • 第3集 権力と心労に揺れた人々「世界史編」                       おわりに 権力はどうしても必要なものでしょう。 人を強制する力ですね。 これがないと、何でもかんでも自分勝手が横行し、収拾がつかなくなります。 あげくの果てには、争いが起こり、これが国家レベルになると戦争にまで発展することもあります。 こうなると、最大の人権侵害を野放しにすることになってしまいます。 これでは多くの [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 12 ダイアナ 
  • 12 ダイアナ (1961年 〜 1997年)〜外見と心の空洞に揺れたイギリスの皇太子妃〜 「宮殿で暮らせたら、どんなに素敵でしょう」 少女らしい夢ですね。 初めてイギリス王家の生活に接したときのダイアナの言葉です。 当時彼女は17歳でした。 この夢は早くも2年後に実現します。 1981年、チャールズ皇太子と結婚し、翌年にはウィリアム王子を出産したからです。 世界中から祝福され、来日したときも大きな [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 11 江 青(こうせい)
  • 11 江 青(こうせい) (1914年 〜 1991年)〜権力に寄り添い自殺に追い込まれた毛沢東の妻〜 中華人民共和国建国の英雄、毛沢東に愛された女性です。 彼の4番目の妻となり、ファーストレディーになりました。 それ以前は女優として活躍し、その美貌と肉体で毛沢東を虜にしています。 しかし、中国の大作家、魯迅(ろじん) は、次のようなエッセイを書いています。 「暴君は残酷さをもって娯楽となす。 他人 [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 10 毛沢東(もうたくとう)
  • 10 毛沢東(もうたくとう) (1893年 〜 1976年)〜権力返り咲きで孤独になった社会主義中国の建国者〜 その生涯に、光と影がはっきりした人物ではないでしょうか。 「光」 とは国民の大多数の農民の立場に立って、中華人民共和国を建国した世界史に残る英雄でしょう。 「影」 とはその政策の失敗と粛清により、数千万人の国民を犠牲にした独裁者だと思います。 ヒトラー、スターリンとともに、毛沢東は「世界の [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 9 蔣介石(しょうかいせき)
  • 9 蔣介石(しょうかいせき) (1887年 〜 1975年)〜権力にすがり続け台湾からも見放された中華民国の総統〜 諸外国の侵略から、中国を守り抜いた英雄の一人といえるでしょう。 中学校や高校の歴史の教科書や資料集にも、写真つきで登場することが多い人物です。 孫文の辛亥革命(しんがいかくめい) に参加して、アジア初の共和国建国に貢献しました。 孫文の死後は北伐(ほくばつ) で中華民国を統一し、日中 [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 8 スターリン
  • 8 スターリン (1879年 〜 1953年)〜権力と猜疑心の狭間で揺れたソ連の独裁者〜 その数1,000万人超。 これほどたくさんの人間を殺した人物が他にいたでしょうか。 しかも、その犠牲者の多くがソ連国内の人々だというから、さらに驚きです。 世界初の社会主義国「ソ連」 を成立させたレーニンの後を継いで、急速な工業化と農業集団化を推し進め、ソ連の国力を増大させた人がスターリンです。 しかし、彼は [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 7 ルーズベルト
  • 7 ルーズベルト (1882年 〜 1945年)〜仮面夫婦生活で神経をすり減らしたアメリカの大統領〜 「フランクリン・ルーズベルトは自分の妻に殺された」 と言えば、言いすぎでしょうか。 もっとも、その原因は「自らがつくりだした」 ともいえると思います。 世界恐慌を乗り越え、アメリカ大統領としては異例の4選を果たすなど、多くの国民から絶大なる支持を受けた優れた大統領です。 ところが戦勝国でありながら [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 6 ヒトラー
  • 6 ヒトラー (1889年 〜 1945年)〜数々の心労から自殺に追い込まれたドイツの独裁者〜 「ああ、やっぱり・・・」 ある新聞記事を見たときの僕の率直な感想です。 そこには、ヒトラーの生前の行動を知る、95歳のある女性の生々しい証言が記載されていました。 世界を震撼させた、独裁者ヒトラー。 しかし、その強大な権力の裏には、数々の強烈な心労が見え隠れします。 ナチスの強力な軍事力を背景に、一見、 [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 5 ムッソリーニ
  • 5 ムッソリーニ (1883年 〜 1945年)〜臆病で暗殺者におびえ続けたイタリアの独裁者〜「血のみが歴史を前進させる」 恐ろしい言葉ですね。 イタリアの独裁者、ムッソリーニの言葉として、世界に知られています。 第一次世界大戦を機に愛国主義に傾倒し、社会主義とナショナリズムを混ぜ合わせた独自の思想「ファシズム」 を提唱した人物です。 ファシスト党を率い、1922年の「ローマ進軍」 で政権を奪取し [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 4 シャルロット皇后
  •  4 シャルロット皇后 (1840年 〜 1927年)〜プライドと名誉のために発狂したメキシコの皇后〜 「私は毎日幸福感に酔っています。 夫は才能豊か、優雅で思いやりがあります。 私たちの宮殿はおとぎの城より美しく、神は私に望みうるすべてのものを与えてくださいました」 これは、シャルロットが父に宛てた手紙の一節です。 しかし、こんなにも幸せそうな夫婦でしたが、最後は悲劇で幕を閉じます。 皇帝である [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 3 レーニン
