yamato さん プロフィール

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yamatoさん: ヤマトトトヒモモソヒメ徒然記
ハンドル名yamato さん
ブログタイトルヤマトトトヒモモソヒメ徒然記
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/hiro40334033
サイト紹介文きままに旅行や神社仏閣、古道などを楽しんでおります。
自由文こんにちは
もう今年も2ヶ月ですね。初めてブログ村の村民になります。たわいのない日常事を書いております。
気ままに遊びに来てくださいね。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供107回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2013/11/07 14:12

yamato さんのブログ記事

  • 「近世門真地域の百姓と村」
  • 上の題での講演が近くの神社で行われたので行ってきました。門真の特徴としては稲作、レンコン栽培 蓮高というものがあった。溝植  湿田の作付け等農閑期の副業男は 縄、俵 草履作り女は 木綿(綿繰り、木綿織)百姓は木綿しか着れなかった5人組による、相互扶助制度  牛組(役牛の共同保有、使用)年貢を払えないところはグループで相互補助し、牛は持っているところが貸してあげて相互で助け合う。水飲み百姓という言葉 [続きを読む]
  • 「テバク」 チャングンソク
  • 「テバク」をみました。珍しく恋愛ドラマではありませんでした。宮廷を牛耳ろうとする者との戦いでした。世子擁立によって自分の力に大きく影響してくる、官僚たちや策士たちの争いのドラマでした。デギルはどの人と結婚するのか最後の最後でわかりました。結婚までのプロセスもわかりずらかったです、全然恋愛物語の要素はありませんでした。賭場の場面が多く、韓国の王朝物にしては珍しいものでした。グンソクさんは頑張っていま [続きを読む]
  • 「九家の書」大恋愛ドラマでした
  • 韓国ドラマの「九家の書」を見ました。今までの韓国ドラマの中でも壮大な恋愛ドラマでした。両親との悲しい別れで、他人に育てられた主人公ガンチがであった女性。大凶である2人と分かっていてもひかれあい、慕いあい、最後は...両親の恋愛も幼い恋から始まり、愛を失うことを恐れたことから最大の悲劇となりましたが、、、2人はそんな悲劇を繰り返すことなく、ありのままのガンチを受け止めるヨウラどのような容貌でどのような [続きを読む]
  • 帝王の娘スベクヒャン
  • 2回目になりますが、帝王の娘スベクヒャンを見ました。1回目ではわからなかった意味もよくわかり、ねじれにねじったお話がようやく理解できました。ソルヒとチンム公も、ねじ曲がった関係の中で愛をはぐくみ、傷ついた2人は共に成長していくのでしょうか。それにしても、スベクヒャンのその後の2人のことが知りたくなりました。このお話は継体天皇の皇后手白香皇女の名前からきているようですが・・・手白香(スベクヒャン)地 [続きを読む]
  • 柳生を歩く 
  • 柳生の写真がたくさんありますので、アップします。摩崖仏がりました。円成寺です。国宝です。古い型の春日写し(春日大社が遷宮があると、関係の社に譲りますが、時代も現存する中では最古級です。塔がありました。ひっそりと絵になります。天気のいい日でした。奈良市内からバスで1時間以内ですので、また行ってみたいものです。にほんブログ村 にほんブログ村 [続きを読む]
  • 夜支布神社
  • 柳生の夜支布神社に行ったときの写真がでてきました。ひっそりと、のどかな田園風景のなかにありました。古墳もありました。柳生が一望できます。柳生はとってもいいところでした。南明寺です。元興寺の極楽坊に似ていると言っている人もいました。のどかで、山里の初夏の風景がとても目に染みる場所でした。交通の便は悪いですが、また行ってみたいです。 [続きを読む]
  • 津城を歩く