  • 3 レーニン (1870年 〜 1924年)〜革命の緊張と重責で悩み続けたソ連の建国者〜 「戦争をすぐにやめよう」 説得力のある言葉ですね。 ここでいう戦争とは、第一次世界大戦のことです。 「ロシア革命の父」 として、世界初の社会主義国家「ソビエト社会主義共和国連邦」 を建国しました。 世界史上、大きな足跡を残した人物です。 帝政ロシア時代の皇帝の専制政治に終止符を打ち、労働者による政府を樹立して [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 2 アブデュルハミト2世
  • 2 アブデュルハミト2世 (1842年 〜 1918年)〜暗殺者におびえ続けた赤い流血のスルタン〜 「ミドハト憲法」 をご存知でしょうか。 オスマン帝国で作られた、アジア最初の憲法です。 国会が開設され、イスラム教徒と非イスラム教徒の平等が明記されるなど、アジア近代化の先がけになった、世界史上でも特筆すべき憲法の一つです。 このときのスルタン(皇帝) がアブデュルハミト2世だったのです。 しかし、 [続きを読む]
  • 第7章 20世紀以後の世界 1 袁世凱
  • 1 袁世凱 (えんせいがい) (1859年 〜 1916年)〜皇帝の位をねらって絶望死した中国の軍人〜 「国恥記念日」 (こくちきねんび) をご存知でしょうか。 中国の「国の恥」 (はじ) という意味で、毎年5月9日がこの記念日に当たります。 第一次世界大戦中の1915年に出された「21カ条の要求」 を認めてしまった日です。 この要求を出したのは日本で、受け入れた中国の代表者は、中華民国初代大総統 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 11 トルストイ
  •  11 トルストイ (1828年 〜 1910年)〜妻との不和から家出先で死亡したロシアの文豪〜 「自由になりたい・・・」 これが、世界的な大作家、文豪トルストイの本音ではないでしょうか。 裏を返せば、彼は自由でなかった、自由に生きることができなかったということになりますね。 地位も富も名声も手にし、家庭的には13人の子どもに恵まれ、誰からもうらやましがられるような人生を送ったであろうと考えられがち [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 10 セシル・ローズ
  •  10 セシル・ローズ (1853年 〜 1902年)〜侵略と心労で戦争中に若死にしたイギリスの帝国主義者〜 「神は世界地図が、より多くのイギリス領に塗られることを望んでおられる。 できることなら私は、夜空に浮かぶ星さえも併合したい」 「ちょっと待ってください」 と言いたくなるセシル・ローズの有名な言葉です。 彼の帝国主義者、人種差別者としての生き方が、この一言に凝縮されていますね。 植民地争いの戦 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 8 メンデル
  •  8 メンデル (1822年 〜 1884年)〜権力保持で好きな科学に専念しそこなったチェコの司祭〜 「メンデルの法則」 という遺伝の法則を発見した偉大な科学者です。 中学校の理科や高校の生物で習ったことがあり、彼の名を聞いたことがあるという方も多いでしょう。 僕も詳しいことを説明する力はありませんが、現代では彼は「近代遺伝学の創始者」 とも言われています。 エンドウ豆の交配から大きな業績を残した [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 9 李鴻章 (りこうしょう)
  • 9 李鴻章(りこうしょう) (1823年 〜 1901年)〜外交の心労で寿命を縮めた清の大臣〜 西洋の良いところを取り入れて、中国の近代化を推し進めた清朝末期の実力者です。 「洋務運動」 と呼ばれる、鉱山開発や鉄道の敷設、近代海軍、官営軍需工場の設立などに尽力しました。 半植民地化が進む中国を改革して立ち直り、安定した一時期をもたらしたので、この時期は後に「同治の中興」 と呼ばれました。 作家の司 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 7 フリードリヒ・ヴィーク
  • 7 フリードリヒ・ヴィーク (1785年 〜 1873年)〜名誉と富で家族から見放されたドイツの音楽教師〜 大作曲家、シューマンの妻の父親です。 ドイツのライプチヒで、一番の音楽教師と言われました。 シューマンやその妻クララのピアノの先生であり、強い信念と強烈な個性をもった優れた教育者でした。 ヴィークの練習曲集は今でも出版され、機械的な技術の習得だけでなく、情操と感受性を育てることを常に主張して [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 6 ゾフィー大公妃
  • 6 ゾフィー大公妃 (1805年 〜 1872年)〜権威と息子たちとの狭間で揺れたオーストリア皇帝の母〜  ハプスブルク家は、ヨーロッパの名門中の名門として有名です。 歴史上数多くの皇帝や国王、皇妃や王妃を次々に出し、何か国にもまたがる広大な領地をものにしていました。 なぜこのような名家になれたのかご存知でしょうか。 それは「政略結婚」 です。 ハプスブルク家にとって、政略結婚は何代にもわたる得意 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 5 リンカーン
  • 5 リンカーン (1809年 〜 1865年)〜心労から奴隷解放を戦略の道具にしたアメリカの大統領〜 「人民の人民による人民のための政治」 リンカーンの有名な、ゲティスバーグの演説の中の言葉ですね。 民主主義の政治を誠実に実行し、奴隷解放宣言を行い、南北戦争を終結させた偉大な大統領として長い間語り継がれてきました。 アメリカ歴代の大統領の中でも、特に人気があった人物です。 僕も人権感覚に優れた大統 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 4 咸豊帝(かんぽうてい)
  •  4 咸豊帝(かんぽうてい) (1831年 〜 1861年)〜内憂外患のストレスから若死にした清朝末期の皇帝〜 僕が北京の故宮(こきゅう) に行ったとき、度肝を抜かされました。 その壮大さが、予想をはるかに超えていたからです。 数々の大きな建物が次々と現れ、まるで一つの城が一つの町のようになっていました。 中国の清(しん) 王朝の時代、ここは紫禁城(しきんじょう) と呼ばれる宮殿だったのです。 現 [続きを読む]