  • 日曜日は津城を歩いてきました。近鉄で初めて津駅へ行ってきました。3時間かかりました。津城です。今は堀と城郭しかのこっていませんが・・・兵どもの夢のあとで夏草が茂っていました。藤堂高虎の城だそうです。熱い日でしたが、コンパクトでいい街でした。 [続きを読む]
  • 山の辺の道を歩く
  • 桜井から長柄までの山の辺の道を歩いてきました。まだ本格的な夏ではないので、ちょうど歩いていて気持ちの良い日でした。三輪神社ではササ百合が咲いているのを見ました。桧原神社からは箸墓古墳がみえ、豊鋤入姫が崇神天皇の皇女で、ここで斎宮をされていたと書かれていました。景行天皇、崇神天皇陵を通り、手白香皇女の墓の周濠には魚がおよいでました。天気も良い日で、天理まで歩けそうでしたが、長柄のあたりで帰りました。 [続きを読む]
  • 長谷寺  声明を聞く
  • この日は長谷寺の拝観がおわった時間に、声明を聞くという特別なイベントでもありました。厳かに僧が現れ、太鼓や見たこともない音を出す道具などで声明を聞きました。それぞれの役割があるようで、読経する人、音を出す人、ハーモニーが素晴らしかったです。昔はこの演奏はジャニーズの演奏を聴いているようだったのでは、と講師の先生が言われていました。蓮の葉の形をしたものを投げて、それが頭にあたりました。蓮華なのでしょ [続きを読む]
  • 長谷寺へ  鎮守社へ行く  1
  • 長谷寺へいってきました。雨が降るといわれていましたが、それほどでもなく曇り空のもと、ヤマト道の会のツアーに参加荘厳な長谷寺の十一面観音菩薩を見て声明を聞くことができました。長谷寺の鎮守社である瀧倉神社にも行くことができました。かなり奥地でしたが、バスを用意いただいていました。長谷寺の鎮守社として格式があったそうです。雨が降りそうで降らない天気でしたが、与喜天神社に夕方むかったときは雨が降り出しまし [続きを読む]
  • 平群を歩く4
  • 宮山塚古墳の内部です鳥土塚古墳です。ここから西山古墳へかなり迷いながらようやく到着ボランティアガイドさんは方墳で、一説には山背大兄皇子のお墓といわれる人もいるそうです。天気もよく、すがすがしい一日を平群ハイキングで充実気分にさせていただきました。 [続きを読む]
  • 平群を歩く3  
  • 晴天の日よりハイキングにはぴったりの日です。この日は平群のお祭りの行事のようで、役行者のかっこうをした人や、時代時代のかっこうをした人でにぎわっていました。道に迷いながらも椿井城山あとへ向かう。古墳と平群氏の影響の強い神社などを通りすぎました。古墳の中にもこの日ははいりました。椿城山跡への山道はきつかったですが、そのあとにこのような平群を見下ろせる絶好の場所に行けました。眺めは素晴らしかったです。 [続きを読む]
  • 平群を歩く2 長屋王のお墓へ
  • 長屋王の墓と公式に宮内庁が認める墓に行ってきました。異説はあるようですがここが長屋王の墓です。ネットで明治位に梨本村にある吉備内親王と長屋王の双墓を見ていたので、その面影もなく住宅地の中の明るい雰囲気の中にありました。長屋王墓です。近くに吉備内親王の墓がありました。こちらは宮内庁の建物がおかれ、管理が定期的に行われているようです。ボランティアガイドさんのお話では長屋王墓の命日には宮内庁職員が来られ [続きを読む]
  • 平群を歩く  1
  • 平群町を歩いて来ました。フリーハイキングの日でした。藤田家の旧宅をみました。おくどはんがたくさんありました。白山神社が近くにあり、神宮寺としての富貴寺があったようです。道栓が法隆寺からここ富貴寺へ移り、最後を迎えたそうです。昔はすごく大きく、広いお寺だったそうです。 [続きを読む]
  • 畝傍山の麓を行く    古代の輝き  H30.5.6 
  • 5月6日は橿考研の講座に行ってきました。「古代の輝き」という題でした。新聞記者のスクープのお話など楽しいものでした。藤ノ木古墳の被葬者の推理では、宅部皇子、穴穂皇子など候補者の中から推理されていました。用明天皇や崇峻天皇も候補に入るそうです。女装の男子ということでとても興味をひきます。ペナルティとしたら何をしてこのような被葬状態だったのか?私の推理としては男色だった?夫婦を装い埋葬しないといけない [続きを読む]
  • 鍵・唐古遺跡
  • 鍵・唐古遺跡へ行ってきました。日本全国の土器が発見されました。古代、大和と地方はどういう交易または主従関係があったのでしょうね。縄文遺跡となっています。当時の絵からこの楼閣ができたようです。駅から以外に近かったです。 [続きを読む]
  • 「六龍が飛ぶ」韓国ドラマ
  • 最初の30巻まではよかったのです。久々の私の中でのヒット作でした。最後、欲望がむき出しとなり、自分が王位を次ぐべく主役の男子が動き出して、やや疲れました。プニへの気持ちだけは終始変わりませんでした、仲間が次から次にイヴァンオンから離れていくのが悲しかったです。彼が変わったのです。権力を前にすると人は変わるものです。 [続きを読む]
  • 私の韓国ドラマ評 H30.4
  • ここ数年韓国ドラマにはまって、感激したドラマ、そうでなかったドラマもありましたが、つたない感想など書いてみたいと思います。ここ3年で見たドラマを上げてみますと善徳女王朱蒙太祖王建インス大妃チェオクの剣女人天下商道萬江トンイ名家の娘ソヒ海神イルジメ帝王の娘スベクヒャンソドンヨホ・ジュン明成皇后イジェマ光宗大王輝くか狂うかイ・ジェマテジョヨン金尚宮大望奇皇后太陽に抱かれた月大王の夢太祖仁祖宮廷女官チャ [続きを読む]
  • 「ケベク」韓国ドラマ
  • 「ケベク」をみました ・最初はすごく面白い作品かと思いましたが、最後がなにかしらむなしいだけでした。朝鮮半島の歴史が、悲しくも華やかな歴史とは無縁で、いつも中国の属国として世子擁立に奔走する王や王妃、その家臣たちの悲しみも秘めていました。終わり方がハッピーエンドでないのは彼らの歴史そのものなのかもしれません。百済が戦った戦いには日本軍が援軍として送られることがおおいですが、日本はなにを取引して、何 [続きを読む]
  • 葛城古道を歩く
  • 3月末日の晴天の日、葛城古道を歩いてきました。途中名柄で方向を変え、宮山古墳の方向からバスで帰りました。御所の駅前の川には散り際でしたがまだまだ見ごたえのある桜が咲いていました。花筏を楽しみました。風の森から御所に抜けるコースが葛城古道なのですが、逆はかなり坂道でしんどいことがわかりました。以前来たとき、ボランティアガイドさんが熱心にこの駒形大杉神社についてお話があり、ゆっくり来てみたいと思ってい [続きを読む]
  • 「古市古墳群と磯長谷古墳群」 
  • 古市まで講座を聞きに行ってきました。磯長谷古墳群と古市古墳群についてでした。興味深いことにこの古墳群は4,5キロの距離しか離れておらず。河内王権の王墓としての一部であったのでは?磯長谷の用明天皇陵は本当に用明天皇陵かはわからないそうです。蘇我氏の勢力範囲であり、蘇我系の墓が多くあるという考えもあるようです。石川も近くを流れています。河内の都と大和の都があったといわれる講座もありましたが、ここでは勢 [続きを読む]
  •  古墳巡りの旅  明日香村(2)
  • 菖蒲池古墳から植山古墳へ古墳公園になるようで、工事中でした。その後、五条野丸山古墳へ向かいましや。岡寺の駅からみえるのでうが、実際に歩いたのは初めてでした。大きな、古墳です。二上山も畝傍山も香具山も見える一等地です。この前、近つ飛鳥の講座で館長さんが真の欽明天皇陵と言われていましたがどうなのでしょうか?蘇我稲目の墓といわれる人もいますが・・・陵墓参考地となっていました。これだけの巨大古墳なのに、ほ [続きを読む]
  • 古墳巡りの旅  明日香村
  • この日は飛鳥で降りました。ちょうど、「美貌の女帝」が持統天皇がなくなったところで、飛鳥駅に到着、野口までバスで行き、野口王墓へ。白梅がとってみきれいに咲いていました。ここは昔盗掘を受けているので、持統天皇と天武天皇合葬が確実な天皇陵です。野口王墓から歩いてすぐの菖蒲池古墳へ。初めて来る古墳でした。2つの石棺が縦にならんだ古墳です。竹田皇子と推古天皇といわれている方もいるようです。植山古墳が本当の推 [続きを読む]